表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄明に繋ぐ弧弦, リリーの物語  作者: 智枝 理子
Ⅱ.王都編 Embrasser -ⅰ.アヴェクノーヴァ
45/61

045 大掃除

 お昼ご飯を食べた後も研究室に行ってみたけど、エルは、全く返事をしてくれなかった。

「ごめんね。いつも、こんな感じだから」

「本当、困っちゃう」

『良く倒れないね』

 いつも、こうなんだ。

「本当に大丈夫?気が付いたら倒れてたりしない?」

「大丈夫よ。エルって、二、三日食べなくても平気みたいだから」

「えっ?……そんなことないよね?」

「本当よ。ポラリスは、そういうことをさせちゃ駄目って言ってたけど」

 そんなに体に悪いこと、誰が見てもだめだと思う。

「ポラリスって?」

「王都の占い師なの。リリーも行ってみたら良いんじゃない?」

「簡単に行けるところじゃないけどね」

「どういうこと?」

「良く当たるって評判で、いつも混んでるんだ」

「そんなにすごい占い師なんだ」

 恋愛占いもやってるのかな。……占ってもらって、どうするんだろう。諦めがつく?

「リリーシア。しばらく、エルは当てに出来ないと思って。困ったことがあったら、僕かキャロルに聞いてくれる?」

「うん」

「王都は初めてなんでしょう?何でも聞いてね」

「ありがとう」

 二人とも、すごく優しい。

「今回も、あちこち行ってきたんだね」

 食卓テーブルの上には、エルが今回の旅で手に入れたものが、ずらりと並んでいる。

『冒険者ギルドに、あんなに置いて来たのにね』

 まだ、こんなにあったんだ。

「これは、キャロルのだね」

 ルイスが、キャロルに髪飾りを付けている。

「ルイスは、これね」

 今度は、キャロルがルイスの首にポーラータイを付けてあげてる。

『これ、カチューシャと一緒に買ってたのだわ』

『カチューシャって、リリーが貰ったやつ?』

『そうよ』

 確か……。

「グラシアル大街道のお店で買ったの?」

『えぇ。この子たちへのプレゼントだったのね』

「これ、グラシアルのお土産なのね。きらきらしてて、素敵だわ」

「リリーシアは、グラシアルの出身だっけ」

「そうだよ」

「向こうって、寒い国なんでしょう?」

「そこまで寒くないよ。……あ。もちろん、ラングリオンの方が温暖だけど」

「そうなんだ」

「こっちのは、何かしら。錬金術の道具?」

『リリーがエルにぶつかった店で見てた奴じゃない?』

 なら、錬金術の道具だよね。

 ルイスがメモを見ている。

「一つは、カミーユに渡すつもりみたいだよ」

「カミーユさんって?」

「エルの同期で、錬金術研究所の薬学の専門家なんだ」

『それって、イーストストリートで会った人たち?』

「ルードさんと一緒に居た人?」

「会ったの?」

「王都に入ってすぐに、研究所の人たちに会ったの。男の人が二人と女の人が一人。名前はわからないけど……」

「カミーユなら、背が高いからすぐにわかるわ」

『そんなに目立つほど背の高い人は居なかったよね』

「なら、違うかも?」

 飛び抜けて大きな人は居なかったよね?

「わぁ。この缶って、ポリーズの紅茶?」

「マリーに頼まれてたみたいだね」

「あ。家用のもあるよ」

 荷物の中から紅茶を出す。

 それから、紅茶のドロップも。

「うちのもあったんだ。エルって、こんなに紅茶飲むの?」

「旅の間は飲んでたよ」

「素敵。せっかくだから、マリーから貰ったティーセットを出しましょう」

 キャロルが、戸棚から箱を出してる。

「この本も?……マリー、こんなに頼んだの?」

 銀の棺だ。

 他にも、色んなものが山積みになってる。

「あの、マリアンヌさんって……」

「エルの同期で、魔法研究所で働いてるんだ。エルの知り合いは良く家に来るから、その内、顔を合わせると思うよ」

 恋人じゃなく、友達?

