009 新世界
エルと一緒に大きな門をくぐる。
ここから先は王都の外だ。
外。
本当に外だ。
すごい。
お城の外に出て、街の外にも出てる。
ここが本当の外。
空気が冷たい。
何もかもが初めてだ。
踏みしめる大地も無限に広がる平原もどこまでも見渡せる大空も。
「そんなにはしゃいでたら、体力が持たないぞ」
振り返って、エルを見る。
「はしゃいでるように見える?」
『見える』
「見えるよ」
『見えますね』
そんなに揃って言わなくても良いのに。
エルが私の頬をつつく。
それ、楽しい?
……なんだか楽しそうな顔してる。
「だって、ここだけでも、こんなに広いんだよ。全部歩くのに、どれぐらいかかるかわからないぐらい。どれだけ歩いても、どこにも壁なんてない。世界がこんなに広いなんて」
どこまでもどこまでも果てしない。
「世界はもっと広いよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
想像できない。
胸がドキドキする。
どうしよう?
ここから先は初めて踏む場所しかない。
どこまでも歩いて行けるんだ。
これからどこに行こう?
どこまで行けるんだろう?
「リリー」
「何?」
振り返ると、エルがため息を吐く。
「手を繋いで」
「はい」
いつの間にか離れてしまっていたらしい。
戻って、エルと手を繋ぐ。
「疲れたら早めに言えよ」
「大丈夫」
朝御飯もしっかり食べたし、まだまだ平気。
「イリス、危なくなる前に言ってくれ」
『了解』
どうして、イリスに言うの?
エルが笑って、また私の頬をつつく。
※
王都の東には、南北に長く伸びるオペクァエル山脈がある。
お城からも見えた白い山脈。
あの白って、全部、雪なんだよね。
雪を見るのも楽しみだ。
今日は平原を抜けて山登りして、山の中にあるオクソルという村を目指すらしい。
「亜精霊が少ないな」
「えっ?亜精霊って、こんなところにも居るの?」
「亜精霊なんて、どこにでも居る」
亜精霊。
生き物のような見た目をしているのに、生き物じゃない存在。
攻撃的で、出会ったらまず戦いになることが間違いない相手。
一番の特徴は斬っても斬れないこと。剣で斬ったとしても、断面が出来ることも切り傷が出来ることもなく、最初に見たままの姿を維持し続ける。そして、体力や魔力をすべて失った瞬間、跡形もなく消滅するのだ。霧のように霧散すると書いてある本もあった。
「エルは、亜精霊と戦ったことあるの?」
「あるよ」
あるんだ。
冒険者だから?冒険者には、亜精霊と戦う仕事もあるはずだ。
周りを見渡す。
歩いている人はもちろん、生き物だって全然見かけない。
遠くの方に何かが居るのが見えるけど、あれが動物なのか亜精霊なのかわからない。
草原を歩いていると、廃墟があった。
石で出来た壁の跡らしきものや、木の板の残骸。
「これって、遺跡?」
「遺跡って言うほどの価値はないだろうな。廃村ってところだろ」
「そっか」
昔は人が住んでいたところらしい。
どれぐらいの時間が経つと、こんな感じになるのかな。
大地の精霊や風の精霊、光の精霊をよく見かける。
でも、そんなに多くない。
自然豊かな場所には精霊が居るものだと思っていたけど、吹きさらしの平原にはそんなに居ないものなのかな。城下街の方が精霊をよく見かけた気がする。
えっと……。
「山道入口?」
読めないぐらい文字のかすれた古い看板だ。
ここから、なだらかな上り坂が続いている。
あれ?
今、何か白いものが……。
居た。
「雪の精霊だ」
『こら。気にするなって言われてるだろ?』
だって……。
雪の精霊って、白くてきらきらしてて綺麗なんだもん。
「リリー」
「何?」
エルが私に毛皮のマントを付けて、フードをかぶせてくれた。
「あったかい」
「昼までには村に着くと思うけど、あんまり体力を使うなよ」
「はい」
次は、この山を登っていくんだ。
物語で語られるような冒険みたい。
歩いているだけなのに、どんどん知らない世界が開けていく。
あ!
あの白い塊って……!
「雪だ!」
初めて見る。
雪の精霊みたいに真っ白。
本当に、こんなものが自然の中にあるんだ。
きれい。
あっ。
『まぁ。大変』
転んで、そのまま雪の中に落ちてしまった。
すごく冷たい。
気持ち良い。
『大丈夫?』
「大丈夫か?」
顔を上げると、皆が心配そうに私を見下ろす。
「うん。平気」
すごく楽しい。
エルが出した手に捕まって、立ち上がる。
「雪なんて初めて。こんなに冷たいなんて」
「初めて?冬は王都でも雪が降るんだろ?」
そういえば、王都では降るんだっけ。
「でも、城では降らないから」
あの場所は、いつも同じ。
あれ……?
この白いのは、精霊じゃないよね?
