045 大掃除
お昼ご飯を食べた後も研究室に行ってみたけど、エルは、全く返事をしてくれなかった。
「ごめんね。いつも、こんな感じだから」
「本当、困っちゃう」
『良く倒れないね』
いつも、こうなんだ。
「本当に大丈夫?気が付いたら倒れてたりしない?」
「大丈夫よ。エルって、二、三日食べなくても平気みたいだから」
「えっ?……そんなことないよね?」
「本当よ。ポラリスは、そういうことをさせちゃ駄目って言ってたけど」
そんなに体に悪いこと、誰が見てもだめだと思う。
「ポラリスって?」
「王都の占い師なの。リリーも行ってみたら良いんじゃない?」
「簡単に行けるところじゃないけどね」
「どういうこと?」
「良く当たるって評判で、いつも混んでるんだ」
「そんなにすごい占い師なんだ」
恋愛占いもやってるのかな。……占ってもらって、どうするんだろう。諦めがつく?
「リリーシア。しばらく、エルは当てに出来ないと思って。困ったことがあったら、僕かキャロルに聞いてくれる?」
「うん」
「王都は初めてなんでしょう?何でも聞いてね」
「ありがとう」
二人とも、すごく優しい。
「今回も、あちこち行ってきたんだね」
食卓テーブルの上には、エルが今回の旅で手に入れたものが、ずらりと並んでいる。
『冒険者ギルドに、あんなに置いて来たのにね』
まだ、こんなにあったんだ。
「これは、キャロルのだね」
ルイスが、キャロルに髪飾りを付けている。
「ルイスは、これね」
今度は、キャロルがルイスの首にポーラータイを付けてあげてる。
『これ、カチューシャと一緒に買ってたのだわ』
『カチューシャって、リリーが貰ったやつ?』
『そうよ』
確か……。
「グラシアル大街道のお店で買ったの?」
『えぇ。この子たちへのプレゼントだったのね』
「これ、グラシアルのお土産なのね。きらきらしてて、素敵だわ」
「リリーシアは、グラシアルの出身だっけ」
「そうだよ」
「向こうって、寒い国なんでしょう?」
「そこまで寒くないよ。……あ。もちろん、ラングリオンの方が温暖だけど」
「そうなんだ」
「こっちのは、何かしら。錬金術の道具?」
『リリーがエルにぶつかった店で見てた奴じゃない?』
なら、錬金術の道具だよね。
ルイスがメモを見ている。
「一つは、カミーユに渡すつもりみたいだよ」
「カミーユさんって?」
「エルの同期で、錬金術研究所の薬学の専門家なんだ」
『それって、イーストストリートで会った人たち?』
「ルードさんと一緒に居た人?」
「会ったの?」
「王都に入ってすぐに、研究所の人たちに会ったの。男の人が二人と女の人が一人。名前はわからないけど……」
「カミーユなら、背が高いからすぐにわかるわ」
『そんなに目立つほど背の高い人は居なかったよね』
「なら、違うかも?」
飛び抜けて大きな人は居なかったよね?
「わぁ。この缶って、ポリーズの紅茶?」
「マリーに頼まれてたみたいだね」
「あ。家用のもあるよ」
荷物の中から紅茶を出す。
それから、紅茶のドロップも。
「うちのもあったんだ。エルって、こんなに紅茶飲むの?」
「旅の間は飲んでたよ」
「素敵。せっかくだから、マリーから貰ったティーセットを出しましょう」
キャロルが、戸棚から箱を出してる。
「この本も?……マリー、こんなに頼んだの?」
銀の棺だ。
他にも、色んなものが山積みになってる。
「あの、マリアンヌさんって……」
「エルの同期で、魔法研究所で働いてるんだ。エルの知り合いは良く家に来るから、その内、顔を合わせると思うよ」
恋人じゃなく、友達?
