022 英雄の偽物
あったかくて、心地良い。
優しく包まれてる感じがして……。
このまま、ずっとこうして居たい。
「あ」
声が聞こえて、目を開く。
いつもの金色の光だ。
エルが起き上がる。
起きたみたいだ。
違う。目を閉じて頭を抱えてる。
大丈夫かな?
「おはよう、エル」
起きて声をかけると、エルが目を開いた。
「おはよう、リリー」
いつも通り?
でも、少し顔が赤い?
「大丈夫?」
「何が?」
「まだ、酔ってる?」
「酔ってるわけないだろ」
そうかな。
お酒って、飲み過ぎると二日酔いになるんだよね?
「もう少し寝てる?」
「起きるよ」
そう言ってベッドから出たエルが、いつものように窓を開く。
明るい。
雨はもう止んだみたいだ。
「支度して、出発しよう」
「うん」
エルが自分の荷物から服を出してる。
あれ?
「どうした?」
「魔力の集中は、しないの?」
「……あぁ」
エルが顔を上げる。
『ふふふ。酔っ払ってるのぉ?』
「二本しか飲んでないのに、酔うわけないだろ」
『調子が悪いなら休め』
「悪くないよ。ほら、集まれ」
エルが、いつものように魔力の集中をする。
気持ち良い空気だ。
※
「わぁ……」
なんて、賑やかな場所なんだろう。
明るくて、色とりどりで、今まで訪れたどの場所よりも人が多くて賑やかだ。
「この辺から、グラシアル大街道だ」
「えっ?ここって、街じゃないの?」
「元はただの街道だったけど、街道沿いに点在していた宿場街が繋がった結果、東西に長い都市になったんだ」
「そうなんだ」
グラシアルの各地へ繋がる、地図上でも真っ直ぐに伸びた大きな通り。
端が見えないほど遠くまで続いている大通りだ。ここ、全部が街なの?
幅の広い道には荷車を引く馬も居る。力強そうな大きな馬だ。初めて見た。
「あれって、馬車だよね?」
「あぁ。この通りは荷馬車も乗合馬車も多いから、向こう側に行く時は気を付けろよ」
あっち側のお店に行く時は、周りをちゃんと見てから渡ろう。
「乗合馬車って?」
「人を運ぶことに特化した馬車だ。一定の場所を巡回していて、主に都市間移動に使われてる。……確か、大街道の乗合馬車は東西を巡回してるはずだ。ほら、あのでかいやつ。乗車料金を払えば誰でも使える」
馬車にも種類があるんだ。人が乗るものは大きくて、窓がたくさん付いてる。
「人を乗せる馬車って、もっと、おしゃれなのかと思ってた」
「おしゃれ?」
「お姫様が乗るような感じ?」
「貴族の馬車のことか?」
貴族の馬車?
特別な馬車ってこと?
「王侯貴族が使うような馬車なんて、この辺じゃ、滅多に見かけないだろうな」
「そっか」
物語に出てくるようなお姫様が乗る馬車って、普通の人が乗れるような馬車じゃないんだ。
人を乗せた馬車が私たちを追い越して行く。
「あの馬車は、どこに向かってるの?」
「この通りを走ってるのは、どれもポルトぺスタに向かってる」
「王都に行くのはないの?」
「あるよ。南側の通りに」
「南……?」
こっち?
「そっちは北だ」
「……はい」
間違えちゃった。
「遠くにオペクァエル山脈が見えるだろ?」
見上げると、真っ白い雪で覆われた山が見える。
「あっちが北だ」
城からだと東に見えてたけど。
大街道からだと北に見えるんだ。
「それから、馬車が走る方角は左側通行って覚えれば良い」
「左側通行?」
「大街道北通りなら東に、大街道南通りなら西に進むんだ」
えっと……。
私たちは北側から大街道に入ったはずだから、今居るのは大街道北通り?のはずで、馬車が進んでるのは私たちの行き先と同じで、左側通行で……。
「で?俺たちが、どっちに向かってるかは、わかってるんだろうな」
「わかってるよ。……東、だよね?」
あれ?
エルが何も答えてくれない。
「え?違うの?」
「合ってるよ」
エルが笑う。
ひどい。
怒ってるのに、何故かエルが私の頬をつつく。
「馬車に乗ってみるか?あれに乗れば、ポルトぺスタにもすぐに着く」
ここを歩いていれば、いずれポルトぺスタに着くんだよね?
ここも賑やかで楽しそうだし……。
「もう少し、歩いても良い?」
「良いよ。この辺には商店も多いし。気になるものがあったら好きに買ったら良い」
「買って良いの?」
「あぁ。出来るんだろ?買い物ぐらい」
「……うん」
出来るはず。
「その前に、ランチだな。好きな店を選んで」
「えっ?私が選ぶの?」
「そうだよ」
「えっと……」
どうしよう?
どこにしよう?
レストランなら、きっと良い匂いがして、レストランの看板が付いてるはずだよね。外にメニューが置いてあるのも特徴だっけ?
その前に食べたいものを決めなくちゃ?
『落ち着いたら?』
「だって……」
いつも、エルに選んでもらってたから。
……あ。良い匂い。
「ここは?」
「ん。じゃあ、ここにしよう」
良いんだ。
えっと……。
パンケーキのお店かな?
