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幻想胎樹  作者: non.
第二章
11/19

Report.11 『獣化』と『鏡獣』


「ありがとう……ありがとう……!」

「えと、あはは……」

 大粒の涙を流す巨漢に手を固く握られる私。それを、

「あんたが気安く触るなよ、ほら、離せ」

 剣を再び喉元に突きつけて静止するプランさん。アイクさんはというと完全に蚊帳の外で、所在なさげに部屋の奥で窓の外を眺め、立ち尽くしていた。そんな彼の所へ、()()()()()()()()()()()()()()()()()ワンとツーがニオイを嗅ぎに擦り寄っていく。

「ひえっ、何だ、こいつ」

「こいつじゃなくてワンとツーだよ。大丈夫、ボクと違って人は襲わないから」

 この人、自覚はあったんだな……。

「まあ、ボクの命令があればその限りじゃないけどね」

「ちょっと、無駄に脅かさないでくださいよ」

 慌てて注意する私に、たははと笑うプランさん。

 プラン・プレイディ。(イースト)(ヘイム)統括管理官の副官を務めている。要するにリタさん直属の部下で、いわゆる右腕というやつだ。年齢は私と同じ、十七歳。肩より少し上で切り揃えた後ろ髪と、顔の両端から伸びる三つ編み状に結わえた横髪が特徴的。服装は騎士団標準のものだけれど、外套の左腕の所には、副官としての階級を示す腕章が縫い付けられていた。少年とも少女とも取れるような可愛らしい顔つきをしていて、百五十センチほどの身長と合わせて本人としては悩みどころらしかった。同年代でかつリタさんを間に挟んだ奇妙な縁を感じ、以来、仕事にプライベートに、友人としても仕事仲間としても懇意にしてもらっている。

 腕っぷしが強く喧嘩っ早いところが、長所であり、短所でもある。お祖母ちゃん風に言えば、これもプランさんのチャームポイントと、そう言って言えなくもないのかもしれなかった。

「それはさておき」プランさんは区切るように言って、

「ボクも忙しいんだ。用件は終わりだろ――お帰り願おうか」

 剣で扉を指しながら巨漢にそう告げた。

「くそ――わかったよ」

 そう忌々しげに吐き捨て、観念して部屋を出ていく瞬間。巨漢はふと窓の方を見て、子犬を撫でるアイクさんの姿に目を見開く。

「――お前、まさかあのときの!」そう言って今にも飛び掛かろうとする巨漢。

「えっ、はっ?」

 状況が飲み込めずに戸惑い、慌てふためくアイクさん。私も一瞬驚くが、瞬時に思い至る。

(もしかしてこの人――目撃者?)

 そんな偶然があるはずない、そう思ったのも束の間。

 プランさんが即座に飛び掛かり、巨漢の顔面にドロップキックをぶちかました。

「うわ」

 今、鼻の辺りから凄い音がしたような。

 がしゃーんと冗談みたいな音を立てながら、部屋の中心にあるテーブルや来客用のソファ諸共吹き飛ばされる巨漢。カツカツと怒りの靴音を響かせ近寄り、彼の胸倉を掴み引き寄せる。

「あんた、今帰るって言ったよな? 分かったって言ったよな? 自分で言ったことも守れないか? それとも忘れたか? やっぱりもっと痛くしないと覚えられないか?」

 次々とまくし立てるプランさんの強い語気と暴力にあてられ、巨漢は顔面を真っ青にして震えあがっていた。

「次はないぞ、今度街で見かけたら確実に息の根を止めてやる。それが嫌ならこの街(アルトライン)には二度と近寄るな。――仲間にもそう伝えろ。必ずだ」

 今この人、息の根を止めるとか言わなかったか? 冗談でしょ?

