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015 東からまっすぐ、左?

 シフさんに見送られて、トールさんに洞窟まで案内してもらった。

 ここが、洞窟。

 真っ暗で真っ黒な空間しか見えない。

 風の通り抜ける音も、ちょっと怖い。

 これから、この中に入って行くんだ。

「松明は持っているのかい」

「灯りは大丈夫だ。色々、世話になった」

「お世話になりました。サンドイッチもありがとうございます」

「良いんだよ。また、いつでも来ると良い。山の精霊のご加護がありますように」

「お互いに」

「ありがとうございます」

 エルと一緒にトールさんを見送る。雪の精霊たちもトールさんと一緒に行っちゃった。

 洞窟の中にも精霊の気配はするよね。優しい精霊だったら良いな。

 でも、真っ暗なのは怖い。

「松明を持ってるの?」

「持ってないよ。これを使うんだ」

 エルが杖と小さな白い玉を出して、杖の先に白い玉をぶつける。すると、眩しい光を放ちながら白い玉が杖の周りを回り始めた。

 これって……。

「行くぞ」

「はい」

 歩き出したエルについて行く。

「それって、光の魔法?」

 エルは光の精霊と契約してないよね?

 どうやって使ったんだろう?

「魔法の玉を知らないのか?」

「魔法の玉?」

 初めて聞く。

「中に魔法が入ってる錬金術の道具だよ。これは光の魔法を込めた光の玉で、松明代わりに使えるんだ」

 魔法を使えなくても、魔法を使える道具があるなんて。

「これも旅の必需品なの?」

 王都で揃えた道具の中にはない。それどころか、こんな玉を売ってる店はなかった。

「手を出して」

 両手を出すと、エルが白い玉を乗せる。そして……。

「わっ」

 更に積まれて落ちそうになった紫の玉を慌てて手に取る。

「白いのが明かりを放つ光の玉で、紫は逃走用の煙玉」

 煙?

 そういえば……。

 初めてエルに会った時、何かが割れる音がして、辺りに煙が立ち込めた。

「もしかして、初めて会った時に使ったのって、これ?」

「そうだよ」

 やっぱり。

「魔法の玉は色によって入ってる魔法が決まってるんだ。ただ、通常の煙玉は煙が出るだけだけど、俺が作ったのには少し混乱薬を混ぜてある。使う時は気をつけろよ」

「はい」

 これもエルが作ったんだ。

 でも、アリシアが魔法の玉を作ってるところなんて見たことがない。これは、グラシアルにはない錬金術だ。

『いつまで持ってるのさ』

 だって……。

「魔法の玉は衝撃を与えたら割れるから落とすなよ」

「気を付ける」

 仕舞っておこう。

 白い玉が三つに、紫の玉が二つ。

 えっと……。どこに入れておこうかな?困った時にすぐ出せるところが良いから……。ここかな?

「ほら、行くぞ。離れるなよ」

「はい」

 立ち止まった私を待っててくれたらしい。歩き出したエルに付いていく。

 発光する光の玉は杖を中心に回転しながら周囲を明るく照らしている。リュヌリアンを振り回す範囲は照らしてくれそうだ。これなら、洞窟内で戦闘になっても大丈夫。

「メラニー、バニラ。探索出来そうか?」

『かなり広いぞ』

「そんなに?」

『古い時代に採掘に使われた洞窟だろう。あちこちに坑道跡がある』

 採掘?

 ここで?

『脇道は崩れる恐れがある。探索はしない方が良い』

「わかった。道中に危険があったら教えてくれ」

『了解』

『了解』

 こんな場所に廃坑があるなんて聞いたことがない。

 どうしてわかったんだろう。

「メラニーとバニラって、探検が得意なの?」

「闇の精霊は、暗い場所の把握が得意なんだ。大地の精霊は、地下や地面の状況を把握できる。他にも、岩や石、鉱物の情報にも詳しいんだよ」

「そうなんだ」

 精霊が好きなものは精霊の得意分野でもある。色々詳しいんだ。

 でも、ここって何が採れたんだろう?宝石じゃないのは確かだ。

 あ、鉄鉱?

 フォノー河に架かる鉄橋の材料。

 急流で知られるフォノー河は、何度橋を架けても、すぐに流されてしまう難所だった。でも、鉄を用いて、橋梁を立てない特殊な工法で作られた現在の橋は完成してから一度も流されたことがない。とても頑丈な橋になった。そして、この鉄橋を守る為に橋が要塞化した結果、フォノー砦ができたのだ。

 ただ、材料となった鉄がグラシアルのどこで採れるかは公表されていない。

 ここが、そうだったのかな。大地の精霊も居るみたいだし……。

 あれ?

