052 魔法部隊
二階へ行って、支度を整える。
上着も着ておこう。
『リリー。どこかに行くのぉ?』
「うん」
短剣のベルトを着けて、リュヌリアンを背負う。
『どこに行くんですか?』
『魔法部隊の仕事だよ。ユベールって子がエルを呼びに来たんだけど……』
「代わりに行ってくる」
『え?』
「エル、疲れてるみたいだから」
『一緒に行きましょうか?』
「大丈夫。すぐ戻るよ」
『危なくなったら、いつでも呼んでくださいね』
「でも……」
『サンドリヨンとして加勢しますよ』
そっか。エイダは、王都でも有名な冒険者だっけ。
「わかった。……いってきます」
『いってらっしゃい』
『気を付けて』
※
「リリーシア。本当に行く気?」
「エルは、まだ帰ってないことになってるから。私が行くよ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫。亜精霊とは戦ったことあるから。……ユベール君。場所は、中央広場だよね?」
「はい。あの……。案内します」
「うん。お願い」
ユベール君と一緒に外に出る。
※
中央広場までは、サウスストリートを真っ直ぐ行けば着くはず。
『本当に大丈夫?リリー』
大丈夫。
「広場では、被害がっ、出ないよう……、防御魔法、展開……、精鋭が、攻撃を……」
ユベール君が息を切らしてる。
「だから、味方のっ、攻撃魔法っ、気を、付けっ……」
「わかった。先に行くね」
「はいっ」
急ごう。
人通りの少ないサウスストリートを走っていると、衛兵らしき人が大きく手を振っているのが見えた。
あの服装は守備隊かな?
「ここから先は戦闘区域の為、通行禁止です!」
「魔法部隊の手伝いです」
「え?……はい」
そのまま走り抜けて、噴水のある広場を目指す。
『虎の亜精霊だ』
巨大なのが一匹と、大型犬ぐらいのサイズが……。四匹かな?
走りながらリュヌリアンを抜いて一匹目を斬り上げると、亜精霊が左手に吹き飛んだ。
「何者だ!」
遠くから声が聞こえる。
「手伝いに来ました!」
『手伝いって。リリーは無関係だろ』
襲い掛かって来た別の一匹を斬り払い、続けて突き刺す。
「待て!」
「え?」
怯んだ亜精霊に向かって女性の魔法使いが何か唱えると、亜精霊が小さな小瓶に吸い込まれた。
「消滅させてはならない」
倒しちゃだめ?
「わかりました」
『さっきのが来たよ』
さっき、左に吹き飛ばした虎だ。駆けて行って胴体をなぎ払うと、亜精霊と私に向かって炎の魔法が降り注いだ。
『リリー、』
「平気」
炎の中でリュヌリアンを振り回す。
魔法は向こうに居る魔法使いが使ったみたいだ。
巻き込まれちゃったけど、エルの魔法に比べたら、全然、熱くないし痛くもない。
「引け!」
数歩引くと、亜精霊に向かって尖った岩が突き刺さった。
『大地の魔法だ』
攻撃を与えた後、岩が消える。これも炎の魔法みたいに自然現象とは違う影響を与える魔法なのかな。
私の前に、さっきの魔法使いが来た。
また、小瓶に吸い込むつもりみたいだ。
『次のが来るよ』
三体目。
この人が攻撃を受けないよう、他のを引き付けなくちゃ。
こっちに向かってきた虎の方へ走る。この虎は元気そうだから、簡単には倒れないよね。
『また小瓶に吸い込んでる。何なんだろうね。あれ』
ラングリオンで開発された魔法?錬金術の何か?
走ってきた虎が大きく飛び上がった。軽い動きだけど、そんな攻撃は当たらない。その下をくぐって、胴体を真っ二つに斬るように攻撃する。
上手く入った。
もう一押ししたい。
次の攻撃を繰り出そうとした、その時。
広場の真ん中に居た巨大な虎が、咆哮を上げる。
これって……。
「ユベール!逃げろ!」
『まずいよ。転んだみたいだ』
広場の右手。ブレスの狙いの先で、ユベール君がうずくまってる。
でも、ここからじゃ遠い。
女性の魔法使いは、エルみたいに魔法で一気にユベール君の方へ駆けていったけど、私じゃ間に合いそうにない。
だとすれば……。
『リリー、前!』
まずは、目の前の虎を遠くに吹き飛ばす。それから、大きく振り回したリュヌリアンを虎の頭目掛けて投げつける。
『あ!馬鹿!』
首に大剣が刺さった虎が、大きくのけぞった。
やった。ブレスが防げた。
『何やってるんだよ。もっと、他に投げるものなかったの?』
投げるもの……?
