032 氷の盾
エルと一緒に宿に戻る。
すると、女将さんがエルの方に来た。
「おかえり。急ぎの手紙だよ。戻ったら渡してくれって頼まれたんだ」
「手紙?俺に?」
「そうだよ」
エルが、さっそく手紙を見てる。誰からだろう?
「遊覧船は楽しかったかい」
「はい。すごく楽しかったです」
「そりゃあ良かった」
「場所を教えてくれて、ありがとうございました」
出かける前に、女将さんから遊覧船の詳しい乗り場を聞いたのだ。夜船は観光客にとても人気らしい。
「他にも気になる所があるなら何でも聞いておくれ」
「はい」
明日は、どこに行くのかな。
「リリー。部屋に戻ろう」
「うん」
エルはもう手紙を仕舞ってる。
急ぎって言ってたけど、大丈夫なのかな?
部屋の前に来たところで、エルが立ち止まる。
「どうしたの?」
「……メラニー」
『闇の魔法の痕跡はない』
「ん」
闇の魔法の痕跡?
鍵を開けて部屋に入った後も、エルがあちこち確認してる。
「何かあったの?」
「いや……」
全然、応えてくれない。
一通り見て回った後、エルが暗いグレーのマントを身に着ける。
「エイダ。リリーを頼む」
「え?」
『行くつもりですか』
「エル、どこに行くの?」
「少し調べて来るだけだ」
「何を?」
エルが窓を開いて、外の様子を見回す。
全然、私の話を聞いてくれない。
エルの腕を掴む。
「私も行く」
「闇の魔法を使って調査してくるんだ。連れて行けない」
姿を消す魔法を使うんだ。
「すぐに帰って来てくれる?」
「すぐ帰るよ」
本当に?
……でも、魔法が効かない私じゃ、足手まといにしかならない。
「わかった」
エルの腕を離す。
「俺が出て行ったら、窓を閉めてくれ」
「えっ?どこから帰って来るの?」
窓を閉めたら戻って来れなくなっちゃう。
「帰りは、宿の正面から入るよ」
「……そっか」
この高さまで飛ぶのって大変だもんね。
『エル。気を付けて下さいね』
「あぁ」
エルが窓から飛び降りる。
目で追ったけど、エルの姿は闇に溶け込むように消えてしまった。いつもの金色の光すら見えない。
これが、闇の魔法。
耳を澄ましていると、微かに着地した音だけが聞こえた。
静かに窓を閉める。
いってらっしゃい、エル。気をつけて。
『いつまで窓を見てるつもり?』
だって。
「エイダは、エルがどこに行ったか知ってるの?」
『手紙は見ましたよ』
「なんて書いてあったの?」
『ある場所に来るように指示されていました』
『えっ?』
「どこ?」
『秘密です』
教えてくれない。
『それ、やばい呼び出しじゃないの?相手が誰かわからないんだろ?』
「それなら、エイダもエルに付いて行った方が……」
『心配しなくても大丈夫ですよ。暗い夜は、エルにとって動きやすい時間ですから』
闇の魔法を使った状態なら、誰かに見つかることは無さそうだけど。
『それよりも。さっき話していたマーメイドの物語、続きを教えてもらえないかしら』
「え?……今?」
『エルなら、のんびり話をしてる間に帰って来るわ』
そうかな。
『マーメイドは恋した相手を助けた後、人間の姿になって恋人に会いに行くのよね?』
「恋人じゃないよ。片思い」
『片思い?』
「相手と気持ちが通じ合ってることを確認して、初めて恋人になれるから」
『そう。まだ、恋人ではないのね』
エイダもマーメイドの物語を全く知らないんだ。
「人間の姿を得たマーメイドは、恋した相手に会うことが出来たんだ。でも、彼はマーメイドのことも、マーメイドが彼を助けたことも知らないの。人間の姿と引き換えに声を失っていたマーメイドは、真実も自分の想いも伝えられずに居た。……そんな中、彼は自分を助けた女性と再会したの」
『助けた女性?マーメイドではなく?』
「うん。その女性はね、マーメイドが波打ち際まで運んだ彼を発見して、元気になるまで介抱した女性なんだ。彼は、その女性が唯一の命の恩人だと思ってる。再会した二人は結ばれて、船上で結婚式を挙げることになったの」
『つまり、マーメイドは彼と恋人になれなかったのね』
「そう。それに、マーメイドには声を失う他にも代償があってね。それが、恋した人と結ばれなければ泡になって消えてしまうというものなの」
『まぁ』
「でも、マーメイドを心配した家族の手伝いで、恋した相手の命を捧げれば元のマーメイドに戻れることになったんだ」
『残酷ね』
「ただ……。優しいマーメイドには、彼の命を奪うことなんて出来なかった。マーメイドは人間の姿のまま海に飛び込んで、最後は、泡になって消えちゃうの」
助けたことも気持ちも何一つ伝えられないまま消えて終わる。
『悲しい物語だわ』
「でも、エルが幸せな結末も用意してくれたから」
恋した人と結ばれる物語。
『そうね。教えてくれてありがとう』
「うん」
話が終わっちゃった。
「エル、帰って来ないね」
『少し遅くなりそうだわ』
「どういうこと?」
『エルが魔法を使ってる』
つまり、戦ってるってこと?
