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幻想胎樹  作者: non.
第二章
13/19

Report.13 憧れ


 食事を終え、部屋へと戻る前に少しだけ二人と会話した。三人揃ってアルトラインに居るというのも珍しいので、折角なら一緒に何か仕事でもするか、もしくはオフにして街の散策にでも出かけるか。そういう話を振ってみたのだけれど――

「ううー、ごめんねぇ。あたしとミルは、明日からちょっとした遠征に行かなきゃなんだ」

「あ、そうなんですね」それならば仕方がない。

「なんか協会直々の頼まれごとというか、『根』の件でねぇ」

『根』。かつての記憶。それからの記憶。私の冒険とは切っても切ることのできない存在。

「――それ、どういうことです?」

「え、ど、どういうことと言うと? というか、なんかレドの顔怖いよぉ」

 指摘されて、気付く。慌てて取り繕おうとすると、

「フィレアは、むしんけい。レドにとって、根っこはトラウマなんだよ」

「……んー、多分だけど、今の発言の方が無神経かもぉ……?」

 二人が遠慮がちに、探るようにこちらを見るので、何でもないことのように手を振った。

「そんな大したことじゃないですよ。私が気になったのは、ほら、協会直々って方ですから」

「あー、えと、それはねぇ、エルノアさんに呼び出し受けて言い渡されたお仕事だから」

 エルノアさん。エルノア・ライズ――冒険者協会に所属する猛者たちを束ねる、神出鬼没の冒険者のトップ。四境三区あちこちの冒険者協会に現れては、超選りすぐりの依頼を貼りだしたり、ボーナスを弾んでくれたり、受付に置いてある飴玉を根こそぎ持って行ったりするらしい。私はまだ、一度しか会ったことはないけれど。

「――そのエルノアさんが、なんて頼んだんです?」

「んーと、ほら、最近『根』の出現周期が不規則化してるって言うでしょぉ? 元々、周期ってよりは特定の条件が整うと生える、って感じだったのに、最近では割と見境なし、というか」

 そういう話は確かに聞いていた。騎士団が越境管理官という仕事を用意してまで魔力の偏差を管理していたのにそれが台無しだと、以前リタさんが嘆いていたような。

「それと合わせて流行っている『獣化』の事件――こっちだって、元々界隈では知られていた現象ではあるけど、一般大衆に浸透するくらいにまで急速に増えたのには何か理由があるはずだってぇ」

 アイクさんのような冒険者が、たとえば強力な魔物から命の危機に晒された際に獣化した、そんな話は実際に昔からあったらしい。しかし、酒場のいざこざレベルでそれが発生する、というのは、ここ最近で急速に増えている事例だった。

「で、それらを調べている内に『根』の新たな出現周期についての予測を立てたんだって。だからその予測地点に実力のある冒険者を派遣して、完全に対策したいんだとかぁ」

「すじは通ってる。なので協力もやぶさかではない。おうふく三日かかる、久しぶりのえんせい」

 『根』の事前予測と、その対策。確かにそれが出来れば被害を大きく防ぐことができる。問題は予測の精度だけれど、そもそもの『根』の発生メカニズムからして、魔力の極端な偏差が要因だった。であれば、予測地点に実力者を予め配置することで、()()()()()()()()()()()

「なるほど。確かにそれは、重要なお仕事ですね」私は納得する。

「でもなぁ、あたし、あのシ者ってどうも苦手なんだよねぇ」

 言いながら、うえー、という表情を作るフィレアさん。

 シ者。あのおぞましい姿。そして、五年前に聞いたあの声。

「……シ者が得意な人なんて多分居ませんよ、フィレアさん」

 多分、好きな人も王国中を探しても見つからないだろう。

「それもそうかぁ。……まあそういうことなので、お出かけはまた誘ってね!」

「またね」

 そう言って笑う二人にこちらも笑顔を返してから、私は借りている自室へと戻った。


 自室に戻ってから、帽子やケープなどの装備を一通り脱ぎ、楽な恰好へと着替える。

「よし、今日も書くか」

 いつでも寝られるような態勢を整えてから、今日あった出来事を日記に書き留める。

 冒険に出てから五年。毎日欠かさずに書き溜めてきた、私の記者たるその所以。いつかこれを世に出して、三区の皆にもっと世界の広さを知ってほしい。そんなひそかな願望を抱いているけれど。

(ま――今それをしちゃあ扇動犯ですぐに捕まっちゃうしね)

 来たるべきそのときまで、今はただひたすらに筆を動かすだけ。そうして一通り書ききったら、次は買い溜めしている便箋と封筒を手に取る。

(元気にしてるかな、お祖母ちゃん)

 ほかにも、トリエやアーチェおじさんの顔を思い浮かべながら、今の率直な気持ちを便箋に走らせた。こちらの手紙には、近況を書くにしても情報については取捨選択を心がける。郵便の事故でもない限り大丈夫だろうけれど、万が一、ということもある。

 書き終えたら封筒に入れて封を綴じ、部屋の窓を開け放つ。夜の風は肌寒かった。

「クロロ」

 彼の名前を呼びながら、二度、窓のガラス面をこづく。

 ほどなくして、闇夜を切り裂くように一羽のカラスが舞い降りた。

「いつもありがと、これお願いね」

 言って、首にぶら下げた鞄に封筒をしっかりと収納する。それを確認すると、彼は控えめにカアと鳴いて、再び闇夜へと飛び去って行った。

(いつも何気なくやっているけど、結構すごいことだと思うんだよね、これ)