「あっ」
エルから貰った煙幕の玉。
あれを敵にぶつけても良かったのかもしれない。
さっきの人が、ユベール君を安全な場所に連れて行くのが見える。
『ほら、来るよ』
巨大な虎が、こっちを向いてる。
武器……。
そうだ。エルに買ってもらったのがある。腰の短剣を逆手に抜いて構える。
『使えるの?』
「アリシアから言われた通り、体術の要領でやってみる」
まずは、リュヌリアンを取り返さないと。
巨大な虎に向かって走って、虎が上げた足を殴るように短剣で斬りつける。良い感じだ。一回転して、もう一度斬りつけて、折り曲げた虎の膝を足場にして、高く跳ぶ。
『左の虎も来そうだよ』
左の虎の狙いは私のまま。
もう一体居るはずだけど、ここからじゃ居場所は確認できない。
虎の体に短剣を刺して更に駆け上がろうとしたところで、虎が暴れて吹き飛ばされる。
……届かなかった。
リュヌリアンが刺さってるのは高い位置だから、虎が頭を下げてくれない限り、取り返せそうにない。
『左のが来るよ』
体勢を整えながら着地して、飛びかかって来た小さい虎の攻撃を短剣で受け止める。
噛みつこうと襲いかかってきた牙は、短剣で防げたけど。鋭い爪が頬をかすった。
『リリー』
大丈夫。
力を入れて短剣で押し返し、そのまま吹き飛んだ虎を追って、殴るように短剣で二回斬りつける。
短剣の使い方って、こんな感じで良いのかな。
でも、順調にダメージを与えてる感じはする。
『巨大な方は、魔法使いたちが引き付けてるよ』
なら、こっちを弱らせよう。
落ち着いて見極めれば、動きは単純だ。
もう少し引き付けて……。攻撃をかわして、胴体を斬りつける。
『エルだ』
「え?」
エル?
右の方から放たれた風のロープが目の前の虎を縛る。縛られた虎が、宙に浮いた。
これって……。
あれに似てる。
薪を作る時にエルが投げてくれた丸太。
宙を舞う虎に向かって、縦に二回、横に三回斬りつける。
これだけ弱らせれば、十分だよね。
『リリー、まだ来るよ!』
虎の亜精霊が、着地と同時に大きな咆哮を上げる。すると、虎を縛っていた魔法のロープが消えた。
……どうしよう。
これ以上、攻撃したら消してしまうかもしれない。
真っ直ぐに突進してきた虎の攻撃を短剣で防ぐ。けど、勢いに負けて吹き飛ばされた。
「リリー!」
着地の体勢を取らなきゃ、と思ったところで、抱き留められる。
「エル」
いつの間に後ろに来てたんだろう。
「なんで、攻撃しなかったんだよ」
「消滅させちゃダメって言われたから」
「なんだって?」
弱った虎の亜精霊のところに、さっきの女の人が来て、虎を吸い込む。
上手くいったみたいだ。
「リリー。いつもの剣は?」
「あっち」
『虎の首に刺さってるんだ』
「は?」
高いところに刺さってるから、取りに行けない。
「取って来るから、安全な場所に逃げろ」
「え?」
エルが、巨大な虎に向かって走って行った。
『もう一匹の方は、片付いたみたいだね』
本当だ。なら、残りは巨大な虎だけ。
『ほら、逃げるよ』
「だめ。まだ終わってない」
『戦う気?』
だって、リュヌリアンがあれば……。
え?
巨大な虎がエルの魔法のロープを噛んで、エルを振り回してる。
「エル!」
でも、振り回された反動を使ったのか、魔法を使ったのか、エルがそのまま巨大な虎の頭に上に飛び乗った。
『すごいね』
「リリー!」
エルが私の居る場所に向かってリュヌリアンを投げる。
「ありがとう!」
短剣を仕舞って、飛んで来たリュヌリアンを受け取る。
これで戦える。
真っ直ぐ巨大な虎に向かって走り虎の足を斬りつけると同時に、エルが空中から炎の魔法で攻撃した。虎の視線はエルを追ってる。もう一度、大きく振り払って強い一撃を与えた後、数歩引いて、着地したエルの側に行く。
「逃げろって言っただろ」
「手伝うって言ったから」
「武器もないのに戦おうとするな」
「短剣はあったよ」
「あれは護身用だ」
「戦えたよ」
「使えないって言ってただろ」
「えっと……。使えたよ?」
「やっぱり使えないんじゃないか」
「今はリュヌリアンがあるよ」
『痴話喧嘩してる場合じゃないだろ。来るよ』
あの虎の動きは、ブレスの予備動作だ。これは大丈夫。
「ブレスなら平気」
「あんなのまともに浴びる馬鹿がどこに居るんだよ」
大きく振りかぶった巨大な虎がブレスを吐いた瞬間、エルが私を引き寄せる。体がふわりと浮いたかと思うと、虎の右手に移動した。
なのに、虎の目の前にエルが居る。
エルは私の横に居るのに?
