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031 マーメイド

 昼間とは打って変わって、どこもかしこも静かな町の中を歩いて行くと、水の音が聞こえてきた。

「ここがメロウ大河?」

「そうだよ」

 真っ暗な中に、ぽつぽつと明かりが揺らめいている。

「丁度良いな。あれに乗るか」

「えっ?」

 水の上に人が浮いてる。木製の桟橋の先にある小舟に乗ってるみたいだ。

 エルに手を引かれて木の板の上を渡る。

「乗るかい。そろそろ出るよ」

「あぁ。頼む」

 もうすでに、いっぱい乗ってる気がするけど。私が乗っても大丈夫?

「ほら」

 先に小舟に乗ったエルが、私に手を差し伸べる。

「沈まない?」

「沈むわけないだろ」

 大丈夫かな。

 エルの手を取って、水の中に落ちないように気を付けて、一歩踏み出す。

「わっ」

 足元がぐらついて、エルにしがみつく。

 まだ、揺れてる……。

 エルに捕まりながら揺れる足元に気を付けて、近くの席に座る。席と言っても、背もたれのない二人掛けのベンチみたいな木の板の上だ。

「大丈夫か?」

「……うん」

 足元が暗い。ここから水が染み出してきたら、どうしよう。

 小舟に乗ってる人たちは皆、平気な顔をしてるけど……。

「ようこそ、お客様方。これより出航いたします。しばしの間、ポルトペスタの幻想的な夜をお楽しみください」

 桟橋から離れた瞬間、小舟の揺れが大きくなった。どんどん陸から離れていく。

「心配しなくても、沈んだりしない」

 本当に?

 気を抜いたら簡単に引きずり込まれそうなほど真っ暗闇だ。

「エルは、マーメイドの話、知らないの?」

「マーメイド?……海の亜精霊のことか?」

 亜精霊?

 確かに、マーメイドは上半身が美しい人間で下半身が魚の尾を持つ亜精霊のことなんだけど。

「違うよ。恋物語の方」

「恋物語?」

 知らないの?誰もが知ってるお話だと思うけど。それとも、覚えてないのかな。

「マーメイドは、気に入った相手を見つけると船を沈めちゃうんだ」

「それのどこが恋物語なんだよ」

 そこ、突っ込んでくる?

「沈めた後、恋した相手を助けるの」

「助けるつもりがあるなら、最初から沈める必要なんてないだろ」

「そうなんだけど……」

「巻き込まれた奴はどうなるんだ?」

「え?それは……」

 あれ?どうなるんだっけ?

 沈んだ後は、すぐに次のシーンになってた覚えしかない。船が高波に煽られて、王子様だけ落っこちちゃうお話もあった気がするけど、沈むのが定番だ。

「続きは?」

「えっと……。マーメイドは、助けた相手を陸に連れて行ってあげるの。でも、自分がマーメイドだって知られるわけにはいかないから。だから、魔法で人間の姿に変わることにして……」

「亜精霊が姿を変えることなんてない」

 そんなこと、わかってる。

 恋物語だって。作り物のお話だって、最初に言ったのに。

『エル、謝りなよぅ』

「謝る?」

『今の、エルが悪いわ』

「何が?」

『エル。人の話は最後まで聞くものだ』

 もう、良い。

 エルが私の話に興味ないって分かったから。

「悪かったよ。ちゃんと聞くから、続きを教えて」

 別に、聞いて貰わなくても良い。

「最後は、泡になって消えちゃうの」

「何が?」

「マーメイド」

「なんで?」

「……おしまい」

 マーメイドのお話には色んなバリエーションがあるけど、結末はどれも同じ。想い人と結ばれることなく終わる。

 誰もが知ってる最後。

『ふふふ。拗ねちゃったみたいですね』

『怒らせたねー』

『エルが悪い』

『そうねぇ』

 そう。結ばれない。

 いくら恋をしたとしても、幸せな結末を迎えることはない。目の前で想い人が自分以外の人と結ばれるのを、ただ声も出せずに見守ることしかできない。そして、我儘を言って人の姿を得た代償に、泡になって消えるしかなくなるんだ。

 ……私も。きっと。

「泡になって消えないよ」

「え?」

 どうして?

