Report.18 Re:銀髪の騎士
「失敗だよね。折角あと少しで修正も終わったのに」
そう言って、エルノアはつまらなそうな顔をする。
「人に似たシ者を作ってそいつを街中に放れば、もっとお手軽に掃除できると思ったのに」
こちらの神経を逆撫でするような、冷たい声。
「人に似せすぎたよね。人を襲わないんじゃ、シ者である意味がない」
「黙れ」
リタさんが、エルノアの懐へと潜り込む。そのまま彼女に剣を突き入れ。
「だから本気を出さなくちゃ。相手に失礼だよね」
彼女は、リタさんの真後ろからそう淡々と声をかける。
――瞬間移動。
彼女の魔術は実に単純明快。神出鬼没に全国各地の冒険者協会を巡りまわる謎の女。
そのカラクリは誰の目にも明らかで、だが誰にも再現など出来なくて。
そして単純に強力だった。
「リタさん――!」
「レドナ、ありがとう。君が居て、その子を守ってさえくれるなら、私がこいつをやる」
リタさんは、強い口調で言い切った。
「だから殺るなら殺る、だよね。これで本気に――」
「――っふ!」
先程と同じく、いや、より鋭さを増してエルノアへと突きが迫る。
そして、彼女はそれを、
「……ちっ」
懐から取り出した長剣で忌々しげに弾いた。
「受けた――?」思わず、声に出す。
エルノアが、瞬間移動を使わずに。
そう思った私は、間違いに気づく。二人の位置関係が、逆転している?
「は――あ!」
続いて、手にした剣を横薙ぎに振るおうと振りかぶったリタさんは、
「……!」
振りぬく直前に強く右足で地面を蹴り、その体を回転させ――真後ろにワープした彼女に、再び一撃を受け止められた。
(ワープ位置を、予想、している?)
そのあと何度も剣を振るったリタさんは、その都度に不可解なステップで体の向きを変えながら、次々と攻撃を防御させてのけた。
真後ろだけなら、まだ分かる。単純に背後を取られるだけなら、インパクトの瞬間に向きを調整する技術さえあれば――それもまた常軌を逸しているけれど――それで事足りる。
だが彼女は、次々と変わる微妙なワープ位置、そのすべてに対応して見せている。
これではまるで。
「生意気……!」
言って、少し距離を開けてワープするエルノア。
「まあ、予想はしてたよね。君さ、未来が見えるんだろ」
冷たい声で、そう言い放つ。
「…………」
「――え」
彼女はずっと言っていた。私には良くない未来がよく見える。
私はずっと、そんなの冗談だと笑っていた。そして、
「私も見えるからね、分かるよ。そうでもなければ、私に攻撃なんて当てられない」
エルノアは、そんなよく分からないことを言った。
「は……?」
この場には、予知能力者が二人居て、一人は瞬間移動まですると?
私には、もうついていけない次元の戦いだった。
「だけどこれからは、君が未来を読めることを想定したうえで、未来を読み直せば――」
「お前はおしゃべりだな」
嘆くようにそう言って、リタさんは腰を深く落とし、
「記憶――」
小声で、何か呪文のようなものを呟いて、それから電光石火を突きを繰り出す。
「――え?」
刹那。エルノアは、その脇腹を思い切り刺し貫かれていた。
「……っ!」
何が起こったのか分からない。
エルノアも同じだったようで、初めて動揺したような表情を見せる。
(今、剣に体が吸い寄せられた? いやむしろ――エルノアが当たりに行った?)
