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幻想胎樹  作者: non.
第二章
9/19

Report.09 有名人


 日も沈みかけた夕暮れ時に、私は木々の合間を駆け抜ける。

 昔と違って少しは体も大きくなったから、ぶつかってしまわないよう意識を両目に集中する。――標的(ターゲット)との距離が徐々に開きつつあった。獣化(じゅうか)の種類にもよるが、今回は狼型(ウルフ)。速さと膂力のバランスが取れた強敵だ。私は距離を詰めるため、続けて右足にも強化をかけた。

 走るというよりは、()()。左足で僅かに着地したら、即座に右足を強く蹴り出す。なるべく体力を温存しつつ、速度を稼ぐ。走るよりも細かな制御が出来なくなってしまう欠点を、同時に右腕も強化することで解消する。

「――ふっ」

 木々にぶつかりそうになったその瞬間、右の拳を僅かに掠めてほんの少しだけ軌道を修正する。

 森は、昔から私の庭だった。

 いつか、お祖母ちゃんを探して駆け抜けたときを思い出す。あのときは必死だったけれど、今では意識的にそれができる。標的との距離がぐんぐんと縮まっていく。あの巨体では、このように入り組んだ戦場は不利。獣性(じゅうせい)に体を支配されても――いや、支配されているからこそか――敏感に戦況を把握しているように見受けられた。

 やがて森を抜け、私たちは開けた場所に飛び出した。

 視界の先には直径十メートル弱はあろうかという大きな湖が広がり、奇しくも私が追い詰めたような形になる。

「――ッ!」

 狼型(ウルフ)が仁王立ちで振り返り、咆哮した。立ち上がった彼の身長は三メートル強、私の倍近くの大きさ。私は意識を両足のみに向け直し、飛び出した勢いを吸収する。ザザッという音を立てながら一メートルほどの二本線を地面に引き、私の体は静止する。

「ごめんなさい――ッ」謝罪を口にしてから一呼吸置き、一直線に駆けだした。

(手加減は苦手だし、そもそも舐めてかかればこちらが死ぬ――)

 駆け寄りつつ右の腰に下げたナイフを抜き、瞬時に右半身を強化する。

「はぁあ!」

 右足で地面を思い切り蹴り抜いて、高速で回転しながら飛びかかる。瞬時に二回転分の遠心力を加え、そのままの勢いでナイフの一撃を叩き込んだ。

 狼型(ウルフ)はその速さに驚いたように見えたが、両手に長く伸びた狂爪で辛うじてこれを防ぐ。

 しかし。

「んん!」

 私の一撃を防ぎきれず、そのまま彼の爪は叩き割られた。

「ガアア!」

 痛みに呻き、狼型(ウルフ)がよろめく。好機と見て、着地した瞬間に両足を強化。懐に潜り込み、勢いをつけてお腹に思い切り回し蹴りを叩き込む。

「――ッシ!」

 瞬間、彼の体は吹き飛んだ。

 視界に広がる湖の上を、巨体が舞う。私はそのまま少し後ろに跳んでから、湖目掛けて駆け出した。湖の淵ギリギリのところまで走り、すんでのところで跳躍する。

(今の打ち合いで標的の魔力量はなんとなく推測できた。後は――)

 湖を飛び越えた先。狼型(ウルフ)の描く放物線とその先にある物とを計算する。お祖母ちゃんに貰った帽子が勢いで飛んでしまわぬよう、左手でしっかりと押さえつける。

 ――意識の流れにはとびっきりの勢いをつけて。全身あちこちに巡らせていた魔力の全てを右腕の先へと集中させていく。螺旋を描いて加速した魔力は、迅速に指先に握り込まれたナイフへと注ぎ込まれる。

「留まることなき自由の風よ――」

 呟き、真っ直ぐに獲物を見据える。

「――貫け!風槍(ロ・フーロ)!」

 言葉と共に放たれる暴風。その中心には圧倒的な速度で標的に迫る一筋の刃。放たれた刃は、狼型(ウルフ)()()を正確に射貫いた。その勢いのまま彼は飛び続け、湖を超えた先で刃と共に一本の木へと縫いつけられる。

(計算通りっ――あとはこっちの計算だけ!)

 私も追って対岸に着地。地面を転がりながら受け身を取り、すぐさま駆け寄りつつ、懐から預かっている装備を取り出した。

 ()()()と音を立てて、教わった通りに安全装置を外す。

(貴方は多分……()()()()()!)

