049 占い師
お喋りが長引いてしまった。
「ごめんね、マリー。今日って、仕事なんだよね?」
「平気よ。ランチ休憩は長めにとるって言ってあるから」
『長過ぎじゃない?』
『大丈夫よ。エルの所に行くって伝えてあるもの。遠くまで行くって、皆、知ってるわ』
本当に大丈夫なのかな?
「さ。ポラリスの所に行きましょう」
「ここから近いの?」
「えぇ。サウスストリート沿いにあるのよ」
『リリー、避けて』
「危ない」
走って来た人にぶつかりそうになったマリーの腕を引いて、端に避ける。
「ありがとう、リリー」
『なんだか騒がしいね』
近くに人だかりが出来てる。
さっきの人も、そっちに走って行ったみたいだ。
「何かあったのかな」
「決闘ね」
「え?決闘?」
『こんな街のど真ん中で?』
人の輪の中央で、剣を抜いている人が二人。
「嫌ね。熱くなっちゃって」
「止めなきゃ」
「え?ちょっと、リリー」
まっすぐ走って、リュヌリアンを抜く。
二人の間に入って、右側の人が持つ剣に向かってリュヌリアンを思いきり振り、その場で一回転して、左側の剣士の剣も弾く。
「なんだお前!」
「邪魔をするな!」
左の方が早い。相手の剣を地面に向かって叩きつけると、剣を落とした。こっちは、これで大丈夫。
続けて、右側の剣を斬り上げて、上空に剣を吹き飛ばす。
良い位置。落ちて来た剣をリュヌリアンの柄に当てて弾き、左手で取って、左に居た人が拾おうとした剣を踏む。
「喧嘩なんて、駄目」
周囲から歓声が上がる。
「……え?」
『目立ち過ぎじゃない?』
「守備隊だ!」
「三番隊が来たぞ」
人の波をかき分けて、守備隊の人たちが来た。
「おいおい。男同士の決闘じゃなかったのか?」
あれ?この人、どこかで……。
「ガラハド」
「マリーじゃないか。研究所はどうしたんだ?」
「今は、デート中よ」
「デートだって?」
「隊長、どういたしますか」
この人、隊長なんだ。
「こんな街中で騒ぎを起こしたんだ。一旦、うちで引き取れ」
「了解」
守備隊の人たちが、喧嘩していた人の方に行く。
「すみません。こちらの剣を頂いてもよろしいでしょうか」
「あ、はい」
踏んでいた剣から足をどけて、持っていた剣を渡す。
「ご協力、ありがとうございます」
「はい」
こんなにすぐに駆け付けてくれるなら、私が出しゃばらなくても良かったかも。
リュヌリアンを仕舞うと、私の方に来たマリーが、私の腕を掴む。
「今日の私の騎士は、この子なの」
「騎士って。女の子じゃないか」
「エルの恋人なのよ」
「えっ?ちが……」
「エルの女だって?」
顔を覗きこまれて、思わず一歩引く。
違うんだけど……。
「そういや、パーシバルの奴が言ってたな。あいつが女連れて歩いてたって。まさか、こんなでっかい大剣を扱う剣士だったとはねぇ」
大柄で、歴戦の戦士って感じの人だ。今までラングリオンで見た感じの人とは、ちょっと違うよね。ラングリオンの人じゃないのかもしれない。
「気に入った。うちの守備隊に入らないか?」
「えっ?」
「何言ってるのよ。あんな男くさい所にリリーを連れて行く気?」
「こんな平和な王都じゃ、すぐに体が鈍っちまうだろ」
確かに。城を出てから、鍛錬と言えるようなことは全然してない。
「ほら、着いて来な」
「嫌よ。デートだって言ってるでしょう」
マリーが私の腕を引っ張る。
「あの……。また今度、行きます」
「おぉ。待ってるぜ」
「ほら。行くわよ、リリー」
マリーに手を引かれて、歩く。
『どっかで見たことあるんだけどな。あの顔』
私もそう思うんだけど……。
「髭のおじさんなんて、私の師匠ぐらいだよね?」
『あぁ、ルミエールは髭を生やしてたね』
「髭のおじさんって、ガラハドのこと?」
「うん。さっきの人、どこかで見たことある気がして」
「もしかしたら、会ったことあるのかもしれないわね」
「え?」
「今は三番隊の隊長をしているけれど。ガラハドは、大陸でも有名な傭兵だったらしいわ」
「そうなんだ」
『いくら有名だからって、ボクらが外の人間を知ってるはずないだろ』
そうだよね。城の外に、私が知ってる人なんているはずない。
※
マリーの案内で、占い師のお店へ。
『閉まってるみたいだね』
「今日って、お休みなの?」
「今の時間は、表は開いてないの。こっちよ」
マリーが、お店の横の細い通路に入って行く。
『こんなところ、入って良いの?』
『知ってる人は知ってるから良いのよ』
奥の扉の前で、マリーが止まった。
「リリー、開けてみて」
