047 ピンクアイ
「まぁ。エルロックが恋人を連れて来るなんて」
「あの、違うんです」
「良いじゃない。結婚式は呼んで頂戴ね。また来るわ」
「ありがとうございました」
隣でルイスが笑ってる。
もう、何人目かわからない。
「どうして、皆、聞いてくれないのかな」
「エルが女の子を連れて来るなんて、それだけ珍しいことなんだよ」
嬉しいけど、喜べない。
『ようやく一段落だね』
お客さんは、途切れることなく、ずっと来てた。
こんなに人気のお店だったなんて。
「私、一人で店番出来るかな」
まだ、薬の値段も覚えきれてないし、薬の効能も詳しく説明出来ないのに。
「大丈夫だよ。普段は、こんなに来ないから」
「そうなの?」
「来てたのは近所の人ばかりだから。皆、リリーシアを見たかっただけじゃないかな」
『恋人じゃないのにね』
そんなこと、私が一番良く解ってる。
『仕事はどう?聞きたいことがあるなら、今の内に聞いておいたら?』
聞きたいこと……。
「あのね。ルシュって、共通通貨に換算すると、いくらぐらいなの?」
グラシアルの通貨はルークだったけど、ラングリオンの通貨は、ルシュだ。
硬貨が、一、十、百の三種類で、紙幣も数種類ある。
「銀貨一枚で二千ルシュだよ。共通通貨とルシュの価値は、ほとんど変わらないって言われてるね」
「そうなの?」
「そう。だから、王都では共通通貨で買い物をする人も結構、居るんだ。換算表は、これ。変動もほとんどないから、これで覚えちゃって大丈夫だよ」
「わかった」
蓮貨一枚で、十ルシュ。銅貨一枚で、百ルシュ。銀貨一枚で、二千ルシュ。
そういえば、二千ルシュ紙幣もあったっけ。変わってると思ったけど、あれは銀貨と同じ価値の紙幣だったんだ。
「金貨は?」
「金貨一枚で十万ルシュだよ。でも、金貨なんて普段の買い物じゃ使わないからね。見かけても、うちじゃ扱えないって答えてね」
『だってさ』
「はい」
だって。
知らなかったんだもん。
「後は、珍しい硬貨もあるんだよ」
「珍しい硬貨?」
ルイスが、別の場所から硬貨を出す。
「五百ルシュ硬貨だよ」
『こんなのがあるんだ』
今日の買い物では誰も使ってなかった。それに。
「全部、絵柄が違う?」
「五百ルシュ硬貨は、特別なイベントの時に発行される記念硬貨なんだ。使う人はあまり居ないし、お釣りに出す必要も無いからね」
「わかった。記念って、これは何の記念なの?」
ルイスの手元には、三種類ある。
「これは国王陛下の御婚礼のお祝いで、こっちは、王国暦六百年記念」
「わぁ。すごい」
「これが一番新しくて、王国暦六〇三年、ラングリオンの皇太子殿下が決まった時に発行されたものなんだ」
硬貨には男性の横顔が描かれている。
「この人が、皇太子殿下?」
「そう。殿下が成人された時の御姿だね。その内、会うんじゃないかな」
「えっ?……皇太子殿下って、ラングリオンの次の王様なんだよね?」
「そうだね」
ルイスが、くすくす笑う。
気軽に会えるような人じゃないよね?近い内に、王族のイベントでもあるのかな?
「せっかくだから、これはあげるよ」
「貰って良いの?」
「たくさんあるから」
「そうなんだ。ありがとう」
貰っちゃった。
皇太子殿下。綺麗な横顔だよね。
扉のベルが鳴った。
『お客さんだね』
記念硬貨を仕舞って、扉の方を見る。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃい。……マリー」
え?マリーって……。
『うわ。美人だね』
この人が、マリアンヌさん?
