011 失われた輝き
ぱちぱち。
火の粉が舞う音が聞こえる。
あったかい。
ここはどこ?
暖炉が見える。
……あれ?動けない。
頭だけ動かすと、私を包むように抱く腕の先にエルの顔が見えた。
「エル……?」
巻き付いているブランケットから這い出て、エルの顔を覗く。
眠ってる?
「エル」
呼んでも肩を揺らしても起きる気配がない。座ったまま寝てるみたいだ。
巻き付いているブランケットを解いて、エルの膝から降りる。
「エル」
もう一度、呼んでみるけど、目を開いてくれる様子はない。ブランケットをエルにかけて、顔にかかった髪を撫でる。
ぐっすり眠ってるよね。
ここ、どこだろう。
暖炉があって、ソファーがあって、向こうには木で出来たテーブルがある。台所らしき場所には人の気配。
誰かの家?
「ここって……」
肩を見たけど、そこに居るはずのイリスが居ない。
「イリス?」
どこに行ったの?
「おや、気が付いたのかい」
台所から出てきた女の人がテーブルの上に鍋を置く。
「あの……。ここは?」
「オクソル村だよ」
オクソル村。
エルが目指していた村だ。
女の人がこちらに来て、エルを見下ろす。
「この子は寝ちゃったんだね。……覚えているかい。雪崩に巻き込まれたんだろう」
そうだ。
雪崩に巻き込まれて、雪に埋もれて。そして、死を覚悟した。
「調子はどうだい」
両手を見て、力を込めて拳を作る。
力が入る。それに、軽く爪が刺さる刺激を感じる。
「大丈夫です」
生きてる。
「良かった。まだ体が冷えてるだろう。温かいスープをお飲み」
スープ。
エルが頼んだのかな。
「エル、起きて」
ゆすっても全然起きない。
「ぐっすり眠っているね。ゆっくり休ませておあげ」
「でも……」
「一休みしたら起きるよ。まずは、あなたが温まらないと。おいで」
「はい」
湯気の立ち上る鍋がある席に着くと、女の人がスープをよそってくれた。
良い匂い。
「あったかい……」
一口、口にしただけで体中に熱さが染み渡る。
美味しい。
どんどん体の感覚が生き返っていく。
「顔色もかなり良くなったね。……本当に、死人みたいな顔で来たからさ。私もびっくりしたんだよ」
私も、今、生きてることが信じられない。
だって……。
あの雪崩は女王の命令だ。
女王は、命令に背いてる私を殺そうとしたんだ。
なのに、私は生きてる。
あ。
「はじめまして。私、リリーシアです」
名前、これだけで良いんだよね。
相手が笑う。
「エルロックから聞いてるよ。私はシフ。よろしくね」
「はい。シフさん、助けてくれてありがとうございました」
「礼ならエルロックに言うと良いよ」
「え?」
「彼、ここまで、あなたを抱えて来たんだよ」
ここまで?
……そうだ。私は完全に雪に埋まったはずだ。なのに、今、ここに居るってことは、エルが雪の中から助け出して、村まで運んでくれたってことなんだ。
「ついでに、うちの旦那にもね」
「旦那さん?」
「もう仕事に戻ったけどね。あなたたちを家に連れて来たのは、旦那のトールなんだ。いつも山で仕事をしていてね……。酷い災難に遭ったみたいだけど、うちの人に会えたのは運が良かったよ。これも山の精霊のお導きだろうね」
山の精霊たちも私を助けてくれたってこと?
……あの後、何があったんだろう。
イリスに聞かなきゃ。
器を持って、スープを飲み干す。
「おかわりは要る?」
首を横に振る。
充分、体は温まった。
「ご馳走さまでした。すごく美味しかったです」
「良かったわ。このスープは、本当は彼の為に温めてあげたんだけどね。彼、寝ちゃったみたいだから。あなたが起きて良かったわ」
「え?」
エルが眠って、私が起きた?