「勝手に開けて良いの?」
「ポラリスのお店は午前中しかやってないの。でも、ポラリスが占いたい人が来る時だけ、裏の扉が開いてるのよ」
『何それ』
開くのかな。
ゆっくりと扉を押す。
『開いたわ』
薄暗い屋内に入ると、明かりが灯った。
「いらっしゃい」
誰か居る。
「あなたが、ポラリス?」
「そうだ」
『怪しいね』
薄暗い部屋の闇に解けてしまいそうなほど暗いローブで全身を覆った人。フードも深く被っているし、口元も隠されてるから、顔も全然見えない。
声は、女の人っぽいけど……。
「マリアンヌ。今日は君の番じゃない。この部屋で待っていてくれるかい」
「わかってるわ。サンドリヨンは居ないの?」
「別の仕事中さ」
「そう。ごめんなさいね、リリー」
「大丈夫だよ」
『きっと、すぐに会えると思うわ』
『そうねぇ』
今度、エルに聞いてみよう。
「じゃあ、私はここで待ってるわね」
「え?」
マリーが、入口近くの椅子に座る。
「おいで、リリーシア」
「どうして、私の名前……」
「ふふふ。詳しい話は中でしようじゃないか」
若いようにも見えるし、年を取った人のような雰囲気もある。
不思議な人だ。
案内された小部屋に入る。
「座ってくれるかい」
言われた通り椅子に座ると、ポラリスが向かいの席に着いた。
目の前には、透明度の高い大きな丸い水晶が置いてある。この水晶を使って占いをするのかな。
「リリーシア・イリス・フェ・ブランシュ。氷の国の娘だね」
「どうして……」
『なんで、知ってるんだよ』
「それよりも、サンドリヨンのことを教えてやったらどうだい」
「え?」
『サンドリヨンは、エイダだ』
「えっ?どういう……」
『は?なんで、マリーがエイダを知ってるんだよ』
『エルと一緒に冒険者の仕事をしているからだ』
冒険者の仕事?
『エルが自分の名前を使いたくない時にぃ、サンドリヨンの名を使って活動しているのよぅ』
「サンドリヨンは実在する人間として扱われているのさ。私がエイダの身分証の発行の手助けをしてやったからな」
『精霊が人間に化けてるって言うのか』
「顕現した精霊は誰でも見ることが可能だ。緑髪ならともかく、赤髪の人間なんて珍しくないからね」
赤髪。
そうだ。
―一緒に組んでた赤髪の美人はどうしたんだ?
「赤髪の美人って、エイダのことだったの?」
『それ、どこで聞いた話だっけ』
「ポルトペスタだよ」
『良く覚えてたね』
「だから、エイダがサンドリヨンとして表に居る間は、名前を間違えないように。わかったかい」
「はい」
「ふふふ。良い返事だね」
この人、精霊の声が聞こえてるよね。
「あなたも、精霊が見えて声が聞こえるの?」
「私とお前は異なる存在だ。私は女王の娘ではない」
私の素性も全部知ってる。
「ところで……。わざわざ来てもらって悪いのだが。残念ながら、私は呪われている者は占えないんだ」
『なんで知ってるんだ』
「いちいち、うるさい精霊だね。事実に疑問を挟むものじゃないよ。……リリーシア、私に占いを求めるのなら、呪いを解いてからにしておくれ」
「呪いを解くなんて……。無理です」
「それは、エルロックにも言える言葉かい」
―当然だ。
―必ず、自由にする。
エル……。
『ねぇ。エルが食べなきゃまずいって、どういう意味?』
ポラリスが言ってたって、キャロルが話してたっけ。
『ボクは、それを聞きに来たんだよ』
「エル、食べなかったらどうなるの?」
『エイダって、そんなにやばい精霊なの?』
「え?」
どういう意味?
「エイダは炎の大精霊だ。その影響を受けるのは当然だろう」
「大精霊って、神さまから生まれた精霊だよね?」
「その通り」
神から大精霊が生まれ、大精霊から精霊が生まれた。
「人間の姿を取る精霊には二種類居る。一つは、神から生まれた大精霊。もう一つは、大量の魔力を得ることによって変化した強い精霊だ」
後者は、リウムみたいな精霊のことだ。
「この二つは、根本的に違う。無限にも近い魔力を持つ大精霊は、他を圧倒する神のごとき存在だ。大精霊からの恩恵は計り知れないほど大きく強い。人間で居る必要などないほどに」
『そんなことわかってるわよぅ。でもぉ、精霊が生き物に与える影響なんて、本質を変化させるほど大きくないはずでしょぉ?』
「生き物が生き物として存在している内は、そうだろう。しかし、生き物が食事もせず、睡眠も取らず、傷を癒すことさえしなければどうなる?」
「そんなことしたら、死んじゃうよ」
「大精霊と契約する者は、その恩恵によって死を免れる」
死を?
