表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/61

053 花びら

 中央広場から離れると、すぐに人が多くなって来た。

 あの辺りは守備隊が人払いをしていただけで、食べ物屋さんが並ぶ通りは、どこも賑わってるみたいだ。

「人がいっぱいだね。ここって、ポリーズがあったのと同じ場所?」

『そんなわけないだろ』

 イリス、ここがどこなのかわかるの?

「ポリーズがあるのは、貝殻通り。もっと南の方だ。ここは、イーストストリートの近くにあるミモザ通り」

「そうなんだ」

 ミモザは図鑑で見たことがある。黄色い花の樹木だ。……あれかな?

「繁華街は、通りの名前に準じた特徴がある。ここは、あちこちにミモザが植えられているし、ミモザを模した街灯があるんだ」

 街灯……。あった。

「本当だ」

 確かに、あの黄色い花が垂れ下がってる感じは、通りに植えられているミモザと同じ。この特徴なら覚えられそうだ。

 

 エルが案内してくれたお店に入って、メニューを開く。

『たくさんあるね』

 甘いソースや果物が入ったデザート系から、ソーセージや卵が乗った食事系まで、色々そろってる。グラシアルのパンケーキのお店を思い出すよね。

 悩んだけど、海老とアボカドが乗ったものと紅茶を注文した。エルは、ハムと卵、サラダが乗ったものとコーヒー。

「あー。エル、見っけぇ」

『ユリアとルシアンだ』

 女の人と男の人が来た。

 ユリアさんって、昨日、マリーが言ってた子だよね。

 二人とも魔法使い。そして、金髪碧眼。ラングリオンの人って、本当に金色の髪が多いんだ。

「やっほぉ」

「こんなところに居るなんて珍しいな。彼女とデートか?」

 彼女って……。

「お前ら、本当に暇人だな」

「どっちが暇人だよ。いつもふらふらしてるお前に言われたくないぞ」

 エルって、どうして、いつも否定しないのかな。

「ね。あなたが、リリーシア?私、ユリア。こっちはぁ、ルシアン。マリーと一緒に、魔法研究所で仕事してるんだぁ」

「はじめまして。リリーシアです」

「よろしくな」

「よろしくねぇ」

 研究所の人たちって、お昼は外で食べるのが普通なのかな。

「明日はぁ、マリーと一緒にお出かけでしょぉ?私とセリーヌもぉ、お昼ぐらいから合流するねぇ」

「はい。よろしくお願いします」

 ユリアさんも、エルのこと教えてくれるのかな。

「ふふふ。可愛いねぇ。甘いもの、いっぱい食べようねぇ」

「えっ?……はい」

「ほら、行くぞ」

「うん。じゃあ、またねぇ」

 ユリアさんとルシアンさんに手を振って見送る。

「明日って、マリーが家まで迎えに来るのか?」

「うん。朝から来てくれるって」

 早起きして支度しなくちゃ。

「マリーと離れるなよ。迷子になったら、すぐにエイダを呼んでくれ」

『そうですね。すぐ迎えに行きますよ』

「迷子になんかならないよ」

 どうして、そんなこと言うの。

 エルがくすくす笑って、私の頬をつつく。

『でも、今日は少し出かけてきます』

『オイラもー』

『また、自由行動なの?』

『そうですね』

『じゃあ、私も行こうかしら。エル、手伝うことがあったら呼んでね』

「あぁ。いってらっしゃい」

 エイダとナターシャ、ジオが飛んで行った。

 

 ※

 

 ガレット、美味しかったな。また行きたいかも。ラングリオンは美味しいものがいっぱいだ。

 エルと一緒に中央広場に戻って、真っ直ぐ道を進む。

 えっと……。

「これって、お城に向かう道?」

「そうだよ」

 見上げた先には、大きなお城が見える。

「ラングリオンのお城の名前って?」

「リュネット城」

 リュネット。月にまつわる言葉かな。

 ラングリオンは、月の女神への信仰が深いはずだ。

「右側にあるのが魔法研究所で、左側にあるのが錬金術研究所だよ」

 左右にある大きな建物が研究所。

 マリーとユリアさんたちが働いてるのは魔法研究所だから、右側の建物だ。

 マリー、ここからエルの家まで来てくれたんだ。

「こんなところに、花畑があるの?」

「花畑?」

「だって、お花を見に行くんだよね?」

 建物がたくさん並んでいるばかりで、花がたくさんあるようなところは見当たらない。

「こっちの花見は少し違うんだ」

 エルが柔らかく笑う。

 エルが好きな花が咲いてるのかな?

