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056 三番隊

 朝食後。

 ルイスが変わった器具を用意する。

「これが、コーヒーを入れるのに使う道具なの?」

「そうだよ。サイフォンって言うんだ」

 丸いフラスコにお湯を入れて、そこに、挽きたてのコーヒー豆が入ったロートをくっ付ける。ロートと言っても、物を移し替える時に使うような円錐じゃなく、瓶のような円柱の大きなロートだ。ロートの穴は、陶器に布を巻いたフィルターで塞がれている。

 ルイスが器具をランプの火に近づける。

 フラスコのお湯を、更に温めるらしい。

「面白いから、見てて」

 お湯が沸騰してきた。

 すると……。

「わぁ……」

 沸騰したお湯が、ロートを通じて、一気に上の容器に吸い上げられた。ルイスが砂時計をひっくり返して、木べらで吸い上げられたお湯と粉を混ぜる。

 良い香り。

 砂時計の砂が落ちて。ランプの火を消すと、今度は吸い上げられていた水分が元のフラスコに戻っていった。

「出来上がり」

「不思議。どうして、こんな風になるの?」

「仕組みは簡単だ。水が沸騰して圧力がかかると、ロートを通じてお湯が吸い上げられる。火を消して中が冷えると、フラスコ部分が真空状態になって、コーヒーが戻っていくんだ」

「真空……」

「どうぞ」

 ルイスからもらったコーヒーの香りを嗅ぐ。

 紅茶のように香りを楽しめる飲み物だ。味は……。とても深くて濃い。それに、思ったよりも苦くない。

「うん。美味しい」

「良かったわ」

 二口目は、また雰囲気が変わる。コーヒーの香りや濃い味は、色んなお菓子に使えそうだよね。

 それにしても、サイフォンって錬金術の道具みたい。真空状態を作れるってぐらいだから、似たようなものなのかな?

「気に入ったなら、今度、コーヒー屋に行ってみるか」

「コーヒー屋?カフェとは違うの?」

「あぁ。コーヒー豆の卸をやってる店だ。色んなコーヒーを試飲させてくれるから、気に入った豆を探せる」

「あ、この近くにあるんだっけ?」

「そうだね。職人通りのウエスト側が、カフワ通りだから」

『良く覚えてたね』

 どうしてそんなこと言うの。近所にある通りの名前ぐらい覚えてるよ。……たくさんあるから、どこがどこか、ごっちゃになりそうだけど。

 

 ※

 

 朝御飯を食べた後は、エルと一緒にお店で開店準備をする。と言っても、私が出来ることは掃除だけ。

 エルは、カウンターで作業をしながら、精霊たちとお喋りをしてる。

 今日のエルの光は、いつも通りだよね。昨日は、相当疲れてたってことなのかな。

 掃き掃除を終えて、エルの方に行く。

『え?でも……。メラニー一人で、大丈夫?』

『構わない』

 一人って、何の話だろう?

『そう。なら、私も出かけることにするわ』

『夕方までにはパッセの店に行きますね』

「ん」

 もしかして、メラニー以外は、皆、出かけるってこと?

「出かけるなら、扉を開ける?」

『まだ行かないわよぉ』

『そうね。リリーが出かける時に行くわ』

「わかった。エル、他に手伝うことある?」

 補充する薬はなさそうだし、棚も綺麗だし……。

「そういえば、渡した銀貨は使い切ったのか?」

「えっ?銀貨?」

 どうして、急に?

「いくら残ってる?」

「えっと……」

『全然、使ってないよ』

 イリスの馬鹿。そんなにはっきり言わなくても良いのに。

「足りなくなったら言ってくれ」

「でも……」

「それとも、今すぐ金貨を返すか?」

 金貨って、私がエルに渡した金貨のこと?

「それは、エルが持ってて」

「なんで?」

「ここまで私を連れてきてくれたお礼。私、エルに渡せるものって、それぐらいしかないから」

「別に、礼なんて要らない」

 すぐ、そう言うんだから。

 あんなにたくさん助けてくれてるのに。

「でも、エルは、私を守ってほしいってお願いを聞いてくれたから」

―守ってくれって言っただろ?