『養成所に入ってる人って、皆、貴族じゃなかったっけ?』

 お城では、そう聞いてたけど。

 さっき会った人たちは護衛を連れてなかったし、貴族ではなさそうな感じだったよね。エルも留学生って言ってたし、養成所の卒業生には、貴族じゃない人も結構居るのかな。それとも、ラングリオンの貴族は皆、あんな感じだとか?

 そんなことないよね?

 後ろで、キャロルがお湯を沸かし始めた。

「手伝うよ」

「リリーって、紅茶の淹れ方、知ってる?」

「うん」

「良かった。教えてもらっても良い?」

「任せて」

 紅茶を淹れるのは得意だ。

「他にも、手伝えることがあったら言ってね」

「旅の疲れは残ってないの?」

「大丈夫。ご飯も食べたばっかりだから」

 朝の残りものって言われて出されたスープも、いろんな味のパンも、すごく美味しかった。

「キャロル、二階の物置は片付きそう?」

「思ったより大変そうだわ。量も多いし、私たちじゃ運べないぐらい大きなものもあったから」

「大丈夫だよ。私、だいたいの物は運べると思う」

「えぇ?」

「そういえば、大きな剣を持ってたよね。リリーシアって、剣士なの?」

「うん。だから、力仕事なら任せて」

「本当に?無理しないでね?」

「大丈夫だよ」

『乱暴に扱って、壊したりしないようにね』

「壊さないように気を付ける」

 ルイスとキャロルが笑う。

「どうせ、壊れてるものもあるから平気よ」

「そうだね。少しずつ処分していかないとね」

「せっかくだから、大工さんに物置用の棚を頼もうかしら」

「そこまでやるの?」

「こういう時は、一気にやらなくちゃ」

「……そうだね」

『リリーの部屋が出来るまで、かなりかかりそうだね』

 思ったよりも大掛かりな掃除になりそうだ。

「リリーシアは、しばらくエルの部屋を使ってね」

「えっと……。使って良いか、エルに相談してみるね」

『普段から一緒に寝てる癖に、今更、何言ってるのさ』

 だって、エルの部屋だから。

「暇になったら、店番でもやってみる?」

「うん」

『店番なんて、リリーに出来るの?』

「お世話になるのに、何もやらないわけにはいかないから」

 ルイスが笑う。

「頼もしいね。でも、それもエルに聞いてからにしようか」

「わかった。後で、聞いてみるね」

 

 ※

 

 口元にも頭にもスカーフを巻いた万全の態勢のキャロルが物置を開く。

「どこから手を付けようかしら」

 積み上がった物の山を見上げる。

『良く落ちて来ないね』

「ここって、どうして、こんなに物がいっぱいなの?」

「前に住んでた人の家具よ。私とルイスの家具は、全部、エルが新しく買ってくれたから。元々あったものは、ここに詰め込んだみたい」

『他の部屋のも全部、入ってるんだ』

「その後も、買ったり貰ったりしたものが増えて……」

『こうなったってわけだね』

 どこから手を付けたら良いんだろう。大事なものは混ざってないのかな?

 例えば、武具とか。手前には、片手剣とレイピアが置いてある。剣を抜いて、装飾や刃を眺める。

「綺麗……」

『勝手に抜いて良いの?』

 だって、確かめないと。

 使わないのが勿体ないぐらい綺麗な剣だ。

「エルって、魔法使いなんだよね?剣なんて使うの?」

「さぁ?私も、エルと会ったのは二年前だから。詳しいことは知らないわ」

 二年前?

「養子になったのは、二年前ってこと?」

「……そうよ」

―話すと、長いわねぇ……。

 養子ってことは、実の親と一緒にいられなくなった理由があるってことだ。簡単に聞いて良い内容じゃないよね。

 剣を鞘に納める。

「これ、どこに置いたら良い?」

「とりあえず、使えそうなものは廊下に並べていきましょう」

「わかった」

「本当は、奥にベッドもあったはずなんだけど、かなり前に荷物で押し潰されちゃったの」

 イリスが奥の方に飛んで行く。

『あぁ。完全に壊れてるね』

「そうなんだ……」

「でも、壊れてない家具もあるはずよ。使いたいものがあったらエルの部屋に運びましょう」

 使うものなんてあるかな?

