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038 ブラッドアイ

 レストランに行くと、ポリーが紅茶を用意して待っててくれた。同じテーブルには知らない人が座ってる。

 男の人が二人。お酒を飲んでるみたいだ。

「ポリー」

「遅かったじゃない。席がなくなっちゃうところだったわよ」

「こんにちは」

「悪いね。他に席がなくってさ」

『満席だね』

 ポリーの隣に座ると、ポリーが私に紅茶を淹れてくれた。

「船が欠航になったせいで、港中の宿に客が押し寄せてるのよ。……こんな遠くまで来るなんて、あんたたちも暇人ね」

「君らだって、港付近の宿は諦めた口だろ?」

「せっかくだし、一緒に飲もうよ。奢るよ」

「残念だけど、お酒は飲まないの。……そうね。甘いお菓子なら食べてあげても良いわ」

 そういえば、今って、お茶の時間なんだ。

 良い匂いがする……?

「お客様、焼き立てのアップルパイはいかがでしょう?お一つ、銅貨一枚となっております」

「あら、美味しそうね」

『もしかして、お菓子を配ってたのに気づいてたの?』

「丁度良い。このお嬢さん方にくれ」

『目ざといからな』

「かしこまりました」

 男の人が銅貨を二枚払うと、メイドさんが私とポリーの前にアップルパイを置いてくれた。

「素敵。優しいのね。ありがとう」

『リリーもお礼ぐらい言ったら?』

「ありがとうございます」

「良いって」

 貰っちゃった。

「美味しそうね。いただきます」

「いただきます」

 焼き立てあつあつだ。

「それより君ら、古城のお姫様の噂は知ってるかい」

「お姫様?」

「なぁに?それ」

「ここからちょっと歩いたところに、立派な城があるんだ」

「お城?」

「聞いたことないわね」

 甘くて美味しい。

「大昔に捨てられた古い城らしい」

「廃墟じゃない」

「まぁ、そうなんだが。そこに、眠り姫が居るって言われてるんだ」

「眠り姫?」

「おとぎ話の?」

「その通り」

 眠り姫の物語。

 永遠に年を取らない代わりに、永遠に目覚めることのない呪いをかけられたお姫様。百年間眠り続けた後、運命の王子様のキスで目覚めて幸せになる。というお話だ。

「お姫様は、忘れられた古城で運命の相手を待ち続けてるんだ。今もずっとね」

「この辺の男たちは、皆、挑戦しに行ったらしいぜ」

「まさか、寄ってたかって、眠り姫にキスしに行ったってわけ?」

「いや、それがさ。姫の所にたどり着いた奴は、まだ一人も居ないらしいんだ」

「運命の相手じゃないって門前払いされるらしい」

 やっぱり、キスは運命の相手じゃないとだめなんだ。

「面白い話だろ?」

「そうかしら」

「うん」

 面白い。

「リリー」

『リリー』

「え?」

「な?興味あるだろ?良かったら、明日、俺たちと一緒に行ってみないか?」

「半日ぐらいで帰って来れるって話だし」

「でも、私……」

「ただの噂でしょう。付き合ってられないわ」

「そんなことないって。きっと面白いよ」

「その日の内に帰って来れるし、行ってみないか」

『エルだ』

 エル?

 振り返ると、イリスがエルの方に飛んで行った。

 濡れたマントのフードを外したエルが、イリスと一緒にこちらに来る。

「おかえりなさい、エル」

「ただいま」

 遅かったけど、危ないことは何もなかったんだよね?

「びしょ濡れじゃない。あなた、リリーを置いてどこまで行ってたのよ」

『ポリー』

 エルとポリーが睨み合ってる。どうしよう。今にも喧嘩になりそうだ。

 エルの方がため息を吐く。

「薬を買いに行ってたんだよ」

 エルが私の頬に触れる。

 冷たい……。

「調子は?」

 まだ、私の心配してたの?