※
あぁ、美味しかった。
香ばしく焼き上がった生地も、甘いソースも、すごく美味しかった。
エルはしょっぱい系の頼んだけど、そっちも美味しかったみたいだ。
ランチの場所を選んだのは私だから私が払おうと思ったのに、先に、エルに払われてしまった。こういうのは買い物に含まれないらしい。
何か、買わなくちゃ。
どこが良いかな。
「あれって、何のお店?」
ちょっと薄暗い雰囲気のある変わった店だ。
「あれは、魔術師ギルドだ」
「魔術師ギルド?」
「魔法使いや錬金術師が登録するギルド」
ってことは……。
「エルも入ってるの?」
「あぁ。魔法使いなら、だいたい所属してる。寄ってみるか」
「私も入って良いの?」
「誰でも入れるよ」
※
エルと一緒に魔術師ギルドの中に入る。
怪しい雰囲気のお店だ。
「店から出るなよ」
「うん。わかった」
エルが右側のカウンターへ行く。あそこがギルドの受付?窓口に居る人は魔法使いだ。青色の光を持ってる。
左側は、商品が並ぶお店だ。こっちのカウンターに居る人は魔法使いの光を持っていない。ただの店員さん?でも、魔術師って言葉は魔法使いと錬金術師の両方を指すから、錬金術師なのかも。
そういえば……。ここに来る道中、魔法使いを全然見なかった。雪山で見たのが最後だ。
オクソル村にもキルナ村にも居なかった。バンクスは雨で出歩かなかったから、そんなに人を見てないけど、宿泊者には居なかったよね。何より、大街道に入ってから今までずっと見かけてない。
人や物が多過ぎて見逃してるだけ?
魔法使いって、思ってた以上に少ないのかな。城にも王都にも、あんなに居たのに。……王都で見かけた人が全部、城の関係者だったらどうしよう?
そんなことないよね?
誰かが、お店に入って来た。
あの人、緑色だ。
『リリー。何が見えてるか知らないけど、余計なこと言わないでよ』
気を付ける。
でも、こんなに綺麗な緑色なんて。大地の精霊みたいにはっきりした緑色だ。
『後、あんまり触らない方が良いよ』
お店に並んでいるのは錬金術の道具や難しそうな本。それから、魔法使いが使う杖。杖にも色んな種類があるらしい。長さも素材も様々だ。
エルが使ってるのは一般的な剣ぐらいの長さの杖だよね。
また、人が入って来た。
今度は、黄色。エルの金色とは違う、光の精霊っぽい薄めの黄色だ。
やっぱり、城で見かけた魔法使いが寒色系が多かっただけで、外には色んな色の人が居るのかな。
『リリー。あんまり見ちゃ駄目だって』
あ。
魔法使いの男の人と目が合ってしまった。
「仲間をお探しですか」
「えっ?」
「失礼。剣士のような出で立ちをされていたので、魔法使いの仲間を探しているのかと思いましてね」
そういう目的で魔術師ギルドを訪ねる人も居るんだ。
「違います」
「そうでしたか。最近は、黄昏の魔法使いが幅を利かせてるって話ですから。こういう場所でも気を付けた方が良いですよ」
「知ってるんですか?黄昏の魔法使いのこと」
「えぇ」
「どんな魔法使いなんですか?」
「そうですね……。あなたは、どこまでご存知ですか?」
「私、英雄で悪魔だって話しか知らなくて」
「あぁ。そっちのことですか」
「そっち?」
「今、暴れてる方じゃなく、本物の方ですね」
「本物?」
「この辺りで悪さしてる奴は偽物だって噂ですよ。本物は、ラングリオンとセルメアの戦争時に活躍した魔法使いと言われているんです」
賊って、偽物だったんだ。
「戦争って、国境戦争ですか?」
「そうです」
大陸東部、北のラングリオン王国と南のラ・セルメア共和国の間で起こった国境ラインを巡る戦争だ。
「確か、二年ぐらい前に国境をローレライ川にすることで決着がついたんですよね」
「その通りです。最後の戦地であった砦を単独で奪還し、戦争を終わらせたのが黄昏の魔法使いと言われているんですよ」
『え?』
「単独で?」
「そうです。その為、ラングリオンでは国を救った英雄として。ラ・セルメア共和国では、砦を奪った悪魔として語られているんです」
だから、英雄で悪魔なんだ。
『それが本当なら、すごいね』
「え?」
『たった一人で戦争を終わらせるなんてさ』
「あの。今のって、本当のことなんですか?」
男の人が笑う。
「さぁ、どうでしょう。何の前触れもなく、突然、ラングリオンとセルメアが国境ラインをローレライ川に定めると発表したので、その裏に何かあると考えた輩が勝手に作った与太話だという説もありますよ。事の次第を伝えるのは吟遊詩人の歌のみだとか」
『正式な記録にはないってこと?』
「架空の人物ってことですか?」
「砦で何が起こったのか知っている者は居ないらしいですからね」
誰も知らないの?
「リリー」
「エル」
エルに呼ばれて、振り返る。
「仲間を待っていたんですね」
「はい」
仲間。
一緒に行動してるから、エルと私の関係は仲間なんだ。
「見かけない顔ですね」
「大街道なんて、旅人が行き交う場所だろ」
「それもそうですね。……道中、お気をつけて」
「ありがとうございます」
色々、教えて貰っちゃった。
「何、話してたんだ?」
「黄昏の魔法使いのことを聞いてたの」
戦争を終わらせたラングリオンの英雄。
「何か目新しい情報はあったか?」
「この辺に居るのは偽物だって」
「そうみたいだな」
「同じ話をしてたの?」
「そんなところだ」
エルも、同じことが気になってたんだ。
「エルは、本当に居ると思う?」
「何が?」
「黄昏の魔法使い。さっきの人が、作り話かもしれないって言ってたから」
英雄で悪魔。
物語みたいな人だ。
「そうだな。そんな奴、存在しない」
……本当に?




