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幻想胎樹  作者: non.
第二章
14/19

Report.14 Re:『 扇動犯』


 翌朝。昨晩は少し疲れたので、少し遅めの時間に起床した。

 朝食を終えて、今日はどうしようかと考えていると、真剣な表情のプランさんが訪ねてきた。

「おはようございます、プランさん。昨日の今日でどうしたんです?」

 なにせ、ヴィジョンにプランさんが訪ねてきたことなど初めてだ。またぞろ何か面倒ごとが発生して急を要する依頼に来たか、もしくは昨日の報酬に預かりっぱなしの銃をやっぱり返してほしいとか、おそらくはそんなところだろうと予想する。

 しかし、それを受けたプランさんの返答は、私の想像を遥かに超えてきた。

「レド。君に、扇動犯の疑いがある」

「――は?」

 私は、言葉の意味を呑み込めずにいた。

 そんな馬鹿な。確かに私は日記を書いたり手紙を書いたりなどして情報を残してはきたけれど、それを誰かに流したことはない。お祖母ちゃんへの手紙は送っているけれど、その中には重要な情報なんて何一つ書いてはいないはずだ。そもそも、あの手紙はクロロを通して私とお祖母ちゃんの間で直接つながっているのだから、他の誰にもその内容は分かるはずがない。じゃあなんだ? 思い出せ、日常の生活の中で何かきっかけになるようなことはあったか? 何か見落としは――。


「やあレドナ! なんだか随分と久しぶりな気がするね、えへへ」

 扇動犯として騎士団本部へと連行されていった私に、統括管理官殿(リタ・リオン)はそう仰られた。

 美しい顔をふにゃっと幸せそうに崩して、はにかむように笑う、あの笑顔。

 この顔を見ていると、全てが許せるような気持ちに――

「――なるかああ!」

 ノリツッコミのキレにも、五年分の付き合いによる深みが生まれていた。

 私のキレキレのツッコミに、リタさんは驚きながら拍手している。

「リタさん、前々から言おうと思っていたけど、段々と冗談が悪質になってる気がするよ!」

 その言葉を聞いて、リタさんは悪戯っぽく笑う。

「でもさ。扇動犯の疑いを真に受けるのなんて、心当たりがあるヤツだけだろう?」

「うっ、くぐ……」

 何も言い返せない。過去、この人が幾度となく扇動犯になりかけたという事実を私は握っているけれど、残念ながら今の私が一区まで辿り着いてしまった時点で、その全ての罪は時効となっていた。奇しくも私自身が彼女を無罪にしてしまった。あまりに理不尽だ。

「もしも過去に戻れるなら、リタさんの罪の全てを告白してやる……絶対にだ……」

「それは良くない未来だなあ、やめておくといい。未来の見えるお姉さんが忠告しておこう」

 いつもこの調子だ。数日ぶりに会っても、一年以上の間が開いていても、まるで昨日も会ったかのようにこんな調子で冗談を交わす。トリエという名のお兄ちゃんにはどちらかといえば私が優位に立つことが多かったけれど、リタという名のお姉ちゃんには大抵私が言いくるめられてしまっていた。困ったお姉さんである。

「えーと、茶番はこれで終わりかな? ボク、もう帰っていい?」

 私を連れてくる勅命を授かってしまった哀れなプランさんが、主に解放を求めている。

「おい、茶番という言葉は撤回しろ。上官に対する、なんというか、不敬罪だ。そこでバケツを持って立っていろ」

「いやいや、流石に冗談ですよね。……え、リタさん? なんですその目。こわ」

 リタさんは、何故か分からないけれどプランさんには滅茶苦茶厳しかった。プランさんは『レドに甘いだけで他の皆には大体厳しい』と言っていたけれど、他の騎士団の皆さんに優しく振る舞っている光景は幾度となく見ているので、プランさんの悲しい願望に過ぎないと思う。


 結局、プランさんは長官室の隅でバケツを持って立たされながら、私たちの話を聞かされていた。そもそものところ、今回は私たち二人に用があったのだということらしい。とんだとばっちりだった。

