028 囚われ人
料理は、どれもすごく美味しかった。
でも、口直しのソルベと肉料理は断って、デザートと紅茶を貰った。エルはデザートも断ってコーヒーだけ。
ドレスじゃなかったら全部食べられたと思うんだけどな。こんなに締め付けられていたら、美味しいものも食べられない。
というか、エルって、全然食べないよね。デザートはベリーのタルトとプリンだったのに、両方とも断るなんて。……あれ?そういえば、エルが甘いもの食べてるところって見たことないかも?
「リリー。馬車を探してくるから待っててくれ」
「馬車?」
どうして、馬車が必要なの?
……あ。私の為?
「私、歩けるよ?」
「賊が現れるかもしれない」
そっか。私がドレスを着たのは仕事の為だ。
エルが私の頬に触れる。
「怖かったり、嫌なことがあったら大声で叫んで。すぐに駆けつける」
それじゃ、失敗しちゃう。
「大丈夫だよ」
エルの目的は誘拐犯のアジトを突き止めることで、私の仕事は大人しく誘拐されることだ。
「ナターシャ、頼む」
『わかったわ。よろしくね、リリー』
「うん」
ナターシャが私の傍に来る。
エルは大きな通りを走って行ってしまった。金色の光がどんどん遠ざかっていって……、消えた。角を曲がったのかな。
あ。
『リリー、気を付けて』
囲まれたと思ったら、後ろから口に布を当てられる。
これ、何……?
『リリー、しっかりして』
ふらふらする。
体が浮いて、馬車の中へ運ばれる。
『馬車の中だよ。わかる?』
体が揺れる……。
『私、エルに知らせて来るわ』
お願い。
体が重くて、動けない。眠気を誘う薬かな。
アリシアが言ってたよね。眠れない人への薬だけど、犯罪にも使われることがあるって。
「縛っておけ」
「もう気を失ってるのに?」
「盗賊ギルドの報告は聞いてるだろ」
「でも、剣士になんて見えないぞ。武器も持ってないし」
「つべこべ言わずにやれ」
顔に何か巻かれて、手首も縛られる。
『リリー』
「本物なんだろうな」
「こんな目立つドレスを間違えるわけないだろ」
「誰にもばれてないか?」
「追っ手は無さそうだ」
「あの男も?」
「居ない」
エル……。
『リリー、起きてる?』
なんとか。
『大丈夫。ボクが守るからね』
ありがとう、イリス。
『イリス、リリー』
『ナターシャ。エルは?』
『この上に乗ってるわ』
『上?』
『馬車の上よ。……大丈夫?』
大丈夫。
気を失ったりなんか、絶対にしない。
※
どれぐらい、時間が経ったんだろう。さっきよりも楽になってきた。
そんなに強い薬じゃなかったのかな。もう、薬の効果は切れたのかもしれない。
でも、目隠しをされているから状況が良くわからない。
腕を縛る縄もそれなりに頑丈で、簡単に抜け出せなさそうだ。
『ここに居るのは三人で、それに御者が一人。敵は全部で四人って所だね』
『どうしたの?急に』
『リリーが起きたから』
『えっ?……そうなの?』
首を軽く揺らす。
『良く分かったわね』
『まぁね』
流石、イリスだ。
『街を出て、森に入ったみたいだよ』
いつの間にかポルトぺスタを出たんだ。
『リリー。怖かったら言ってね。エルから、魔法を使って良いって言われてるから』
『え?あんまり派手な魔法を使わないでよ』
『大丈夫よ。どうせ、リリーには魔法が効かないんでしょう?』
『効かないっていうか……』
「にしても、今時、上級市民と一般人の駆け落ちねぇ」
駆け落ち?
「良いじゃないか。夢があって」
「その夢も、ここで潰れるけどな」
私、駆け落ちカップルだと思われてたの?
「なんか、可哀想だな」
「何言ってるんだ。ボスが聞いたら怒るぞ。あの男には、アジトを潰されてるんだからな」
『あの男って、エルのこと?』
「本当に一人でやったのか?」
『だろうね』
「さぁ?」
「素性を調べたんじゃなかったのかよ」
「どうにもグラシアルの奴じゃないらしくて……」
「情報がないって?」
「いや……。なんつーか。その容姿が本物なら、冒険者で知らない奴は居ないって」
「どういうことだ?」
どういうこと?