 だって、マーメイドは……。

「まず、マーメイドは、恋した相手の船を沈めてしまう」

「……後で助けるなら、沈める必要なんてないんだよね?」

 エルが言ってたことだ。

「わざとじゃない。呪われているせいで、恋した相手の船を沈めてしまうんだ」

 今、なんて?

「呪われてるって……。どういうこと?」

「悪魔は知ってるか?」

 知ってるけど……。

 どうして、呪いなんて。悪魔の話なんてするの?

「人間が自らの力を超える契約をし、その大き過ぎる力で他者の命を奪った時。人間の魂は穢れ、悪魔になると言われてる」

 それは、聞いたことがある。

「確か、穢れた魂は、死者の世界に行くことが出来ないんだよね」

「あぁ。永遠に現世をさまよう運命を持つ。例え肉体が滅びたとしても、魂は、ずっとこの世界に留まり続けるんだ」

 だから、悪魔は、悪魔召還と呼ばれる禁忌の方法を使って呼び出すことが出来ると言われている。

「悪魔に成り果てた穢れた魂だけが使うことのできる力が、呪いの力だ。呪いは、他者に利益と不利益を与える術。高い代償を必要とした強い力を指すんだ」

「強い力……」

 他人から魔力を奪ってしまう力。それが、私が手にした力だ。代償として子供が出来なくなる呪いの力。

「マーメイドは、悪魔に呪いをかけられたの?」

「そう。彼女は、望んだわけでもないのに、呪いによって船を沈めるほどの大きな力を手に入れてしまった」

「望んでないのに?」

「呪いなんて、喜んでかけてもらうようなものじゃないからな」

 エルの言う通り。私だって、こんな力、欲しくなかった。

「彼女は、呪いの力で恋した相手の乗る船を沈めてしまった。マーメイドは、せめて恋人だけは救おうと、助けて陸に連れて行ったんだ」

 不思議。全然違う話なのに展開が似てるなんて。

「助けられた男は、自分を救ってくれたのが誰か知らなかった。けど、調査の結果、自分を助けたのが船を沈めたマーメイドであることを知った」

 調査の結果?全っ然、物語っぽくない表現。

 エルって、あんまり物語を読まないんじゃないかな。

 それに、想い人がマーメイドの正体に気付くことなんてない。

「男はマーメイドを探し、すべてを許した上で、二人は愛を誓う。マーメイドは恋人のキスによって人間の姿になり、二人は幸せに暮らしたんだ。……これで、終わり」

 幸せになるんだ。

 幸せに……?

 あれっ?

「元の話と全然違う」

 マーメイドが想い人と結ばれるなんて。

「今、作ったんだから仕方ないだろ」

「え?……今、作ったの?エルが?」

「あぁ。元の話なんて知らないからな」

「本当に知らないの?」

「知らないよ。悲恋ってことしか」

 知らなかったんだ。

 誰もが知ってる童話だし、どこかで聞いたことぐらいあると思ってた。

「ごめんなさい」

 意地悪だったよね。私。

「謝るのは俺の方だ。ちゃんと聞かなくてごめん」

「良いの。私も……。途中でやめちゃってごめんなさい」

「良いよ」

 でも、エルが作ったお話には気になることは残ってる。

「あのね。最後、彼のキスで、マーメイドの姿が変化するのは良いの?」

 エルは、亜精霊は姿を変えることはないって断言していた。何か理由があるはずだ。

「良いんだよ。姿の変化も呪いのせいだからな」

「呪いのせい?」

「そう。彼女は、元は普通の人間だったんだ。でも、悪魔によって、船を沈めるほどの大きな力を得る代わりに、海から離れられなくなる呪いをかけられていた。その結果、マーメイドの姿になってただけなんだよ」

 呪いの代償。それが、マーメイドの姿。

「どうして、呪いが解けたの?」

「たいていの恋物語の構成はどれも同じだろ?お姫様の呪いを解くのは、必ず、真実の愛の証明って決まってる」

 真実の愛の証明。

 つまり、愛する人のキス。

「ほら。泡になって消えない」

 これが、エルが考えてくれた結末。

 悲恋じゃないマーメイドのお話。

「ありがとう。素敵な物語だった」

 ……でも。

「でも、キスで解けない呪いだってあるよ」

 私の呪いはキスじゃ解けない。

 だって、呪いの力の行使がキスなのに、キスで呪いを解くなんて……。

「なら、俺が解く」

 エルが私の頬に触れる。

「目を閉じて」

 本当に?