 道の先に居る闇の精霊が逃げて行く。

 どうしてだろう。もしかして、明かりを避けてる?

「メラニーは明るいのは平気なの?」

「何の話だ?」

「洞窟の闇の精霊は、明かりを避けてるみたいだったから」

 城でも、闇の精霊を見かけるのは夜だけだった。

「精霊と人間の見え方は違う。闇の精霊は暗ければ暗いほど視界が晴れるらしいんだ。……メラニーも明かりは苦手だろ?」

『これぐらいなら平気だ』

 メラニーは大丈夫なんだ。人間と契約してるから?

 でも、暗ければ暗いほど視界が晴れるなんて面白い。

「他には、どんな精霊が居るんだ?」

「大地の精霊と風の精霊」

 山で見かける子たちに似てる。

「でも、雪の精霊は見かけなくなったかも」

『こんなつまらないところには来ないわ』

 エルからナターシャが出てくる。

 雪の精霊は、暗くて狭い場所よりも明るくて広い場所が好きなイメージだ。

「俺と一緒に来たら雪なんてしばらく見られないぞ」

『良いのよ。私、山から出たかったんだもの』

「ナターシャも旅は初めてなの?」

『えぇ。人間と契約したのはエルが初めて。だから、あなたと一緒ね』

 精霊って、人間と一緒じゃなきゃ土地を離れられないのかな。

 精霊は自然そのものだから、土地から精霊が移動すると自然に影響が出てしまう。でも、人間と契約していれば自然へ影響を与えにくくなるはずだ。

『遠くまで行くみたいだから楽しみだわ』

「うん。私も」

 世界を旅するのは楽しみ。

 エルは気を付けろって言っていたけど、この先、精霊との出会いもたくさんありそうだ。

「たくさんの精霊と契約したら、寂しくなさそう」

「契約している精霊が多ければ良いってわけじゃないぞ」

「そうなの?」

「契約には魔力の提供が必要で、魔法を使うにも魔力が必要だ。複数の精霊へ魔力を渡す約束をしてしまえば、魔法を使う余力がなくなるぞ」

「そっか」

 魔力のない私じゃ複数の精霊との契約なんて無理なんだ。

「それに、魔法を使うのに一番重要なのは精霊とのコミュニケーションだ。信頼関係がなければ魔法を使えないし、精霊同士の仲が悪ければ合成魔法も使えない」

「使えないの?」

「たとえば、エイダとジオの仲が悪かったら、風の魔法で威力を増大させた炎の魔法を放つなんてことも不可能になる」

『オイラは、そんな難しいことないと思うけどねー』

『そうですよね』

『人間は難しく考え過ぎだ』

 エルの精霊たちは皆、エルのことが好きで仲が良さそうだ。

 エルは前に合成魔法を使ってたよね。

 合成魔法とは異なる二つの魔法を混ぜて使う魔法だ。混ぜたら、より強い方の属性が残る。例えば、雪山で見た氷の竜巻は風属性のはずだ。

 それから……。

「確か、合成魔法には属性の相性があるんだよね?」

「反属性のことか?」

「うん」

 炎と氷のように反対の属性を持つもの。

 求め合い、消滅する関係。

「魔法の合成が不可能な関係は存在する。けど、合成しなくても複数の魔法を同時に扱うことは良くあるからな。精霊の機嫌を損ねれば、魔法の発動に影響するのは一緒だ」

 エイダとナターシャも、ジオとユールも仲が良さそう。

 あ、そっか。真空だ。

 雪山で氷の竜巻が消えたのは、エルが風属性の竜巻に、反属性である真空の魔法を当てて相殺したからだ。

「だから……。複数の精霊との契約っていうのは面倒なことが多いんだ。一人の精霊とじっくり付き合う方が精霊との絆も深まるし、魔法への理解も深まる。結果的に良い魔法使いになれるんだよ」

 精霊との絆。

 そして、魔法への理解。

 まだまだ私には足りないものばかりだ。

「リリーとイリスなら良い魔法使いになれるよ」

「え?」

 私が魔法使いになるの?

「でも、私は……」

 魔力が無い。

 ……でも、私はエルから魔力を奪った。

「言いたくないことは言わなくて良い」

「ごめんなさい……」

 エルが私の頭に触れる。

 言えない。

 

 ※

 

 明るい。

 ようやく洞窟を抜けた。

 太陽が真上に見える。お昼だ。エルと一緒に岩の上に座って、シフさんが作ってくれたサンドイッチを食べる。

「美味しい」

 卵とハムのサンドイッチ。

 城下街で食べたのと味が違う。この卵の味付けもすごく美味しい。

「ここからキルナ村へ行くには、右と左、どっちの道を行けば良いかわかるか?」

「えっ?」

 目の前には分かれ道。

 どっちか選ばなくちゃいけないんだ。

 確か、東は危ないから……。

「……左?」

 違ったらしい。

『やっぱり外したね』

 だって……。

「今、俺たちが見てる方角が、どっちかわかるか?」

「えっと……」

 私たちはオクソル村を出て、東の洞窟に入った。

 だから。

「東?」

 あれ?これも違うの?

