043 人魚の夢
ベリエの八日。
天気も航海も順調だ。
予定通り、ベリエの五日にニヨルド港を出港した船は、ティルフィグンのジャヌス港を経由して、ラングリオンのオーブ港へ向かっている。
ニヨルド港では、グラン・リューに手紙を出した。メルとソニアに宛てた手紙を入れたものだ。ちゃんと届くと良いな。
「もうすぐ、ラングリオンに着くんだよね」
「あぁ」
甲板からは、もう陸が見える。
良い風。グラシアルよりも温かい気がする。
「気持ち良い」
「あんまりふらふらしてると、落っこちるぞ」
「大丈夫だよ」
手すりに掴まって、波しぶきの上がる青い海を見下ろす。
「落ちても、泡になって消えるだけだから」
故郷を捨てて自分の恋の為だけに生きるって決めた以上、もう戻れない。
「マーメイドの話か?」
そういえば、ちゃんと話してなかったっけ。
「マーメイドはね。恋した相手と結ばれなければ、泡になって消えてしまうんだ」
後ろから伸びたエルの腕に抱きしめられる。
心配しなくても、これだけ高い手すりがあれば落ちたりなんか……。
「マーメイドだって、幸せになれるだろ」
幸せに?
それって、エルが作ってくれたお話のこと?
あれは素敵なお話だったけど……。
「本当に幸せになれたのかな」
「どういう意味だ?」
「ほら。マーメイドは、海の生き物だよ。魚は友達なのに、魚を食べる人間と結ばれて幸せになれたのかなって」
エルが黙ってしまった。
私、意地悪だよね。終わった物語の、その先のことなんて。
「少し、時間をくれ」
「え?」
「続きを考えるから」
続きって……。整合性の取れるお話を作るってこと?この前みたいに?
エルって、変。
すごく楽しみ。
「エルも、物語を読んだら良いと思う」
「物語?」
「トリオット物語とか。面白いよ」
興味ないかもしれないけど。
エルの指が私の顔に触れたかと思うと、急にキスされた。
「どうして……」
こんなところで。
こんな風に。
こんな急に。
紅の瞳と目が合う。
「リリーとキスしたいから」
「え?」
「リリーになら、いくら奪われても構わない」
好きな人にそんなこと言われたら……。
「エルのばか」
勘違いしてしまいそうになる。
海の方を向くと、エルがまた後ろから私を抱きしめて、私の頭に顔を付けた。
髪、洗ってないのに。
「港から王都って、どれぐらいかかるの?」
「すぐだよ。徒歩でも二日程度の距離」
「そんなに近いんだ」
グラシアルのように、王都が山奥にあるような国は珍しいのかな。
「ラングリオンの港にも、シャワーを浴びれるところってある?」
「あるよ」
良かった。船旅も終わるから、髪をきれいに洗おう。
「港に着いたら宿をとって、ゆっくりしよう」
「うん」