待って。
確か、あの時、イリスは……。
―リリー。ごめんね。約束は守れない。
まさか。
ゆっくり視線をエルの方に向ける。
「あ……」
嘘だ。
どうして、すぐに気づかなかったんだろう。
いつもあれだけの輝きを放っているのに全く気付かないなんて。
消えてる。
エルの光が消えてる。
金色の輝きが完全に消えてる。
「どうしたんだい?」
「あ、あの……。私……」
私のせいだ。私がやったんだ。
「リリーシア?」
「私……」
体の震えが止まらない。
こんなことになるなんて。
「私……。どうしよう」
出会ってから、ずっと助けてもらってばかりだった。一人じゃどうしようもないことばかりだった。私が嘘や隠し事をしてることに気づいても何も言わずに、ずっと助けてくれたのに。こんなにしてもらってるのに。そんな人に、こんなことするなんて……。
「リリーシア」
近くで呼ばれて顔を上げる。
「シフさん……」
「かわいそうに。怖い目にあったねぇ。でも、もう大丈夫だよ。ここは安全だ。落ち着いて」
傍に来たシフさんが私の背を撫でる。
違うの。ここがどれだけ安全でも……。
「どうしよう。エルが目覚めなかったら」
「大丈夫だよ。雪山を歩いて疲れただけさ。すぐに目覚めるよ」
そうじゃない。
そうじゃないの。
でも、言えない。
「もう少し休んだ方が良さそうだね。部屋を用意してあるから、おいで」
「……はい」
エルの方に行く。
さっきと同じように目を閉じたまま動かない。
頬は温かい。
呼吸もしてる。
寝ているようにしか見えない。
……ちゃんと、目覚めるんだよね?
エルの体を抱える。
「おやまぁ。力持ちなんだね。部屋は廊下の奥だよ」
シフさんに案内されて、廊下の奥にある部屋へ。
ベッドが二つに机、本棚、積まれた薪。そして、赤々と燃える暖炉。
「まだ少し冷えるね。薪は好きに使って良いからね」
「はい」
エルをベッドに寝かせて布団をかける。
どうか早く目が覚めますように。
「ゆっくり休むんだよ。夕飯時に起こしに来るからね」
「はい。ありがとうございます」
シフさんが部屋を出る。
「エル、ごめんなさい」
こんなことになって。
静まり返った部屋。
誰も居ない。
精霊も居ない。
赤い輝きもないからエイダも居ないんだ。
イリスを呼ばなくちゃ。
「イリス、姿を現せ!」
イリスを召喚する。
精霊の契約者は、いつでも契約した精霊を呼び出すことが出来る。私の声はイリスがどこに居ようと届いてるはずだ。
『起きたの?リリー』
目の前に氷の精霊が現れる。
「え?……イリスなの?」
『そうだよ』
姿が変化してる。
今までずっと小鳥の姿だったのに、一般に目にする精霊と同じ、羽の生えた小人の姿になってる。
「どうして……」
『説明する必要、ある?』
理由は一つしかない。
精霊の姿は魔力を反映する。イリスの姿が変わったのは魔力を得たからだ。
魔力がほとんどない精霊は小動物の姿。一般的な精霊は小人の姿。そして、魔力を潤沢に持つ精霊は人と同じ大きさの姿になる。
『説明は必要よ』
「エイダ」
エルの手元から人間と同じ大きさの赤い輝きを放つ精霊が現れる。
『リリーシア。一体、何が起こったというの?』
『リリー、絶対に喋るなよ』
『教えてくれるわね?』
「イリス、エイダに何も話してないの?」
『当たり前だろ』
イリスが私の傍に居なかったのは、エイダと話していたから?
がたがたと窓が揺れる。
『待って』
エイダが顕現して窓を開く。
「皆、リリーシアが居るわ。隠れて」
エルが契約している他の精霊?
