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薄明に繋ぐ弧弦, リリーの物語  作者: 智枝 理子
Ⅱ.王都編 Embrasser -ⅰ.アヴェクノーヴァ
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048 砂漠の魔女

 サンドリヨンの物語。

 むかしむかし、サンドリヨンという美しいお姫様が居ました。

 ある日、お花を摘みに出かけたサンドリヨンは、狩りに出かけていた隣国の王子様と出会います。二人は一目で恋に落ちました。

 サンドリヨンは自分の履いていたガラスの靴を王子に渡し、再会を約束します。

 しかし、王子が国に帰った後、王様は、王子と別の娘との結婚を決めてしまったのです。

 そこで王子は、持っていたガラスの靴がぴったり合う女性こそが自分の運命の人だと王様を説得しました。

 そこから、新たな婚約者探しが始まります。

 国中のあらゆる女性がそれに挑戦しましたが、ガラスの靴がぴったり合う娘は現れません。そして、別の国にも呼びかけることになりました。

 やがて、その話はサンドリヨンの耳にも届きます。王子が自分を探していることに気づいたサンドリヨンは、王子の国に行きました。

 とうとう二人は再開し、王子がサンドリヨンに跪いてガラスの靴を差し出すと、サンドリヨンはガラスの靴を履きました。

 ガラスの靴は、サンドリヨンの足にぴったりと嵌ります。

 二人は結ばれ、末長く幸せに暮らしました。

 

「これが、私の知ってるサンドリヨンの物語だよ」

「素敵なお話ね。ラングリオンの童話は、そこまで優しいお話じゃないわ」

「違うの?」

「たぶん、ラングリオンのお話が元だと思うわ」

「サンドリヨンは、ラングリオンの言葉だっけ」

「そうよ。詳しいのね。ただ、ラングリオンでも、サンドリヨンは原典と童話があるのよ」

「二つ?」

「まずは、童話を教えてあげるわね」

 

 サンドリヨンの童話。

 サンドリヨンは、森に住む美しい魔女。

 ある日、彼女は森の中で、狩りをする少年と出会った。恋に落ちた二人は愛を誓うが、実は、少年は、この国の王子だったのだ。

 王子は、必ず迎えに来ると告げ、サンドリヨンは彼を信じ、自分が履いていたガラスの靴を片方渡した。

 サンドリヨンのガラスの靴は、魔法の靴。王子をありとあらゆる災難から守ってくれるのだ。サンドリヨンは、王子を待ち続けた。

 一方、国へ帰った王子は、自分が不在の間に異国の姫と縁談が決まったことを知る。王子は結婚を拒否し、身分を捨ててサンドリヨンへ会いに行く。

 しかし、王子が辿り着く前に、サンドリヨンは、王子が異国の姫と結婚するという報せを聞いてしまった。

 誓いを破られ、怒ったサンドリヨンは七日七晩かけて、王国を、山を、森を、川を、すべてを焼き尽くした。

 

 すべてが灰となり、世界は砂と化した。

 しかし、ガラスの靴を手にした王子だけは救われた。

 王子は真実と愛を告げ、サンドリヨンにガラスの靴を返した。

 王子の愛を受け入れたサンドリヨンがガラスの靴を履くと、灰となったものは、すべて元の姿を取り戻した。

 二人の愛によって国は救われ、皆が幸せになったのだ。

 

「これが、ラングリオンの童話。子供向けの物語ね」

 似てるような似てないような……。

 大きな違いは、ラングリオンのお話では魔女だったのが、お姫様になったのと、魔法のガラスの靴が、ただのガラスの靴に変わったところかな?

 最後、二人が結ばれるのは同じみたいだよね。

『あ。エルだ』

「え?」

 エル?

 振り返ろうとすると、後ろから抱きしめられた。

「リリー」

「エル」

 見上げると、エルがマリーの方を見る。

「何、勝手に連れ出してるんだよ」

「一日中、研究室に閉じこもってる人に言われたくないわ。わざわざ遠いグラシアルからラングリオンまで連れて来た恋人を、どこにも連れて行ってあげないなんて。最低よ」

「うるさいな。リリーはラングリオンに来たばかりなんだぞ。まだ、王都にも慣れてないのに、知らない場所に連れて行くな」

 えっ。どうしよう。喧嘩になってる?

