042 運命のずれ
ようやく……。
ようやく、ここまで来たんだ。
区切りの良いところまで読み終えて、本を閉じる。
「ハーブティーのおかわりをお持ちいたしましょうか?」
「もう大丈夫です」
「何かお菓子をお持ちいたしましょうか?」
お菓子?こんな時間に?
「大丈夫です。私、部屋に戻ります」
「ご案内いたします」
「大丈夫。一人で戻れます」
こんなに色々してもらってるのに、これ以上、何かしてもらうわけにはいかない。
「色々、ありがとうございました」
時間をかけてケアしてもらった髪は良い香りがするし、指通りも触り心地もすごく良い。
「御嬢様。廊下は寒いですから、こちらのガウンをどうぞ」
「ありがとうございます」
貰ったガウンを羽織る。
……エル、まだ図書室で本を読んでるのかな。
イリスも戻って来ない。
部屋に戻る前に、図書室に行ってみよう。
暗い廊下を歩く。
……確かに、ちょっと寒いかも。
あ。
光の精霊だ。
こんな夜中に集まって何をしてるんだろう?
『あ。見える子だ』
『アリシアと同じ?』
『姉妹だって』
私を見た精霊が逃げて行った。
あれ?エントランスホールから声がする。
「……現に、リリーは…………た。本来は、俺もそうなるはずだったんだ」
この声……。エル?
どうして、こんなところに?
『……』
「エルロック。お前は何故、命の危険があると知りながら、リリーと共に居るんだ」
エルと、アリシア?
「一緒に居るって約束したんだ。誰にも渡さない」
「返す気はないと言うわけか」
「当然だ。必ず、自由にする」
何の話?
『リリー』
イリスが私の方に飛んで来る。
「エルとアリシアは、ここで何をしてたの?」
『話してただけだよ』
こんなところで?
「リリー」
「リリー。こんなところに居たら湯冷めしてしまうよ。温かい紅茶でも淹れよう」
一階の広間に居たアリシアが、階段を上ってくる。
……エル。
「エルロック。お前も湯に浸かって来ると良い」
「……ん」
アリシアに押されて、二階の廊下に戻る。
「エルと何してたの?」
「研究室で話そう」
※
研究室に入ると、アリシアが明かりを灯した。
「まだ、エルを捕まえようとしてるの?」
「まさか。逆だよ」
「逆?」
「リリーを置いて去るように言った。けれど、負けてしまったんだ」
「エルと勝負したの?」
「そうだ」
「そんなの、ずるいよ」
魔法が効かないのに、魔法使いに勝負をしかけるなんて。
「リリーなら、あいつに勝てると思うか?」
この前みたいに気を失うほど強い魔法を使われたら困るけど、あれだけの魔法なら避けることは可能だし、上手くやれば……。
「一撃も当てることが出来なかった」
「え?」
「剣も持たぬ相手だと言うのに。手加減されたのは、私の方だったらしい」
本当に?
でも、そうだよね。エルは今まで誰にも負けたことがない。強いんだ。
「エルと何を話してたの?」
「大したことは話してないよ」
「嘘」
そんなはずない。
「エルロックから何も聞いてないのか?」
「何もって?」
「例えば、女王の娘の名前の特徴について」
特徴?
「初代女王リーシアの綴りを使えるのは、女王の娘だけらしい」
「そうなの?」
「エルロックが言っていたよ」
「どうして、エルがそんなことを知ってるの?」
「あいつにとっては、こんなことは考えればわかることらしい」
発音が同じでも綴りが違うことは良くある。私が読む物語でも、それは感じてたことだ。
たとえば、私の名前。
Liryshia
リリーと呼ばれる登場人物は、たいてい、Lilyという綴りを使っていた。
アリシアもそう。
Aryshia
本に出てくるような場合、私が一般的に目にする綴りは、Aliciaだ。
「でも、それって、国によって綴りが違うだけだよね?」
「私は以前、グラシアル国内でアリシアという名の娘に会ったことがある。その娘と私は違う綴りだったよ。……そんなもの気にしたことなどないが。考えてみれば、私たちは珍しい名なのだろうな」
珍しいかな。イーシャの名前は珍しいと思うけど……。
「私たちには知らされていない事実が多い。この短期間であいつが得た知見は、私が二年かけてもたどり着けなかったことばかりだ。……全く。大した奴だよ」
「でも、私が話したことなんて、魔法を使えるようにならなきゃいけないってことだけだよ。魔力を奪うことだって、本当に何も言ってない」
「わかっているよ」
―エルは、自力で真実にたどり着く。
―だから、私たちが余計なことを話す必要なんて一つもないんです。
本当に……。たどり着いたの?
呪いのことも。
誓約のことも。
女王の娘の目的が魔力集めであることも、すべて……?