 冷たいエルの手を包む。私のこと心配してる場合じゃないのに。こんなに冷たくなるぐらい寒い場所に居たのに……。

「あったかい紅茶を貰ってくる」

「シャワーを浴びてくるから良いよ」

「じゃあ、部屋に持っていく」

 何か体を温めるものがあった方が良い。

「なら、適当なワインを持ってきて」

「わかった」

 エルが階段へ向かう。大丈夫かな?

「やばっ。俺、初めて見たわ」

「君、吸血鬼と知り合いだったのか」

「え?」

 何の話?

「じゃあ、席も空いて来たし、俺たちは向こうに行くよ」

「じゃあな」

 お酒を持った男の人たちが席を立つ。

「情けない男ねぇ」

『びびって逃げやがったな』

 待って。どういう意味?

「私も初めて見たわ」

 ひどい。

「吸血鬼なんかじゃない」

「馬鹿ね。そっちじゃないわ。……黄昏の魔法使いよ」

「え?」

『黄昏の魔法使い?』

「知らないの?」

 どういうこと?

 だって、黄昏の魔法使いって……。

「そうね。知らなくても無理はないわね。私だって本名は知らなかったし」

『知らないの?』

『冒険者なんて、二つ名が通り名みたいなもんだからな』

「あんな目立つ成りだから、見た目と二つ名が有名なのよ。金髪にブラッドアイ。神出鬼没の炎と闇を統べる魔法使い。冒険者としても魔法使いとしても、トップクラスの実力者ね。嘘か本当か知らないけど、戦争を終わらせたって噂もあるぐらいよ」

 それって、国境戦争のこと?

「道理で魔力が桁違いなわけだわ。リリー。良く、あんな化け物と一緒に居られるわね」

―あいつは、普通の魔法使いじゃない。

―化け物なんだよ。

「違う。エルは、そんなんじゃない」

「じゃあ、何だって言うの」

「ずっと、私のこと守ってくれてるの。嫌なことがどれだけあっても、ずっと、私と居てくれる……」

―この瞳が、なんて呼ばれてるか知らないのか。


 魔王の時代に存在した悪魔、吸血鬼。その容姿は、黒髪にブラッドアイだったと言われている。特に、血のような赤い瞳は、吸血鬼の代名詞だった。

 けれど、魔王は光の勇者によって討伐され、残っていた吸血鬼たちも光の魔法使いと神の御使いが浄化し尽くした。その為、現代に吸血鬼は存在しない。にもかかわらず、吸血鬼と同じ容姿を持つ人たちは、吸血鬼種やブラッドアイと呼ばれて差別の対象となっていた。それは特に、長く魔王に苦しめられていた神聖王国クエスタニアでは顕著である。

 これが、私が知っている歴史。


「私、知らなかった」

 あの綺麗な紅の瞳が、血のような赤い瞳と呼ばれているなんて。歴史で教わった差別が現在も当たり前のようにあるなんて。

「わかったわよ。私が悪かったわ」

『本当に謝る気あるの?』

『いつものことだろ』

「ともかく、素性は分かったわ。で?いつまで一緒に居るつもりなの」

「ずっとだよ。三年間ずっと一緒に居るって約束したの」

「本気なの?」

「うん」

「まさか、あれが運命の人だって言いたいの?」

 頷くと、ポリーがため息を吐いて、自分の頭を掻く。

「いつから付き合ってるのよ」

 どういう意味?

「恋人なんでしょ?」

「違うよ」

「は?」

 そんなんじゃない。

 そうだ。

「ポリーには、エルは何色に見えるの?」

「色?そういえば、最初は赤だったのに、さっきは黄色……。金色っていうの?あんな風に変わる奴、初めて見たわ」

 良かった。ポリーにもエルの光は金色に見えるらしい。私の気持ちによって見える色が変わるということは無さそうだ。

 ワインも聞いておこう。

「ディラッシュで有名なワインって、知ってる?」

「良く依頼されるのは、キルシカワインね」

「依頼?」

『冒険者の仕事だ。各地の名産品は、旅のついでに買い込んでおくだけで売れるからな』

 だから、エルもあれこれ買ってるんだ。

「教えてくれてありがとう。私、行くね」

「待ちなさい」

 立とうとしたところで、ポリーに手を引かれた。

「私は明日、朝一の船で出発するの。一緒に来るなら……」

「行かないよ」

「そう。なら、あいつと別れたら、ティルフィグンのトリウィアの冒険者ギルドに来なさい。わかった?」

 別れたら?