「ほら、盗賊ギルドの報告でもあっただろ?」
急に乱暴に馬車が止まって、体勢を崩す。
『大丈夫?』
うん。
誰かが私の肩を揺らす。
「おい、起きろ。降りるぞ」
『リリー。ちゃんとドレスの裾を持ってよ』
目隠しで何も見えないから気をつけなきゃ。
腕を引かれて立ち上がって、転ばないようにドレスの裾を掴んで……。
『段差だよ』
手探りで馬車を掴んで馬車から降りる。足元から土の感触がする。木々のざわめきも聞こえる。それから、人の気配。
『知らない奴が二人出て来た』
私を誘拐した四人の他に、新手の二人。
「ようやく捕まえて来たのか」
「本物か?顔を見せろ」
誰かが私の後ろに立って、私の目隠しを外す。
「ほら。人相書きと同じだろ?」
『エル。そんなに明かりに近づくな』
メラニーの声?
エル、そんなに近くに居るの?
「これに乗れ」
乗るって……。これに?
背中を押されて、荷車の上に乗る。
「聞いてたのと違うな。随分、大人しいじゃないか」
「どうせ、盗賊ギルドの連中が盛って報告したんだろ」
「黄昏の魔法使いだって?」
「まさか……」
「気にするなって。あいつら、高い金ふんだくった割りに、ろくな仕事してねーからな」
何の話だろう。黄昏の魔法使いって、この人たちのボスのことだよね?偽物だけど。
「うるさい。喋ってないで、行くぞ」
「ボスは?」
「もうすぐ戻る」
アジトには居ないってこと?
荷車ががたがたと動き出す。
『リリー、大丈夫?』
すごく揺れる……。
これなら歩いた方が楽かも。
※
ようやく荷車が止まった。
気持ち悪い……。
『大丈夫?』
……頑張る。
「お前らは、外を見張れ」
「了解」
「了解」
二人が小屋の脇に並ぶ。あれがアジト?
「ほら、こっちに来い」
また腕を引かれて、小屋に向かって歩く。小屋の中は暗くて何も見えない。誰も居ないのかな。乱暴に腕を離されて、その場に座り込む。
『リリー』
「手間取らせやがって」
「ボスは、まだ来ないんだよな?」
「人質には手を出すなよ」
「わかってるって」
……怖い。
『大丈夫だよ。ボクが付いてる』
「誰だ」
扉が開いたけど、そこには誰も居ない。
なのに、目の前に居た人たちが次々と静かに倒れていった。
これって、もしかして……。
『エルだね』
やっぱり。
見えないけど、エルがここに居るんだ。
「これで全部か?」
『そうだな』
エルが姿を現す。闇の魔法を解いたんだ。
『遅いよ、エル』
「悪かったな」
私の方に来たエルが、腕の縄を短剣で斬る。
「大丈夫か?」
「うん」
『大丈夫じゃないだろ』
「何かされたのか?」
何もされてない。ただ……。
「怖かった」
今更、体が震える。
「ごめん、リリー」
エルが私の体を抱きしめる。
怖かった。ずっと、怖かった。
イリスもナターシャも居たけど、自分一人じゃ逃げ出せないんだって思うと……。
「ごめん。怖い思いをさせて」
「違うの。私、剣がないと……」
「普通の女の子だって?」
え?
普通の女の子?私が?そんなこと、考えたことがない。
私が普通じゃないのは私が一番知ってる。
『エル、人の気配がする』
まだ敵が居るの?
「私も戦う」
「だめだ。今日は、お姫様で居る約束だろ?」
エルが、背負っていたリュヌリアンを下ろす。
「すぐに終わらせるから、小屋から出るな」
「でも……」
「わかったな?」
「……はい」
そんな顔で真っ直ぐ言われたら、はいとしか言えない。
目の前で、エルが炎の魔法を作って……、消した?それを何度か繰り返す。
何をしてるんだろう?