「あいつの目的は、リリーを自由にすることらしい」
―当然だ。
―必ず、自由にする。
さっきの……。
「その為に、すべてを解き明かそうとしているんだ」
―リリーが帰らずに済む方法を調べる。
「無理だよ、そんなの。だって、先代の女王の娘も、先々代の女王の娘も、皆、城に帰ってる。帰らなかった人なんていない。必ず、誰かが女王になってる。誰も逃げてない。絶対に逃げられないのに……」
「イーシャは帰っていない」
「でも、生きてるって思ってる人なんて居ないよ」
「では、リリーは帰らずに死を受け入れるのか」
私は……。
死にたくなんか、ない。
でも、女王に逆らえば。誓約を破って帰らなければ……。
「あいつは、リリーを返す気はないと宣言したんだ。きっと、リリーの為の道も拓くさ」
―三年以内に必ず答えを見つける。
エル……。
「どうして、アリシアは、そこまでエルを信じられるの?」
「信じているわけではない。可能性を感じているだけだ。……リリーこそ、信じてやらないのか?あいつは、リリーの運命の相手なんだろう」
エルは、間違いなく私の運命の人。
「でも、エルの運命の相手は私じゃないよ」
「何故?」
「だって、私なんか……」
好きだって言葉も相手にしてもらえなかった。
マーメイドは運命の王子に出会ったけど、王子の運命の人は別の女性だ。……きっと、こういうことは良くあることなんだと思う。
「リリーは、もう少し自分に自信を持った方が良い」
「どういうこと?」
「そのままだよ」
美人で頭も良くて優しくて、完璧。
そんなアリシアに言われても、自信を持つことなんて出来ない。
※
「ただいま」
「おかえりなさい」
部屋に戻って本を読んでいたら、エルが帰ってきた。
紅茶の準備をしよう。アリシアから貰った水筒のお湯をティーポットに注ぐ。丸いティーポットの中で茶葉が踊っているのを見ていると、隣に来たエルが砂時計を逆さにした。
「何を読んでたんだ?」
「トリオット物語の第三巻。アリシアが持ってたんだ」
アリシアは持って行って良いって言ったけど、今日中に読み終えられそうだ。
「お姫様が出てくる話なのか?」
「違うよ。トリオット物語はね、愛し合う二人が引き裂かれるところから始まるんだ」
現代の恋物語。
「恋人同士の二人が主人公で、二つの視点で進む物語でね。まず、冒頭で彼女は殺されてしまうの」
「は?」
びっくりするよね。
興味を持ってくれたかな。
「亡くなった彼女は棺に閉じ込められて東の果てに連れて行かれたんだけど、実は死んでなくて。東の果てで目覚めて、恋人を求めて西を目指すことにする。これが、彼女の物語」
死んだはずの恋人が本当は生きていた。
「一方で、そんなことを知らない彼は、亡くなった彼女の棺を求めて東へ向けて出発する。これが、彼の物語」
「つまり……。別れた二人が、もう一度出会うことを目指す物語なのか?」
「そう!そうなの。でも、まだ、全然会えないんだ」
物語の途中、追想シーンとして二人の出会いや恋の話が語られるから、純粋な恋物語としても成立するのに、主人公それぞれが冒険をするシーンも、しっかり濃厚に描かれているから、冒険譚としても楽しめるお話になっている。
「三巻で、彼はとうとう東の果てにたどり着いたの。そして、棺の中身が空っぽで、彼女が自分を探す為に旅立ったことをようやく知ったんだ。……生きてるって、ようやく知ることが出来たんだよ」
ようやく、ここまで辿り着いた。彼女も、もう少しで始まりの街に辿り着く。きっと、そこで彼が自分を探す旅に出たことを知るはずだ。
隣で、エルが紅茶を淹れてくれた。いつの間にか飲み頃になっていたらしい。
「ありがとう」
本を置いてカップを手に取ると、エルが私の髪に触れた。
「良い香り」
エルが私の髪に指を絡ませる。
「お風呂の後、メイドさんが、アリシアが作った美容品で私の髪のケアをしてくれたの」
ずっと触ってる。そんなに気に入ったの?
エルが私の髪にキスをした。
「エルは、そんなに……。こういうことが好きなの?」
「こういうことって?」
「髪を撫でたり……。とか……」
エルが私の頭にキスをする。
「好きだよ」
好きなんだ。
好きなんだろうと思ってたけど……。
「アリシアと、どんな話をしてたの?」
「大したことじゃない」
アリシアと同じ答え。
「女王の娘のこと……」
「何も話さなくて良いって言っただろ」
「でも……」
エルは、もう知ってるんだよね?
どうやって知ったのかな。
いつから知ってたんだろう。
「キスして良い?」
「えっ?」
エルが、私を引き寄せる。
……近い。
「だめだよ。だって……」
魔力を奪っちゃう。
「知ってたよ。ずっと前から」
「なら、どうして……」
エルが私の頬にキスをする。
キスすることが危ないって。私が危ないって、そんなに前から気づいてたのに。どうして……。
「アリシアとも……、したの?」
「何を?」
「……」
聞いて良いのかわからない。
エルは、アリシアにも魔力を渡したの?誰にでも、こういうことするの?