少なくとも私には、そう見えた。
何故ならリタさんは先程、明らかな虚空に向けて突きを放っていたからだ。
「……無駄が嫌いなんだと、思っていたが。早期決着は……お好みだろう?」
そう言い捨てるリタさんは、明らかに憔悴しきっていた。大きく肩で息をしながら、玉のような汗を浮かべている。刹那の攻防にしては、少々異様なまでの疲労感だった。
「……さすがにこれは、知らないね……」
エルノアも痛みに耐えるように顔を歪めつつ、そう呟く。
「情報がなければ、お前は読めない、そうだろう? だからお前は、お前が把握していない情報を持っていた私を危険視して、誘いにあえて乗った……お前のそれは、未来予知にも似たただの論理的思考、計算だ」
「――やるねえ」
言って、エルノアはどさりと音を立てて倒れ込んだ。
「数瞬とはいえ、まさか過去にも戻れるとは――君、流石に異常じゃないかな……」
「――はあっ」息を切らせて、倒れ込むリタさん。
私は慌てて側へと駆け寄り、肩を抱く。
「大丈夫ですか! しっかりして!」
「別に疲れただけだよ、もんだいない」
そう言って、いつものようにふにゃっと顔を歪めてはにかむ彼女。違うのは、いつもは被っている軍帽を取り落としてしまっていること。
――それと。頭上に、獅子のものにも似た耳が生えていることだった。
「え……?」
呆然としてそれを見つめていると、やがては小さく縮んでいき、そして頭の中へと消えていった。
(獣化寸前だった、ってこと? でも――)
獣化は瞬間的、かつ爆発的なものと聞く。あんな風に一瞬だけ、それも耳だけなんて。
私が戸惑っていると、エルノアは途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「君たちは元々、獣だからね……胎樹がそれを、人にした。獣性とは違った人間性を、つまり魔力を得た君たちは、こうしてたくさん成長して、発展して……そしていつかは根が、シ者が全てを刈り取る。そうして空っぽになった街を――まあ、全部、もう台無しだけどねえ」
「何を、言ってるの?」
「負け惜しみさ」
エルノアは淡々とした声でそう言って、そして黙った。
「……」
何のことかはさっぱり分からなかったけれど、それよりもまず、今すべきことがあった。
私は、少し遠くで所在なさげにしていたリリィに手招きして、側へと呼ぶ。
「……なんだい」
「謝ってください。それから、教えてください」
「何をだよ。私は、君と違って頭が悪いから、よく分からないね」
論理的思考で未来まで読めてしまうような人間が、平気な顔をして嘘をついた。
「リリィに酷いことを言ったこと。それから教えてほしいのは――」
私は少しだけ間を開け、リリィの顔を見る。
私を信じるように見つめる、強い眼差し。
それを受けて。
「――この子の未来のこと。どうすればいいのか、分かる?」
「…………」
エルノアはしばらくつまらなそうに上空を見つめて、何かを感じ取ろうとするかのように少しだけ目を閉じて、それから、諦めるように笑った。
「……すまなかった。これでいいかい」
リリィを見る。
「……やだ」
「――だってさ」
そんな二人のやり取りを、ただ黙って見つめ続ける。エルノアには、まだ答えてもらわないといけないことがある。
彼女はまたしばらく押し黙って、リリィの顔をただぼおっと見つめ続ける。
リリィはそれを、懐かしいあの頃の、キツく睨みつけるような目で見下していた。
そんな間がたっぷり一分ほど続いてから、呆れたように次の句を紡ぐ。
「――はあ。いいかい、シ者は、私が研究した獣性、いわば人間性以外のものを媒介として作り出したもの。凶暴で、攻撃的で、そして殺人的だ。魔力が欠けているから、だからああやって人間を襲うし、お腹もすく」
「……それで?」
「だから要するに、魔力が欲しいから人を襲うんだよね。自分ではそれを作り出せないから、外部から仕方なく補充する。逆に言えば、魔力さえ補充できるなら、やり方は何でもいいってこと」
……ずっと無駄を嫌うような素振りだったくせに、なんだか急にまどろっこしい言い方をするようになった気がする。ムカついたので、傷口をナイフの先で突いてやった。
「いってえ! 何しやがる!」
感情を剝き出しにするエルノアを、こちらも感情剥き出しで、二人揃って睨みつける。
「ここまで言わなきゃ分かんないのかよ……君は変な所で抜けてるよね――だから、君は随分と面白いオモチャを、プラン・プレイディから借りているそうじゃないか」