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幻想胎樹  作者: non.
第二章
18/19

Report.18 Re:銀髪の騎士


「失敗だよね。折角あと少しで修正も終わったのに」


 そう言って、エルノアはつまらなそうな顔をする。

「人に似たシ者を作ってそいつを街中に放れば、もっとお手軽に掃除できると思ったのに」

 こちらの神経を逆撫でするような、冷たい声。

「人に似せすぎたよね。人を襲わないんじゃ、シ者である意味がない」

「黙れ」

 リタさんが、エルノアの懐へと潜り込む。そのまま彼女に剣を突き入れ。

「だから本気を出さなくちゃ。相手に失礼だよね」

 彼女は、リタさんの真後ろからそう淡々と声をかける。

 ――瞬間移動(テレポート)

 彼女の魔術は実に単純明快。神出鬼没に全国各地の冒険者協会を巡りまわる謎の女。

 そのカラクリは誰の目にも明らかで、だが誰にも再現など出来なくて。

 そして単純に強力だった。

「リタさん――!」

「レドナ、ありがとう。君が居て、その子を守ってさえくれるなら、私がこいつをやる」

 リタさんは、強い口調で言い切った。

「だから殺るなら殺る、だよね。これで本気に――」

「――っふ!」

 先程と同じく、いや、より鋭さを増してエルノアへと突きが迫る。

 そして、彼女はそれを、

「……ちっ」

 懐から取り出した長剣で忌々しげに弾いた。

「受けた――?」思わず、声に出す。

 エルノアが、瞬間移動を使わずに。

 そう思った私は、間違いに気づく。二人の位置関係が、逆転している?

「は――あ!」

 続いて、手にした剣を横薙ぎに振るおうと振りかぶったリタさんは、

「……!」

 振りぬく直前に強く右足で地面を蹴り、その体を回転させ――真後ろにワープした彼女に、再び一撃を受け止められた。

(ワープ位置を、予想、している?)

 そのあと何度も剣を振るったリタさんは、その都度に不可解なステップで体の向きを変えながら、次々と攻撃を防御させてのけた。

 真後ろだけなら、まだ分かる。単純に背後を取られるだけなら、インパクトの瞬間に向きを調整する技術さえあれば――それもまた常軌を逸しているけれど――それで事足りる。

 だが彼女は、次々と変わる微妙なワープ位置、そのすべてに対応して見せている。

 これではまるで。

「生意気……!」

 言って、少し距離を開けてワープするエルノア。

「まあ、予想はしてたよね。君さ、未来が見えるんだろ」

 冷たい声で、そう言い放つ。

「…………」

「――え」

 彼女はずっと言っていた。私には良くない未来がよく見える。

 私はずっと、そんなの冗談だと笑っていた。そして、

「私も見えるからね、分かるよ。そうでもなければ、私に攻撃なんて当てられない」

 エルノアは、そんなよく分からないことを言った。

「は……?」

 この場には、予知能力者が二人居て、一人は瞬間移動まですると?

 私には、もうついていけない次元の戦いだった。

「だけどこれからは、君が未来を読めることを想定したうえで、未来を読み直せば――」

「お前はおしゃべりだな」

 嘆くようにそう言って、リタさんは腰を深く落とし、

記憶(セット)――」

 小声で、何か呪文のようなものを呟いて、それから電光石火を突きを繰り出す。

「――え?」

 刹那。エルノアは、その脇腹を思い切り刺し貫かれていた。

「……っ!」

 何が起こったのか分からない。

 エルノアも同じだったようで、初めて動揺したような表情を見せる。

(今、剣に体が吸い寄せられた? いやむしろ――()()()()()()()()()()()()?)