「雪だ」
空から降ってくる白い光。
「きれい」
空の上の方で雪の精霊たちが踊ってる。
楽しそう。
「そんなことしてたら、また転……」
「あっ」
転びそうになったところで、抱きとめられた。
「気を付けろ」
顔、近い……。
「……はい」
エルの腕から離れて、坂道を上る。
『リリー、あんまり先に行っちゃだめだよ』
「わかってるよ」
振り返ると、エルが地図を眺めてるのが見えた。
『気を付けてよ。まだ、何が起こるかわからないんだから』
「どういうこと?」
『教育係。まだ諦めてないと思うよ』
また心配してる。
「心配し過ぎだよ」
王都を出てから、魔法使いの光どころか人影すら見てないのに。
……あれ?
『どうしたの?』
精霊とは違う光が見える。
「魔法使いの光だ」
『えっ?どこ?』
「この道の先」
しかも、城の中で良く見かけるような色が二つ。
『戻って知らせよう』
「うん」
エルの方に戻る。
「エル。上に魔法使いが居る」
「上?」
ここからじゃ、ちょっと見えにくいけど。
「精霊じゃなく?」
「たぶん、人間だと思う」
あの大きさは人間っぽい。
精霊だとしたら、エイダみたいな人型の精霊だと思う。
「何人?」
「魔法使いの光が見えたのは二人。でも、普通の人はわからないから、全部で何人居るかはわからない」
はっきり見えたのは二人だけ。
『見てくるわ』
「待て」
エルの中に居たエイダが飛んでいく。
雪の中では目立つ赤い光。
そして、金色。
「どうした?」
「え?えっと……。やっぱり、金色って珍しいなって」
赤も珍しいけど。
「さっき見えた二人は何色だ?」
「水色」
「どっちも?」
「うん。でも、全く同じってわけじゃないよ。濃さが違ったりはあるの。でも……。今まで、色なんて気にしたことなかったから」
「なんで?」
「だって、城の中で見かける魔法使いは寒色系ばっかりだったから。城下街でもそう。薄い水色とか、青っぽいのとか、紺色っぽいのとか……。だから、魔力って青系の色なんだと思ってたんだ」
細かい色の違いなんて考えたことが無かった。
「でも、エルとエイダは全然違う。色も違うし、輝きの大きさも全然違う。二人とも、すごく強い輝きだよ。こんなの初めて」
ただ……。私が知ってる世界は城の中だけだ。外では赤や金も珍しくないのかもしれない。
でも。もし、そうじゃなかったら、どうしよう?
私の気持ちのせいでエルが特別に見えてるだけだとしたら?
だって、こんなに輝く金色なんて。
『エル!リリーシア!避けて!』
「エイダ?」
エイダがこっちに向かって飛んでくる。
その後ろに見えるのは、氷の竜巻?
『魔法だね』
魔法なら……。
「まかせて」
背中からリュヌリアンを抜いて、思い切り竜巻を斬り上げる。
リュヌリアンに切られた竜巻は二手に分かれて消えた。
これぐらいなら余裕。
続けてきた次の竜巻に狙いを定めていると、目の前で残りの竜巻が消滅した。
「え?」
消えた?
今、何が起こったの?
まさか、魔法?
「エイダ、リリーを頼む」
『わかったわ。無理しないでね』
あっという間にエルが山を駆け上がって行く。
「待って、エル」
早い。
走っても全然追いつけない。
もしかして、魔法を使ってる?
『きっと、風の魔法だよ』
エル、風の精霊とも契約してるんだ。
他にも居そうだよね。契約してる精霊。
だって、エルは竜巻の魔法を消滅させていた。相殺は反属性の魔法じゃないとできない。
とにかく、追いつかなきゃ。
『リリーシア。危険よ。ここで待ちましょう』
「だめだよ。私も戦う」
『大人しくしてなよ』
「だめ。だって、城の人間かもしれないんだよ」
『え?城の魔法使いが、リリーにあんな攻撃をしてくるって言うの?』
「わからない。でも……」
女王の命令かもしれない。
「戦わなくちゃ」
『わかったよ。行こう』
『危険だわ』
『リリーなら大丈夫だよ。それに、エイダだってエルが心配だろ?一人で戦ってるんだから』
『大丈夫よ。エルは強いもの』
強いんだ。
……強いよね。あれだけの知識があって色んな魔法が使えるんだから。
でも、これは私の問題だ。
『リリーシア。その剣って、とても丈夫にできている?』
「もちろん」
『ものすごく?』
「うん。師匠が作ってくれた特別な剣だから」
『師匠って、誰かしら』
「ルミエール」
『まぁ』
「知ってるの?」
『有名な名工ね』
知ってるんだ。
剣の名工、ルミエール。
『リリーシア。私の力を使って』
「え?」
剣が赤い光を帯びる。
『もしかして、剣に宿ったの?』
「精霊って、剣に宿れるの?」
『そうよ』
『そうだよ。習ったよね?』
……そうだっけ?
