053 花びら
中央広場から離れると、すぐに人が多くなって来た。
あの辺りは守備隊が人払いをしていただけで、食べ物屋さんが並ぶ通りは、どこも賑わってるみたいだ。
「人がいっぱいだね。ここって、ポリーズがあったのと同じ場所?」
『そんなわけないだろ』
イリス、ここがどこなのかわかるの?
「ポリーズがあるのは、貝殻通り。もっと南の方だ。ここは、イーストストリートの近くにあるミモザ通り」
「そうなんだ」
ミモザは図鑑で見たことがある。黄色い花の樹木だ。……あれかな?
「繁華街は、通りの名前に準じた特徴がある。ここは、あちこちにミモザが植えられているし、ミモザを模した街灯があるんだ」
街灯……。あった。
「本当だ」
確かに、あの黄色い花が垂れ下がってる感じは、通りに植えられているミモザと同じ。この特徴なら覚えられそうだ。
エルが案内してくれたお店に入って、メニューを開く。
『たくさんあるね』
甘いソースや果物が入ったデザート系から、ソーセージや卵が乗った食事系まで、色々そろってる。グラシアルのパンケーキのお店を思い出すよね。
悩んだけど、海老とアボカドが乗ったものと紅茶を注文した。エルは、ハムと卵、サラダが乗ったものとコーヒー。
「あー。エル、見っけぇ」
『ユリアとルシアンだ』
女の人と男の人が来た。
ユリアさんって、昨日、マリーが言ってた子だよね。
二人とも魔法使い。そして、金髪碧眼。ラングリオンの人って、本当に金色の髪が多いんだ。
「やっほぉ」
「こんなところに居るなんて珍しいな。彼女とデートか?」
彼女って……。
「お前ら、本当に暇人だな」
「どっちが暇人だよ。いつもふらふらしてるお前に言われたくないぞ」
エルって、どうして、いつも否定しないのかな。
「ね。あなたが、リリーシア?私、ユリア。こっちはぁ、ルシアン。マリーと一緒に、魔法研究所で仕事してるんだぁ」
「はじめまして。リリーシアです」
「よろしくな」
「よろしくねぇ」
研究所の人たちって、お昼は外で食べるのが普通なのかな。
「明日はぁ、マリーと一緒にお出かけでしょぉ?私とセリーヌもぉ、お昼ぐらいから合流するねぇ」
「はい。よろしくお願いします」
ユリアさんも、エルのこと教えてくれるのかな。
「ふふふ。可愛いねぇ。甘いもの、いっぱい食べようねぇ」
「えっ?……はい」
「ほら、行くぞ」
「うん。じゃあ、またねぇ」
ユリアさんとルシアンさんに手を振って見送る。
「明日って、マリーが家まで迎えに来るのか?」
「うん。朝から来てくれるって」
早起きして支度しなくちゃ。
「マリーと離れるなよ。迷子になったら、すぐにエイダを呼んでくれ」
『そうですね。すぐ迎えに行きますよ』
「迷子になんかならないよ」
どうして、そんなこと言うの。
エルがくすくす笑って、私の頬をつつく。
『でも、今日は少し出かけてきます』
『オイラもー』
『また、自由行動なの?』
『そうですね』
『じゃあ、私も行こうかしら。エル、手伝うことがあったら呼んでね』
「あぁ。いってらっしゃい」
エイダとナターシャ、ジオが飛んで行った。
※
ガレット、美味しかったな。また行きたいかも。ラングリオンは美味しいものがいっぱいだ。
エルと一緒に中央広場に戻って、真っ直ぐ道を進む。
えっと……。
「これって、お城に向かう道?」
「そうだよ」
見上げた先には、大きなお城が見える。
「ラングリオンのお城の名前って?」
「リュネット城」
リュネット。月にまつわる言葉かな。
ラングリオンは、月の女神への信仰が深いはずだ。
「右側にあるのが魔法研究所で、左側にあるのが錬金術研究所だよ」
左右にある大きな建物が研究所。
マリーとユリアさんたちが働いてるのは魔法研究所だから、右側の建物だ。
マリー、ここからエルの家まで来てくれたんだ。
「こんなところに、花畑があるの?」
「花畑?」
「だって、お花を見に行くんだよね?」
建物がたくさん並んでいるばかりで、花がたくさんあるようなところは見当たらない。
「こっちの花見は少し違うんだ」
エルが柔らかく笑う。
エルが好きな花が咲いてるのかな?