「エル、帰ってるんでしょう?」
「帰ってるよ。お土産、持ってくるから待ってて」
「わかったわ」
ルイスがエルのお土産を取りに行った。
黄金の巻き毛にピンク色の瞳をした綺麗な女性。立っているだけで絵になるぐらいの存在感。まるで、お姫様だ。
近くには、光の精霊が飛んでる。きっと、マリアンヌさんと契約してる精霊だよね。
可愛い精霊。
『リリー。気を付けてよ』
目が合っちゃった。
『あれ?』
どうしよう。
『ねぇ、聞こえてる?』
えっと……。
『わっ!』
「わっ」
急に、驚かせないで。
「何をしているの?」
マリアンヌさんが、こっちに来る。
『だって、この子、私の姿が見えてるんだもの』
「え?見えてる?」
『あなたが、エルの恋人?』
「違うよ」
『だって、エルが連れて来た女の子なんでしょう?』
「一緒に来たけど……」
『何、普通に会話してるんだよ』
「待って。どういうこと?」
『見ての通りよ』
『リリーの馬鹿』
イリスが私の中に入る。
どうしよう。
「驚かせてごめんなさいね。はじめまして。私は、マリアンヌ・ド・オルロワールよ」
『オルロワールって、伯爵の?』
「えっと……。ラングリオンの二代名家の一つで、代々、書記官を務める光の精霊に祝福された伯爵家?」
「良く知っているのね」
『完璧ね』
大陸史にも出てくるぐらい有名な、歴史に名を刻む名家だ。
『そっか。だから、ピンクアイなんだ』
オルロワール家は光の祝福が濃いから、女性はピンクアイ、男性はコーラルアイが生まれやすいらしい。あれって、本当だったんだ。
「あなたのお名前は?」
「リリーシア・イリスです」
「そう。リリーシア、よろしくね」
笑顔も華やかで、見惚れてしまうぐらい素敵な人だ。
「あなた、ナインシェが見えるの?」
ナインシェって、光の精霊のこと?
「うん」
マリアンヌさんが私の手を取る。
「なんてすごいの!ねぇ、良かったら、あなたの話を聞かせてくれない?」
「えっ……」
家の扉が開いて、ルイスがたくさんの荷物を抱えて戻って来た。
「マリー。持ってきたよ。……何してるの?」
「ルイス。この子、借りても良いかしら」
「駄目だよ。エルの大切な人なんだから」
「どうせ、エルなんて研究室に缶詰めでしょう。リリーシア、私と一緒にお出かけしない?ランチを奢るわ。どう?」
「でも……」
「まずは、これを仕舞ってよ」
ルイスがカウンターにお土産を並べる。
「ありがとう。すごい量ね。本当に、全部、手に入れたの?」
「マリーが頼んだんだよね?」
「頼んだけれど。全部じゃなくても良いって言ってあるわ」
マリアンヌさんが一つ一つ確認しながら、お土産を仕舞う。あれって、エルが作ったアイテム袋だよね。
柄が違うけど。
これも、エルが作ったものなのかな。
「一番欲しかったのは、これなのよ」
「本?」
『銀の棺だ』
「こっちでは手に入らない本なんだもの。お礼は、何か聞いてる?」
「エルに聞いて」
「わかったわ。……あら?これは、頼んだ覚えがないけれど」
マリアンヌさんが持ってるのは、ポリーズの紅茶缶だ。
「それ、私のおすすめなの。こういうのが好きなら、それも好きかなって」
「あなた、紅茶に詳しいの?」
「ポリーズの紅茶は好きだから」
「もしかして、グラシアルの方?」
「うん」
マリアンヌさんが柔らかく微笑む。
「素敵ね。あなたが選んでくれたものなら楽しみだわ。ねぇ、ランチはポリーズに行かない?」
「ポリーズ?」
「王都にもお店があるのよ。……ね、ルイス。エルに任せてたら、この子、いつまで経っても出かけられないわ。ちょっとぐらい遊んできても良いでしょう?」
「ちゃんと連れて帰って来てくれる?」
「もちろんよ」
「いじめない?」
「失礼ね。ランチを奢るだけよ」
ルイスがため息を吐く。
「わかったよ。エルには僕が伝えておく」
「ふふふ。ありがとう。じゃあ……」
マリアンヌさんが私を見る。
「その恰好だと少し寒いと思うわ。上に着るものは持ってる?」
「リリーシア。出かける支度をして来て良いよ」
「わかった」
出かけることになっちゃった。
※
上着を羽織って、リュヌリアンを装備してから、マリアンヌさんと一緒にお店を出る。
風が冷たい。確かに、今日は、ちょっと寒いかも。
『お嬢様なのに、一人で歩いて大丈夫なの?』
「あなたって、伯爵令嬢なんだよね?」
「えぇ。そうよ」
「お付きの人とか連れて歩かなくて大丈夫なの?」
マリアンヌさんが笑う。
「平気よ。王都は安全だもの」
『そうかしら。エンドは少し危ないじゃない』
「昔より治安は良いわ」
「エンドって?」
「中央から離れた場所……。南大門の辺りは、そう呼ばれているわね」
『エルの家周辺だね』
「え?エルが居ない間って、ルイスとキャロルだけでお店をやってるんだよね?大丈夫なの?」
「大丈夫よ。職人通りは人通りが多いし、あの辺は横の繋がりが強い場所だから」
『そういえば、今日、リリーを見に来てた人たちって、近所の人って言ってたっけ』
ご近所さんが気にしてくれてるから、大丈夫なの?