『奥のは、どれも駄目になってそうだよ。あ。このクローゼットは使えるんじゃない?』

「壊れてないの?」

『たぶんね。ここまで来れそう?』

「大丈夫だと思う。……キャロル、奥にあるクローゼットを使わせて貰っても良い?」

 キャロルが私を見上げて、首を傾げる。

「リリー。もしかして、精霊と話してる?」

「あっ。えっと……」

『別に、隠すことないんじゃない?』

「うん」

「リリーも魔法使いなのね」

『魔法使いじゃないよね』

「違うよ。精霊と契約してるけど、魔法は使えないんだ」

「そうなの?」

「うん」

「魔法を使うのって、難しいのね」

 魔法を使うには、自然や精霊への理解や知識が必要だ。そして、魔力が無ければ使えない。

「リリー。これ、持てる?」

「持てるよ」

 入口を塞いでいた大きなドレッサーを廊下に出す。

「重くない?」

「平気」

「すごいわ。力持ちなのね。色々お願いしても大丈夫?」

「任せて」

 ここにある家具なら全部運べると思う。

 

 ※

 

 物置から荷物を出しきるだけで、日が暮れてしまった。

 まだ使えそうなものは廊下に、壊れて使えないものは家の外に運び出す。

「こんなところに置いておいて良いの?」

「平気よ。欲しい人が居たら、勝手に持って行くわ」

「勝手に?良いの?」

「廃材を欲しいって人も居るのよ。誰も持って行かなかったら、明日、木工屋に引き取ってもらうわ」

『すでに、さっき運んだ棚がなくなってるよ』

 もう減ってるの?気づかなかった。

 職人通りだから、廃材を欲しがる人も居るのかな。

 

 ※

 

 埃だらけになった体をシャワーで洗い流す。

 あったかくて気持ち良い。

 シャワーも台所も、家にあるものは好きな時に好きなように使って良いと言われてる。

 ルイスとキャロルにとって、私は初対面の他人なのに。二人とも、私が一緒に住むことを快く引き受けてくれた。

 私も、家のことをちゃんと手伝えるようにならなくちゃ。

 物置からは、クローゼットと小さな棚をエルの部屋に運んだ。棚は、上に小物を入れる引き出しの付いた使い勝手が良さそうなものだ。天板部分がテーブルとしても使えるから、短剣とベルトを置くのにも丁度良い。

 他にも使えそうなものはあったけど、もう少し落ち着いてから選ぶことにした。

 そういえば……。

 あれだけ本が好きな人なのに、物置には本がなかったよね。全部、書斎に置いてるのかな。

 書斎って、どうなってるんだろう。エルのことだから、床に本が散らばってそうだ。そんなところに危ない本なんて置いておいて大丈夫なのかな?ちょっと、心配。

 

 ※

 

 台所に行くと、キャロルが夕飯の準備をしていた。トマトの良い匂いがする。

「手伝うよ」

「後は煮込むだけだから大丈夫よ。力仕事ばかりで疲れちゃったでしょう?リリーも、少し休んでいて」

「キャロルは疲れてないの?」

「平気よ。私、リリーに指示してただけだもの」

『それだって、十分大変だよね』

 私もそう思う。掃除もたくさんしていたし。

「無理しないでね?」

 キャロルが笑う。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私、リリーの部屋がちゃんと作れるように頑張るわ」

 キャロルが踏み台から降りて、椅子に座る。何か書いてるみたいだ。

「それは?」

「要らない家具のリストよ。まだ使えると言っても、私たちには必要ないものが多いんだもの。エルが落ち着いたら、処分して良いか聞いてみるわ」

「今、聞いてみる?」

 キャロルが首を振る。

「無駄だと思うわ」

『諦められてるね』

 お昼は呼んでも来なかったけど、そろそろ、お腹空いてるよね?