「あれは?」
「闇の魔法で作った影。少しの間、囮になってくれるんだ」
「そうなんだ」
虎は、まだ同じ場所に向かってブレスを吐いてる。私たちがここに移動したことにはちっとも気付いてないみたいだ。どうしようかな。
「ブレスは反動がきつい技だから、発動中は、ほとんど身動きが取れなくなる。真正面以外は安全だ」
「じゃあ、こっちからなら攻撃出来るんだよね」
胴体に向かってリュヌリアンで斬りつけると、ブレスが止まった。
振り返って噛みつこうとしてきた虎に向かって走り、剣を大きく振り上げて顎を攻撃する。噛みつかれるのは、もう、ごめんだから。
怯んだ虎に向かって二度なぎ払い、そのまま体の下をくぐって虎の左手へ。左わき腹に攻撃した後、虎の背後に回る。ブレスには予備動作が必要だ。死角に入り続ければ、放てないはず。
蹴り上げるように動いた後ろ足の攻撃を避けると、一瞬、虎と目が合った。胴体を斬りつけながら、すぐに死角に入る。適当に暴れただけの攻撃なんて当たらない。このまま私に引き付けて弱らせれば……。
「リリー、避けろ」
エル。
虎から大きく遠ざかると、虎の足元に大きくて真っ黒な影が現れた。
『何だよ、あれ』
ワームの時に見たのと同じ。影から伸びた黒いロープのようなものが虎を捕まえた。
『あんな魔法を魔法陣なしで使うなんて』
この魔法って、そんなにすごいの?
さっきの人が来て、また、小瓶の中に虎を吸い込んだ。あんなに巨大な虎も吸い込めちゃうなんて……。
闇の魔法が消える。終わったんだ。
リュヌリアンを鞘に納めると、エルが私の方に来た。
「リリー。大丈夫か?怪我は?」
あんな魔法を使ったのに魔力が全然減ってない。
「大丈夫だよ。どこも怪我なんて……」
「してるだろ」
頬のは、ほんのかすり傷だ。
「これぐらい平気だよ」
「何言ってるんだ」
エルが私の頬に薬を塗る。少し痛い。
「なんで、戦うことになったんだ」
『それは……』
「エルロックさん!」
呼び声が聞こえて、エルと一緒に振り返る。
「ユベール」
「ユベール君」
走って来たユベール君が、エルを見上げる。
「すみません。全部、僕のせいなんです」
「違うよ。ユベール君は悪くないの。私が勝手に来たの」
『この子はエルを呼びに来たのに、リリーが出しゃばったんだよ』
「でも、リリーシアさんは僕を助けてくれたんです。大事な剣を投げて……。そのせいで、」
「ユベール!」
この声……。さっきの女の人だよね?
「隊長」
「ユベール。隊列に戻れ」
「はい」
命令を受けたユベール君が列の後ろに並ぶ。
さっきの女性が魔法部隊の隊長だったんだ。魔法使いの光を持った同じ服装の人たち。これが、エルの所属してる魔法部隊。
「レティシア。予備部隊員を危険にさらすなんて、何やってるんだよ」
「ユベールは、お前を呼びに行った後、安全な場所で待機予定だった」
「あの、隊長、僕……」
「黙れ。処分は、追って話す」
『なんか……。厳しそうな人だね』
厳しいというか……。責任ある立場の人だ。最前線に立って戦い、ユベール君を助けていた。
「それに。リリーは一般人だぞ。なんで巻き込んだんだ」
「あの、私が勝手に……」
「伝令ミスだ。詫びよう」
「ふざけるな!」
どうしよう。すごく怒ってる。
「戦闘区域に非戦闘員を侵入させるなんて有り得ない」
「区域の管理は守備隊の役目だ」
「市中戦闘だ。逃げ遅れた市民がどこに居るかもわからないっていうのに、配慮が足りな過ぎる。市民に被害を出さないことが第一じゃないのか。もっと、守備隊と連携を取れ」
「我々は与えられた任務を遂行したまで。実験体は無事回収、市民に一人の怪我人も出さず、街への損害もない」
「お前が巻き込んだせいでリリーが怪我しただろ」
私の怪我?
