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020 卵バター

「起きろ。リリー」

「んん……」

 頭に、何か硬いものが当たった。

 何……?

 体を起こすと、エルと目が合った。

「おはよう。エル」

「おはよう」

 良かった。

 いつものエルだ。

 エルがベッドの上に本を置いて窓辺に行く。

 銀の棺だ。

 私、これで叩かれたの?

「集まれ、精霊たち」

 エルが、いつものように魔力の集中をしようとして……。

 途中でやめる。

「リリー。一緒にやってみるか?」

「え?」

「魔力の集中。……魔力を集めるんだ」

 魔力を集める?

 え?

 呪いの力を使わずに魔力集めができるの?

「やってみる」

 ベッドから出て、エルの方に行く。

「どうすれば良いの?」

 エルが私の右手を取る。そして、手の甲の上に左手の指で魔法陣のようなものを描いた。

 見たことのない図柄。

 精霊の魔法陣っぽくないけど……。

「これは?」

「魔法印。魔力が集まっているかどうかの目印だよ。……目を閉じて」

 言われた通り目を閉じる。

「世界を創りし神の同胞よ。我は同調する者である。天上と地上を繋ぐ自然の和。すべての元素、命に感謝する」

 魔法印を描かれた手の甲が、熱い。

「リリー。自然に同調して。自然の声に耳を傾けて、精霊の存在を感じるんだ」

 精霊の声。

 いつも感じてる声を探す。

 ……不思議。

 空気が澄んでいく感じがする。

「大地、闇、水、炎、光、冷気、大気、真空、天上と地上を繋ぐ、すべての元素。命。そのすべてに感謝を」

 自然と世界とに同調して。共鳴して、呼吸を合わせて。

 ……エルの呼吸とも繋がる。

 すごい。体に力が溢れていくみたい。

 気持ち良い。

 満たされて……。

「あ……」

『リリー』

 奪われる。

「リリー?」

 入って来た力が一気に消えていくのがわかる。

 だめ……。

 視界が陰る。

 体が重い。

 ぐらぐらする……。

「大丈夫か?」

 近くにいるはずなのに、エルの声が遠い。

 立っていられない。

 エルにもたれかかりながら目を閉じる。

 あぁ、だめなんだ。

 この方法は、だめなんだ。

 魔力を集めるには呪いの力を使わないとだめなんだ。

 私には、それしかないんだ。

 ゆっくり呼吸を整えて。

 ゆっくりと瞼を開く。

 視界がはっきりしてきた。

 見上げると、心配そうな顔をしているエルが見えた。

「ごめんなさい」

 私、気を失いかけて、ベッドまで運んでもらったんだ。

「調子は?」

「大丈夫」

 また、迷惑をかけちゃった。

「魔力の集中のやり方を教えてくれてありがとう。でも……。私には、上手く使えない方法みたい」

 きっと、やってはいけないことだったんだ。だから、こんなことに……。

「そうみたいだな」

 そんな顔しないで。

 きっと、普通の人なら出来てたはずだ。

「エル、ありがとう。こんな私と一緒に居てくれて」

 エルと同じことが体験できただけでも嬉しかった。

「リリーが言ったんだろ。俺に付いて行きたいって」

 ずっと、一緒に居たい。

 でも、私は普通じゃない。

 普通の人みたいにできない。

 自分のことなのに、私は私のことを全然知らない。

 何が駄目なのかわからない。

 どうしよう。これ以上、何か悪いことが起こったら。

 これ以上、エルに何かあったら……?

 そんなの、だめ。

「ごめんなさい。ラングリオンに着くまでには、一人旅が出来るように頑張るから。……ちゃんと、エイダの指輪も返すから」

 いつまでも甘えているわけにはいかない。一緒に居られるのは、ラングリオンまで。それで、終わりにしなくちゃ。

「修行は三年だっけ?」

「うん」

 三年……。

 外に出たら、恋をして。好きな人と一緒に過ごすんだって。そう決めて城を出た。でも、これは思ってたよりもずっと難しいことだったんだ。一緒に居るだけで迷惑をかけるなんて。

 もう、一緒に居られない。

「リリー。三年間、俺と一緒に居て」

「え……?」

 三年間、エルと一緒に?