「あ……。そっか。エイダが、エルを守る契約をしているから?」
「そう。エルロックは、死に近づけば近づく程、エイダの魔力に侵食されることになる。そうなれば、いずれ、魔力のみで生きる存在になるだろう」
『そんなの、亜精霊じゃないか』
「ふふふ。亜精霊とは違うよ。同化と言ってね。精霊の力と同化してしまうだけさ。生き物ではなくなるが、本質を失うわけではない」
なんだか、難しい……。
「本質は失わないって、亜精霊のように狂暴にならないってこと?」
「そうだね。本人が狂わない限り理性を失うことはない。見た目には不老不死か。劣化しない思考能力を備えた亜精霊に近い生き物ではない何か。……それを望む者も居るのだろうね。どこぞの女王のように」
「え?」
『え?』
女王……?
「それって、グラシアル女王のこと?フェリシアは……。歴代の女王は、精霊の力と同化しているの?」
「口が滑ったね。他人の運命については語れないよ」
「教えて。女王になると、私たちはどうなるの?歴代の女王は、役目が終わっても誰一人帰って来てない。国中に魔力を捧げる存在になった後、そのまま死ぬしかないの?」
「答えられないな」
「じゃあ、私の呪いが解けたら教えてくれる?」
「言っただろう。他人の運命は語れないと。もし、お前が女王になる運命だとすれば、その行く末を占うことは可能だ。呪いが解けたら来ると良い」
「わかった」
呪いが解けたら、グラシアル女王の秘密を聞くことが出来る。
私が帰らなかったらどうなるのか。女王に選ばれたらどうなるのか。その両方の未来が死だったとしても、知りたい。
『話を戻すよ。ポラリス。エルは、エイダと契約したままじゃやばいんだろ?解除した方が良いってこと?』
「その必要は無いさ」
『なんで?』
「良いかい。精霊とは魔力そのものなんだ。生き物が抵抗せずに強い魔力を浴び続ければどうなるか、想像はつくだろう」
『抵抗する方法があるってこと?』
「単純なことさ。リリーシア。人間が死なない為には何をすべきだい」
さっき、駄目なことは教わったから……。
「毎日、ご飯を食べて、休む時に休んで……、怪我をしたら治療する?」
「そうだ」
『それだけ?』
「そうだよ。簡単なことさ。人間らしさを忘れれば、人間では居られなくなる」
エル、解ってるのかな。
解ってないよね。どれだけ集中してても、ちゃんと、ご飯を食べて貰わなくちゃ。
「これで疑問は解決したかい。次、来る時は、呪いが解けた後だよ」
「あなたは、呪いを解く方法を知っているの?」
ポラリスが、くすくす笑う。
「こいつは面白い呪いだからねぇ」
知ってるんだ。
「呪いを解く方法を教えて」
「お前一人じゃ無理だよ」
私じゃ、解けないの?
それなのに解けるって思ってるの?
「さぁ、お行き」
「……はい」
※
マリーと一緒にポラリスのお店を出る。
不思議な人だったな。
というか、人間だったのかな。魔法使いや精霊の光は見えなかった。
「リリー。どんな占いをしてもらったの?」
「占ってないよ」
「え?」
「今は駄目だから、また来てって」
「そうだったの」
どうにかして、呪いを解かなくちゃいけない。
「じゃあ、帰りましょうか。家まで送るわ」
「大丈夫だよ。ここ、サウスストリートでしょ?真っ直ぐ行って、曲がるだけだから」
『えぇ?本当にぃ?』
「駄目よ。エルから、家まで送るよう頼まれてるわ」
「でも……」
マリーはエルに頼んでいたお土産を取りに来ただけだから、もう戻らなきゃいけないはずだ。
『リリー。どっちに曲がるか解ってる?』
「あっちだよね?」
『え?』
『だと思ったわぁ』
「逆よ」
『逆だよ』
「えっ」
「送るわ」
「だって、遠いよ?マリーは仕事中なのに」
「リリーが安全に帰ることの方が大事よ。リリーに何かあったら、エルに何を言われるか解ったものじゃないわ」
喧嘩ばかりしてたように見えたけど……。
「あの……。マリーは、エルと……」
どういう関係なのかな。
「もしかして、私がメラニーの声が聞こえるから不安に思ったの?」
「そうじゃなくても、二人って、仲良さそうだから……」
『どこが?』
『エルのあの態度の、どこが仲が良いって言うの?いつもマリーに酷いことばかり言うんだから』
喧嘩するほど仲が良いって言うし。
「私とエルは養成所の同期で……。要は、幼馴染なのよ」