レティシアさんが、私を見る。
「名前は?」
「リリーシアです」
「リリーシア。危険を顧みずユベールを救ってくれたこと、そして、今回の任務への協力に感謝する」
「……はい」
「いい加減にしろよ」
怒ってるのって、私が怪我したせい?
「エル」
怒らないで。
悪いのは私だ。
「エルロック。何故、招集に応じなかった」
「それは、私が……」
「帰還の報告なんてしてない」
「報告は義務だ。今日中に宿舎へ来い」
「行くわけないだろ」
「以上だ。全員、帰還するぞ」
「了解!」
魔法部隊の人たちが返事をして、レティシアさんを先頭に歩いて行く。
でも、ユベール君がこっちに来た。
「エルロックさん。あの……」
「実戦は初めてか?」
「はい」
「怖かっただろ」
ユベール君が静かに頷く。
「僕……。亜精霊を見たの、初めてで……。何も出来ませんでした」
初めてだったんだ。
そうだよね。安全な都市の中に亜精霊が出ることなんてない。あんな大きな怪物が目の前にいきなり現れたら、足がすくんで動けなくなってもおかしくないよね。
「立ち向かう必要なんてない。今回の任務でユベールがしなければならなかったことは、自分の命を守ることだ。自分の身の守り方も知らないのに、他人を守れると思うな」
「はい」
「怪我は無いか?」
「大丈夫です。隊長とリリーシアさんが助けてくれたので」
『虎の亜精霊に目をつけられたこの子を助ける為に、リリーが剣を投げて、さっきの人が庇ったんだよ』
本当に、怪我が無くて良かった。
ユベール君が私に向かって頭を下げる。
「リリーシアさん。助けていただいて、ありがとうございました」
「うん。無事で良かった」
「エルロックさん。リリーシアさんを連れてきてしまって、すみませんでした」
今度は、エルに向かって頭を下げる。
「もう、良いよ」
良かった。もう怒ってない。
「ほら。急がないと置いて行かれるぞ」
「はい。では、失礼します」
ユベール君が、魔法部隊が居る方に向かって走って行った。
「リリー」
エルが私を見下ろす。
「なんで、勝手に出て行くんだ。知らない奴には付いて行くなって、あれほど言ってるだろ?」
「え?ユベール君って、魔法部隊の子なんだよね?」
知らない人じゃない。
エルが眉をひそめる。
『リリーには何言っても無駄だって』
だめだったかな。でも、勝手なことをしちゃったのは確かだ。
「あの……。ごめんなさい」
心配かけちゃった。
「良いよ。無事だったから。ユベールにも怪我がなくて良かった」
「うん」
エルは優しい。こんなかすり傷の心配までするぐらい。
「昼か」
お昼?
もしかして、今鳴ってる鐘の音?
これ、お昼を知らせる鐘の音だったんだ。
エルの魔法使いの光は今朝より強くなってる。休んで魔力が回復したってことだと思うけど……。さっきの魔法では魔力が全然減ってないってことになる。イリスが驚くぐらいの魔法を使ったのに?あの規模の魔法もエルにとっては何でもないことなの?
昨日の夜はどうだったっけ?いつもとの違いなんて……。
「リリー。ランチはどうする?」
「え?えっと……」
食べたいもの?
「パン屋さん」
「パン屋?……あぁ、メロンパンが食べたいんだっけ」
「うん」
『良く分かったね』
ラングリオンのは、どんなメロンパンかな。
「でも、今の時間はテイクアウトしかやってない」
「テイクアウト?」
「買えるけど、店では食べられない。カフェは、午前中と午後のティータイムしか開いてないんだ」
お店によって、やってる時間が違うってこと?
パン屋さんって、カフェなの?お昼にカフェはやってない?
「じゃあ、お昼は皆、どうしてるの?」
「ランチタイムとディナータイムは、レストランの時間だ。ランチからティータイムまで開いてるのは、広場の屋台とか、クレープガレットの店みたいな専門店ぐらいか」
『なんで、そんなに複雑なのさ』
「すぐ慣れるよ」
慣れるかなぁ。
カフェと、レストランと専門店。
あれ?ラングリオンのランチタイムって何時まで?ティータイムもはっきり決まってるのかな?屋台も時間が決まってる?それから……。
「花見に、」
「クレープガレットのお店って?」
あっ。エルと声が被っちゃった。
「なら、今日はクレープガレットを食べに行くか」
「え?あの、花って?」
「行きたい場所があるんだ。食後に行こう」
「お花があるの?」
「あぁ」
どんな花を見に行くんだろう。楽しみだ。