『養成所に入ってる人って、皆、貴族じゃなかったっけ?』
お城では、そう聞いてたけど。
さっき会った人たちは護衛を連れてなかったし、貴族ではなさそうな感じだったよね。エルも留学生って言ってたし、養成所の卒業生には、貴族じゃない人も結構居るのかな。それとも、ラングリオンの貴族は皆、あんな感じだとか?
そんなことないよね?
後ろで、キャロルがお湯を沸かし始めた。
「手伝うよ」
「リリーって、紅茶の淹れ方、知ってる?」
「うん」
「良かった。教えてもらっても良い?」
「任せて」
紅茶を淹れるのは得意だ。
「他にも、手伝えることがあったら言ってね」
「旅の疲れは残ってないの?」
「大丈夫。ご飯も食べたばっかりだから」
朝の残りものって言われて出されたスープも、いろんな味のパンも、すごく美味しかった。
「キャロル、二階の物置は片付きそう?」
「思ったより大変そうだわ。量も多いし、私たちじゃ運べないぐらい大きなものもあったから」
「大丈夫だよ。私、だいたいの物は運べると思う」
「えぇ?」
「そういえば、大きな剣を持ってたよね。リリーシアって、剣士なの?」
「うん。だから、力仕事なら任せて」
「本当に?無理しないでね?」
「大丈夫だよ」
『乱暴に扱って、壊したりしないようにね』
「壊さないように気を付ける」
ルイスとキャロルが笑う。
「どうせ、壊れてるものもあるから平気よ」
「そうだね。少しずつ処分していかないとね」
「せっかくだから、大工さんに物置用の棚を頼もうかしら」
「そこまでやるの?」
「こういう時は、一気にやらなくちゃ」
「……そうだね」
『リリーの部屋が出来るまで、かなりかかりそうだね』
思ったよりも大掛かりな掃除になりそうだ。
「リリーシアは、しばらくエルの部屋を使ってね」
「えっと……。使って良いか、エルに相談してみるね」
『普段から一緒に寝てる癖に、今更、何言ってるのさ』
だって、エルの部屋だから。
「暇になったら、店番でもやってみる?」
「うん」
『店番なんて、リリーに出来るの?』
「お世話になるのに、何もやらないわけにはいかないから」
ルイスが笑う。
「頼もしいね。でも、それもエルに聞いてからにしようか」
「わかった。後で、聞いてみるね」
※
口元にも頭にもスカーフを巻いた万全の態勢のキャロルが物置を開く。
「どこから手を付けようかしら」
積み上がった物の山を見上げる。
『良く落ちて来ないね』
「ここって、どうして、こんなに物がいっぱいなの?」
「前に住んでた人の家具よ。私とルイスの家具は、全部、エルが新しく買ってくれたから。元々あったものは、ここに詰め込んだみたい」
『他の部屋のも全部、入ってるんだ』
「その後も、買ったり貰ったりしたものが増えて……」
『こうなったってわけだね』
どこから手を付けたら良いんだろう。大事なものは混ざってないのかな?
例えば、武具とか。手前には、片手剣とレイピアが置いてある。剣を抜いて、装飾や刃を眺める。
「綺麗……」
『勝手に抜いて良いの?』
だって、確かめないと。
使わないのが勿体ないぐらい綺麗な剣だ。
「エルって、魔法使いなんだよね?剣なんて使うの?」
「さぁ?私も、エルと会ったのは二年前だから。詳しいことは知らないわ」
二年前?
「養子になったのは、二年前ってこと?」
「……そうよ」
―話すと、長いわねぇ……。
養子ってことは、実の親と一緒にいられなくなった理由があるってことだ。簡単に聞いて良い内容じゃないよね。
剣を鞘に納める。
「これ、どこに置いたら良い?」
「とりあえず、使えそうなものは廊下に並べていきましょう」
「わかった」
「本当は、奥にベッドもあったはずなんだけど、かなり前に荷物で押し潰されちゃったの」
イリスが奥の方に飛んで行く。
『あぁ。完全に壊れてるね』
「そうなんだ……」
「でも、壊れてない家具もあるはずよ。使いたいものがあったらエルの部屋に運びましょう」
使うものなんてあるかな?