「行かなくちゃ」
上着を着て、リュヌリアンを背負う。
『だめよ。あなたを巻き込むわけには行かない』
「エルに何かあってからじゃ遅いよ」
嫌な予感がする。
もしかしたら、私に関係のあることかもしれない。
『行こう、エイダ』
『もう。イリスまで?』
『エイダとボクがどれだけ止めても、リリーは勝手に行くよ。迷子を捜す手間を考えたら、一緒に行った方が良い』
それ、どういう意味?
『わかったわ。一緒に行きましょう』
なんだか納得がいかない。
けど、行かなきゃ。
支度を整えて、一階へ。
「おや。また出かけるのかい」
「はい」
「どこに行くんだい」
「えっと……」
『船着き場の倉庫よ』
「あの、船着き場の倉庫って、どの辺りですか?」
「倉庫?商人ギルドが管理してる場所なら、遊覧船の乗り場から北に行けばあるはずだけど……」
女将さんが顔をしかめる。
「どうしてそんなことを聞くんだい。こんな時間に女の子が一人で行くような場所じゃないよ」
「えっと……」
『何か良い言い訳、ないの?』
言い訳……。
「ごめんなさい。急いでるので」
「こら、待ちな!」
女将さんを振り切って、宿を出る。
「どっち?」
『とりあえず、右に行って大きな通りに出よう』
右に向かって走る。空気が冷たい。さっきより寒いかも。
『本当、リリーって嘘吐けないよね』
『ふふふ。そんな感じがしますね』
『笑い事じゃ……。あ、リリー。右に曲がってよ』
また、右?
見覚えのある大通りに出た。
『もう少し誤魔化せるようになって欲しいよ』
『私は、そういうところも好きですよ』
『リリー。さっきの遊覧船の通りを目指すなら、次を右だ』
「また、右なの?」
『わかりやすい道を選んでるんだよ』
『宿泊通りは少し複雑ですからね。大きな通りを進んだ方が安全です』
本当に、合ってるのかな。
あれっ?
「ここ、市場?」
『そうだよ。遊覧船に乗りに行く時も通っただろ』
そうだっけ?
『メロウ大河が見えたら、次は左だよ』
「わかった」
※
周囲を照らす明るい光が見える。
『倉庫が並んでる。この辺じゃない?』
「じゃあ、あれは……」
『エルの魔法だわ』
走って近づくと、エルが大きな炎の玉を掲げているのが見えた。
その前に居るのは。
『え?』
嘘。どうして、ここに。
『リリー、どこに行くつもり?』
「ごめん、エイダ」
『行っちゃだめだ!リリー!』
助けなくちゃ。
「エル、待って!」
「リリー?」
エルの動きが止まる。
でも、ソニアがエルに向かって氷の魔法を放った。
「だめー!」
『エル、危ない!』
急に、視界のすべてが吹雪で覆われる。
ナターシャの魔法……?
でも、その中には真っ赤な炎の塊がある。偽の黄昏の魔法使いと戦った時よりもずっと大きい炎だ。
急がなきゃ。見慣れた水色の光を探して走る。リュヌリアンを抜いてソニアの前に立つと、私の前に氷の盾が現れた。
「リリーシア様、」
「動くな!」
近付いてくる炎の塊によって、氷の盾が一瞬で消え去った。
守らなきゃ。炎の塊に向かってリュヌリアンを振る。……消えない。なんて強力な魔法なんだろう。それに、熱い。全身が焼けるような感覚。私には魔法が効かないはずなのに……?
これが魔法使いの本気の攻撃。
炎を切り裂くように、もう一度剣を振る。
だめ。もっと、魔法の中心を捕えなきゃいけないのに上手くいかない。
熱い。痛い。魔法の攻撃がこんなに痛いなんて、初めて知った。
『リリー、ボクが魔法を、』
「だめ……」
こんなに激しい炎の中でイリスを顕現させるわけにはいかない。
ソニアは無事?
もう一度、リュヌリアンを振り回す。