「ランチに誘っただけじゃない」

「どうせ、強引に言いくるめたんだろ」

「ルイスの許可は取ってるわ」

「だからって……」

「あの……。喧嘩しないで」

「喧嘩なんてしてない」

「喧嘩なんてしてないわ」

 息がぴったり。

『この二人って、仲悪いの?』

『ふふふ。いつも、こんな感じねぇ』

 やっぱり、仲が良いんだ。

『エル、マリー。その辺にしておけ』

『そうよ。リリーが困ってるわよ』

 エルを見上げる。

 えっと……。

「仕事、終わったの?」

「終わってないよ。足りない材料を買いに行こうとしたら、マリーがリリーを連れ出したって言うから」

「何よ。蒸し返す気?」

「別に」

『あのさ。エルって、ナインシェの声が聞こえてるの?』

「え?」

 ナインシェが私の前に来る。

『エルは私の声が聞こえるのよ。マリーはメラニーの声が聞こえるの』

「そうなの?」

「そうだよ」

『お互いの契約に立ち会っているからな』

「えっと……。特殊な契約だっけ?」

「そうよ。詳しいのね」

『良く覚えてたね』

 本来なら、精霊は魔法使いと契約した場合、契約者としか意思疎通が出来ない。

 でも、魔法使いの素質を持つ者が契約に立ち会った場合、契約者じゃなくても精霊の声が聞こえるようになる。

 つまり、マリーは、エルとメラニーとの契約に。エルは、マリーとナインシェの契約に立ち会ってるってことになる。

「なんで、わかったんだよ」

 エルが、マリーを睨んでる。

「ナインシェが教えてくれたのよ」

『だって、リリー、私のことずっと見てくるんだもの』

 そうだ。私、マリーにばれちゃったんだ。

「言いふらすなよ」

「言いふらしたりなんてしないわ」

『そうかしらねぇ……』

 そんなこと、しないよね?

「エル。お昼ご飯、食べた?」

『食べていない』

「また、食事を抜いてるの?」

『相変わらず、不摂生ね』

「なら、一緒に食べよう?」

「そうよ。……ちょっと、良いかしら」

「はい」

 マリーが店員さんを呼び止めて、メニューを開く。

「このサンドイッチと……。紅茶は、これを」

「はい。かしこまりました」

「後は……」

『エルの分?』

『そうよ。ちゃんと食べた方が良いわ』

 何食べるか、エルに聞かなくて良かったのかな。

「リリー。プリンは好き?」

「うん。好きだよ」

 硬めのプリンもなめらかなプリンも。

「私、このお店の紅茶のプリンが大好きなの。食べられそう?」

「大丈夫」

「じゃあ、紅茶のプリンを二つ、お願い」

「かしこまりました」

 楽しみ。

「エル。いい加減、座ったらどう?」

「……わかったよ」

 エルが座る。

 もう頼んじゃったから、食べた方が良いよね。

『ね。マリー、エル。メラニーと遊びに行ってきても良い?』

「良いよ」

「食事が終わるまでには帰ってね」

『わかった。行こう、メラニー』

『あぁ』

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃい」

 メラニーとナインシェが、飛んで行く。

「二人は仲が良いの?」

「同じ場所に居た精霊なのよ」

 光の精霊は明るい場所を、闇の精霊は暗い場所を好む精霊なのに?

『なんで、契約に立ち会うことになったのさ』

「マリーの試練に付き合わされただけだ」

「試練?」

「光の精霊との契約は、オルロワール家の試練なんだよ」

 もしかして、二人で行ったってこと?

「何言ってるのよ。桜を見に連れて行ってあげたのに。だいたい、普段から悪いことばっかりしてるから肝心な時に楽しめないのよ。あの時だって……」

 オルロワール家って、ラングリオンでも名門のはずだよね?

 そんなお嬢様と二人で試練に行くなんて。

 やっぱり、エルとマリーって、特別な関係なんじゃ……。

「どうぞ」

 店員さんが、エルの前に紅茶セットを置く。

 ……これはまだ、飲み頃じゃない。

「エル、私の飲む?」

「ん」

 エルのカップに、私のティーポットに入ってた紅茶を注ぐ。

『そろそろ、止めたら?』

 イリスがマリーを見てる。

 そっか。ずっと、話をしてくれてたんだ。

 えっと……。何の話だっけ?