『奥のは、どれも駄目になってそうだよ。あ。このクローゼットは使えるんじゃない?』
「壊れてないの?」
『たぶんね。ここまで来れそう?』
「大丈夫だと思う。……キャロル、奥にあるクローゼットを使わせて貰っても良い?」
キャロルが私を見上げて、首を傾げる。
「リリー。もしかして、精霊と話してる?」
「あっ。えっと……」
『別に、隠すことないんじゃない?』
「うん」
「リリーも魔法使いなのね」
『魔法使いじゃないよね』
「違うよ。精霊と契約してるけど、魔法は使えないんだ」
「そうなの?」
「うん」
「魔法を使うのって、難しいのね」
魔法を使うには、自然や精霊への理解や知識が必要だ。そして、魔力が無ければ使えない。
「リリー。これ、持てる?」
「持てるよ」
入口を塞いでいた大きなドレッサーを廊下に出す。
「重くない?」
「平気」
「すごいわ。力持ちなのね。色々お願いしても大丈夫?」
「任せて」
ここにある家具なら全部運べると思う。
※
物置から荷物を出しきるだけで、日が暮れてしまった。
まだ使えそうなものは廊下に、壊れて使えないものは家の外に運び出す。
「こんなところに置いておいて良いの?」
「平気よ。欲しい人が居たら、勝手に持って行くわ」
「勝手に?良いの?」
「廃材を欲しいって人も居るのよ。誰も持って行かなかったら、明日、木工屋に引き取ってもらうわ」
『すでに、さっき運んだ棚がなくなってるよ』
もう減ってるの?気づかなかった。
職人通りだから、廃材を欲しがる人も居るのかな。
※
埃だらけになった体をシャワーで洗い流す。
あったかくて気持ち良い。
シャワーも台所も、家にあるものは好きな時に好きなように使って良いと言われてる。
ルイスとキャロルにとって、私は初対面の他人なのに。二人とも、私が一緒に住むことを快く引き受けてくれた。
私も、家のことをちゃんと手伝えるようにならなくちゃ。
物置からは、クローゼットと小さな棚をエルの部屋に運んだ。棚は、上に小物を入れる引き出しの付いた使い勝手が良さそうなものだ。天板部分がテーブルとしても使えるから、短剣とベルトを置くのにも丁度良い。
他にも使えそうなものはあったけど、もう少し落ち着いてから選ぶことにした。
そういえば……。
あれだけ本が好きな人なのに、物置には本がなかったよね。全部、書斎に置いてるのかな。
書斎って、どうなってるんだろう。エルのことだから、床に本が散らばってそうだ。そんなところに危ない本なんて置いておいて大丈夫なのかな?ちょっと、心配。
※
台所に行くと、キャロルが夕飯の準備をしていた。トマトの良い匂いがする。
「手伝うよ」
「後は煮込むだけだから大丈夫よ。力仕事ばかりで疲れちゃったでしょう?リリーも、少し休んでいて」
「キャロルは疲れてないの?」
「平気よ。私、リリーに指示してただけだもの」
『それだって、十分大変だよね』
私もそう思う。掃除もたくさんしていたし。
「無理しないでね?」
キャロルが笑う。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私、リリーの部屋がちゃんと作れるように頑張るわ」
キャロルが踏み台から降りて、椅子に座る。何か書いてるみたいだ。
「それは?」
「要らない家具のリストよ。まだ使えると言っても、私たちには必要ないものが多いんだもの。エルが落ち着いたら、処分して良いか聞いてみるわ」
「今、聞いてみる?」
キャロルが首を振る。
「無駄だと思うわ」
『諦められてるね』
お昼は呼んでも来なかったけど、そろそろ、お腹空いてるよね?