……私には姿を見られたくないよね。
「大丈夫。後ろを向いているから」
窓に背を向けて椅子に座ると、窓が閉まる音がした。
『リリーシア。話してくれるのね?』
「うん」
『リリー。やめなって』
「だめだよ……。イリスだって、誰かが突然、私を攻撃したら怒るでしょ?」
『攻撃したわけじゃないだろ』
「同じだよ。だから、話さなきゃ」
『良いの?エルに知られても』
今、エルの意識が無かったとしても。
私が精霊に話した内容は、精霊がエルに伝えてしまう。
『今なら、しらばっくれることも出来るよ』
『無理よ。私たちが証人だもの』
『じゃあ、聞くけどさ。エルになんて言うつもり?エルは、ここに来てすぐに眠った。それだけのことだろ?』
『エルが気を失うと同時にイリスの姿が変わったわ。明らかにおかしいでしょう。あなた、一体、エルに何をしたの?』
『エルの状態とボクの状態に何の関係があるって言うのさ』
『無関係なはずがないわ』
『無関係だよ』
「違う……。全部、私のせいなの」
『リリー、』
『どういうこと?』
呼吸を整える。
……怖い。
これが、あの輝きを一瞬で消し去るような怖い力だったなんて。
「エルが昏睡状態になったのは、私がエルの魔力をすべて奪ってしまったからなの」
『え?……じゃあ、エルは魔力切れで気を失ったと言うの?』
こんなに強い精霊でも、エルの魔力が完全に消えたことはわからないんだ。
「今……。エルの金色の光は、完全に消えてるの。あんなに眩しかった光がないの。私が起きた時にはそうなっていた。だから、私が魔力を奪ったのは間違いないと思う」
『他人から魔力を奪うなんて。それも、女王の娘の能力?』
「違う。これは、呪いの力」
『呪い?』
「私は城を出る時に、リリスの呪いを受けたの」
紅のローブが私にかけた呪い。まとわりつくような、あの……。
『確か、吸魂の悪魔だったかしら』
吸魂?魂を吸う?
「リリスって、吸魂の悪魔って呼ばれているの?」
『えぇ。でも、呪いについては知らないわ』
「リリスの呪いは、人間から魔力を奪う力を得る代わりに、子供を産めなくなる呪いなんだって」
何かを得る代わりに何かを失う。悪魔の呪いは、強力な力と引き換えに失うものがあるのが特徴だ。
前にイリスがエルに話した女王の娘の特徴の三つ目、子供が産めないことは、女王の娘が外に出る時に必ずかけられる呪いを指している。
『つまり、あなたは呪いの力でエルから魔力を奪い、エルを眠らせたと言うの?』
頷く。
間違いない。
『でも、あなたはずっと気を失っていたはずでしょう』
『そうだよ。だから、リリーに呪いの行使はできなかった』
『あなたには聞いてないわ』
「気を失っていても関係ないんだと思う。呪いの発動方法は、すごく簡単だから」
『どんな方法なの?』
『言う必要ないって』
「方法は……」
「方法は?」
こんなこと、言いたくないけど……。
「魔力を奪う相手との、キス」
『そういうことだったの』
エイダのため息が聞こえる。
呪いは、自分の唇と相手の唇が触れ合うだけで発動する。私の意思なんて関係ない。
『だから、リリーは関係ない。エルは進んで呪いを受けただけだ』
「進んで?どういうこと?」
『イリスはエルに、あなたを助けたかったらキスをしてって言ったのよ』
じゃあ、エルは私を助ける為に……?
