040 古城の主
さっきから、ずっと。
『リリー、また来たよ』
飛びかかってきた亜精霊に向かって、リュヌリアンを突き刺す。
『あー。逃げたね』
戦っても、戦っても、ずーっと減らない。
『もう一匹来た』
狼に向かって剣を振る。
一撃で戦意を喪失してくれるのはありがたいけど、こう、何度も来られると……。
『誰か亜精霊の傷を癒しているようですね』
もしかして、幻術を使ってた光の精霊?
『道理で減らないわけだよ。リリー、ちゃんと仕留めた方が良いんじゃないの?』
「……」
弱ってる相手に止めを刺すなんて……。
『でも、さっきの白狼は来ないね』
「うん」
どこに行ったのかな。
……というか。
「ここ、どこかな」
あちこち探してるつもりなんだけど、どこにも出られない。
『迷ったね』
広いお城だ。
『大きな扉があるよ』
本当だ。今まで扉がついてる場所なんてなかったのに。
鍵がかかってませんように。
ゆっくり押すと、扉は簡単に開いた。
「広い……」
舞踏会を開けそうなぐらい広い場所だ。一階から二階まで吹き抜けで、二階に上がる為のなだらかな階段がついている。二階部分のサイドには、一階を見下ろせる廊下まである。
『出口です』
走って行くと、外に出られた。大きな門がある。
「これって、城門?」
『そうだね』
ってことは、この広い空間はエントランスホールなんだ。
『周りを確認してきます』
エイダが空高く飛んでいく。エル、どこに居るのかな。
『ここって、幻術の魔法があった辺りだよね』
「そうなの?」
『ほら。あそこから入ってきたんだよ』
大きな門の横に、お城の勝手口がある。
『リリーが転んだのはここかな』
イリスが遠くの花壇を見てる。私は勝手口から入って、あっちに走って行ったんだ。
今は白い靄もないし、光の精霊もいない。
『戻りました』
「エイダ。エルは?」
『この辺りには居ませんね』
『居ないの?』
「じゃあ、お城の中に居るってこと?」
『イリス、リリー』
呼ばれて、振り返る。
え?
『リウム』
イリスが人の姿をした氷の精霊の方に飛んで行く。
「え?リウムなの?」
『そうだ』
すごく綺麗な精霊。
『リリー。あれは、あなたの知っている精霊なの?』
「うん。アリシアの精霊。えっと……。アリシアは二番目の姉で、ポリーは三番目で、私は四番目なの」
『じゃあ、ここにはあなたの姉が居るということ?』
「たぶん……。リウム、アリシアはどこに居るの?」
『二階だ』
「エルのこと知らない?」
『金髪の魔法使いなら、アリシアが連れて行った。案内しよう』
良かった。エルも一緒みたいだ。
『もしかして、ボクらのことを探してた?』
『ずっと探していた。本当に、リリーは、すぐ行方不明になる』
『まぁ……。いつものことだよ』
そんなことないもん。
『下は亜精霊が多かっただろう。怪我はないか?』
「大丈夫」
『あなたの契約者が精霊や亜精霊をリリーにけしかけたの?』
『違う。彼らは人間の指示に従うような存在ではない』
「エルは無事?」
『怪我をしている様子はなかった。私が見た時は、自力で光の精霊の幻術を破り、亜精霊とも難なく戦っていたようだった』
『すごいね。入口の幻術は、エルが破ったんだ』
流石、エルだ。
『その後、アリシアが捕らえたようだが』
「え?」
『捕らえた?』
『どういうこと?』
『魔法のロープで縛って連れて行った』
「えっ?」
『何それ。呑気にしてる場合じゃないじゃん。急いでよ』
『危害を加えるつもりはないぞ』
『良いから、早く!』
エル、無事で居て。
※
「ここだ」
リウムが教えてくれた部屋の扉を思いきり開く。
「エル!」
「リリー」
居た。
エルの方に走って行って、抱き着く。
「良かった、無事で……」
どこも怪我してないし、縛られても居ない。金色の光もいつも通りだ。
「俺から離れるなって言っただろ」
「ごめんなさい」
「今までどこに居たんだ?幻術にはかからなかったのか?」
『かかったよ』
あんなの、初めてだった。
「どうやって切り抜けたんだ?」
『真っ直ぐ、走り抜けてましたね』
「は?」
エルが私の顔をエルの方に向ける。
「怪我は?」
「大丈夫」
すぐ心配するんだから。
『ずっと、エルを探してたんだよ』
「良くここに居るってわかったな」
「リウムが案内してくれたの」
「リウム?」
「私の精霊だ」
そっか。顕現しないと、エルには見えないんだっけ。
「アリシア。どうしてエルを捕まえたの?」
「これだけの魔力を持った魔法使いだ。私が興味を持っても構わないだろう?」
「だめ」
リウムは、もう人の姿に成長してる。これ以上、誰かの魔力を奪う必要なんてないはずだ。
「エルには、何もしないで」