 ずっと、大切にしてくれたから。

「あの時、エルが助けてくれて嬉しかったの。それに、いっぱいお世話になってるし……」

 私に出来るお礼の方法は、他にないから。

「給料は出すって言っただろ?」

「あ、うん。お仕事、頑張るね」

 お仕事は自立するための一歩だ。アリシアもポリーも頑張ってる。私も、自力で外で生活できるようにならなくちゃ。

『マリーが来たな』

「え?」

 こんなに早く来てくれたんだ。

 鍵を開けて店の扉を開く。

「おはよう、リリー」

『おはよう』

「おはよう。マリー、ナインシェ。中に入って」

「ありがとう。そうさせてもらうわ」

 マリーを招いて、戸を閉める。

「あら。エルじゃない。おはよう」

「おはよう」

『おはよう』

『おはよう。メラニーが気づいてくれたのね』

『そうだ』

 マリーは、メラニーが気づかなかったら、お店が開くまで外で待ってるつもりだったのかな。

 外は寒そうだったよね。マリーも暖かそうなマントを羽織ってるし、私も上着を着た方が良いかな?

「リリー、支度してきて良いよ」

「うん。わかった」

 

 家に入って、二階へ。

『何を着ていくの?』

「リュヌリアンが使いやすい服」

『なんで?』

「時間があったら、三番隊に連れていってもらおうと思って」

『エルの話を聞きに行くのが目的なのに?』

「そうだけど……。あれ?ユール、ジオ。どうしたの?」

 二人がついてきてる。

『あたしたちもぉ、付いて行って良いぃ?』

『二人とも、エルの話は知ってるんじゃないの?』

『オイラは、養成所時代の話は知らないよー』

『知ってるのはぁ、あたしとメラニー、バニラだけよぅ』

「そうなんだ。じゃあ、一緒に行こう」

『ふふふ。よろしくねぇ』

『よろしくー』

 

 支度を終えて、一階のお店に戻る。

「お待たせ、マリー」

 マリーが頬に手を当てる。

「リリー。わかってる?お出かけなのよ?」

「うん。わかってるよ」

 防寒対策も完璧だし、リュヌリアンも、短剣とアイテム袋が付いたベルトも持ってる。

「そうね。私に任せて」

「あぁ。頼む」

 マリー、何か頼まれたの?

「行きましょう、リリー」

「うん。いってきます、エル」

『いってきます』

「あぁ。いってらっしゃい」

『あたしたちもぉ、行くわねぇ』

『オイラもー』

『私も行く』

『待って、私も行くわ』

『夕方までには戻ります』

「ん」

 皆で出発だ。

 

 バニラ、エイダ、ナターシャが飛んで行く。

 ユールとジオは傍に居てくれるみたいだ。

「なぁに?珍しい精霊でも居た?」

「そうじゃなくって、エルの……」

『駄目よ、リリー』

「え?」

『マリーも、精霊を詮索するなんてマナー違反よ』

「マナー違反?」

「そうね。ごめんなさい、リリー」

「どういうこと?」

『魔法使いって、本来、精霊を自分の体に隠しているものなのよ。けれど、たまに外に出ているでしょう。そういった時に詮索しないのは、人間と契約する精霊のマナーなの』

「私たち人間も同じ。魔法使いがどんな精霊と契約しているか詮索することは、マナー違反なの。精霊と魔法使いの契約は、大切な約束だから。この関係を大切にする為にも、他人の契約には口を挟まないのよ」

『つまり、リリーの場合は完全にマナー違反なわけだね』

「ごめんなさい。勝手に見てしまって」

『見えるなら仕方ないわ』

「気にしないで。私が光の精霊と契約してることは、王都なら誰でも知っていることだもの」

「そうなの?」

「えぇ」

『オルロワール家は、光の精霊の祝福が強いって有名だもんね』

 そっか。オルロワール家の令嬢なら、光の精霊と関わりが深いって分かるんだ。

「それから、エルは闇の精霊と炎の精霊と契約していることで有名だったんじゃないかしら」

「え?それだけ?」

「それだけって……」

『リリー。エルが契約してる精霊は、ばらさない方が良いんじゃないの?』

 だって、マリーも知らないなんて。

「いいえ。聞かなかったことにして頂戴。エルの精霊のことは、他人には話さないようにしてあげてね」

「うん」

「それから、見えることは、あまり言わない方が良いわ」

「はい」

 それは、エルからも言われてることだ。

 気をつけよう。

「これから花屋に行こうと思っているのだけど、ほかに行きたい場所はある?」

「三番隊。隊長さんに会いに行きたいの」

「ガラハドに?」

「少し体を動かしたくて」

「もしかして、その服装は運動の為だったの?」

「うん。稽古をしたくて」

「なら、先に寄りましょうか。三番隊の宿舎は中央広場にあるの」

 やった。

 しばらく、ちゃんと稽古をしてなかったから。

 楽しみだ。

 