 

 ※

 

 まるで、ここだけ時間の流れが違うかのように何も変わってない。

 薬品の匂いも、静けさも、さっきと同じ。新しいラベルが貼られた瓶だけが増えている。こんなに作ったのに、まだ、やることが残ってるの?

「今って、どれぐらい進んでるの?」

『調子良さそうだから、まだやるんじゃないかしらねぇ』

 調子良いんだ。真剣な目をして作業を続けているエルを見上げる。

 楽しそうだよね。本当に、こういう作業が好きなんだ。

 でも。

「エルって、食べないと駄目なんだよね?」

『誰に聞いたのぉ?』

「キャロルから聞いたの。ポラリスが言ってたって」

『そうねぇ……』

『良くないに決まっている』

 だよね。もう少し待とう。

 ソファーに座って、眼鏡をかけた横顔を眺める。

―ラングリオンに行ったら、一緒に暮らそう。

 どうして、私と一緒に暮らそうって言ってくれたのかな。キャロルは、こういうのは初めてだって言ってたけど……。少しは、私のことを特別扱いしてくれてるって思って良いのかな。

 でも、私が、ここに居られるのは三年だけだ。

 ……違う。もしかしたら、もっと短いかもしれない。魔力集めをしてないってばれたら、どうなるのかな。どれだけグラシアルから離れていても、私と女王は繋がってる。

 呪いと誓約がある限り、私は義務を果たさなくちゃいけない。じゃないと……。

―では、リリーは帰らずに死を受け入れるのか。

 外の世界は思ってたのと全然違った。

 知らないことばかりで、同じことなんて何もなくて、毎日が新しくて、繰り返しのことなんて一つもなくて。エルと居られることが幸せで。ずっと先の世界があるって、知ってしまった。

 私、ここに居たい。

 外の世界に居たい。

 あの狭い世界になんてもう帰りたくない。

 でも……。

―あいつは、リリーを返す気はないと宣言したんだ。

―きっと、リリーの為の道も拓くさ。

 エルに頼るのは駄目だ。エルにはルイスとキャロルという家族がいる。危ないことに巻き込むわけにはいかない。

 自分のことぐらい自分でどうにかしなきゃ。

 イーシャは、どうなったんだろう。

 せめて、帰らなかった人がどうなるのか知りたい。

 

 待っていたけど、結局、エルの作業は終わらなかった。キャロルが扉を開く。

「リリー。放っておいて良いわ。行きましょう」

 本当に、いつもこうなんだ。

 

 ※

 

 夕飯が終わって、のんびり紅茶を飲んで、お喋りして。キャロルにおやすみを言ってからもずっと台所で待ったけど、エルは全然出てきてくれない。

「リリーシア。まだ起きてたの?そろそろ休んだら?」

「もう少し待ってみる」

「何か必要なものはある?ブランケットとか持って来ようか?」

「大丈夫」

「そう。……無理しないでね。おやすみ」

「おやすみ、ルイス」

 ルイスを見送って、研究室へ。

 

 まだ、やってる。

『リリー』

「まだ終わらない?」

『そうねぇ……』

 皆が肩をすくめてる。

 エルは相変わらずだ。

『エルって、本当に、いつもこうなの?』

『いつもこんな感じですね』

「お腹空かないのかな」

『精霊に、それを聞く?』

『体に悪いことをしているのは確かですよ』

「そうだよね。せっかく、キャロルが美味しいご飯を作ってくれたのに。食べないなんて勿体ないよ」

 この家では、基本的にキャロルが家事を、ルイスが簡単な薬の補充や経理といった店の運営を行っている。店番は、手が空いてる方が交代でやっているらしい。

 料理も錬金術の知識もないなら、せめて店番ぐらいは出来るようにならなくちゃ。

 そういえば。

「二年前って、何があったの?」

『二年前、ですか……』

 あれ?