「それに、あの家にはエルが魔法の仕掛けを作っているもの。悪人は簡単に入れないわ」
「そうなの?」
「闇の魔法の一種ね」
じゃあ、メラニーに手伝ってもらってるのかな。
そうだよね。危ない場所にルイスとキャロルを放っておくわけないよね。
「あなたは、この辺りに、どれぐらい精霊が居るかわかるの?」
周囲を見渡す。
「たくさん居るよ」
本当に、見上げるだけでたくさん居る。
「光の精霊に風の精霊、大地の精霊、水の精霊、炎の精霊……。日中なのに、闇の精霊まで居る。すごいね。こんなに色んな種類の精霊が居る場所って、珍しい気がする」
『本当に見えてるのね』
「グラシアルって、あなたみたいに見える人がたくさん居るの?」
「えっ?そんなことないと思う。私は、その……」
どうしよう。女王の娘だなんて言えない。
「ごめんなさいね。言いたくないことは、言わなくて良いわ」
マリアンヌさんって、エルみたい。
「私、魔法研究所で働いているの。精霊に興味があるなら、いつでも遊びに来て。歓迎するわ」
「遊びに?」
「魔法研究所は、魔法や精霊を研究している場所なのよ。色んな精霊とお話しできるから楽しいんじゃないかしら。あなたが来たら、皆も喜ぶわ。今度、友達も紹介……。そうね、食事会をしましょう。歓迎会をしなくちゃ」
「歓迎会?」
「えぇ。あなた、成人はしてる?」
「えっ?うん」
「なら、パッセのお店にしましょう。そういえば、セリーヌとは会ってるのよね?」
「セリーヌさん?」
誰だろう?
「錬金術研究所で働いてる友達なの。昨日、ジャンルードとアシュリックの三人でランチに出た時に、あなたに会ったって言ってたわ。ルードがいきなり口説こうとしてたって」
『あー。王都に来てすぐに会った人たちだね』
「会ったけど、あんまり覚えてないかも」
「なら、ちゃんと紹介するわ。それから、私と一緒に魔法研究所で働いてるユリアも。後は、カミーユとシャルロね」
「皆、エルの友達なの?」
「そうよ。皆、養成所の同期なの」
『ってことは、頭の良い人ばっかりってことだね』
私、そんなところに行って良いのかな。
『ポリーズが見えて来たわ。あのお店よ』
「わぁ。可愛いお店」
ここが、ラングリオンのポリーズなんだ。
※
あぁ……。落ち着く。
「お店で飲む紅茶って、特別だよね」
「そうね。私も、少し違う感じがするわ」
ここは屋外のテラス席だけど、辺りいっぱいに紅茶の良い香りが漂ってる。
「さぁ、いただきましょう」
「いただきます」
目の前には美味しそうな料理が並んでる。
「ここって、本店と雰囲気が似てるかも」
「確か、本店はグラシアルのポルトぺスタにあるのよね」
「うん。お土産の紅茶も、そこで選んだんだ」
「そうだったの。ありがとう」
綺麗。見惚れてしまうぐらい上品な微笑みだ。
「どうしたの?」
「あの……。すごく、綺麗だから」
「ふふふ。ありがとう。あなたも、すごく可愛いわ」
「えっ?そんなことないよ。私、黒髪だし……」
「もしかして、王都で嫌なことでもされた?」
何もされてないし、嫌なことも言われてない。
けど、黒髪の人は、今のところ冒険者ギルドでしか見かけてない。
「未だに、黒髪の人は髪を隠して歩くって言うものね。気にしなくて良いって言いたいところだけど、トラブルはあるって聞くわ」
やっぱり、そうなんだ。
「でも、私、あなたの髪が好きよ」
「え?」
「絹糸のように艶があって、真っ直ぐなんだもの。こんなに綺麗な髪を隠すなんて勿体ないと思うわ」
なんて素敵な人なんだろう。
美人で、頭が良くて、気遣いも出来て、そして、自分の意思や意見をはっきり持っている。
完璧な女性だ。
「ありがとう。マリアンヌさん」
「マリーで良いわ」
「じゃあ、私もリリーで良いよ」
マリーが笑う。
「なんだか似ているわね」
「そんな。マリーみたいなお姫様と私じゃ……」
「私、お姫様なんかじゃないわ」
「だって、本当に物語のお姫様みたい。サンドリヨンのイメージにぴったり」
マリーが楽しそうに笑う。
「良いわね、それ。でも、サンドリヨンはお姫様じゃないでしょう?」
「違うの?」
「だって、サンドリヨンは魔女だもの」
「え?」
魔女?
「もしかして、グラシアルのお話は、こっちと違うのかしら」
そういえば、童話も国によって違うことがあるんだっけ。
「リリーが知ってるのは、どんなお話なの?」
「えっとね……」




