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薄明に繋ぐ弧弦, リリーの物語  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編 Coup de foudre -ⅰ.ライラ
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004 精霊と魔法

 街をぐるぐる回って色んなものを買ってもらった。

 城下街は、かなり広い。前に城の屋根に上って見た時の感覚だと、城の街の三、四倍はありそうだった。でも、実際に歩いてみると、もっと広く感じる。

「これで必要最低限なものは揃ったはずだ」

「ありがとう」

 エルのアドバイス通りに揃えたから、もう心配ないよね。着替えもかなり増えたと思う。

 ランチに一緒に食べたミートボールのクリームスープも美味しかったな。

 堂々と歩き回っていたけど、絡まれることはなかった。エルが上手く撒いてくれてるのかもしれない。それか、教育係が諦めてくれたか。

『リリー。どれだけ買ってもらったか解ってる?忘れずに返すんだよ』

 わかってる。

 鎧の弁償だから気にしなくて良いって言われたけれど、そんなわけにはいかない。

 でも、全部でいくらぐらいなのかな。ルークの価値も物価の相場も解らないから、金貨一枚で返せるかどうかがわからない。

 金貨以外のお金も持ってくるんだった。

『今更、後悔したって遅いからね』

 わかってるよ。

 

 エルと一緒にお店に入る。

 氷砂糖亭。

 また、レストラン?

「おかえり」

「ただいま」

 エルが返事をする。

 ただいま?

『ここ、宿じゃない?』

 宿なの?

『ほら、あっちに宿泊者受付があるよ』

 本当だ。

「早かったね。お茶でも淹れるかい?」

「あぁ。二つ頼む。ついでに、彼女も宿泊者に加えてくれ」

「じゃあ、宿帳に名前を書いてくれるかい」

「わかった」

 名前を書くだけで泊まれるの?

 誰も居ない宿泊者受付窓口へ行くと、エルが宿帳を開いて指を差す。

「名前を書いてくれ」

 ここに?

 あ。これって、エルのフルネームなのかな。エルから貰ったペンで、エルの名前の下に名前を書く。

「これで良い?」

 

 Elroch Clanis

 Liryshia

 

「あぁ」

 良かった。これで良いらしい。

 というか……。泊まる手続きをしたってことは、今日はもう城下街を出ないってことだよね。

「お茶が入ったよ。夕飯は肉かい?魚かい?」

 夕飯?肉?魚?

「俺は魚」

「お嬢ちゃんは?」

「えっと……」

 なんて言えば良いんだろう。

「今日の夕飯のメインだよ。肉と魚、どっちが良い?」

 好きなのを選んで良いの?

「魚」

「二人とも魚だね。今日は新鮮なのを仕入れてるから、楽しみにしてておくれ」

「はい」

 紅茶セットを貰って階段に向かうエルの後に付いて行く。

 部屋は二階にあるんだ。

「食べ物って、好きなものを選べるの?」

「だいたい、どこの宿もメインは二つから選べるようになってる」

「そうなんだ」

 楽しみ。

 

 階段を上った一番奥が、エルが使っている部屋らしい。

 綺麗に整えられたベッドが二つ。

 壁際にはクローゼット。それから、テーブルと椅子が二つ。

 ここって、どう見ても二人用の部屋だよね?宿帳にはエルの名前しかなかったけど……。

「誰かと一緒に泊まってるの?」

「一人だよ。一般的な宿の個室は、だいたいベッドが二つある」

 ベッドの数は部屋を使っている人数とは関係ないらしい。だから、宿泊者が一人増えても問題なかったんだ。

 エルがテーブルに紅茶セットを置く。

「適当に座ってくれ」

「はい」

 椅子に座って、紅茶セットの砂時計を見る。飲み頃まで、もう少し。

 エルは戸口の方に行ってしまった。

「メラニー。顕現して、監視とトラップの魔法をかけてくれ」

『了解』

 さっきの精霊だ。

「闇の精霊だよね?」

「あぁ。博識だな」

 博識?

 精霊や魔法は、習ったことしか知らない。

「似たようなのを見たことがあるから」

「城の中で?」

「うん。城にも色んな精霊が居るんだ。炎の精霊は居なかったけど」

 氷の精霊が一番多いけど、雪の精霊や光の精霊、闇の精霊も良く見かける。

「今は、顕現させてるんだよね?」

「あぁ」

 顕現すると、精霊は人が触れる状態になる。

 でも、さっきは顕現させずにお願いしてたよね?