『リリー。先に行ってて。ボクはポリーと話がある』

「うん」

 エルと一緒に居られなくなったら、私はどうするんだろう。……考えたくない。

 

 ※

 

 紅茶とワインを貰って、部屋へ。

 暗い部屋に明かりを灯すと、隠れていたエイダとユールが出て来た。

『もーぅ。化け物だとか、吸血鬼だとか。あんまりだわ』

『そんなのぉ、エルは言われ慣れてるわよぉ』

『見た目だけで判断する人間は多く居ます』

「そんな……」

 エルは、いつもあんな酷いことを言われてるの?

『リリーはぁ、本当ぉに知らなかったのぉ?』

「吸血鬼もブラッドアイも知ってるよ。でも、エルの瞳がそうだったなんて」

 あんなに綺麗なのに。

 でも、これで、エルのことを知っている人が多い理由が分かった。エルの容姿は珍しくて、冒険者としても魔法使いとしても有名で、そして、黄昏の魔法使いの二つ名を持つということ。

 でも……。

―そんな奴、存在しない。

「エルって、黄昏の魔法使いって呼ばれるのが嫌なの?」

『そうですね』

『どうせ、エルのことを良く知らない人の悪口なんでしょう』

「違うと思う。二つ名は、その人の功績を称えるものなんだよ。吟遊詩人の詩から取られたり。だから、良い意味だと思うんだけど……」

『嫌な思い出があるのは確かでしょうね』

『そうねぇ』

 嫌な思い出?