※
まるで、ここだけ時間の流れが違うかのように何も変わってない。
薬品の匂いも、静けさも、さっきと同じ。新しいラベルが貼られた瓶だけが増えている。こんなに作ったのに、まだ、やることが残ってるの?
「今って、どれぐらい進んでるの?」
『調子良さそうだから、まだやるんじゃないかしらねぇ』
調子良いんだ。真剣な目をして作業を続けているエルを見上げる。
楽しそうだよね。本当に、こういう作業が好きなんだ。
でも。
「エルって、食べないと駄目なんだよね?」
『誰に聞いたのぉ?』
「キャロルから聞いたの。ポラリスが言ってたって」
『そうねぇ……』
『良くないに決まっている』
だよね。もう少し待とう。
ソファーに座って、眼鏡をかけた横顔を眺める。
―ラングリオンに行ったら、一緒に暮らそう。
どうして、私と一緒に暮らそうって言ってくれたのかな。キャロルは、こういうのは初めてだって言ってたけど……。少しは、私のことを特別扱いしてくれてるって思って良いのかな。
でも、私が、ここに居られるのは三年だけだ。
……違う。もしかしたら、もっと短いかもしれない。魔力集めをしてないってばれたら、どうなるのかな。どれだけグラシアルから離れていても、私と女王は繋がってる。
呪いと誓約がある限り、私は義務を果たさなくちゃいけない。じゃないと……。
―では、リリーは帰らずに死を受け入れるのか。
外の世界は思ってたのと全然違った。
知らないことばかりで、同じことなんて何もなくて、毎日が新しくて、繰り返しのことなんて一つもなくて。エルと居られることが幸せで。ずっと先の世界があるって、知ってしまった。
私、ここに居たい。
外の世界に居たい。
あの狭い世界になんてもう帰りたくない。
でも……。
―あいつは、リリーを返す気はないと宣言したんだ。
―きっと、リリーの為の道も拓くさ。
エルに頼るのは駄目だ。エルにはルイスとキャロルという家族がいる。危ないことに巻き込むわけにはいかない。
自分のことぐらい自分でどうにかしなきゃ。
イーシャは、どうなったんだろう。
せめて、帰らなかった人がどうなるのか知りたい。
待っていたけど、結局、エルの作業は終わらなかった。キャロルが扉を開く。
「リリー。放っておいて良いわ。行きましょう」
本当に、いつもこうなんだ。
※
夕飯が終わって、のんびり紅茶を飲んで、お喋りして。キャロルにおやすみを言ってからもずっと台所で待ったけど、エルは全然出てきてくれない。
「リリーシア。まだ起きてたの?そろそろ休んだら?」
「もう少し待ってみる」
「何か必要なものはある?ブランケットとか持って来ようか?」
「大丈夫」
「そう。……無理しないでね。おやすみ」
「おやすみ、ルイス」
ルイスを見送って、研究室へ。
まだ、やってる。
『リリー』
「まだ終わらない?」
『そうねぇ……』
皆が肩をすくめてる。
エルは相変わらずだ。
『エルって、本当に、いつもこうなの?』
『いつもこんな感じですね』
「お腹空かないのかな」
『精霊に、それを聞く?』
『体に悪いことをしているのは確かですよ』
「そうだよね。せっかく、キャロルが美味しいご飯を作ってくれたのに。食べないなんて勿体ないよ」
この家では、基本的にキャロルが家事を、ルイスが簡単な薬の補充や経理といった店の運営を行っている。店番は、手が空いてる方が交代でやっているらしい。
料理も錬金術の知識もないなら、せめて店番ぐらいは出来るようにならなくちゃ。
そういえば。
「二年前って、何があったの?」
『二年前、ですか……』
あれ?
皆、言いたくなさそう?