「あの、でも、私、」

「だめ?」

「だって、迷惑になっちゃうし、」

「迷惑じゃない」

「だって、エルが危ない目に……」

「関係ない。俺じゃないとだめだって言ったのは、リリーだろ?」

 エルが私の右手を視線の高さまで持ち上げる。エイダの契約の証が煌めく先で、エルの真っ直ぐな紅の瞳と目が合う。

「指輪は、ずっと付けてて。……返事は?」

 そんなに見つめられたら、逃げられない。

「はい」

 どうして、こういうタイミングで、そういうことを言うの?

 前もそうだった。

―無事でいてくれて、ありがとう。

 一緒に居ることを諦めようとする度に、そういうことを言うから。

 また、諦められない。

 ……涙が止まらない。

「ごめん。リリー」

 謝らないで。悲しいわけじゃない。

「違うの……。嬉しくて」

「嬉しい?」

 夢が叶ってしまった。

 残りの時間、ずっと、好きな人と一緒に居たいって夢が。

「ありがとう、エル。一緒に居てくれるって言ってくれて……。私、絶対に、迷惑かけないようにするから。絶対に、皆が困らないようにするから」

「皆?」

「エイダとか……。エルが契約してる精霊たちにも……」

 迷惑にならないように。

 エルから魔力を奪わないようにするから。

「誰も迷惑だなんて思ってない。リリーが望む限り一緒に居る」

 どうしよう。

 すごく、幸せ。

「ありがとう、エル」

 三年間。

 残りの時間すべて、好きな人と一緒に居られるなら。私は、もう……。

 

 ※

 

 鏡に映った目は、まだちょっとだけ赤いけど。もう大丈夫。支度は出来た。

 扉の方で、エルが首を傾げながら半開きの扉の裏に手を伸ばしてる。

「どうしたの?」

 エルが取ったのは重そうな麻袋だ。扉の裏に引っかかってたらしい。

 エルが袋を開く。

「銀貨だ」

 たくさん入ってる。

『昨夜、誰かが戸口に立った。ノックもせず、中に入る様子もなかったから放っておいたが』

「村の連中が置いて行ったのか」

「エルの報酬?」

「違う。依頼は破棄しただろ」

「受け取らないの?」

 エルが銀貨の入った袋を私に押し付ける。

「リリーへの報酬だ」

「えっ?……そんな。私、受け取れないよ」

「だったら、自分で返せば良いだろ」

「待って、エル」

 エルが先に部屋から出て行ってしまった。

「どうしよう」

『どうするの?』

 袋の中には、銀貨が……。

『全部で十五枚だね』

「イリス。エルに渡してくれる?」

『嫌だよ。嫌がってたじゃないか』

 どうにか、エルに渡す方法ないかな。

『ほら。朝ご飯だろ?早く行きなよ』

「うん」

 袋を持って、一階へ。

「おはようございます。リリーシア様」

「おはようございます」

 女将さんだ。

 エルも階段を降りたところで待っててくれたみたいだ。

「朝食の御準備を致しますね。お好きな席でお待ちくださいませ」

「リリー、どこにする?」

「え?えっと……。昨日と同じところ?」

「ん。わかった」

 エルと一緒に、昨日と同じ席に行く。

 今日は、曇り。

 天気が悪い。

 女将さんが、パンとサラダ、それからハーブ水をテーブルに並べる。

「卵料理は何に致しましょうか。お好みのものを御用意出来ますよ」

「なら、俺はオムレツで。リリーは?」

 どうしようかな。

 オムレツも美味しそうだし、目玉焼きも……。

 あ、でも。やっぱり、あれにしよう。

「ムナボイって作れますか?」

「はい。御用意出来ます」

「じゃあ、それで」

「かしこまりました。少々お待ちくださいね」

 女将さんが頭を下げて去る。

「ムナボイって?」

「えっと……。サンドイッチに入ってた卵、覚えてる?」

「ゆで卵を潰したサラダ?」

「そう。卵を塩とバターで和えたサラダ。ディルを入れるとか人によって味付けが変わるものだから、食べてみたいなって」

「へぇ」

 エルが王都で買ってくれたのも美味しかったし、シフさんが作ってくれたのも美味しかった。食べ慣れてるのに新しい。

「ラングリオンにはないの?」

「バターと塩で味付けするのは聞いたことがないな。似たような奴でも、オリーブオイルとビネガーで味付けするのが主流だ」

「そうなんだ」

 グラシアルらしい料理なのかな。

 もしかして、グラシアルにあってもラングリオンにないものは、結構ある?