「――で、その用件ってなんです?」私はリタさんに問いかけた。

「うん。前置きは省いて率直に言えば――『根』の件だ」

 『根』――それは昨日、フィレアさんたちとの会話でも出た話題だった。

「『根』の出現パターンが変わった、という話は周知の通り。近頃では魔力の偏差によらずかなり不規則に現れ、そして甚大な被害を及ぼしている――魔力に偏差がある従来の状況というのは、要するに、その地域にそぐわない力を持つ者の存在を前提としている訳だから、逆説的に言ってそれらの要因同士が結託することで一定レベルの対処が可能だった」

 例えば、かつて私とリタさん、それにトリエたちがそうしたように?

 そう問うと、彼女は首肯した。

「だが、不規則かつ無秩序な襲撃では、対処も運任せになってしまう。だからこそ現在、王国の各地では大小数多の被害が生まれてしまっているわけだ」

 ここまでは、昨日のフィレアさんに聞いた話と似通っている。だからこそ、発生する地点を予測して回り込むと、そういう話だった。

「それでも、無秩序に起こる災害を止めるためにはその中に秩序を見出す必要がある。すなわちルールを見つけ出すということだ」

「それで、じゃあ、リタさんはルールを見つけ出した?」プランさんが問う。

「いや、()()()()()()()()()()()()

 リタさんは、感情を平坦にしてそう告げた。

「見つけたわけじゃ、ないんですか? じゃあ、今日は何のために?」

 私は問う。

「見つけたと、そう言っているヤツが居る」

 その言葉を聞いて私は、昨晩の会話を思い出していた。

「見つけたヤツ、ね。リタさんじゃないってなら、誰です?」

 プランさんの声に、私の口が自然と開く。

「――エルノア・ライズ」

 私の言葉に、リタさんはそっと目を瞑り、プランさんは目を見開いた。

「エルノアって、あのエルノア? 神出鬼没の冒険者協会トップの、あの? 実在したの?」

「そりゃあまあ、はい。私も一度だけですが、会ったことがあります」

 えらく長い、床までも届きそうな長くて綺麗な黒髪。私ではない、もっと奥の方を射貫くかのようにしてこちらを見据える、インクをこぼしたみたいな真っ暗な目。滅多に会えないと聞いていた彼女と偶然出くわしたとき、私の脳裏を瞬時に過ぎったのは幸運という感覚ではなかった。そうして動けなかった幼い私に、彼女は受付の飴玉を一つだけ分けてくれたのだった。

「彼女は、各地の有力な冒険者にこう声をかけているそうだ。――『近頃の根の動きについて分かったことがある。根の不規則な出現パターンと、獣化現象の頻発化。その双方が今同時に起きていることには明確な関連性がある。それによって根の発生予測地点を割り出したから、貴方の手で守り抜いてほしい』――要約すると、そのようなことを。()()()()()()()()()()()()()?」

 そう言って失笑するように鼻を鳴らすリタさんは、微塵も信じていないようだった。

「『根』の出現は明らかに我々にとって外的な脅威だ。対して獣化は我々に潜む内的な脅威……どうしたって、この二つに関連性があるとは、私には思えない」

「それはそうかもしれませんけど。でも、ボクたちが気付いていないだけで、彼女にはそれがわかった。だからそうして対策に奔走しているのでは?」

 プランさんが反駁する。

「だが、その具体的な『関連性』とやらを説明された者はいない」

 対するリタさんは、断言するようにそう言った。

「もし仮に説明を求められたとしても、いくらでも切り抜けようはあるだろうがな――獣化の発生地点同士を結び合わせると、その付近に根が出現していることが明らかだ、とか。相手は一般的な冒険者だ、騎士団でもあるまいし、いちいち事件の発生場所を記録しちゃいない。そして調べようとも思わないだろう」