 エルが頭を抱えてる。

『リリーに方角を聞く方が間違ってるよ』

 だって……。

 エルが地図を出す。

「俺たちは東の洞窟に入って、南に出て来たんだ」

「南……?」

「つまり、俺たちが見ている方角は南。そして、キルナ村があるのは洞窟よりも西寄りの場所。だから、これから行くのは、」

「右?」

「そうだ」

 合ってた。

 けど、これは私が出した答えじゃないよね。

 えっと……。

 南を向いてる時に西に行くには、右?

 でも、洞窟は東から入って、まっすぐ歩いてたはずなのに。いつの間に、南向きに変わったんだろう?

 

 ※

 

『エル。気を付けろ』

「ん」

 メラニーが警告をしてる。

「どうしたの?」

「亜精霊だ」

「亜精霊?あれが?」

 道の向こうに大きな白い狼が見える。

 見た目は狼にしか見えないけど、あれって亜精霊なの?

「リリー。後ろに下がって……」

「私も戦う」

 リュヌリアンを抜いて、エルの前に出る。

 私は剣士だ。

 大丈夫。戦える。

「あの亜精霊の特徴はわかるか?」

「えっと……。狼の亜精霊は、動きが素早いのが特徴だよね?」

「そうだ。素早い動きで噛みついてきたり、硬い爪で引っかいてきたりする。それに、あれぐらい大型になるとブレスも吐く」

「ブレス?」

「ドラゴンや獣系の亜精霊が口から吐く高火力の魔法だ」

「魔法……」

 絵本の挿絵で見かけるような、ドラゴンが口から吐く炎のことだよね。

 確かに、魔法っぽいかも?ブレスの属性は、炎に限らず色々あるはずだ。

「ブレスは、大きく息を吸い込む予備動作をするのが特徴だ。その動作を見たら、敵の正面から逃げるんだ。無理なら、マントで防いでも良い」

「マントって……。このマント?」

 エルが買ってくれた防寒用のマント。

「あぁ。この地方の奴が使うのは氷のブレスだからな。防寒効果の高いマントなら緩和してくれるはずだ」

「そうなんだ」

「他に聞きたいことは?」

「大丈夫」

 亜精霊は一体だけだし、行ける。

「援護はする。無理はするなよ」

「わかった。……じゃあ、行くね」

 白い狼に向かって走る。

 落ち着いて。足元をよく見て、次の動作を予想しながら戦おう。

 白い狼が首をこちらに向ける。

 気づかれた。

 でも、この距離なら先制が取れる。

 加速した勢いでリュヌリアンを振る。

 だめだ、狼の方が早い。狼が地面を蹴って高く跳んだ。

 届け!

 リュヌリアンの軌道を変えて剣を振り上げると、剣先が届いて胴体に傷を……、つけない。

 亜精霊とは、斬っても斬れない存在。消滅の時まで見た目が一切変わらないのが特徴だ。だから、傷ができることはない。

 着地の瞬間を狙って剣を振る。

 だめ。これも間に合わないかも。

 動きを良く観察して。

 ……左だ。

 着地と同時に左に避けるに違いない。

 行け!

 私が放った一撃が綺麗に亜精霊の胴体を通過する。

 予想通り。着地の瞬間には間に合わなかったけど、避ける方向が合っていたおかげで攻撃が入った。

 今度は亜精霊が遠く離れる。

 この距離だとリュヌリアンでも届かない。距離を詰めなきゃ。

 そう思ったところで、後ろから飛んで来た火球が狼を飲み込んだ。

 亜精霊が……。

「消えた……」

「亜精霊は、体力を失えば消滅する存在だからな」

 本当に、ここまで跡形もなく消えてしまうんだ。元々、存在なんてしていなかったかのように。完全に。

「怪我は?疲れてないか?」

「大丈夫」

 リュヌリアンを背に戻す。

「亜精霊って、消滅させて良いのかな」

「亜精霊は自然に逆らった存在だ。元が何だったにせよ、自分の意思で生きることが出来なくなったものなんだよ。さっさと死者の世界に送ってやった方が楽になれる」

「……そっか」

 亜精霊は人間の敵。

 倒さなければ被害者が増えてしまう。

 だから、これは悪いことではないんだよね……?

 

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