 皆、言いたくなさそう?

「あの、言いにくいことだったら良いよ。キャロルも話したくなさそうだったし……」

『リリーが聞きたいのってぇ、ルイスとキャロルのことぉ?』

「うん」

『二年前は、私がエルと契約した年です』

『オイラも同じだねー』

「そうなんだ」

 もっと昔から一緒に居るのかと思ってた。ナターシャもそうだったけど、エルって、精霊と仲良くなるのが上手いよね。

『エルと会ったのは、二年前。王国暦六〇五年の冬。ヴェルソの月です』

『ルイスとキャロルは?』

『二人がエルの養子になったのは、もっと後。その年の終わり頃だったかしら』

『去年のヴィエルジュからねぇ。二人を養子にする手続きをしてぇ、薬屋を開く為に走り回ってたわぁ』

『そうですね』

 薬屋を始めたのも最近だったんだ。

 養子二人の生活の基盤にする為に薬屋を開いたのかな。あれだけすごいなら人気の薬屋になりそうだ。

「あ」

 エルの手元から書類が落ちた。

 床に散らばった書類を集める。注文書かな。全部、エルが居ない間に受けたものってことだよね。こんなにたくさんの人が、エルに薬を作ってほしいと思ってるんだ。

『エルがエイダとジオと契約したことと、ルイスとキャロルが養子になったことって関係あるの?』

『関係ないよー』

 集めた書類を机に戻す。

 ……あれ?変だよね。

 どうしてこんなに人気の薬屋さんが、冒険者をしているの?お金の為じゃないよね。エルって、すごくお金持ちみたいだし。家族だっているのに。兵役だってあるのに。

 そういえば、前に、どうしてグラシアルに来たのか聞いた時も、はぐらかしてたよね。

―行ったことがなかったから。

―どこかに行く理由なんて、そんなもんだろ。

 何か理由がある?

『ただ……。二年前は、エルにとって……』

「リリー?」

 急に、エルがこちらを見た。

 急いで、作業を止めたエルの腕を掴む。

「エル。そろそろ休もう?」

 ようやく手が止まった。

「もう、そんな時間か」

 どれぐらい時間が経ってるのか気づいてないのかな。

 エルが机の片づけを始める。

「何か手伝う?」

「危ないから触らない方が良い」

 手伝えることはなさそうだ。

 エルが手元にあった薬の瓶を棚に戻して洗い物をしている。何か作り始める気配があったら止めよう……。と、思ったけど、作業を終えたエルが白衣を脱いで、壁についているフックに掛けた。

 終わったらしい。

「二階は片付いたのか?」

「えっと……」

『全然、片付かないよ』

「もう少しかかりそう」

「そうか」

 今のところ、部屋が作れそうな感じはしないよね。

「しばらくは、俺の部屋を使ってくれ。……シャワーを浴びたら行く」

「うん。わかった」

 

 エルがシャワー室に行くのを見送って、台所へ。

『部屋に行かないの?』

「夕飯の準備をしなくちゃ」

『食べるの?』

「だって、お昼からずっと何も食べてないんだよ?」

 エルの夕食はテーブルに置きっぱなしだ。

 薬缶を火にかけて、紅茶の準備をする。

『明日は、外に行こうかなー』

『契約者から離れるの?』

『王都ではぁ、皆、自由にしてるわねぇ』

「そうなんだ」

『なら、私も散歩に行こうかしら』

『良いですね』

「イリスも行く?」

『行くわけないだろ』

 一緒に居てくれるらしい。

 