「では、その男を賭けて一勝負といこうか」
「は?」
「丁度、体を動かしたいと思っていたところだ」
「わかった。良いよ」
「だめだ。リリー」
「ふふふ。良い目だ」
「負けない」
エルは、私が守る。
アリシアと一緒にエントランスホールへ行く。
間合いを取って、アリシアが剣を抜いた。
アリシアと最後に戦ったのは、二年前。外でも剣術の修行は続けてたのかな。私が知らない技も使ってくるかもしれない。気を引き締めて行こう。
『二人とも、怪我しないようにね』
『危険があれば介入するからな』
「構わない」
「大丈夫」
落ち着いていこう。リュヌリアンを構える。
「リウム。開始の合図を」
『はじめっ!』
リウムの合図と同時に走り出す。一撃目を軽く流して、かわされた先に向かってリュヌリアンを突き刺す。右に避けられた。踏み込んだ足に力を入れて、リュヌリアンの腹でアリシアを薙ぎ払うと、アリシアが剣で防ぎながら後退する。
「余裕だな。リリー」
今のところ、変わった動きはない。
「何故、あの男と共に居るんだ」
叩きつけられた攻撃をリュヌリアンで防ぐ。
「一緒に居たいから」
鍔迫り合いなら負ける気はしない。攻撃の重みはそんなにない。本気じゃないのかな。
「魔力を奪ったんだろう」
それは……。
油断した隙を見逃さずにアリシアが力を込めて来た。無理やり力を入れて弾き返し、数歩引く。
「どうして、知ってるの」
誰から聞いたの?
まさか、エルから……?
「この短期間で、イリスがそこまで変化したのだ。魔力を安定的に奪える相手が居たと考えるのは当然だろう」
良かった。エルが気づいたわけでも、エルから聞いたわけでもないんだ。
アリシアと剣を合わせる。攻撃は早いけど、重くないから簡単にさばける。
魔力を安定的に奪える相手なんて。そんな風に思われるなんて。
真っ直ぐ放たれた攻撃を受け止めて、リュヌリアンに力を込めてアリシアを吹き飛ばす。
「私は、もう呪いの力なんて使わない」
離れた場所で、アリシアが綺麗に着地した。
「女王の娘の目的を忘れたわけではないだろうな」
「忘れてないよ。でも……」
走って、アリシアとの距離を詰める。
「私、エルと一緒に居るって決めたの」
大きく振ったリュヌリアンをアリシアの首に突き付ける。
「エルを返して」
『そこまで!』
「降参だ。相変わらず、強いな」
勝った。
リュヌリアンを下ろして、鞘に納める。
「どうして、勝負しようと思ったの?」
私に勝てたことないのに。
アリシアが剣を鞘に納める。
「たまには運動しないと体が鈍るからな」
それだけの理由?稽古をしたいなら、そう言ってくれたら良かったのに。
「それに、リリーの本気も伝わったよ」
「私の本気?」
「あいつが好きなんだろう」
好き。それは間違いない。
「恋人ならば、二人でどこへ行こうと止めはしない」
「えっ?えっと……」
恋人じゃないんだけど……。
「疲れただろう。お茶でも淹れよう」
そう言って、アリシアが階段を上って行ってしまった。
『なんで、否定しなかったの?』
「だって……。ポリーみたいに、一緒に旅しちゃ駄目って言うかもしれないから」
『アリシアは、ポリーほどうるさくないんじゃない?』
そうかな。
「それに……」
『それに?』
アリシアは……。
「なんでもない」
エルの所に戻ろう。
さっきの部屋に行くと、机に向かって眼鏡をかけているエルが、アリシアに何か説明していた。難しそうな話を、アリシアが真剣そうな顔で聞いている。
……どうしよう。
「なるほど。面白いな」
「一人の研究なんて限界があるだろ」
エルは錬金術師で、アリシアも錬金術師。気が合うに決まってる。
「おかえり」
「……ただいま」
二人の方に行く。
机に広がってるのはアリシアの研究だ。眼鏡をかけてたのは、これを読んでたから?
『何、暢気にアリシアと喋ってるんだよ』
『勝負の結果は聞かないの?』
「リリーの勝ちだろ」
私が勝つって信じてくれたのは嬉しいけど。
『もう少し、言うことないの?』
「言うことって?」
「別に、良いよ。エルには関係ないことだから」
エルは私とアリシアの勝負よりも、ここでアリシアの研究を見てる方が楽しかったみたいだから。
『もう。リリーはエルの為に戦ったのよ?』
アリシアは私を試してただけだ。
「エルロック。私のものになれ」
「は?」
「えっ」
どうして?
「だめだよ、アリシア。約束が違う!」
「お前の錬金術師としての才は噂以上だ」
「断る」
「だめ」
「転移の魔法陣にも興味があるのだろう」
アリシア、転移の魔法陣の研究をしてたの?
「断るって言ってるだろ。だいたい、俺を賭けの対象にするな。何があろうと俺の目的は変わらない」
本当に?興味があるから読んでたんだよね?