まっすぐ歩いて……。
お城の前まで来ちゃった。
堀に架けられた橋の先には、立派な城門が見える。
エルが、そのまま真っ直ぐ橋を渡る。
え?まさか、お城に入るの?
門の両脇で槍を持っている人たちがエルを見たけど、特に何も言わなかった。
「お城って、勝手に入って良いの?」
「庭ぐらいなら誰でも入れるんじゃないか?」
「そうなの?」
『勝手なことを言うな』
『そう簡単に入れる場所じゃないわねぇ』
『じゃあ、なんで入れたのさ』
橋を渡って城門を潜り抜けた後、エルが左側を指す。
大きな塔だ。
「あれが、魔法部隊の宿舎なんだ」
「え?お城の中にあるの?」
「あぁ」
つまり、魔法部隊の人は自由に中に入れるんだ。
「今日は、こっち」
エルが右側に続く道を歩く。
こっちは、魔法部隊とは関係なさそうだよね?
城壁の上に居る衛兵がこちらを見たけど、特に何も言わなかった。
勝手に入って良いの?
細い道が続いてる。
どこまで行くのかな。
「目を閉じて」
目を閉じると、エルが私の両手を掴む。
「ゆっくり歩いて」
転ばないように気を付けて、手を引かれる方へ付いて行く。
花の香りがする。
気持ち良い空気。
「良いよ。目を開いて」
風が吹く。
「わぁ」
夢のような花の世界。
こんなの、初めて。
柔らかなピンク色が広がってる。
優しい色の正体は、木に咲く花だ。
ふわふわした可愛い花が、枝から零れ落ちそうなほど咲いている。
「きれい……」
こんな現実離れした世界があるなんて。
「なんていう花なの?」
「桜」
「桜……」
穏やかな顔で桜を眺めるエルの周りを、花びらが舞う。
「好きな人と見る花なんだ」
「え?」
それって、どういう……。
「見頃で良かった。ベリエの、ほんの短い間しか咲かないんだ」
こちらを見たエルが、私の頬に触れる。
今言った言葉は、私の聞き間違い?
「今度、グラム湖に桜を見に行こう」
グラム湖。
聞いたことがある。
「ラングリオンの聖地だっけ?」
「良く知ってるな」
「うん。ラングリオンの初代国王が、聖剣を授かった特別な場所だよね」
騎士物語としても有名な伝説だ。
「グラム湖には、桜の木がたくさんあるんだ。一斉に咲き乱れた光景は、ここよりもずっと綺麗だよ」
桜って、聖地にある木なんだ。
この木も聖地から運ばれたものなのかな。
『アレクだ』
アレク?
エルが見上げたお城のバルコニーに現れたのは……。
「おかえり。エル」
「ただいま、アレク」
すごい。あんなに精霊を連れてる人、初めて見た。あの人を守るかのように十人ぐらいの精霊が周りに居る。容姿はラングリオンでも良く見かける金髪碧眼……。でも、左右の瞳の色が違うような?
「何やってるんだい」
「見てわからないのかよ」
「上においで。美味しい紅茶を淹れてあげるよ」
「邪魔するな」
「じゃあ、下に行けば良いかな」
「忙しいんじゃないのか」
「羽ペンは届いたよ。かなり良いものだね」
「一番良い奴を出してもらったからな」
「次はどこに行くんだい」
「まだ決めてない」
「じゃあ、宝石を頼もうかな」
「宝石?」
「たとえば、マーメイドの鱗とか」
「マーメイドの鱗?」
話の流れが早過ぎて付いていけない。けど、その宝石は知ってる。
「リリー、知ってるか?」
「琥珀の一種だよ」
珍しい琥珀だ。
「どんな琥珀なんだ?」
「石の中にひびが入った琥珀なの」
「ひび?割れてるのか?」
「傷がついてるわけじゃなくて……。化石になる過程で、内側に入る特別なひびなんだ。外部から加わった力では決して出来ないもので、光を受けると特別な煌めきを放つの。平たく丸いひびが、まるでマーメイドの鱗のように輝く貴重な琥珀だよ」
「完璧だ。素晴らしいね」
バルコニーの上の人が微笑む。
お城で働いてる人?質の良い服を着ているし、貴族なのかな。
伯爵令嬢のマリーもあんな感じだから、ラングリオンの貴族って偉そうな人が少ないのかもしれない。
「グラム湖の桜は、もう見頃が過ぎていると思うよ」
「え?」
「もう散ってるのか?」
「忘れたのかい。ここの桜は、この辺で一番遅咲きなんだ」
本当に、ちょっとの差で見られなくなっちゃう花なんだ。
「今年の桜は早かったんだ。ここで、ゆっくり見ていくと良い」
「ん」
アレクさんが、お城の中に戻っていく。
あれ?あの横顔、どこかで……?