 何が違うんだろう。

「あの、どうして今は顕現しているの?」

「精霊自身が魔法を使うには顕現してないと無理だからだ」

「あ……。そっか」

『それぐらい、精霊学で習ってるだろ』

 覚えてるよ。

 精霊は自然そのもので、普段は自然に溶け込んでいる。でも、魔法で干渉する際には顕現しなければならない。

「確か、精霊って、顕現するのにも魔力を使うんだよね?」

「あぁ。でも、契約中の精霊は契約者の魔力を使うから問題ない」

 人間と契約した精霊は、自分の魔力を消費する必要がほとんどなくなる。

 顕現するのに使う魔力だって、契約してる人間の魔力を使える。

 そして。

「契約中だと、精霊が魔法を使うのにも……」

「俺の魔力を使ってる」

『そうだね』

 契約者が魔法の使用を頼めば、精霊は契約者の魔力を使って魔法を使う。

 良かった。

 合ってた。

 精霊に関する常識は、城の外と中で変わらないみたいだ。

「でも、普通、契約中の精霊を他人の前で顕現なんてさせないからな」

「どうして?」

「契約中の精霊がばれるからだ」

 ……どういうこと?

「魔法使いっていうのは、自分が魔法使いであることも、契約してる精霊も隠してることが多いんだよ。自分の力をばらすようなことは普通しない」

『外の人間って、精霊を自分の体に隠してるみたいだよね』

 そういえば、街で見かけた魔法使いって、魔法使いの光があるのに精霊を連れてない人ばかりだったっけ。それは、連れてないんじゃなくて体に入れてただけなんだ。

「でも、リリーには隠しても無駄だからな」

「え?」

 どういう意味?

 隠しても無駄って……。

 もしかして?

「あなたは、精霊が見えないの?」

「見えないよ」

「え?」

 見えないの?

『難しい魔法を頼んだみたいだね』

 イリスが見てるのは闇の精霊だ。

『複雑な魔法を使うのって、嫌がる精霊も居るのに』

 精霊と仲が良くないと頼みは聞いて貰えない。

『お茶ぐらい淹れたら?』

 いつの間にか砂時計の砂が落ちてる。

 飲み頃になった紅茶をカップに注いでいると、エルが戻って来た。

 闇の精霊もエルの中に戻ったみたいだ。

 向かいに座ったエルが紅茶を飲む。

「精霊と仲が良いんだね」

「魔法の使用は、契約してる精霊との繋がりや信頼関係に依存するからな」

「えっと……。人間は精霊と契約するにあたり、必ず相互の理解を深め……」

「共存共栄のために律しなければならない。……って、専門書の丸暗記じゃないか」

 エルが笑う。

 エルも、私と同じような専門書を読んで勉強したのかな。

「だったら、解るだろ?精霊は顕現しなければ見えない存在だって」

「見える人ばっかりじゃないっていうのは知ってるよ。魔法を使うには素質が必要だから」

『本当にわかってる?勘違いしてない?』

 勘違い?

「魔法使いの三条件は知ってるか?」

「うん。共鳴、対話、契約、だよね?」

「正解」

『良く覚えてたね』

 覚えてるよ。

 共鳴とは、精霊の存在を感じる力。

 対話とは、精霊と意思疎通を行う力。

 契約とは、精霊の信頼を得て契約を行う知識。

 これが揃って、初めて魔法を使えるようになるのだ。

「だから……。共鳴できるなら、精霊は見えるよね?」

「違う」

「え?」

『そこで勘違いしてたの?』

 勘違い?

「共鳴は精霊の存在を感じる力。そこに居るってわかるだけだ。精霊を視認する必要なんてない」

「そうなの?」

「だいたい。俺は、顕現していない精霊が見える奴なんて今まで会ったこともないし聞いたこともないからな」

「え?でも……」

『でも、じゃないよ。女王の娘は特殊だって聞いてるだろ?』

 だって、こんなに強い魔力を持った人でも見えないなんて。

「他にも見える奴が居るのか?」

「私の姉妹は見えるよ」

「姉妹?」

「女王の娘。五人姉妹なの。それから、龍氷の……」

『こら』

 これは、言っちゃ駄目なこと?

「龍氷の魔女部隊?」

「知ってるの?」

『え?知ってるの?』

「古い時代にグラシアルの守護者として活躍していた女王直属の部隊だろ?今もあるのか?」

「あるよ。龍氷の魔女部隊は、女王にならなかった人が入る部隊だから」

『本当に知ってるなんて。今の時代は、ほとんど出る幕がないって言われてるのに』

 異国でも有名だったんだ。

 それとも、エルの頭が良いだけ?