「幼馴染?」
「全寮制で、六年間、毎日のように顔を合わせてたんだもの」
「六年も?」
『寮?オルロワール家って、王都になかったっけ?』
『屋敷は王都にあるけれど、マリーも寮に入っていたわ』
『お嬢様まで一般人に混ざって寮生活してるってこと?』
「確か、王族も通うんだっけ?」
『王族も寮に入るわ』
王族まで一緒に暮らす場所なんだ。
「ただ、王族は四年で卒業するのよ。研究所に所属しない人……。特に、家督を継ぐ人なんかは、中等部で卒業するのが習わしね」
『養成所ってさ。そんなに貴族だらけの場所なの?』
「留学生も居るんだよね?」
「私のクラスの留学生は、エルだけね」
「え?一人だけ?」
『じゃあ、エルの同期は、皆、貴族ってこと?』
『そうよ』
ラングリオンの貴族って、あんなに気さくな人ばっかりなんだ。
「しかも、エルは、中途入学だった」
「中途入学?」
「養成所は、春に入学するものなのよ。でも、エルが入ったのは夏のコンセル。養成所は基本的に中途入学を認めない場所だから、希望者は、落とす為の試験を受けるしかないのに」
「落とすための試験?」
「一般の入学試験でも難しいのに、それすら比較にならないほど難しいテストね。私もエルがやったテストを見せてもらったけれど、決められた時間内に合格点を出すなんて無理な内容だったわ」
『王都の天才錬金術師って呼ばれてるだけあるね』
『養成所きっての天才とも呼ばれてたわね。それとも、不良三人組の方が有名かしら』
「不良三人組?」
「エルとカミーユ、シャルロ。三人で、いつも悪いことばかりして怒られてたわ」
怒られてたの?あんなに頭の良い人が?
「これで、わかってくれた?」
「え?」
何を?
マリーが、私の両頬をつねる。
「エルと私が、ただの友達だってことよ」
「ふあ……」
首を縦に振ると、マリーが離してくれた。
『大丈夫?』
痛かった……。
「だいたい。エルが子供以外に優しくしてるところなんて見たことないわ。あんな風に誰かを抱きしめるところだって見たことない。リリーに対する態度は別人よ。女の子にあんなに優しく出来るなら、もう少し他人に親切にしても良いと思わない?」
「えっと……」
「本当、エルって、人に気を遣うってことを全く知らないんだもの」
『確かに、初めて会った時はそんな感じだったかもね』
そうだっけ?
「それに。さっき、プリン食べてたでしょう?」
『リリーが食べさせてたね』
「うん」
「あれもあり得ないわ。甘いものを見ただけで、見るからに嫌そうな顔する癖に。信じられない」
食べさせて、ごめんなさい。
「だから、エルにとって、あなたが特別なのは確かよ」
「でも、私……」
『そろそろ、その話は止めたらぁ?』
『エルが来た』
「えっ」
「あら」
メラニーとユールがエルの方に飛んで行く。
「まだ連れまわしてたのかよ。ユリアが探してたぞ」
「もう戻るわよ。そっちこそ、買い物、終わったの?」
「終わったよ。……リリー、帰ろう」
エルが私の手を取る。
「じゃあ、任せたわ」
「ん」
「マリー。今日は、色々ありがとう」
「私も楽しかったわ。今度は、明後日に迎えに行くわね」
「うん」
「またね、リリー」
『またね、リリー』
「またね」
手を振って、マリーとナインシェを見送る。
また、明後日。
「ポラリスに占ってもらったのか」
「行ったんだけど……」
占ってもらったわけじゃない。
「呪われてる人は、占えないって」
エルが私の頭を撫でる。
「良かったじゃないか」
「え?」
「自分の運命なんて、知らない方が良い」
でも……。私は、知りたい。
「それは?」
エルが私の手元を見る。
「ポリーズの紅茶のプリン。ルイスとキャロルへのお土産だよ」
今から帰れば、丁度、お茶の時間には間に合うよね。
エルがプリンの入った包みを取る。持ってくれるらしい。
『見つけたー』
ジオだ。バニラとナターシャも一緒に居る。
『外に居るなんて珍しいな』
ずっと、研究室に閉じこもってると思われてたのかな。
「買い出しがあったんだよ」
『もう。本当に、呼んでくれないんだから』
ナターシャが怒ってる。呼んで欲しかったんだ。
「皆、おかえりなさい」
「おかえり。……帰ろう」
エルが私を見る。
「うん」
エルの家。あの場所が、今の私の帰る場所なんだ。