「あの、マリー。えっと……。サンドリヨンのお話、聞いても良い?」

 途中だったから。

「そうだったわね」

「サンドリヨンの話って?」

「えっと……。物語なんだけど……」

「それぐらい知ってるよ」

「知ってるの?」

「養成所の時にサンドリヨンの劇をやったから、エルも知ってるのよ」

「そうなんだ」

 ラングリオンでは、エルでも知ってるぐらい有名なお話なんだ。

「グラシアルだとね、サンドリヨンってお姫様なんだ。でも、ラングリオンは違うって聞いて。今、マリーから教えてもらってたの」

「童話は、さっき話してあげたのよ。原典は、ラストが違うわ」

 

 すべてが灰となり、世界は砂と化した。

 しかし、ガラスの靴を手にした王子だけは救われた。

 王子は真実と愛を告げ、サンドリヨンにガラスの靴を返した。

 けれど。

 サンドリヨンは王子の愛を知り、その罪に耐え切れず、もう片方のガラスの靴を脱いで自らも燃え尽きて灰になってしまったのだ。

 王子が灰を集めてガラスの靴にかけると、ガラスの靴から水が湧き、それがオアシスとなった。

 

「これが、原典ね」

「そんな……」

『救われない話だね』

 世界が砂漠になって。

 そして、サンドリヨンも灰になってしまうなんて……。

「これは、砂漠にまつわるお話しなの。サンドリヨンは、ラングリオンの東を砂漠に変えた魔女なのよ」

「そうだったんだ。……ごめんなさい。そんな魔女に例えてしまって」

「良いのよ。サンドリヨンの物語は、私の大好きなお話だもの」

 愛の為に、ラングリオンの東を砂漠に変えた魔女。

 最後は、自らの罪の為に燃え尽きてしまうなんて……。

「お待たせいたしました」

 エルの前に、サンドイッチが運ばれてきた。

「いただきます」

『食べるんだ』

 良かった。昨日は、ランチも食べてくれなかったから。

 店員さんが、私とマリーの食器を片付ける。

「ラングリオンでは、サンドリヨンのお話をモチーフにした風習があるのよ」

「風習?」

「ヴェルソの一日にね、好きな女性にガラスの靴をプレゼントして愛を伝えるの」

「わぁ……」

 好きな人から、ガラスの靴をプレゼントされるなんて、素敵。

 だから、エルも知ってるのかな。

「相手が好きだったら、その場で靴を履くのよ。でも、嫌いだったら、目の前で割ってあげるの。ロマンチックでしょ?」

「うん……?」

 ロマンチック……?

『恐ろしいイベントだね』

 そうだけど……。

 でも、跪いた王子様が、お姫様にガラスの靴を履かせるシーンは、憧れちゃうよね。

「そうだわ。リリーって、トリオット物語を知ってる?」

「うん。三巻までなら読んだよ」

「最新は、四巻よ」

「本当?」

「読みたいなら貸してあげるわ」

「読みたい!」

 こんなに早く続きが読めるなんて。

「なら、明日……。だめだわ。明日は無理ね」

「いつでも大丈夫だよ」

「お待たせいたしました」

 店員さんが私とマリーの前に紅茶のプリンを置いてくれた。

 美味しそう。

「いただきます」

 プリンを一口食べる。

「美味しい」

 口当たりが滑らかで、濃厚で芳醇な紅茶が香る。

 とろけるような美味しさだ。

「エルも食べる?」

 スプーンですくったプリンをエルに向けると、エルが一口食べて、眉をしかめて紅茶を飲んだ。

 ……これでも甘いんだ。

「明後日……。十二日はどう?休みを取るわ」

「え?そこまでしなくても……。次のお休みは十五日だよね?」

「お休みなんて、どこも混むもの。平日に遊びましょう。せっかくだから、歓迎会も十二日の夜にしましょうか。エル、パッセの店で良い?」

「良いよ」

 決まっちゃった。

「そういえば、お土産、揃えてくれてありがとう。お礼はどうするの?」

「リリーの服を選んで」

「えっ?」

「あら。良いの?」

「王都で生活するのに必要なものは、まだ何も買ってないんだ」

「そうなの。わかったわ。任せて」

 マリー、すごく喜んでる。

 良いのかな?