「ま、待ってください。見てきたように言うけど、リタさんはなんでそんなことを知ってるの?」

 そう問いかける私に答えたのはプランさんだった。

「……知っての通り、騎士団には越境管理官という仕事がある。魔力の偏差を避けるために、人の出入りを管理する目的でね。近頃は『根』の発生抑止には役立てていなかったけど、それでも、彼らには人が移動した事実とその理由を知る機会がある。何しろ、区を跨ぐには一定の手順で申請をしなければいけないくらいだからね」

 人が移動する、すなわち遠征。フィレアさんやミルさんのように、彼女に頼まれて。

「そのようにあえて現在地から遠い場所を指定する理由の一つは、疑われる可能性を少しでも下げるためだろう。近場では、事件の発生場所を正確に把握している冒険者もいるかもしれないからな」

 リタさんは、そこで一度言葉を切った。一瞬迷うようにしてから、次の言葉を紡ぐ。

「厄介なのは――彼女が嘘をついている訳ではない、ということだ」

「え」

「今まで話していたのは私が事態に気付いたときから考えていた仮説。だが実際に指定の場所には、小規模ではあるが『根』の発生が確認されていた」

 私とプランさんはしばらく呆然として顔を見合わせる。数瞬置いて、どちらともなく言う。

「え、じゃあ、今までの話はなんだったんですか? 彼女の予測は、正しいんですか?」

 長々と話を聞かされておいて、それではただの笑い話にもならない。プランさんのバケツも持たされ損になってしまう。

「一面的には、な」

 一面的。その言葉の真意はすぐに分かった。

「昨日の話だ。(サウス)(ヘイム)の一区で、街が一つ殺された」

 絶句する。街が一つ、殺された。殺された、とはどういう意味だ。人が、たくさん死んだ?

「今朝、統括官の遠隔会議でそのことを知った。ゼイル爺さんが激昂していたよ……騎士団の力では、街を守り切れなかったということだからな。統括管理官としての責任は重い」

 彼女は同僚の無念を想うようにして、顔を固くこわばらせた。

 そんなリタさんにかける言葉が見つからず迷っていると、プランさんが口を開いた。

「街が壊滅した原因は? 殺されたっていう表現は」

「――『根』だ。同時に二つ、突然街中に現れたらしい」

 二つ。一つだけでもあれだけの混乱を引き起こしていたものが、同時に二つ。それは想像するだに恐ろしい光景だった。私たちの沈黙をたっぷりと受け止めてから、彼女は続ける。

「そして彼女は、エルノアは。そのことを予測してはいなかった」

 それが一面的という理由。彼女の予測は完璧ではない、そういうこと。

「でも、実際に根が現れているのも確かなんですよね? 全知全能って訳じゃないんですから、四境三区全域を余さず予測しろっていうのも酷なんじゃ」

 プランさんが反論すると、リタさんは目を伏せる。そうして目線を床に向けながら、

「そうかもしれない。だが彼女は件の声かけを、数日前から行っていた。壊滅したその街で」

 流石に、私たち二人は言葉を失った。

 エルノアは壊滅の憂き目に遭ったまさにその街を訪れていて、そして『根』の発生を予測していた。にもかかわらず、街が壊滅するほどの二本の『根』の発生は予測できていなかった。いや――予測していても、知らせなかった?

「騎士団が力不足だったのは事実だ。だが、もしもその戦いに有力な冒険者の助力があれば、未来は変わっていたかもしれない」

 ――そして、その未来を意図的に変えた人物が居る。

「これらはまだ疑いの域を出ない。彼女は真に善意から行動していて、今回はたまたま力が及ばなかっただけかもしれない。そもそも悪意があったとして、その動機も見えちゃいない。だけど可能性がある以上、統括管理官として無視することはできない。だから――」

 だから。

「今回、君たちには彼女の疑惑を調べてほしい。私には、良くない未来が見えるんだ」

 そう、真っ直ぐに私たちを見据えて。

「エルノア・ライズは今、このアルトラインに居る」

 リタ・リオンは、眼前に差し迫っている未来(さいやく)を告げた。

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