吐息が耳にかかる。
「してないよ」
「え?」
唇が触れそうになって、顔を反らす。
……してないんだ。
でも、喜んで良いことじゃない。
「ごめんなさい」
「何が?」
「何度も魔力を奪って」
「良いよ」
「え?」
「奪って」
「でも……」
もう、こんなことはやめなきゃいけない。
「私がちゃんとしてたら、エルが気を失うことなんてなかったの」
呪いの力なんて使わないって、そう決めて出発したのに。
使うことになってしまった。
「私、あんなこと、もうしたくない」
エルが気を失うところなんて。この輝きを失ってしまうところなんて、もう二度と見たくない。
「俺が気を失わなければ良いんだろ?」
「え?」
「目を閉じて」
エルが私の顔を上げて、額をくっ付ける。
この距離で、そんなに見つめられたら……。
「だめ?」
抗えない。目を閉じると、唇が触れた。
……エル。
奪いたくないのに。
好きな人だから、嬉しくて。拒否しなきゃいけないって解ってるのに……。
唇が離れて、エルの紅の瞳を見つめる。大丈夫なの?どうして、奪われるって解ってるのに、こんなことをするの?本当に平気なの?
もう一度、深いキスをされた。柔らかい感触と熱い吐息。くらくらする。
胸のドキドキが止まらない。だめだってわかってるのに……。
唇が離れて、エルが私の顔を撫でる。
「ほら。平気だろ?」
どうして、平気なんて言うの。
「エルの馬鹿。キスは、好きな人とするものだよ」
エルには、好きな人は居ないの?
誰でも良いの?
アリシアとはしてないって言ってたけど……。
「他の奴としないで」
私だって、エル以外とはしたくない。
「俺だけにして。リリーにならいくら奪われても構わない」
「エルのばか」
もっと、自分を大切にして。それに……。
「エルの魔力は、契約してる精霊のものだよ」
私が奪って良いものじゃない。
「メラニー」
『何だ?』
「ユール」
『はぁい』
「バニラ」
『……何の用だ』
「エイダ」
『はい』
「ジオ」
『はーい』
「ナターシャ」
『なぁに?』
呼ばれた精霊たちがエルの中から出てくる。
「俺がリリーの呪いを解くまでの間、魔力を渡せなくても構わないか?」
「え?」
『構わない』
『良いわよぅ』
『良いだろう』
『もちろんです』
『しょうがないなー』
『良いわよ』
皆……。
「だめだよ、そんなの……」
「ちゃんと、皆の声は聞こえてただろ?」
聞こえてた。
でも、こんなの契約違反だ。精霊が人間と契約するのは魔力を得る為なのに。人間は、そのお返しとして精霊の力を使わせてもらってるはずなのに。それが正しい契約なのに。誰も怒ることもなければ、契約の終了を告げたりもしない。
……皆、エルを好きで、信頼してるんだよね。
「でも、私がエルと一緒に居たいのは魔力が欲しいからじゃないよ」
「わかってるよ」
全然、わかってない。
「だったら、どうして……」
「わからない?」
キスされそうになって逃げて、そのまま一緒にソファーに倒れこむ。
……わからないよ。私はもう魔力集めなんてしないし、したくない。
ただ、物語のような恋が出来れば良かっただけだ。そして、それは叶っている。
柔らかい金色の髪に手を伸ばして、エルの頭を抱きしめる。
エルは分かってない。私がエルの魔力を奪い尽くした時、精霊たちがどれだけエルを心配していたか。
それに、私を自由にするなんて……。そんなこと考えなくて良いのに。一緒に居るだけで、私はこんなに嬉しいから。
エルは約束を守ってくれてる。ポリーに言われても、アリシアに言われても、ずっと、私と一緒に居ることを選んでくれた。
なのに、私は、ちゃんと返事をしていない。
「エル」
「ん?」
体を起こして、少し眠そうなエルの頭を膝に乗せる。
「あのね。私、ラングリオンに行きたい。王都に行って、エルと一緒に暮らしたい」
これが、私の気持ち。
エルの手を取って、いつもエルがしてくれるように、手のひらにキスをする。
すると、エルが同じように手にキスをした。
「リリー。一緒に暮らそう」
「ありがとう。エル」
大好き。
全部、エイダの言う通りだった。
エルは何も話さなくても全部、突き止めて。そして、全部、理解してくれた。
でも……。無理だ。
―決して、誓いを忘れるな。
一緒に居られるのは、三年だけ。
好きな人と結ばれることなんて出来ない。
読んで頂きありがとうございます。
第一章「女王国編 Coup de foudre」完結しました。
Coup de foudreは、フランス語で落雷のこと。あるいは、一目惚れ。
一目惚れからはじまるお話でした。
次は第二章「王都編」です。