「リリー。吸血鬼の正体も分かったし、帰るぞ」
「え?吸血鬼を見つけたの?」
「なんだ、その話は?」
「お前、自分がどんな噂されてるか知らないのか?」
噂って、アリシアのことだったの?
「アリシア、ここで吸血鬼ごっこしてたの?」
『違うと思うよ』
「じゃあ、お姫様ごっこ?」
「そんな趣味はないぞ」
じゃあ、吸血鬼も眠り姫も、根も葉もない噂だったってこと?
……噂なんて、そんなものだよね。
「リリー、エルロック。せっかく来たのだから、しばらくここに留まると良い。客人として持て成そう」
「どうするんだ?リリー」
せっかく会えたし、アリシアとは、もう少し話したい。けど……。
「エルに何もしない?」
「心配しなくても、妹の恋人を取ったりはしないよ」
「えっ?あの……」
恋人じゃ……。
「メイドに部屋を用意させよう」
アリシアが真鍮の呼び鈴を鳴らすと、メイドさんが部屋に入って来た。
「お呼びでしょうか」
「この二人に部屋を……。部屋は一つで良いか?」
「ベッドも部屋も一つで良いよ」
「えっ?」
一つ?
「良いのか?」
「大丈夫……」
どうしよう。アリシア、完全に勘違いしてる。私とエルが恋人だって。
「では、西塔の部屋を用意してやってくれ」
「かしこまりました。直ちに御準備致しますが、先にご昼食になされた方がよろしいかと。準備をはじめてもよろしいでしょうか」
「もうそんな時間か。頼むよ」
「はい。少々、お待ちください」
メイドさんが頭を下げて出て行く。お昼……。
「あ。お昼に食べようと思ってたパンがあるんだ」
「なら、後でメイドに頼んで温めてもらうと良い」
「うん」
メロンパンと、さくらんぼジャムのデニッシュ。それから、ナッツがふんだんに使われたパンを買ってある。
「用意が出来るまでの間、この城について説明しておこう。この城の居住スペースは二階以上だ。食堂や図書室、応接室等が揃っている。一階は亜精霊が多いから気を付けてくれ」
狼、たくさん居たよね。
「亜精霊の研究もしてるのか?」
「さっきの狼って、アリシアのペットなの?」
白狼は一匹しか見てないけど、他の狼は何体も居た気がする。
「そんなところだ。亜精霊には人の言葉を解すものも多いからな」
『倒さなくて良かったね』
「うん」
深追いしなくて良かった。
「この城に居る亜精霊は、倒れる前に逃げるよう飼い慣らしている。傷ついたとしても、放っておけば城に住み着いている光の精霊が癒してくれるだろう」
「それって、幻術を使ってきた精霊か?」
「あぁ。別に、幻術を使うよう私が頼んだわけではないぞ。悪戯好きの精霊なんだ。この城が気に入っているらしい」
やっぱり、城門の方に居た光の精霊が癒しの魔法を使ってたんだ。
『おかげで何度も戦う羽目になったけどね』
「何度も?」
『一階で迷ってる間に、回復した奴に何回も襲われたんだよ』
「そんなに疲れた状態でアリシアと戦ったのか?」
「疲れてないよ」
「本当に?」
今だって、全然疲れてない。
「亜精霊は、皆、一撃で逃げて行ったから」
『大丈夫ですよ。最初の幻術の魔法で転んだぐらいですね』
「転んだ?」
エルが、私の両手の手のひらを見る。
「だから、大丈夫だよ」
心配要らないのに。
「リリー」
アリシアまで真剣な顔をしてる。お説教されそうだ。
「亜精霊との戦闘では、あまり気を抜かないようにな」
「気を抜いてなんか……」
「ここに居る亜精霊は、外に居るものとは違う。亜精霊とは、闘争が本能の種族だ。普段の戦闘では、決して気を抜かないように」
「はい」
私だって、攻撃を続けられたら戦うしかない。ただ、生きる為に逃げたものを追いかけたくないだけだ。
「エルロック」
「何だ」
「図書室の本は、好きに持って行って構わないぞ」
「良いのか?ここ、伯爵の城なんだろ?」
「良く知っているじゃないか。……先代の頃から忘れられた城だ。好きに使えと言われている」
エル、ここが誰のお城か知ってたの?
先々代の伯爵は使ってたのかな。だったら、古城って呼ばれるほど古いお城じゃないよね?
「ここって、元々、何の為に造られた城なんだ?」
「私も詳しいことは聞いていないが、避難所として使われていた場所と聞いている」
「避難所?」
「この辺りの海は昔から自然災害が多いからな。今でこそ港も堅牢になったが、それまでは人の避難はもちろん、港に集積する物資の避難所でもあったらしい」
ここに来るまでにも何度も聞いた。昔から自然災害の多い場所だって。
本当に、女王は関係ないのかな……。
ノックがあって、さっきのメイドさんが戻ってきた。
「御昼食の準備が整いました。ご案内いたします」