「リリー。グラム湖には来年行こう」
「えっ?でも、私……」
来年、どうなってるかなんて。
「三年間、一緒に居る約束だろ?」
約束はした。でも、本当に一緒に見られるのかな。
ほんのひとときしか楽しめない花を。
「もう、やめよう」
やめる?やめるって、何を?
まさか……?
顔を上げると、紅の瞳と目が合う。
「ずっと、俺と一緒に居て」
「え……?」
「三年間だけじゃなく。ずっと、俺の傍に居て」
ずっと?
やめるって、私と一緒に居るのをやめるって意味じゃなく?
ずっと、一緒に?
三年間だけじゃなく?
それって……。
「好きだよ。リリー」
「エル……?」
好きって?
「愛してる」
顔が、熱い。
違う。顔だけじゃない。体中が熱い。
どうしよう。すごく嬉しい。
本当に?
エルが、私を好きだって。愛してるって。
「私……」
私も……。
―決して、誓いを忘れるな。
「だめ……」
こんなに……。
こんなに、嬉しいのに。
「だめだよ、エル……。だって、私じゃ……」
一緒に居られない。
キスも出来ない。
帰らなくちゃいけない。
呪われてるから。
誓約があるから。
ここには居られない。
エルが、私を抱きしめる。
「返事は要らない」
「でも……。私……」
「良いんだ」
好き。
エルのことが、大好き。
なのに、言えない。
声を出せない。
目の前が真っ暗だ。
もう、終わりだ。
もう、一緒に居られな……。
「リリー。一緒に居て」
断らなくちゃ。
「どうして……」
「好きだから、離れたくない」
そんなの、ずるい。
「どうして……。どうして、いつも、そういうこと言うの?」
エルの腕から離れて、エルを見上げる。
「だめだって……。エルと一緒に居ちゃだめだって。離れなくっちゃって、ずっと、そう思ってるのに……」
だめ。
そんなにきつく抱きしめないで。
また、迷ってしまう。
「離れないで」
「ひどいよ……」
「ごめん」
いつも、欲しい言葉をくれるから。
「エルは……、優し過ぎる……」
苦しくて、何も選べない。
離して欲しいのに。
離れられない。
「俺と一緒に居て」
「……はい」
「ずっと」
「……はい」
「来年も、一緒に見て」
「……はい」
我儘を、許して。
エルが何度も言ってくれるから、諦められない。
「無理矢理言わせて、ごめん」
「無理矢理なんかじゃないよ。私……。見られるなら、来年も見たい」
「見られるよ。一緒に見よう」
来年も、ここに居たい。
エルと居たい。
柔らかな香りと共に花びらが舞う。
「ごめんなさい。せっかく、こんなに綺麗な場所に連れてきてくれたのに……」
台無しにしちゃうなんて……。
目をこすっていると、エルが私の手を引く。
そして、手の甲にキスをして優しく微笑んだ。
「リリーと一緒に見たかったんだ。もう少し、一緒に居て」
「……はい」
泣いてばかりで、ごめんなさい。
本当は、三年間だけ一緒に居られたら良かった。
それだけで。
他には何も要らないって。
……なのに。今は、違う。
エルが好き。
愛してる。
ずっと、一緒に居たい。
エルがくれた言葉は、全部、私が言いたかったことだ。
それなのに、今の私が応えられることは一つもない。
それでも……。
どうか。もう一度、一緒に桜が見られますように。