『仕方ないだろ。リリーを助けるには、こうするしかなかったんだ。ボクにはリリーを助けられる魔力なんてないんだから』
思い出した。
あの時、イリスは人の姿になったんだ。
―これで、女王に借りができた。
「女王から魔力を借りた……?」
『思い出したの?そうだよ。ボクは女王から魔力を借りた。その魔力を返しきるまでずっと、リリーから魔力を奪わなくちゃいけなくなったんだ。でも、魔力が無ければリリーは目覚めることができない。だから、すぐに魔力が必要だったんだ』
魔力を完全に失えば目覚めることは出来ない。だから、イリスはエルにあんなことさせたんだ。
「全部、私のせいだ」
『違うだろ。魔力が必要だったのはボクで、ボクは魔力の回収の為にリリーの呪いを利用しただけだ』
「違うよ。イリスは私を目覚めさせる為に、」
『リリーは関係ない。全部、ボクが勝手にやったんだ。エルを騙したのだってボクだ』
「そんなことないよ。イリスは悪くない。だって、こんなことになったのは私が教育係から逃げ回っていたからで……」
あぁ、そうだったんだ。
教育係の本当の役目は、女王の娘に確実に呪いを使わせることだったんだ。
―くそっ。ボクは、こんなことも予想できなかったのか!
イリスは先に気付いてた。
女王は最初から私を殺す気なんてない。女王の目的は、イリスを利用して私に呪いの力を使わせることだったんだ。
ごめん、イリス。
『何故、あなたたちは、ここに居ない人間の話をしているの?』
『それは、お前たちには関係ないことだろ』
こんなことになるなら、最初から城の人間に従っていれば良かったんだ。
そうすれば、エルにこんなことせずに済んだはずだ。
私のせいだ……。
『泣かないで、リリーシア』
エイダが私の前に来る。
『私はあなたを信じたい。だから、何が起こっているのか私たちにわかるように教えて』
「私の話、信じてくれるの……?」
『信じるわ』
信じてくれる。
なら、ちゃんと説明しなくちゃ。
「イリス、上手く説明できるかわからないから、違ったら言って」
『良いの?だって……』
「いいの。信じて貰えてる内に話したい」
呪いのことがばれてしまった以上、もう、隠すことは何もない。
「女王の娘の修行の目的はね、魔力集めなんだ」
『魔力集め?』
「リリスの呪いを使って外の人間から魔力を奪って、女王に送るの」
『送る?どうやって?』
「方法はわからないけど……。そのルールしか聞いてないし、可能なんだと思う」
『ルール?』
「城のルール。誰も逆らえないルール」
『人間でいう法律のようなものかしら』
法律なんてものじゃない。
破ることなんて、逆らうことなんて許されない。
「もっと絶対的な決まり事。ルールには……。女王には絶対に逆らえない。生まれた時からずっと私たちは女王のものなの。人間も精霊も。イリスだって、女王には逆らえない」
だから、逆らうことなんて……。
『リリーに命が危険があるなら、ボクはどんなことでもするよ』
「イリスのばか。逃げてって言ったのに」
『逃げるわけないだろ』
イリスだって、命の危険があったのに。
『二人共、続きを話してくれる?』
「うん。えっと……。奪った魔力のルールもあるんだ。半分は女王に渡すことになってるけど、残り半分は私が貰えることになってるの。でも、私は魔力は溜められないから、私の分の魔力はイリスに持ってもらう約束なんだ」
『ボクはリリーの魔力タンクなんだよ』
『そう。それで、イリスの姿が変わったのね』
イリスは妖精のような姿に変化した。
女王から借りた魔力を返さなければならなかったのに、返した上で更に、姿を変えてしまうほどの魔力が残るなんて。
私は、本当にあの輝きのすべてを奪い尽くしてしまったんだ。
『じゃあ、あなたたちは魔力を奪う為にエルに近づいたの?』
やっぱり、そう思うよね。
人間の魔力が見える力なんて、呪いで魔力を奪う為にあるようなものだ。
「信じて貰えないかもしれないけど、私、呪いの力なんて使う気なかった。エルにこんなことをするつもりなんてなかったの」
ただ、エルと一緒に居たかった。
それだけ。
『信じるわ、リリーシア』
やっぱり信じて貰えな……。
「え?」
今、なんて?