「あの、言いにくいことだったら良いよ。キャロルも話したくなさそうだったし……」
『リリーが聞きたいのってぇ、ルイスとキャロルのことぉ?』
「うん」
『二年前は、私がエルと契約した年です』
『オイラも同じだねー』
「そうなんだ」
もっと昔から一緒に居るのかと思ってた。ナターシャもそうだったけど、エルって、精霊と仲良くなるのが上手いよね。
『エルと会ったのは、二年前。王国暦六〇五年の冬。ヴェルソの月です』
『ルイスとキャロルは?』
『二人がエルの養子になったのは、もっと後。その年の終わり頃だったかしら』
『去年のヴィエルジュからねぇ。二人を養子にする手続きをしてぇ、薬屋を開く為に走り回ってたわぁ』
『そうですね』
薬屋を始めたのも最近だったんだ。
養子二人の生活の基盤にする為に薬屋を開いたのかな。あれだけすごいなら人気の薬屋になりそうだ。
「あ」
エルの手元から書類が落ちた。
床に散らばった書類を集める。注文書かな。全部、エルが居ない間に受けたものってことだよね。こんなにたくさんの人が、エルに薬を作ってほしいと思ってるんだ。
『エルがエイダとジオと契約したことと、ルイスとキャロルが養子になったことって関係あるの?』
『関係ないよー』
集めた書類を机に戻す。
……あれ?変だよね。
どうしてこんなに人気の薬屋さんが、冒険者をしているの?お金の為じゃないよね。エルって、すごくお金持ちみたいだし。家族だっているのに。兵役だってあるのに。
そういえば、前に、どうしてグラシアルに来たのか聞いた時も、はぐらかしてたよね。
―行ったことがなかったから。
―どこかに行く理由なんて、そんなもんだろ。
何か理由がある?
『ただ……。二年前は、エルにとって……』
「リリー?」
急に、エルがこちらを見た。
急いで、作業を止めたエルの腕を掴む。
「エル。そろそろ休もう?」
ようやく手が止まった。
「もう、そんな時間か」
どれぐらい時間が経ってるのか気づいてないのかな。
エルが机の片づけを始める。
「何か手伝う?」
「危ないから触らない方が良い」
手伝えることはなさそうだ。
エルが手元にあった薬の瓶を棚に戻して洗い物をしている。何か作り始める気配があったら止めよう……。と、思ったけど、作業を終えたエルが白衣を脱いで、壁についているフックに掛けた。
終わったらしい。
「二階は片付いたのか?」
「えっと……」
『全然、片付かないよ』
「もう少しかかりそう」
「そうか」
今のところ、部屋が作れそうな感じはしないよね。
「しばらくは、俺の部屋を使ってくれ。……シャワーを浴びたら行く」
「うん。わかった」
エルがシャワー室に行くのを見送って、台所へ。
『部屋に行かないの?』
「夕飯の準備をしなくちゃ」
『食べるの?』
「だって、お昼からずっと何も食べてないんだよ?」
エルの夕食はテーブルに置きっぱなしだ。
薬缶を火にかけて、紅茶の準備をする。
『明日は、外に行こうかなー』
『契約者から離れるの?』
『王都ではぁ、皆、自由にしてるわねぇ』
「そうなんだ」
『なら、私も散歩に行こうかしら』
『良いですね』
「イリスも行く?」
『行くわけないだろ』
一緒に居てくれるらしい。
「リリー?」
「エル」
お喋りをしていたら、タオルを頭にかぶったエルが台所に入って来た。
『リリー、お湯が沸いてるよ』
そうだった。
慌てて、火を止める。
「今、紅茶を淹れるね」
「あぁ」
用意しておいたティーポットに、お湯を注ぐ。
「こんなティーセット、家にあったのか」
「マリアンヌさんから貰ったものだって、キャロルが言ってたよ」
ポリーズのティーセットで、かなり良いものだ。