 実家に居るときは気付かなかったけれど、フィールド家のカラスはどうやら途轍もなく優秀なようで、どこに居ても、必ず私とお祖母ちゃんとを結んでくれていた。元々二羽とも自由にさせていたけれど、私が冒険に思いを馳せている間、彼らは彼らでこんなに遠くまで飛んで冒険を楽しんでいたのかもしれない。その想像はなんだかおかしくて、私を愉快な気持ちにしてくれた。

 しばらくそんな妄想を楽しんでから、そろそろ寝ようと思い、窓を閉め、振り返ると。

 

 視線の先には、こちらを睨むようにしてリリィ・ジョルトが立っていた。


 私は、不意を突かれたことで、そりゃあもうとんでもなく驚いてしまう。

「びゃああ!」

 お姉さんとしてあるまじき、奇声。紛れもない失態だった。

「……ぎぇええ!」

 ので、取り繕うようにあえてもう一度叫んでみる。違う、何も取り繕えてなどいない!

「……え、えと。なんのようでしょうか」

 つい敬語になってしまった。リリィちゃんはそれに呆れてくれることさえなく(本当にダウナーな子だ)、ただ睨んだ視線を先程の書き物机用の椅子に向けた。恐らくは、座りたいのだろう。

「あ、どうぞどうぞ、何もない部屋ですがそれでもよければ……」

 よくよく考えてみると、部屋を借りている身でこの物言いはないと思った。リリィちゃんが絡むと、どうにも調子が出ない。嫌われることには慣れていると思っていたけれど、嫌われている人に好かれようとすることには何も慣れてなどいないのだから、当然といえば当然かもしれなかった。

「…………」

 訪ねてきたのだから何か用があるのだと思うけれど、座るなり、リリィちゃんは中空を睨みつけたまま黙り込んでしまった。もしかしたら、私には見えない何かが見えているのかもしれない。沈黙に耐え切れず、会話の種を探す。

「……あのさ、もしかして、カラスとか苦手だった?」

「…………」

 違う、これじゃない。

「カレー、美味しかったねえ」

「……………………」

 睨む視線がこちらを向いただけだった。お口に合わなかったのかもしれない。

「…………」「…………」

 沈黙が続く。正直、もう解放されて眠ってしまいたかった。

 そう思ったとき、

「………………みみ」消え入りそうなほどに、か細い声。

 耳。確かに彼女はそう言った。喋った? 今、言葉を喋ってくれた!

「耳! お揃いだよね! リリィちゃんはカチューシャだけど! オシャレさんだよね、かわいいなあ! あ、これはあくまでリリィちゃんがって意味だから、自分で自分を可愛いとか言ってるわけじゃないよ! も、もしかして触りたいとか、触りたい? いいよ! はい!」

 頭を下げて、触りやすいように前に出す。

「……………………」

 一向に反応がない。視線をちらと上げると、彼女は元の位置から変わらず私を睨み続けていた。こちらの姿勢が下がっているから、見下すような角度になっていて怖さ三倍増しだ。

「…………ひょええ」

 戦慄していると、唐突に、彼女が私の耳を全力で引っ張った。

 瞬間、走る激痛。

「いででええええ!」

 思わず自分のものとは思えない野太い声を上げてしまう。こんな声も出せたのか、私。叫び声を聞いたからか、それとも単に触って満足したのか、彼女はすぐに手を放してくれた。

「リリィちゃん……流石に力入れすぎ――」

 僅かばかりの抗議の声を上げつつ、彼女の顔を見ると。


 彼女は、確かに笑っていた。

 まるで夢見がちな少女が夢を叶えたかのように。

 念願叶って、ずっと待ち焦がれていた欲しいものを、やっと見つけ出したかのように。


 余程、この耳に憧れでもあったのだろうか。疎まれるだけだった私には、正直分からない感覚だった。だけど、ずっと睨みつけるような顔しかしてくれなかった彼女が見せてくれた初めての笑顔に、自然、こちらも顔をほころばせる。

「喜んでくれたみたいで、よかった」

 そう言うと、彼女は笑顔のままで僅かに言葉を探すようにしてから、

「…………おなか、すく?」

 よく分からない表現をした。

「え、うんと? リリィちゃん、お腹減ったの?」

 私の見た限りではスプーン一杯しか食べてないからな。でも、流石に見ていないところでちゃんと自分の分は食べているだろうし。

「それとも私のお腹が減ってないか心配、ってことかな? それなら大丈夫だよ、お母さんのご飯、ちゃんと美味しかったから」

「…………」

 その言葉を聞くと、リリィちゃんの笑顔は薄れていった。そして椅子から立ち上がって、ぺこりと頭を下げてから、そそくさと部屋から抜け出していった。

「うーん」

 子どもというのはこんなにも扱いが難しいものだっただろうか。嘘でもお腹が空いたといって、その先の言葉を待ってあげるべきだったかもしれない。

(女の子だし、おままごとでもしたかったのかな)

 そういった子どもらしい遊びというのも私には縁がなかったので、やっぱりよくわからなかったけれど。私に教えられることなんて、狩りのやり方くらいのものだ。流石にお年頃の女の子がそんなものに興味を持つとは思えないので、次にやってきてくれたときは別のアプローチを考えておこう。そう結論付けてから、私は寝支度を始めたのだった。

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