 目を閉じる。すると、唇に柔らかい感触が触れた。

 ……エル。

 お願い。奪わないで。奪いたくない。

 触れたのは、ほんの少しだけだから、どうか……。

 目を開いて、深い紅の瞳を見つめる。

「大丈夫?」

 何も答えてくれない。

 ただ、その瞳で真っ直ぐに見つめられると……。いつも、目が離せなくて。動けなくなってしまう。

 本当に好きな人のキスで呪いが解けるなら良いのに。でも、その場合は相手も自分のことを愛してくれなきゃだめだ。エルは、どういう気持ちで私にキスをしてくれるのかな。私の気持ちを受け入れてくれる気がないのに。

「あ」

 急に、船が揺れる。

 怖くてエルに掴まると、抱きしめられた。

 金色の光に包まれる。

 今のキスで、エルの魔力は奪ってないんだよね?

 魔力を溜められない私じゃ、どれぐらい奪っているのかなんて体感できない。

 エルは、奪われてるって解るのかな。

 ……どうなんだろう。

 イリスは解るのかな。でも、イリスも奪った魔力のすべてを貰えるわけじゃない。貰えるのは半分で、残りは女王のものになる。城からどれだけ離れたとしても、私は女王からは逃げられない。

 でも。まだエルの傍に居られるから。

「呪いは解けただろ?」

「え?」

 まさか。

「マーメイドは泡になって消えなかった。幸せになったなら、もう船を沈めになんて来ない」

 沈めに来ない?

 もしかして、物語を幸せな結末にしたのは、私がマーメイドが船を沈めに来るって怖がってたからなの?

 エルが私の体を離して、両手を握る。

「耳を澄まして」


 穏やかな大河に響くのは

 船頭が船を漕ぐ音と静かな波音。


「周りを見て」


 暗く揺れる水面に夜船の明かりが落ちる。

 遠く。

 街や川縁から零れる灯りと

 大河に浮かぶ船から落ちる明かりが幻想的に揺れる。

 散りばめられた光の粒はまるで……。


「星空みたい」

「星も出てるよ」

 遮るもののない空。

「わぁ……」

 こんなにたくさんの星が見られるなんて。

 不思議。星空はどこで見ても同じはずなのに、お城と全然違う景色だ。

 どうしてだろう?

 ……あぁ。そっか。

 すごく楽しいからだ。

 私は今、すごく幸せ。

 これが、私が夢見てきたことなんだ。

「綺麗だね」

 視界がぼやけて、溢れた涙が落ちる。

「こんなに楽しいことばっかりで良いのかな」

 もしかしたら、私はずっと夢を見てるのかもしれない。

「まだ、城を出てそんなに経ってないのに。城で生活してた時のことが、遠い昔のことみたいに感じる」

 知らない場所。

 知らない空気。

 知らない人。

 何もかもが知らないことで、何もかもが新しい。

 その全部を、体全部で感じてる。今、私は、ちょっと前までには考えられない場所に立ってるんだって。

「帰りたいか?」

 ……帰りたくない。

「なら、帰らなきゃ良いだろ」

「え?」

「望む場所に居たら良い」

 許された期間は三年だけ。

 最初から分かってる。

 ずっと前から解ってる。

 私の涙を拭うエルの手を頬に寄せる。

「ありがとう」

 最初から、どうするか決めてから外に出た。残りの時間は好きな人と一緒に過ごすんだって。幸せになれなくても良い。結ばれなくても良い。

「きっと、一生忘れない。……エルが作ってくれたマーメイドの話」

「そんなに気に入ったのか?」

「うん」

 だって。私の為に作ってくれた物語だから。

「私の好きなお話だから。幸せな結末になって、嬉しかった」

 あ。照れてる顔、初めて見たかも。

「ありがとう。エル。……この星空も、きっと、一生、忘れない」

 私のすべてが終わる時まで。


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