 エリクシールを作れるぐらい頭の良い人なのは間違いないよね。

 さっきから、教えてもらってばかりだ。

「見えるのは特殊なことだ。見えるなんて言わない方が良い。トラブルの元だ」

「……はい」

 これだけ頭が良い人が止めるなら、言わない方が良いのかも。

「気をつけるのは人間だけじゃないからな。精霊もだ」

「どうして?」

「人間に対して好意的な精霊ばかりじゃないからだよ。人間と関わりたくない精霊も居るんだ。用が無いなら、その辺に居る精霊とも無暗に目を合わせない方が良い」

「……わかった」

 人間のことが嫌いな精霊も居るだなんて、ちょっと、ショックかも。

『リリーはすぐに知らない精霊に付いて行っちゃうんだから、気を付けなよ』

 だって……。

 城の精霊は皆、優しかったから。

「魔法使いが魔法を使う方法は知ってるか?」

「うん。精霊と契約することで、人間は精霊に応じた属性の魔法を使うことが可能になる。発動する魔法を具体的にイメージして、自分の魔力に乗せて魔法を放つんだよね」

「正解」

『正解。良く覚えてたね』

 合ってた。

 魔法なんて使えないけど。

「なら、使える魔法に種類があるってことは理解してるか?」

「種類って、属性のこと?」

「俺が話してるのは、発動方法や魔力の強さの違いについてだ」

 強さの違い?

 エルが、ランプのシェードを外す。

 そして、指先に炎の魔法を灯して近づけた。

 でも。

「あれ?火がつかない?」

 どうして?

 ちゃんと炎が存在してるのに。

「つかないよ。これは自然現象ほどの威力を持たない簡単な魔法だからな。さっき、リリーを追ってた連中に使ったのも、これと同じ。炎に焼かれているような痛みは感じるけど、火傷が出来るような炎じゃないんだ」

「そうなんだ」

「でも、火をつけることも可能だ」

 突然、ランプに火が灯る。

「ついた……。何が違うの?」

「魔力の強さの違いだよ。今のは自然現象と同じ効果をもたらす炎。通常より多くの魔力を込めた魔法で、物理的にものを燃やすことも可能だ」

 ずっと炎は存在し続けていて、見た目は何も変わってないのに。

 魔力の強さの違いだけで、結果がこんなに変わるなんて。

「攻撃魔法で、ここまで魔力を込めた魔法を使うことなんて滅多にない。人間を火だるまにするレベルの自然現象なんて、滅多に使わないんだ。わかったか?」

「はい」

 つまり、さっきの戦いでエルがやっていたやり方は、魔法使いにとっては一般的なもので、相手を極端に傷つけるような方法じゃなかった。

「あんなに騒いで、ごめんなさい」

 エルの言う通り。

 魔法は、見た目と違う結果になることも多いんだ。

「謝る必要なんてない。こういうのは、実際に魔法を使っていれば身につく。……っていうか、魔法を使えるなら体感でわかるだろ?」

 わからない。

 だって。

「私……。魔法なんて使えない」

「え?」

 そんなに驚くことかな。

 私、魔法を使いそうなタイプに見えないよね?

 魔法使いが持つような杖だって持ってないし、剣士の装備しかしてないし。

 それとも、あれかな。

 魔法使いの三条件。

 私は精霊が見えて、話すこともできるから、魔法使いの条件が整っていそうに見えるのかもしれない。

 というか、魔法使いの三条件を習った時に言われたのだ。精霊が見えることは共鳴の条件を満たすって。だから、見える人も結構いるんだと思ってたのに……。

「精霊と契約してないってことか?」

「契約してるよ」

「なら、条件は整ってる」

「そうじゃなくって……」

 もしかして、これも変なことなのかな。

「私には、魔法を使う為のものがない」

「魔法を使う為のもの?」

 魔法を使う為には絶対に欠かせないもの。

 魔法の源。

「魔力がないんだ」

 生きていくのに必要最低限の量しか。

「魔力が無い人間なんて居ない」

 魔力。

 魔力とは、自然の命の力。

 呼吸をするように常に自然から得られる力で、呼吸をするように上限を超えた分は自然に還っていく力。

 人間は本来、常に魔力で満ちた生き物なのだ。

 だから、エルが言っていることは正しい。

 私だって魔力が完全にないわけじゃない。

 ただ、人間が持てる魔力量の上限は個体差が大きい。

「魔法が使えないぐらい、魔力上限が低いってことか?」

 頷く。

 エルの言う通り。

 私は、魔法が使えるような量を持ってない。

 ないと言って良いぐらい。

 これも、変なことなのかな……。

 エルがため息を吐く。

「そろそろ本題に入ってくれ」

「わかった」

 

 

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