 少なくとも私には、そう見えた。

 何故ならリタさんは先程、()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

「……無駄が嫌いなんだと、思っていたが。早期決着は……お好みだろう?」

 そう言い捨てるリタさんは、明らかに憔悴しきっていた。大きく肩で息をしながら、玉のような汗を浮かべている。刹那の攻防にしては、少々異様なまでの疲労感だった。

「……さすがにこれは、知らないね……」

 エルノアも痛みに耐えるように顔を歪めつつ、そう呟く。

「情報がなければ、お前は読めない、そうだろう? だからお前は、お前が把握していない情報を持っていた私を危険視して、誘いにあえて乗った……お前のそれは、未来予知にも似たただの論理的思考、計算だ」

「――やるねえ」

 言って、エルノアはどさりと音を立てて倒れ込んだ。

「数瞬とはいえ、まさか()()にも戻れるとは――君、流石に異常じゃないかな……」

「――はあっ」息を切らせて、倒れ込むリタさん。

 私は慌てて側へと駆け寄り、肩を抱く。

「大丈夫ですか! しっかりして!」

「別に疲れただけだよ、もんだいない」

 そう言って、いつものようにふにゃっと顔を歪めてはにかむ彼女。違うのは、いつもは被っている軍帽を取り落としてしまっていること。

 ――それと。頭上に、獅子のものにも似た耳が生えていることだった。

「え……?」

 呆然としてそれを見つめていると、やがては小さく縮んでいき、そして頭の中へと消えていった。

(獣化寸前だった、ってこと? でも――)

 獣化は瞬間的、かつ爆発的なものと聞く。あんな風に一瞬だけ、それも耳だけなんて。

 私が戸惑っていると、エルノアは途切れ途切れに言葉を紡いだ。

「君たちは元々、獣だからね……胎樹がそれを、人にした。獣性とは違った人間性を、つまり魔力を得た君たちは、こうしてたくさん成長して、発展して……そしていつかは根が、シ者が全てを刈り取る。そうして空っぽになった街を――まあ、全部、もう台無しだけどねえ」

「何を、言ってるの?」

「負け惜しみさ」

 エルノアは淡々とした声でそう言って、そして黙った。

「……」

 何のことかはさっぱり分からなかったけれど、それよりもまず、今すべきことがあった。

 私は、少し遠くで所在なさげにしていたリリィに手招きして、側へと呼ぶ。

「……なんだい」

「謝ってください。それから、教えてください」

「何をだよ。私は、君と違って頭が悪いから、よく分からないね」

 論理的思考で未来まで読めてしまうような人間が、平気な顔をして嘘をついた。

「リリィに酷いことを言ったこと。それから教えてほしいのは――」

 私は少しだけ間を開け、リリィの顔を見る。

 私を信じるように見つめる、強い眼差し。

 それを受けて。

「――この子の未来のこと。どうすればいいのか、分かる?」

「…………」

 エルノアはしばらくつまらなそうに上空を見つめて、何かを感じ取ろうとするかのように少しだけ目を閉じて、それから、諦めるように笑った。

「……すまなかった。これでいいかい」

 リリィを見る。

「……やだ」

「――だってさ」

 そんな二人のやり取りを、ただ黙って見つめ続ける。エルノアには、まだ答えてもらわないといけないことがある。

彼女はまたしばらく押し黙って、リリィの顔をただぼおっと見つめ続ける。

 リリィはそれを、懐かしいあの頃の、キツく睨みつけるような目で見下していた。

 そんな間がたっぷり一分ほど続いてから、呆れたように次の句を紡ぐ。

「――はあ。いいかい、シ者は、私が研究した獣性、いわば人間性以外のものを媒介として作り出したもの。凶暴で、攻撃的で、そして殺人的だ。魔力が欠けているから、だからああやって人間を襲うし、お腹もすく」

「……それで?」

「だから要するに、魔力が欲しいから人を襲うんだよね。自分ではそれを作り出せないから、外部から仕方なく補充する。逆に言えば、魔力さえ補充できるなら、やり方は何でもいいってこと」

 ……ずっと無駄を嫌うような素振りだったくせに、なんだか急にまどろっこしい言い方をするようになった気がする。ムカついたので、傷口をナイフの先で突いてやった。

「いってえ! 何しやがる!」

 感情を剝き出しにするエルノアを、こちらも感情剥き出しで、二人揃って睨みつける。

「ここまで言わなきゃ分かんないのかよ……君は変な所で抜けてるよね――だから、君は随分と面白いオモチャを、プラン・プレイディから借りているそうじゃないか」

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