 

 まっすぐ歩いて……。

 お城の前まで来ちゃった。

 堀に架けられた橋の先には、立派な城門が見える。

 エルが、そのまま真っ直ぐ橋を渡る。

 え?まさか、お城に入るの?

 門の両脇で槍を持っている人たちがエルを見たけど、特に何も言わなかった。

「お城って、勝手に入って良いの?」

「庭ぐらいなら誰でも入れるんじゃないか?」

「そうなの?」

『勝手なことを言うな』

『そう簡単に入れる場所じゃないわねぇ』

『じゃあ、なんで入れたのさ』

 橋を渡って城門を潜り抜けた後、エルが左側を指す。

 大きな塔だ。

「あれが、魔法部隊の宿舎なんだ」

「え?お城の中にあるの?」

「あぁ」

 つまり、魔法部隊の人は自由に中に入れるんだ。

「今日は、こっち」

 エルが右側に続く道を歩く。

 こっちは、魔法部隊とは関係なさそうだよね?

 城壁の上に居る衛兵がこちらを見たけど、特に何も言わなかった。

 勝手に入って良いの?

 

 細い道が続いてる。

 どこまで行くのかな。

「目を閉じて」

 目を閉じると、エルが私の両手を掴む。

「ゆっくり歩いて」

 転ばないように気を付けて、手を引かれる方へ付いて行く。

 

 花の香りがする。

 気持ち良い空気。

「良いよ。目を開いて」

 風が吹く。

「わぁ」

 夢のような花の世界。

 こんなの、初めて。

 柔らかなピンク色が広がってる。

 優しい色の正体は、木に咲く花だ。

 ふわふわした可愛い花が、枝から零れ落ちそうなほど咲いている。

「きれい……」

 こんな現実離れした世界があるなんて。

「なんていう花なの?」

「桜」

「桜……」

 穏やかな顔で桜を眺めるエルの周りを、花びらが舞う。

「好きな人と見る花なんだ」

「え?」

 それって、どういう……。

「見頃で良かった。ベリエの、ほんの短い間しか咲かないんだ」

 こちらを見たエルが、私の頬に触れる。

 今言った言葉は、私の聞き間違い?

「今度、グラム湖に桜を見に行こう」

 グラム湖。

 聞いたことがある。

「ラングリオンの聖地だっけ?」

「良く知ってるな」

「うん。ラングリオンの初代国王が、聖剣を授かった特別な場所だよね」

 騎士物語としても有名な伝説だ。

「グラム湖には、桜の木がたくさんあるんだ。一斉に咲き乱れた光景は、ここよりもずっと綺麗だよ」

 桜って、聖地にある木なんだ。

 この木も聖地から運ばれたものなのかな。

『アレクだ』

 アレク?

 エルが見上げたお城のバルコニーに現れたのは……。

「おかえり。エル」

「ただいま、アレク」

 すごい。あんなに精霊を連れてる人、初めて見た。あの人を守るかのように十人ぐらいの精霊が周りに居る。容姿はラングリオンでも良く見かける金髪碧眼……。でも、左右の瞳の色が違うような?

「何やってるんだい」

「見てわからないのかよ」

「上においで。美味しい紅茶を淹れてあげるよ」

「邪魔するな」

「じゃあ、下に行けば良いかな」

「忙しいんじゃないのか」

「羽ペンは届いたよ。かなり良いものだね」

「一番良い奴を出してもらったからな」

「次はどこに行くんだい」

「まだ決めてない」

「じゃあ、宝石を頼もうかな」

「宝石?」

「たとえば、マーメイドの鱗とか」

「マーメイドの鱗?」

 話の流れが早過ぎて付いていけない。けど、その宝石は知ってる。

「リリー、知ってるか?」

「琥珀の一種だよ」

 珍しい琥珀だ。

「どんな琥珀なんだ?」

「石の中にひびが入った琥珀なの」

「ひび?割れてるのか?」

「傷がついてるわけじゃなくて……。化石になる過程で、内側に入る特別なひびなんだ。外部から加わった力では決して出来ないもので、光を受けると特別な煌めきを放つの。平たく丸いひびが、まるでマーメイドの鱗のように輝く貴重な琥珀だよ」