「ごちそうさま。リリー、こっちの紅茶は飲んでおいて」

「わかった」

 せっかく、エルの紅茶も飲み頃になったんだけどな。

 エルが立ち上がる。

「もう行くの?」

『え?もう行くの?』

「買い出しがあるって言っただろ。マリー、絶対にリリーを一人にするなよ」

『メラニーはどうするのさ』

「わかってるわ。ちゃんとエルの家まで送り届ければ良いんでしょう」

『大丈夫だと思うけどぉ。あたしもリリーの所に残るわぁ』

「ん」

 家からそこまで遠くない場所だし、一人でも帰れそうだけど……。

「リリーも、マリーから離れるなよ」

「……はい」

『釘を刺されたね』

「いってらっしゃい。エル」

「いってきます」

 私の頭を撫でた後、エルが行ってしまった。

 とりあえず、朝ごはんもお昼ごはんもちゃんと食べてくれたよね。

「奢られちゃったわね」

 テーブルに置いてあった銀貨をマリーが手に取る。

『エルが置いて行ってたよ』

 そうなんだ。

「本当に、無愛想なんだから」

「無愛想?エルが?」

『いつもと違ってたよね』

―いつも難しい顔をして、何があっても表情なんてほとんど変わらない。

―笑うことだって全然ない人だったわ。

「そうね。……今日のエルは、昔のエルみたいだったわね」

「昔のエル?」

「養成所時代みたいに威勢が良かったわ。機嫌も良さそうだったし」

―私と会ってからリリーと出会うまで、エルは、ずっとそうだったんです。

『わかるわぁ』

『え?わかるの?』

―ただ……。二年前は、エルにとって……。

「あのね、私、マリーに聞きたいことがあるの」

「エルのこと?」

「うん。二年前に、何があったのか知ってる?」

 明らかに、マリーの顔が暗くなる。

「あの……。内緒のことだったら、ごめんなさい」

『なんで、エルに直接聞かないのさ』

 だって……。

「エルに聞くのは、なんだか怖くて……」

『ユールも知ってるんだろ』

「リリーは、どこまで知っているの?」

「どこまでって……」

『知ってるけどぉ……』

 エイダとエルの契約のことは言えない。

「詳しいことは何も知らないの。でも、ルイスとキャロルを引き取ったのも二年前だし、その頃に、エルに何かあったんだよね?」

『二年前か』

『メラニー。ナインシェ』

『おかえりぃ』

 二人が帰ってきた。

「そうね。話しても良いわ」

『話すの?マリー』

「でも、長くなるから。話すのは、もう少し時間が取れる時ね」

「わかった」

 楽しい話じゃないってことは、何となくわかる。

 マリーが私の顔を手で包む。

「覚悟はあるのよね?」

「覚悟?」

「何を聞いても、エルに対する気持ちが変わらないって」

「変わらないよ」

 それは間違いない。

「なら、何があったかだけは教えてあげる」

 今、教えてくれるの?

「エルは、二年前に大切な人を失ったの」

 大切な人……。

「恋人?」

「一言で説明できるような関係じゃないわ。きっと、エルから聞くべきなんでしょうけど……。それでも、私から聞きたい?」

『エル、話すかしらねぇ』

『王都に居れば、その内、誰かが話すわよ』

『ルイスとキャロルにも、まだ詳しい話はしていないだろう』

 二人も、まだ教えて貰ってないんだ。そんなこと、私が聞いても良いのかな。

『ボクは、聞きたいよ』

 イリス。

『マリーなら、詳しく教えてくれるんだろ?』

『そうね。良く知りもしない人から中途半端な話を聞かされるよりは、マリーが話した方が良いかもしれないわ』

 エルの大切な人の話。

 ……決めた。

「お願い。教えて」

「わかったわ。十二日は、午前中に迎えに行く。のんびり、お買い物しながらお話しましょう」

「うん」

 知りたい。エルのことを、もっと。

 マリーが微笑む。

「紅茶のプリンは美味しかった?」

「え?……うん。すごく美味しかったよ」

「良かったわ。ルイスとキャロルにもお土産に買っていきましょうか」

「うん」

 喜んでくれると良いな。

「そういえば、リリーって、サンドリヨンには会ってないの?」

「サンドリヨン?」

「王都にも、サンドリヨンっていう名前の人が居るのよ」

 物語と同じ名前?

『そういえば、冒険者ギルドで聞いたよね』

「あ。冒険者?」

「そうよ」

「会ったことないよ」

『え?会ったことないの?』

「そうなの?いつも一緒に旅をしてるみたいだったけど。グラシアルには行かなかったのかしら」

『……』

『なんて言ったら良いのかしらねぇ』

 いつもエルと一緒に居る冒険者なら、メラニーとユールは知ってるはずだよね。

「せっかくだから、会いに行ってみる?」

「冒険者ギルドに?」

「いいえ。ポラリスの所よ」

「ポラリス?王都の占い師だっけ?」

「そうよ。サンドリヨンは、ポラリスの傭兵なの」

『ポラリスか。ボクも会ってみたい』

 そういえば、キャロルが言ってたっけ。

―エルって、二、三日食べなくても平気みたいだから。

―ポラリスは、そういうことをさせちゃ駄目って言ってたけど。

 当たり前のことなのに、何故か引っかかってる。

 



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