あ。
「敵が減ってる」
『本当だ』
さっきは二人見えたはずなのに、一人しか居ない。
「もう一人はどこに行ったの?」
誰かが倒れてる様子もない。
『見える範囲には誰も居ないよ』
逃げた?
どこに?
探してる暇はない。
エルが放った炎の魔法が敵の氷の盾に阻まれてるのが見えた。
戦う。
「エイダ、よろしくね」
『えぇ』
エルの横を走り抜けて、真っ直ぐ氷の盾を攻撃する。
……壊れなかった。
でも、追撃は無理。一旦、引く。
『転ばないようにね』
大丈夫。
この靴なら、ちゃんと止まれる。
数歩引いて、エルの隣に並ぶ。
「ごめん。壊せなかった」
雪道で走りにくいから勢いが足りなかったかも。
『ここは、氷の祝福が強いからね』
そっか。それもあるんだ。
魔法は自然の影響を受ける。いつもより氷の魔法が強化される場所なんだ。
エルが矢のような炎の魔法を放つと、敵の氷の盾が砕けた。
氷の魔法に対して炎の魔法は有効だ。
「その剣、エイダが入ってるのか?」
「うん」
足元に揺れを感じたかと思うと、すぐ目の前の地面から氷の壁が現れた。
次こそは一撃で破壊する。
エイダの力を上手く扱わなきゃ。
リュヌリアンを構えて、氷の壁に向かって突き刺す。炎の力が、さっきより効果的に発動してる気がする。
行ける。
そのまま力を込めて壁を貫通させると、氷の壁がひび割れた。リュヌリアンを引き抜くと、音を立てて氷の壁が崩れる。
「くそっ」
この人、城の魔法使いだよね。
城の魔法使いが身に着けているローブを着てる。
剣を構え直すと、真横から飛び出した紐状のものが敵の魔法使いを縛った。
『風のロープだ』
エルの魔法?
ロープが光ったかと思うと、すぐにエルのロープは消えてしまった。けど、相手に炎の矢が複数突き刺さる。
魔法の応酬。これが魔法使いの戦いなんだ。
なら、私は剣士として戦う。
数歩踏み出して、敵の魔法使いの胴体に向かって大剣を振って……。寸止め。
「命令だ。私の目の前から去れ!」
城の人間なら女王の娘の命令に逆らえないはずだ。
これで帰ってくれるはず……?
え?
相手の魔法使いが私の腕を掴む。
そして、左手を上げた。
『リリー、様子が変だ』
空気を重く揺らすような低い音が響く。
何?この音……。
『雪崩だ!』
なだれ?
雪の塊が迫ってくる。
「リリー!」
後ろにエルが居るのに。
「エル!逃げて!」
「馬鹿!何言ってるんだ!」
このままじゃ、皆、雪の塊に押しつぶされてしまう。
「エイダ、エルをお願い」
『わかった』
剣から出たエイダが飛んで行く。
「テオドール」
魔法使いが驚く。
やっぱり、そうだったんだ。
「放せ、テオドール。私に逆らうつもりか」
「……仰せのままに」
掴んでいた手を放して、テオドールが消える。
『え?転移の魔法陣?』
本当だ。
足元が光ってる。
転移の魔法陣って、城の外でも使えるの?
『リリー、急いで逃げるんだ』
無理。あの速さで迫る雪からは逃げられない。
『何やって……』
リュヌリアンを立てて、膝を付いて衝撃に備える。
「エルは無事?」
『……無事だよ』
良かった。
全員、逃げられた。
『リリーの馬鹿』
雪の壁が眼前まで迫る。目を閉じて強い衝撃を覚悟したけど、轟音の割りに強い負荷はかからなかった。
どうして?
ゆっくりと目を開く。
「イリス……?」
『ボクは氷の精霊だぞ。雪の塊なんかに負けるわけないだろ』
人の姿になったイリスが私の体を包んでいる。
どういうこと?
精霊の姿は魔力を反映する。一体、この魔力はどこから……?
『くそっ。ボクは、こんなことも予想できなかったのか!』
予想?
『これで、女王に借りができた』
借り?
イリスの姿が変わったのは、女王がイリスに魔力を与えたから?
『リリー。ごめんね。約束は守れない』
「約束って……」
女王に逆らおうっていう約束?
「だめ」
意識を保っていられない。
「逃げて、イリス」
『馬鹿。何言ってるんだよ』
イリスだけでも逃げて。
『ボクの役目はリリーを守ることだ』
こんなに近くに居るのに、声が遠ざかっていく。
体の感覚が離れていく。
私……。
このまま死ぬのかな。
『リリー。しっかり……』
ようやく外に出られたのに。
ようやく自由になれたのに。
せっかくエルに会えたのに。
私……。
『リ……!』
もっと外の世界を知りたい。
もっと新しいことをしたい。
もっとエルを知りたい。
私……。
『リリー!』
嫌だ。
死にたくない。
「イリス……」
あれ……?
私、死にたくないの?
女王に逆らえばどうなるかわかってるのに。
私には未来なんてないのに。
なのに……?
『ボクが絶対に助ける』