 ※

 

 三番隊宿舎。

 頑丈そうな建物の横にある広い演習場では、隊員の人たちが訓練をしている。

 その様子を見てるのが、この前、会った人だ。

「おはようございます。隊長さん」

「おはよう。ガラハド」

 隊長さんが、こちらに気づく。

「おぉ。マリーにリリーシアか。良く来たな」

「リリーが稽古をしたいそうなのよ」

「良いぜ。付き合ってやる。まずは、肩慣らしにこいつらの相手をしてやったらどうだ?」

「こいつらって……」

「巡回に行く前の隊員たちだよ」

「何言ってるのよ。そんなの危な……」

「わかりました」

「えっ?リリー、本気?」

「うん」

「そうこなくっちゃな。おい、誰か、演習用の大剣を持って来てやってくれ」

 準備運動をしておこう。

「大丈夫?」

「大丈夫だよ」

『本当に?相手は、騎士の国の隊員なんだよ?』

 だから、楽しみ。

 

 ルールは一つ。

 演習用の大剣で、一撃でも攻撃が当たれば私の勝ち。

 ……うん。

 訓練された良い動きだ。

「次!」

 一人倒すごとに、隊長さんの掛け声に合わせて次の隊員さんが来る。

 流石、騎士の国だ。基本がしっかり出来てる。

 でも、その分、解りやすい。

「次!」

 それに、攻撃的な動きというよりは、防御に重点を置いた動きが多いよね。ちょっと手を出しにくいところはあるけど……。

 ここだ。

 攻撃が胴体に綺麗に入る。

「次!」

 構えが遅い。

 走って、間合いに入って大剣を振る。

「次!」

 振りかざされた攻撃を弾いて、そのまま斬り上げる。

「次!」

 良い感じに体が温まってきた。

「次!」

 ……あれ?

 誰も来ない?

「隊長、もう居ないっすよ」

「なら、パーシバル。お前も入れ」

「ええっ?嫌ですよ」

「なんだ。怖じ気ついたか」

「勘弁して下さい。これじゃ巡回に支障が出ますよ」

 もう終わり?

 全然、動き足りない。

「仕方ないな。準備が出来た奴から巡回に出発してくれ」

「了解」

 隊員さんたちが一斉に返事をして、宿舎に向かって駆けて行く。残っているのは数人だけ。

 王都に来た時に会ったパーシバルさんが居る小隊だ。

「はじめまして。パーシバルです」

「はじめまして。リリーシアです」

 挨拶は初めてだよね。

 あれ?私、隊長さんにちゃんと挨拶したっけ?

「決闘やってる連中を倒したって話、聞きましたよ。強いんですね。三番隊に入ってくれるんですか?」

「えっ?そうじゃなくって……」

「勝手にリリーを巻き込まないで頂戴」

「そうだぜ。今日は稽古に来ただけだ」

「なんだ。そうだったんですか」

 残念そうだ。

 興味はあるけど……。

 守備隊って、この国の人じゃなくても働けるのかな?