「メロンパンってある?」

「あるよ。俺は食べないけど」

 良かった。ラングリオンにもあるんだ。

 楽しみだな。

 

 ※

 

 女将さんが作ってくれたムナボイも美味しかったな。

 ゆっくり朝ごはんを食べた後は、部屋に戻って出発の準備を整える。

 リュヌリアンを背負って一階に戻ると、焼き立てのパンの香りが漂ってきた。

「良い匂い」

 エルが、お昼に食べるものを用意して欲しいって頼んでたっけ。

「どうぞ、お好きなものをお持ちください」

 何にしようかな。

 あ。シナモンロールだ。

「リリー。選んで」

 トングを貰って、シナモンロールをエルが持つトレイの上に乗せる。

 あっ。甘いのばかりは駄目だよね。

 日持ちしそうな胡桃パンとライ麦パンも選ぼう。

「エルは、食べたいのある?」

「ドライフルーツが入ったやつ」

「わかった」

 こういうのも好きなんだ。

「では、お包み致しますね」

「いくらだ?」

「お会計は、カウンターへどうぞ」

「わかった」

 エルと一緒に、宿の主人が居る場所に行く。

「エルロック様、リリーシア様。お寛ぎ頂けたでしょうか?」

「あぁ」

「はい」

「ありがとうございます。お代は結構です。……御二人は、村の者を、そして、私の妻を救っていただいた恩人です。このようなことがございましたが、どうか、またお越しください」

「ん」

 エルが頷く。

 ご飯も美味しかったし、お世話になったよね。宿の人にもエルにも何かお礼をしたいけど、誰も何も受け取ってくれない。

 どうしよう……。

「お客様」

 声をかけられて振り返ると、女将さんがパンの包みをくれた。

「わずかばかりの感謝の気持ちでございます。どうぞ、お持ちください」

「ありがとうございます」

 いつも、貰ってばっかりだ。

 オクソル村でエルが香辛料を包んでたみたいに、何かお礼になりそうなもの……。

 あ。

「あの、すみません。ワインを出してもらえますか?」

「ワインですか?」

「はい。この宿で一番良いワインを出して下さい」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 女将さんと宿の主人がワインを取りに行く。

「ワインが欲しいのか?」

「うん」

 エルが私の手からパンの包みを取って自分の鞄に仕舞う。そういえば、大きな荷物も全部エルから貰ったアイテム袋に入れちゃったから、ワインを入れる入れ物がないかも。

「お待たせいたしました」

 女将さんたちが戻って来た。

 手にしてるのは、ワインのボトル。

「ロマーノ・ガラでございます」

 ポールさんが言ってたワイン?

 エルがワインを見てる。

「王国暦五八四年……」

「五八四年?」

 今は、王国暦六〇七年だよね?

「ワインは、年によって出来が変わるんだ。これは、かなり評判が良い奴だよ」

「そうなんだ」

 じゃあ、美味しいのなんだよね。

 お金、足りるかな?

「いくらですか?」

「こちらは、十五万……。いえ、十二万ルークでいかがでしょう」

「じゃあ、これでお願いします」

 カウンターに麻袋を置いて、ワインを貰う。

「リリーシア様、」

 これで、お金は受け取ってもらえるよね。

 それから。

「エル」

「ん?」

「今回の報酬。……ワイン、好きなんだよね?」

 これなら受け取ってもらえるはず。

「好きだよ」

「良かった」

 やった。

 受け取ってもらえる。

「リリーシア様。お包み致しましょうか」

「はい。お願いします」

 良かった。

 初めて、エルにお礼が出来た。

 

 

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