「エイダ。リリーを頼む」
『わかりました』
『リリー、またね。私はエルと行くわ』
「ん」
「ありがとう。ナターシャ」
ナターシャとエルが外に出て行った。
「どうして、エルの炎の魔法が消えたの?」
『消えたわけじゃないわ。闇の魔法で包んで隠したの』
「隠した?姿を消す魔法と同じ?」
『そうよ。でも、普通の人には、なかなか出来ない方法ね』
「そんなに難しい魔法なの?」
『そうね。魔法の使用には、二つの段階があるのを知ってる?』
「あんまり……」
『勉強したはずなのに』
『ふふふ。大丈夫よ』
エイダが指先に炎の魔法を浮かべる。
『まず、魔法の第一段階。まだ私と繋がっている状態ね。魔力を加えて更に大きくしたり、形や性質を変えたり、あるいは、放つのを止めて消すことも出来る状態よ』
「うん」
『そして、第二段階。魔法を放つ段階ね』
エイダが小さな炎を放つ。
『何やってるんだよ。危ないだろ』
『心配しなくても、すぐに消えるわ』
炎は、すぐに勢いを失って消えた。弱い魔法だったらしい。
『放った魔法は、もう私にはどうすることも出来ない状態なの。わかる?』
「うん。もう繋がってない魔法はどうにもできないんだよね」
『そう。そして、さっきエルが闇の魔法で包んだ炎の魔法は、すべて第一段階の状態を維持しているの』
『え?さっきの魔法って、全部、エルと繋がってるの?』
『そうよ』
『そんなことしたら、無駄に魔力が削られるだけだ』
「削られる?」
『エイダが言ってただろ?第一段階は、まだ使用者と魔法が繋がってるって。あの状態を保ってるだけで魔力を消費するんだよ』
『もちろん、闇の魔法で隠し続けるのにも魔力を消費するわ』
大変だ。
「エルが倒れちゃう」
リュヌリアンを背負って、小屋の出口へ行く。
外が、明るい。
燃え盛る大きな炎が周囲を照らし、遠くで叫び声が上がった。
『周囲に人の気配はない』
「ん」
周りには人が倒れている。
もう、全員倒しちゃったんだ。
「エル」
転ばないように気を付けて、エルの方に行く。
「すごかった」
全然、心配なんて要らなかった。
「あんなに大きな炎の魔法が使えるなんて」
それに、金色の輝きも変わってない。何人もの敵と戦ったはずなのに。
急に、エルが私の顔を手で包んだ。
「今日の仕事は何だった?」
あれ?怒ってる?
「おひめさま……?」
「そうだよ。大人しくしてろって言っただろ」
「大人しくしてたよ」
ね?
エイダを見るけど、エイダは何も言ってくれない。
「……?」
なんだろう。木々のざわめきに混ざって、向こうから異質な音が聞こえる。
「どうした?」
「誰か来る」
「誰か?」
「向こうから金属音が聞こえるの。鎧とか武器っぽい音」
人数は分からないけど、複数居るのは確かだ。
「新手か?」
『ギルドで会った騎士だな。他にも十名ほどの人数がこちらに向かっている』
騎士?
「通報したの?」
「してない。昼間にギルドで情報交換したんだ。自分で調べて来たんだろ」
昼間のギルドって……。あの時、居なかったのは偉い人に呼び出されたからだったんだ。
「っていうか……」
エルが私を見下ろして、急に、リュヌリアンを取り上げる。
「えっ?返してくれたんじゃ……」
「肩に跡がついてるだろ」
肩……?
確かに、ちょっと肩ベルトの跡がついてる。でも、気にするほどじゃないよね?痛くないし。
『来た』
明かりと共に騎士の一団がこっちに来た。
先頭に居る一番豪華な鎧を着てる人が隊長かな。
あれ?あの鎧の形……。騎士って、女の人だったの?
「あなたは……。エルロック様?」
「賊のボスは、そこに転がってる魔法使いだ。表に居るのは、そいつを含めて七人。小屋の中にも四人、仲間が転がってる。後は頼んだぞ」
「お待ちください。詳しいお話しを……」
「連れが居るんだ。明日にしてくれ」
すごい。全部で十一人も倒しちゃったんだ。あの短い間に。
「わかりました。お手数ですが、明日、騎士団の本部までお出で頂けますか?」
「……わかったよ」
エルが嫌そうに返事をしてる。
「ご協力、感謝いたします。お帰りの際は、是非、騎士団で用意した馬車をお使い下さい。森の外に待機させております」
「ん。助かるよ」
馬車を貸してくれるんだ。ここって、ポルトぺスタからどれぐらい離れた場所なのかな。
「兵を一人同行させましょう。……御案内を」
「御意」
松明を持った人も付いてきてくれるらしい。
急に、エルが私を抱える。また、お姫様抱っこだ。
「どうして?」
「お姫様を歩かせるわけにはいかないだろ」
また、そんなこと言うんだから。
「歩けるよ」
「あの荷車に乗るのと、どっちが良い?」
荷車って、私が乗って来たあれ?
……だめ。
エルの首に掴まる。
「重かったら言ってね?」
「剣より軽いよ」
「えっ?そんなはず……、ないよね?」
いくら大剣だからって……。
剣の方が軽いに決まってる!
エルが楽しそうに笑ってる。また、からかわれたんだ。エルのばか。
「ほら。今日の仕事は?」
お姫様。
「まだ続くの?」
「当たり前だろ」
じゃあ、もう少しだけ。