「あの、隊長さん」

「なんだ?」

「私と戦ってくれませんか?」

「良いぜ」

「えっ?隊長、本気ですか?」

「なぁに。軽い運動だ」

「女の子に怪我させないで下さいよ」

「リリー、気をつけてね」

「うん。大丈夫」

 演習場の中央に立って、大剣を構える。

 隊長さんも片手剣を構えた。

 不思議。

 前にも、こんなことがあったような……。

「負けても泣くんじゃないぞ」

「泣きません」

『昔は、すぐ泣いてたよね』

 それは、大剣の稽古が上手くいかなくて、悔しくて、全然、駄目だった時のことだ。

 あまり思い出したくない。

「パーシバル、審判を頼む」

「防具、付けなくて良いんすか?」

「それは、お互い様だろ?」

 私も防具は付けてない。

「怪我しても知りませんからね。……では、合図を。……はじめ!」

 合図と共に、駆ける。

 そして、大剣を下から上に向かって斬り上げる。

 上手い。軽く受け流された。簡単に攻撃は入らないって思ってたけど、これは、次の一手を出しにくい。

 一歩引いたら、すぐに攻撃を仕掛けられた。大剣の胴を当てて勢いを削ぎつつ、そのまま相手の剣先を下に落とそうとしたところで、押し返される。

 ……強い。

 力で押されるのなんて久しぶり。

 更に引いて、大剣を構え直して、なぎ払うと、隊長さんの剣がまた当たる。

 大剣を振り回せば大抵の人は数歩引いてくれるのに、全然、引いてくれない。

 そのまま鍔迫り合いにもつれ込む。

「良い動きだ。無駄がない」

 それは、こっちの台詞だ。

 全然、私のペースに持っていけない。

 もっと、読まれない動きをしなくちゃいけない。

 軽く力を抜いて相手のバランスを崩して二歩下がり、真横から剣を振る。なぎ払いに見せかけて……、途中から斬り上げる。

 でも、だめだ。

 防がれた。読まれてる。

 続けて放たれたなぎ払いを跳躍して回避し、隊長さんの剣を大剣で叩きつける。

 ……だめ。次の一手が思いつかない。

 隊長さんの左手に移動する。

「らしくないじゃないか」

 だって。

 全然、私の理想的な間合いに入ってくれないんだもん。

 そうだ。

 ちょっと苦手だけど……。

 左上から右下に向かう袈裟斬りの後、続けて右から左になぎ払う。

「おぉ」

 隊長さんが、剣先を下に向けて防御した。

 行ける。

 すかさず剣を引き寄せて、胴体に向かって突き刺す。

 これも避けるの?

 すごい。

 でも、この間合いは譲れない。

 左足に力を込めて、なぎ払おうとしたところで……。

『リリー!』

 間に合わなかった。

 先に間合いに入られて、何とか大剣の柄で攻撃を防ぐ。

「まさか、防がれるとは思ってなかったぜ」

 隊長さんが笑う。

 そのまま、吹き飛ばされて転ぶ。

「リリー!」

「マリアンヌ様、近づいちゃダメです」

 振り下ろされた剣を、倒れたまま大剣で受け止める。

 ……気を抜いたら、斬られる。

「ほら、降参しな」

 嫌だ。

『リリー、負けを認めなよ』

 力が、さっきより重くなる……。

 負けたくない。

―抵抗しろよ。

 ……エル?

―思いっきり蹴り上げて、殴る、とか。

 思いっきり蹴り上げて。殴る、

「っ!」

 柄ごと殴って、ようやく抜け出せた。

 右手に転がって立ち上がり、剣を構える。

 ……あれ?

 隊長さんがうずくまっていて、周りの人たちが笑ってる。

「リリー。それは、ないわ」

 マリーも呆れた顔をしてる。

『そうだね……』

「え?」

 イリスまで。どういうこと?

「あの……」

 私、そんなに強い力で殴ってないよね?

「隊長が負けるところなんて、初めて見たぞ」

「調子に乗って、防具を付けないからっすよ」

「ありゃあ、しばらく再起不能だな」

 再起不能?

『リリー。男の人には急所があるんだよ』

 急所……?

「あっ」

 私が蹴ったのって。

「あのっ。ごめんなさい。隊長さん、大丈夫ですか?」

「あぁ。平気だ」

 隊長さんが立ち上がる。

「女の子に軽く蹴られたぐらいで、立たなくなる俺じゃないぜ」

 隊長さんは、腰に手を当てて大笑いしてる。

「マジっすか」

 えっと……。大丈夫なのかな?

「というわけで、今回は引き分けだ」

「引き分け?」

「隊長、往生際が悪いっすよ」

 私、負けてない?

「リリー。もう行くわよ」

「え?うん」

 マリーが私の手を引く。

「ガラハド、またね」

「あの、ありがとうごさいました!」

「おぅ。また、いつでも遊びに来な」

「はい。あの、これ、ここに置いておきます」

 演習用の大剣を置いて、リュヌリアンを背負って、マリーと一緒に三番隊の宿舎を出る。

 

「リリーって、本当に強いのね」

「そんなことないよ。結局、勝てなかったし」

「勝つつもりだったの?」

「うん」

「呆れた子ね。ガラハドが歴戦の傭兵だって話はしたでしょう」

 大陸でも有名な傭兵だって言ってたっけ。

 隊長さんは、色んな人と戦って、たくさんの経験を積んでる。城の中でしか戦ったことのない私じゃ、まだまだ経験が足りないんだ。

 もっと、強くならなくちゃ。

「リリー、疲れてない?」

「平気だよ」

「なら、真っ直ぐ花屋に行きましょうか」

「わかった」

『なんで、花屋に行くの?』

『お墓参りに行くからよ』

 お墓……。

 そうだ。これから、エルの大切な人が眠る場所に行くんだ。

 

 

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