「リリー?」

「エル」

 お喋りをしていたら、タオルを頭にかぶったエルが台所に入って来た。

『リリー、お湯が沸いてるよ』

 そうだった。

 慌てて、火を止める。

「今、紅茶を淹れるね」

「あぁ」

 用意しておいたティーポットに、お湯を注ぐ。

「こんなティーセット、家にあったのか」

「マリアンヌさんから貰ったものだって、キャロルが言ってたよ」

 ポリーズのティーセットで、かなり良いものだ。

 マリアンヌさんって、かなり紅茶が好きな人なんじゃないかな。

「キャロルが作ってくれた御飯、温め直すね」

「そのままで良いよ」

「え?でも……」

 エルがもう、お皿を引き寄せてる。

 お腹空いてるのかな。

「いただきます」

「じゃあ、スープは温めるから待ってて」

「ん」

 エルの前にパンを出して、スープを火にかける。

「夕飯の時間に呼んだんだけど、エル、忙しそうだったから」

『あたしたちはぁ、ちゃあんと気づいてたのよぅ?』

『集中すると酷いからな』

『食事は、きちんとした方が良いですよ』

 出来立ての方が絶対に美味しいのに。

「仕事が片付いたら、買い物に行こう」

「買い物?」

「生活に必要なものを揃えなきゃいけないだろ」

「大丈夫だよ」

 必要なものは揃ってる。着替えもあるし、困ることは無さそうだ。

 そろそろ良いかな。紅茶をカップに注ぐ。

「鎧を作るって約束もしただろ」

 まだ覚えてたんだ。

 スープをよそって、テーブルに置く。

「鎧は、もう良いよ」

「なんで?」

「もう必要ないから」

 エルの後ろに行って、濡れた髪を拭く。

 これまでの旅でも必要なかったし、身軽な方が動きやすい。

「じゃあ、他に欲しいものは?」

「何も要らないよ。こんなに色んな事をたくさんして貰ってるから。……ここまで来れただけでも、すごく楽しかった」

 ずっと、夢みたいな世界に居る。

「終わりじゃないだろ?」

「え?」

 エルが私を見上げる。

「もう帰還のことなんて考えなくて良い。好きなことを好きなだけやって良いんだ」

「でも……」

「ここに居るのがつまらなくなったら、また、一緒に旅をしよう」

 そう言って、エルが、ようやく食事を始めた。

 エルは冒険者だから、また旅に出るかもしれないんだ。危険な敵と戦うことになるなら、防具はあった方が良いのかもしれない。

 でも、ここの生活に慣れるのが先だ。

「エル」

「ん?」

「お店を手伝っても良い?」

「そんなことしなくても……」

「お願い。私も、店番を出来るようになりたいの」

『ボクも、リリーは、もう少しお金の扱いに慣れた方が良いと思うよ』

 ありがとう、イリス。

「わかった。良いよ」

「ありがとう。エル」

 エルを抱きしめる。

 やった。家の手伝いが出来る。

「ちゃんと給料も出すよ。詳しいことは、ルイスとキャロルから聞いてくれ」

「うん」

 早起きして頑張ろう。

 

 ※

 

 食事を終えて、台所を片付けてから二階へ。運んだものについて説明しながら、山のような荷物が並ぶ廊下を越えて、エルの部屋へ。

「少し冷えるな」

 そういえば、窓は開けっぱなしだったんだ。エルが窓を閉じる。

「ベッドは使って良いよ。俺はソファーで寝る」

 えっ?ソファーで寝るの?

「だめだよ」

 エルの方に行って、腕を引く。

「一緒に寝よう?」

 宿のベッドより大きめだし、大丈夫なはずだ。

「良いよ」

 エルが私の顎を上げて、キスをした。

「エル、」

 もう一度。

 待って。エル。そんな急にされたら避けられない。

「あの……」

 大丈夫なの?

「寝よう」

 エルが先にベッドに行く。

 そばに行って、いつものようにエルの背中を抱きしめると、エルが私の手を掴んだ。

 あったかい。

 本当は、もう、一人でも眠れる気がする。でも、エルが許してくれるなら、もう少しだけこうしていたい。エルの光はとても落ち着くから。

 背中越しに見えるエルの光は、いつも通りの明るさに感じる。

 どうして、エルは私にキスをするんだろう。危ないってわかってるはずなのに。

―リリーとキスしたいから。

―リリーになら、いくら奪われても構わない。

 どうして、あんなこと言ったんだろう。

 ……エルのばか。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