マリアンヌさんって、かなり紅茶が好きな人なんじゃないかな。
「キャロルが作ってくれた御飯、温め直すね」
「そのままで良いよ」
「え?でも……」
エルがもう、お皿を引き寄せてる。
お腹空いてるのかな。
「いただきます」
「じゃあ、スープは温めるから待ってて」
「ん」
エルの前にパンを出して、スープを火にかける。
「夕飯の時間に呼んだんだけど、エル、忙しそうだったから」
『あたしたちはぁ、ちゃあんと気づいてたのよぅ?』
『集中すると酷いからな』
『食事は、きちんとした方が良いですよ』
出来立ての方が絶対に美味しいのに。
「仕事が片付いたら、買い物に行こう」
「買い物?」
「生活に必要なものを揃えなきゃいけないだろ」
「大丈夫だよ」
必要なものは揃ってる。着替えもあるし、困ることは無さそうだ。
そろそろ良いかな。紅茶をカップに注ぐ。
「鎧を作るって約束もしただろ」
まだ覚えてたんだ。
スープをよそって、テーブルに置く。
「鎧は、もう良いよ」
「なんで?」
「もう必要ないから」
エルの後ろに行って、濡れた髪を拭く。
これまでの旅でも必要なかったし、身軽な方が動きやすい。
「じゃあ、他に欲しいものは?」
「何も要らないよ。こんなに色んな事をたくさんして貰ってるから。……ここまで来れただけでも、すごく楽しかった」
ずっと、夢みたいな世界に居る。
「終わりじゃないだろ?」
「え?」
エルが私を見上げる。
「もう帰還のことなんて考えなくて良い。好きなことを好きなだけやって良いんだ」
「でも……」
「ここに居るのがつまらなくなったら、また、一緒に旅をしよう」
そう言って、エルが、ようやく食事を始めた。
エルは冒険者だから、また旅に出るかもしれないんだ。危険な敵と戦うことになるなら、防具はあった方が良いのかもしれない。
でも、ここの生活に慣れるのが先だ。
「エル」
「ん?」
「お店を手伝っても良い?」
「そんなことしなくても……」
「お願い。私も、店番を出来るようになりたいの」
『ボクも、リリーは、もう少しお金の扱いに慣れた方が良いと思うよ』
ありがとう、イリス。
「わかった。良いよ」
「ありがとう。エル」
エルを抱きしめる。
やった。家の手伝いが出来る。
「ちゃんと給料も出すよ。詳しいことは、ルイスとキャロルから聞いてくれ」
「うん」
早起きして頑張ろう。
※
食事を終えて、台所を片付けてから二階へ。運んだものについて説明しながら、山のような荷物が並ぶ廊下を越えて、エルの部屋へ。
「少し冷えるな」
そういえば、窓は開けっぱなしだったんだ。エルが窓を閉じる。
「ベッドは使って良いよ。俺はソファーで寝る」
えっ?ソファーで寝るの?
「だめだよ」
エルの方に行って、腕を引く。
「一緒に寝よう?」
宿のベッドより大きめだし、大丈夫なはずだ。
「良いよ」
エルが私の顎を上げて、キスをした。
「エル、」
もう一度。
待って。エル。そんな急にされたら避けられない。
「あの……」
大丈夫なの?
「寝よう」
エルが先にベッドに行く。
そばに行って、いつものようにエルの背中を抱きしめると、エルが私の手を掴んだ。
あったかい。
本当は、もう、一人でも眠れる気がする。でも、エルが許してくれるなら、もう少しだけこうしていたい。エルの光はとても落ち着くから。
背中越しに見えるエルの光は、いつも通りの明るさに感じる。
どうして、エルは私にキスをするんだろう。危ないってわかってるはずなのに。
―リリーとキスしたいから。
―リリーになら、いくら奪われても構わない。
どうして、あんなこと言ったんだろう。
……エルのばか。