エイダが微笑む。
『信じるって言ったでしょう』
「信じてくれるの?」
『だって、嘘吐いてるように見えないもの』
そう思ってもらえるのは嬉しいけど……。
「でも、私、エルに嘘吐いてる。こんな危ない呪いのこと隠して、近付いて……」
『そこは、あまり心配してないわね』
「え?」
『あなたの嘘ぐらい、エルなら見破ってるわ』
それは、そう思うけど。
『それに。あなたって、すぐに居なくなっちゃうし、一人で買い物もできないし、一人で眠ることだって出来ない子なのよ。誰かを陥れるようなことができる子には見えないわ』
「ええと……」
褒められてる?
『褒められてないからね』
だよね。
『リリーは暢気すぎるんだよ。いつも頭の中がお花畑なんだから』
「お花畑じゃないよ。いつも真剣に考えてる」
『だったら、なんで大人しく待ってられないのさ』
「……え?」
イリスが、ため息を吐く。
『リリーシア。そろそろ、エルの質問にも答えてくれるわね?』
「エルの質問?」
『エルがあなたから聞きたかったことよ。何から逃げたいのかと、エルじゃなければいけない理由』
エルに話せなかった真実。
「前にも話したけど、私が逃げたかったのは教育係だよ。理由は、教育係が最初の呪いの受け手になるって聞いたから」
『あなたに魔力を奪わせるってこと?』
「そう。でも、私、呪いの力なんて使いたくない。それに、好きでもない人とのキスなんて絶対に嫌だから。だから、逃げたかったの」
キスは好きな人とするものだ。
『良くわかったわ。じゃあ、もう一つの理由は?』
エルじゃないとだめな理由。
「それは……」
『どうせ、精霊に言ってもわからんないんじゃない?』
『どういう意味?』
『恋だよ。恋』
「イリスっ」
どうして言っちゃうの?
『あなた、エルのことが好きなの?』
「あのっ、好きっていうか……」
『そこ、否定しても良いことないからね』
「だって、まだ自分の気持ちがはっきりしたわけじゃないし……」
『追われているところを助けられて、目の前で敵を退治してくれて、手を繋いでデートなんて、本当に物語みたいだもんね』
「だって、」
『苺を口に入れられた時だって、真っ赤になってたじゃないか』
「それは……」
小説のワンシーンを思い出しただけで……。
「あのね……。エイダは、恋愛小説って知ってる?」
『恋愛小説?』
『精霊が知ってるわけないだろ』
「トリオット物語とか……」
『人間が読む物語ね』
『知ってるの?』
『人間との付き合いは長いもの』
『意外だね』
知ってるなら、きっとわかってもらえるはず。
「私、物語みたいな恋をしたいの。外の世界で暮らす女の子が普通に経験するような恋。そうじゃなくても、色んな世界を見て、色んな人と出会って、胸がドキドキするような出会いや恋をしてみたい。そんな風に生きたいの」
それが私の望み。
『素敵なお話ね。でも、私は精霊だから人間の恋は理解できないわ』
そうかな。
『だから、もっとあなたの気持ちを教えて』
「教えてって言われても……」
『どんなことでも良いわ』
「私、まだ誰かに伝えられるほど、この気持ちをちゃんとつかめてないよ。笑ってる顔が好き。優しい所も。何でも丁寧に教えてくれるところも。紅の瞳も、全部好き。でも……。どうして、ここまでドキドキしちゃうのかとか、そういうのは、まだ説明できない。まだまだ知らないこともたくさんあるし。ただ……」
『ただ?』
「運命の人に出会えたって思ったの。会ったばかりなのに、どんどん惹かれていく。仕草も、言葉も、他の人なら気にならないようなことでも、一つ一つが、すごく特別に見えるの」
『運命の相手は特別に感じるものなのね』
「そう。そんな感じ。それに、教育係に捕まっていたら、私は女王の娘としての生き方を受け入れるしかなかったと思うから。エルに出会わなければ、今みたいな自由はなかったと思う」
呪いの力で魔力を集めて三年後に帰還する。そうするしかなくなっていた。
私が今、自由に行動できるのは、エルのおかげだ。