 黄昏に?それとも……。

「ただいま」

『ただいま』

「おかえりなさい」

『おかえりなさい』

『おかえりぃ』

『おかえりなさい。エル』

 イリスとエルが帰ってきた。

「ワイン、これで良かった?」

 コルクはもう抜いてもらったのだけど。

「キルシカワイン?」

「キルシカは、共通語で桜桃だよ」

「これ、桜桃のワインなのか」

 桜桃はディラッシュの名産品だ。さくらんぼのケーキも有名だっけ。

 エルが椅子に座って、グラスにワインを注ぐ。

 髪、まだ濡れてる。

「風邪ひいちゃうよ」

 エルの髪をタオルで拭く。

「放っておいても、すぐに乾く」

「乾かないよ。今日は寒いし」

 レストランが混雑して暑かったせいか、雨のせいか、部屋の中はちょっと寒く感じる。

「雨、止まないね」

「……そうだな」

 天気はずっと悪い。明日、船は出るのかな。

 どうして、ポリーと一緒に居たはずのイリスと帰って来たんだろう。

「あの……。ポリーに会った?」

「会ったよ」

 やっぱり。

「仲が良いんだな」

「……うん」

 どうして、そう思ったのかな。

 さっきは今にも喧嘩しそうな雰囲気だったのに。

「変なこと言われなかった?」

「別に」

 言われたんだ。

 ごめんなさい。エル。

 ソニアに襲われたのも、ポリーから嫌なことを言われたのも、全部、私のせいだ。

「エル。ぎゅってして、良い?」

 私のせいで、嫌な思いをたくさんしてるのに……。

「良いよ」

 エルを後ろから抱きしめる。

 嫌なことも酷いことも言われ慣れてるからって、されなれてるからって、顔に出ないからって、辛くないはずない。

 なのに、エルはそういうことを一切言わないし、私を責めたりもしない。

 ずっと、優しい。

「ありがとう。エル」

「何が?」

「私と一緒に居てくれて」

 どれだけ謝っても、どれだけ感謝しても足りない。

 エルが私の手を引いて、手のひらにキスをした。

「あの……」

 次は、手首に。

 触れられた場所が熱い。

 どうして、私にキスをしてくれるのかな。しかも、特別なことでもなんでもないことみたいに、自然に。

「明日、天気が良くなったら出かけよう」

 窓には激しい雨が打ち付けている。

「どこに行くの?」

「南西にある古城」

 それって……。

「お姫様に会いたいの?」

「お姫様?」

「だって、眠り姫が居るって……」

 レストランで会った男の人は、そう言ってた。男の人は皆、眠り姫にキスしに行くって。

「俺が聞いたのは吸血鬼だ」

「吸血鬼?」

「あぁ。知ってるか?」

 紅の瞳が私を見上げる。

「吸血鬼なんて、もう居ないよ」

 人を襲う悪魔は、こんなに優しい目をしないと思う。

 腕を引かれてエルの膝の上に座る。どうしよう。そのまま座っちゃった。

「首に、キスして良い?」

「えっ?」

 次は首?どうして?

 一瞬、部屋中が激しく点滅した。

 今の、何……?

 窓に目を向けると、体の芯まで揺らすような低く唸る音が響いた。

 怖い。

 エルに身を寄せると、エルが私の背中を撫でた。

「雷だよ」

「今のが……?」

 強過ぎる一瞬の光と空気を揺らしながら重く響く低い音。今のが、雷。

 窓に打ちつける激しい雨音が静かな部屋に響く。……怖かったけど、少し落ち着いてきたかも。

「エル」

「ん?」

 さっきの話の続き。

「あのね。さっきの……」

 エルがしたいなら。

「キスして……」

 良いよ、って。そう言おうと思ってたのに、口を塞がれた。

 遠く、雷の音が聞こえる。

 違う。そういう意味じゃないのに。顔を上げたエルは楽しそうに笑ってる。

 ずるいよ。そんな顔されたら抗議もできない。私、魔力を奪ってるんだよね?

 エルが私の首を撫でる。

「良い?」

「口、以外なら」

 エルが私の首にキスをする。

 したかったんだ。こんな所、他の人に触れられるのは初めてかもしれない。どうして、首にキスしたいのかな。

 そういえば、吸血鬼が噛むのは人間の首筋だっけ。確か、人間の首筋を噛んで血を吸うことから吸血鬼と呼ばれるようになったはずだ。

 エルの口が動いて、耳に吐息がかかる。

「怖くない?」

 だめ。

 思わず、耳を抑える。

「ごめん」

 離れようとしたエルを掴む。

 待って。

「違うの。嫌なわけじゃなくて……。その……。ただ、くすぐったくって……」

 囁かれた声がまだ耳に響いてる。

 もう一度、エルが私に唇で触れる。

 本当は、もっとたくさんして欲しい。エルになら、どこにキスをされても構わない。たまに、くすぐったいけれど、触れられるのは嬉しいから。

 まだ少し濡れているエルの髪を撫でる。

 やめられない。もっと、して。

 でも、こんなこと言えない。

「エル……」

 近づけば近づくほど。

 触れあえば触れあうほど。

 知れば知るほど。

 もっと、近づきたいって。

 もっと、知りたいって思ってしまう。

 これ以上、触れたら……。

 エルが私の顔をあげて、耳に息を吹きかけた。

「いじわる……」

 そんなに楽しそうな顔をするなんて。

「リリー。俺と一緒に居て」

 それは、私がお願いしてること。

「私、エルと一緒に居たい」

 エルの胸に顔を付けると、エルが私を抱きしめてくれた。

「ありがとう。リリー」

 どれだけ約束を重ねたとしても、どれだけ信じたとしても、終わる時は一瞬。

 もし、突然、エルが私との旅をやめるって言ったとしても、私はエルを止めることはできない。

 だから、お願い。

 三年間だけで良いから、傍に居て。

 その先は……。



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