「完璧だ。素晴らしいね」

 バルコニーの上の人が微笑む。

 お城で働いてる人?質の良い服を着ているし、貴族なのかな。

 伯爵令嬢のマリーもあんな感じだから、ラングリオンの貴族って偉そうな人が少ないのかもしれない。

「グラム湖の桜は、もう見頃が過ぎていると思うよ」

「え?」

「もう散ってるのか?」

「忘れたのかい。ここの桜は、この辺で一番遅咲きなんだ」

 本当に、ちょっとの差で見られなくなっちゃう花なんだ。

「今年の桜は早かったんだ。ここで、ゆっくり見ていくと良い」

「ん」

 アレクさんが、お城の中に戻っていく。

 あれ?あの横顔、どこかで……?

「リリー。グラム湖には来年行こう」

「えっ?でも、私……」

 来年、どうなってるかなんて。

「三年間、一緒に居る約束だろ?」

 約束はした。でも、本当に一緒に見られるのかな。

 ほんのひとときしか楽しめない花を。

「もう、やめよう」

 やめる?やめるって、何を?

 まさか……?

 顔を上げると、紅の瞳と目が合う。

「ずっと、俺と一緒に居て」

「え……?」

「三年間だけじゃなく。ずっと、俺の傍に居て」

 ずっと?

 やめるって、私と一緒に居るのをやめるって意味じゃなく?

 ずっと、一緒に?

 三年間だけじゃなく?

 それって……。

「好きだよ。リリー」

「エル……?」

 好きって?

「愛してる」

 顔が、熱い。

 違う。顔だけじゃない。体中が熱い。

 どうしよう。すごく嬉しい。

 本当に?

 エルが、私を好きだって。愛してるって。

「私……」

 私も……。

―決して、誓いを忘れるな。

「だめ……」

 こんなに……。

 こんなに、嬉しいのに。

「だめだよ、エル……。だって、私じゃ……」

 一緒に居られない。

 キスも出来ない。

 帰らなくちゃいけない。

 呪われてるから。

 誓約があるから。

 ここには居られない。

 エルが、私を抱きしめる。

「返事は要らない」

「でも……。私……」

「良いんだ」

 好き。

 エルのことが、大好き。

 なのに、言えない。

 声を出せない。

 目の前が真っ暗だ。

 もう、終わりだ。

 もう、一緒に居られな……。

「リリー。一緒に居て」

 断らなくちゃ。

「どうして……」

「好きだから、離れたくない」

 そんなの、ずるい。

「どうして……。どうして、いつも、そういうこと言うの?」

 エルの腕から離れて、エルを見上げる。

「だめだって……。エルと一緒に居ちゃだめだって。離れなくっちゃって、ずっと、そう思ってるのに……」

 だめ。

 そんなにきつく抱きしめないで。

 また、迷ってしまう。

「離れないで」

「ひどいよ……」

「ごめん」

 いつも、欲しい言葉をくれるから。

「エルは……、優し過ぎる……」

 苦しくて、何も選べない。

 離して欲しいのに。

 離れられない。

「俺と一緒に居て」

「……はい」

「ずっと」

「……はい」

「来年も、一緒に見て」

「……はい」

 我儘を、許して。

 エルが何度も言ってくれるから、諦められない。

「無理矢理言わせて、ごめん」

「無理矢理なんかじゃないよ。私……。見られるなら、来年も見たい」

「見られるよ。一緒に見よう」

 来年も、ここに居たい。

 エルと居たい。

 柔らかな香りと共に花びらが舞う。

「ごめんなさい。せっかく、こんなに綺麗な場所に連れてきてくれたのに……」

 台無しにしちゃうなんて……。

 目をこすっていると、エルが私の手を引く。

 そして、手の甲にキスをして優しく微笑んだ。

「リリーと一緒に見たかったんだ。もう少し、一緒に居て」

「……はい」

 泣いてばかりで、ごめんなさい。

 本当は、三年間だけ一緒に居られたら良かった。

 それだけで。

 他には何も要らないって。

 ……なのに。今は、違う。

 エルが好き。

 愛してる。

 ずっと、一緒に居たい。

 エルがくれた言葉は、全部、私が言いたかったことだ。

 それなのに、今の私が応えられることは一つもない。

 それでも……。

 どうか。もう一度、一緒に桜が見られますように。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