 銃口に向けて計算した魔力を流し込み、狼型(ウルフ)の額へと押し付ける。

「痛くはない筈だけど――我慢して!」

 言葉を理解できているかは分からないけれど、私はそう話しかけてから、彼に。

 今回の標的――冒険者のアイクさんの額に向けて弾を撃ち込んだ。


 ヴィクティア王国連盟。胎樹を中心にして四方に広がる人々の生活圏。

 東西南北、四境(しきょう)に分かたれた王国は、胎樹からの距離によってさらに大きく三つの区域へと区分けされている。(ノース)(ヘイム)のソフィライン、(サウス)(ヘイム)のバスライン、西(ウエスト)(ヘイム)のテノライン、そして――(イースト)(ヘイム)のアルトライン。四境それぞれの第一区に存在する首都のうち、今の私が滞在しているのはアルトライン――リタさんが統括管理官を務めている街だった。

 この辺りは高低差のある地形をしており、街の中心にある大通りを抜けた先の長い階段を挟んで、街は上下に二分された構造となっている。下町には様々な露店を始めとした商業区が広がっていて、冒険者たちが宿泊するような宿も大抵はこちら側に立ち並ぶ。一方の上町は町民たちの家々、冒険者協会の建物や騎士団の本部などのいわゆるお役所のほか、一番目立つ中心部には一つ、大きなお城が建っていた。

 かつて過ごした村とのあまりの規模感の違いに訪れた当初は圧倒されっぱなしで、そこそこ冒険にも慣れて自信がついてきた頃だというのに、なんというか、完全におのぼりさんだった。久しぶりに会ったリタさんに「あ、ここ私の街だぞ」と何でもないことのように紹介された際には、随分と縮まったように感じていた心の距離が秒速百メートルくらいで遠のいていったものだ。

 そんなアルトラインの城下町。その夕暮れ時に私はというと、往来の人目を避けるようにして裏町を通りつつ、そそくさと上町を目指していた。

「なあ……なんでこんなにコソコソとしなくちゃならないんだ?」

 ――そう訝しげに首を傾げながら後をついてくる、冒険者のアイクさんを引き連れて。

「しっ! 静かに――奴らにバレてしまいます」

 アイクさんは、至って普通の二十代男性の姿をして、怪訝な表情を浮かべていた。

「奴らって――だ、誰だよ」

「それは私にも分かりません」真剣そのものの口調でそう告げる。

「……はあ」

 彼はまるで訳の分からないヤツを見るような目つきをする。甚だ心外だ。

「とにかくさあ! もっと姿勢を低く保って!」

 そんなことを言いながら、次の路地へ、また次の路地へと移りつつ歩みを進めていく。

 後ろを時々振り返りつつ、しっかりとアイクさんがついてきていることを確認する。彼は律儀にも言われた通りにして、腰を低く構えたまま歩み続け、若干険しい顔つきになっていた。

「ところでずっと気になってたんだけど……」

「はい?」顔は正面に向けたまま返事をする。

()()、なんだ?」

「うん?」それ、が分からず、彼を振り返る。

 彼の指先は、戸惑いがちに私の服の間から覗く尻尾を指差していた。

「あ、すみません。もしかして顔に当たっちゃってましたか?」

 それはさぞ、鼻がむず痒かったことだろう。

「いやそういうことではなくて……その、何? ってことなんだけど」

「ああ、えっと。そうだな――」私は少しだけ迷って、返答した。

「――うん。チャームポイント、ですかね」

「……よく分かんないけど。アクセサリーか何かか?」

「うーん、ご想像にお任せします」

 それ以上の言及は避け、再び視線を戻してそそくさを再開する。この辺りは裏町の中では比較的人気(ひとけ)が多いゾーンで、このくらいの時間から仕事や冒険を終えた大人たちが酒場に集まり始める。気を引き締めつつ歩みを進めると、進行ルート上に立派な街路樹を発見。姿勢を低くしてその枝を潜り抜ける、のだが。

「あう」

 しまった――そう思ったのもつかの間、街路樹の枝に帽子が引っ掛かり、頭上から取り上げられてしまう。一瞬の静寂。

「え、は?」

「えーと……えへへ」顔をふにゃっとさせて、はにかむように笑って見せる。

「こ、こいつ、魔物? いや違う、獣化(じゅうか)か――!」

 聞いていた話では随分と正義感の強い人のようだったから、こうなることは想定していたけれど、今ここで大声を上げられるとまずい――!

「アイクさん、落ち着いて! 大声を出すと見つかる危険が!」

「くそう、誰か来てくれえ! 獣が、獣が、街まで入り込んでるうう!」

「わあああ!」慌てて彼を落ち着かせようとするが、

「獣だと」「こんな町中に!」「酒の入った俺は無敵だあ!」「コラどさくさに紛れてお勘定!」

 次々と、騒ぎを聞きつけた酒場のツワモノと酔っ払いたちが顔を出す。だが、夕暮れ時という時間が幸いしたのか、集まった客の数は精々三人と、店員のお姉さんが一人。おまけに、

「うん? なんだレドちゃんじゃない! 今日のお仕事はもう終わったの? そうなら一杯ジュースくらい飲んでいきなさいな。新鮮なの絞ったげるから」

「あ、えと、ごめんなさい。まだ仕事中なので……」

 店員のお姉さんとは、幸い顔見知りだった。それを聞いて、

「なんだ、レドか」「誰だ大袈裟に叫んだヤツは」「クソ。飲み直すか、このまま逃げるか」

 酔っ払いたちも次々に顔を引っ込めていく。

「おい、アンタたち! こいつ、尻尾が! 耳だって!」

 アイクさんのごもっともな発言を聞いて、店員のお姉さんは呆れた声で言う。

「お兄さん、レドちゃんを知らないなんてこの街へは来たばかり? 一年前から、ここじゃすっかり有名人よ」


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