「エルは、私の運命を変えてくれた人なの」
ありがとう、エル。
……ごめんなさい。酷いことをして。
『あなたは、運命の人だからエルが好きなのね』
「それは、ちょっと違うよ」
『え?違うの?』
『どういうこと?』
「えっと……。好きになった人だから、運命を感じたっていうか……。ほら、好きになるのに理由なんてないから」
『理由がない?』
『理由、ないの?』
なんて言ったら良いんだろう。
「エルと目が合った時に、吸い込まれそうな感覚になったの。もっと、ずっと見ていたいって。……そんな感じ?」
『何、それ』
『私には難しいわ』
イリスにもわかってもらえないなんて。どうしよう。
『リリーシア。やっぱり、私には、あなたの気持ちを理解できない』
『まぁ、難しいよね』
『だから、エルに話してみたらどうかしら』
『えっ』
「無理だよ」
『何故?エルは、きっと理解してくれるわ』
「だめだよ。好きだなんて絶対に言えない。それに、こんな力……。他人の魔力を奪う力なんて知られたくない」
『最初からエルに話せてたら、こんなことにはなってないよ』
きっと、嫌われてしまう。魔力を奪う目的で近づいたって思われてしまう。
『困ったわね……』
これ以上、なんて説明したら良いかわからない。
『でも、あなたが本気なのは理解できたわ。だから、私はあなたを応援する』
「応援?」
『今、聞いた話をエルに黙っていてあげる』
「本当?」
『良いの?』
『だって、あなたの気持ちが事実なら、あなたはエルに害を与える存在ではないもの。でも、恋はわからない。だから、あなたを観察することにするわ』
『観察って、何をするのさ』
『そのままよ。これまで通り旅を続けるだけね』
「でも……。エルはもう私と旅をしてくれないかも」
まだ目覚めないエルを見る。
私は、エルに酷いことをした。
『エルは何も気づいていないと思うわ』
『だろうね』
「どうして?」
『昏睡の理由が魔力の喪失だなんて、わかるはずがわないわ。私たちだってわからなかったもの』
そういえば、皆、気付いてなかったっけ。
『でも、あっちはどうするのさ』
「あっち?」
『エルが契約してる精霊はエイダだけじゃない』
そうだ。
『今の話、全部聞いてただろ?』
エルって、何人の精霊と契約してるのかな。
炎の精霊のエイダ、闇の精霊のメラニー。それから、風の精霊とも契約しているはずだ。
『リリーシア』
この声……。
「闇の精霊だよね?」
『そうだ。私たちは、エルから聞かれないことを話すことはない。エルの判断を優先する』
えっと……。
エルが何も聞かなければ、黙っててくれるってこと?
『つまり、中立でいてくれるってこと?』
『解釈は好きにして構わない』
良いのかな。
エルの精霊は、エルみたいに優しい。
「じゃあ、改めてよろしくね、リリー」
リリーって呼んでくれるんだ。
「ありがとう、エイダ」
そして、エルと契約している精霊たち。
「あの……。エルの精霊さん。話を聞いてくれてありがとう。あなたたちが貰えるはずの魔力まで奪ってごめんなさい」
魔法使いは精霊に魔力を渡す約束をしている。
なのに、私はすべて奪ってしまった。
『気にする必要はない。イリスに騙されたエルも悪い』
「そんなことないよ。エルが私を心配してくれただけで……。あ」
自分の唇に触れる。
そうだ、私。
エルとキスしたんだ。
『どうしたの?リリー』
「初めてだったのに」
『初めて?』
『あぁ、キスのこと?』
『まぁ。初めてだったの?』
私のファーストキスだったのに。
「気を失ってる時だった……」
『残念だったね』
ファーストキス。
好きな人とだったけど。
それは、とても嬉しかったけど。
でも、全然、知らない間に終わっちゃうなんて。
『ふふふ。これはぁ、エルも悪いわねぇ』
『女の子のファーストキスを奪っちゃうなんて、ひどいわ』
知らない精霊の声が聞こえる。
『静かに』
皆、エルの精霊なのかな。
……エル。
どうして、キスをしたの?