 そうして恐怖の色に全てが染まり切った巨漢は、転がり出るように部屋を飛び出していった。

「……誰の噂が先行してるって?」アイクさんが私を睨みつけるようにして言う。

「……んー」

「噂以上じゃねえか! アイツ絶対何人か殺ってるって! 何がいい人だ、『()()()()()()()()()()』そのものだ!」

 私の前では、案外猫を被ってくれていたのかもしれなかった。相棒は子犬だけれど。

「初対面だっていうのにご挨拶だなあ、ボクは立派に正義の味方さ。むしろ――」

 そんな空気を断ち切るように、一拍置いて、彼を見据えて。

「――噂の彼も、何人か殺ったのも、君の方だろ? ねえアイクさん――いや、狼型(ウルフ)さん?」

冷たい声で、プラン・プレイディはそう言った。


 『獣化(じゅうか)』。それは近年、急速に発生の報告が増えたとある現象。

 曰く、魔力を使い過ぎた者は、その身を保てず獣へと堕ちる。

 曰く、己が獣性に吞み込まれた者は、心のみならずその姿までもが変貌する。

 獣性、という言葉の意味がよく分からなかった私に、以前リタさんはこう言った。

「未だ研究途中だから、確証があるわけじゃないんだ……でも獣性、即ち攻撃性や暴力性、生存本能だとかそれに類する動物的な渇望、そういったものがトリガーになっている可能性は極めて高い。レドナは魔力の流れを意識の流れと捉えていたけど――獣性というのはそれ以外」

 ――すなわち、無意識。人間、考えなくとも体が動くといったことはままあるが、それはあくまで脳みそが考えていないだけで、神経、細胞の単位で反射的に、そして無意識的に、体は常に考え続け、そして動き続けているのだという。

 要するに、限界を超えて魔力を使い過ぎるとか、極限状態の危機に陥るとか、()()()()()()()()()、そういうことで、獣化は生じることがある。

 そしてそのリスクを軽減するため、優れた術者はある魔術を行使する。

 それが『(きょう)(じゅう)』。彼らは術者の魔力によって形を与えられた、純度百パーセントの魔力生物であり、それ単体でも強力な戦闘能力を誇るが、それはあくまで副次効果にすぎない。

 彼らの最大の特長は、()()()()()()にある。術者の魔力が著しく消耗した場合や、興奮して獣性が高まった際に、彼らの魔力は術者へと還元され獣化からその身を守る。そうして徐々にその身を小さく擦り減らし、術者に限界値までの距離を知らせるのである。

 だから、先程のプランさんはかなり危険だったのだ。ワンとツーは小さい方が可愛いけれど、喜んで愛でてばかりもいられない。ちなみに後から聞いた話だと、リタさんと共に戦場を駆けるあの白銀の獅子――ラオも、リタさんの鏡獣らしかった。


「二人だ」

 部屋を片付け、私たちをソファに座らせたプランさんは、断罪するようにそう告げる。

「幸い――というのは流石にまずいか。とにかく、二人。君が手にかけたのは酒場に居たチンピラさ。それもうんと性質(たち)の悪いチンピラでね。騎士団も手を焼いていたし、素性を探っていた。さっきのデカブツはその一味ってわけ」

 アイクさんは、訳が分からないという顔をして、頭を抱えた。

 憐れむように一瞥して、プランさんは言葉を続ける。

「君は何も覚えちゃいないだろうね。そもそも、それなら()()()()()()()()()()()()()()。それが納得いかないんだろう? それについて君は、いやボクたちは、彼女に感謝すべきだ」

 そう言って、プランさんは私を見る。遅れて、憔悴しきった目をしたアイクさんも。

「アンタは、何をしたんだ」

 どう答えていいものか迷って、プランさんに目配せする。それを受け止めるように、プランさんは少しだけ頷いて目を閉じた。

「鎮静弾です。これを、貴方に撃ち込んだ」

 言いながら、懐から預かっていた銃を取り出す。

「なんだよ、それ」

 テーブルの上に、コト、と軽い音を立てて獲物を置く。形状はシンプルで、指で持ち手を握り込んで、安全装置を外し、引き金を引くだけ。魔術の補助としてこういった武器を用いるケースはよくあるが、大抵の場合は私の風槍(ロ・フーロ)のナイフのように、魔術の威力の補強だとか、魔力の節約のためという理由がほとんど。これが特殊なのは――

「――厳密に言うと、ここに弾は入っていません。この銃には、()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()、その二つだけが備わっているんです」

 そして弾は、私自身。正確に言えば、私の純粋な魔力そのものだ。

 その原理は、言ってしまえば鏡獣のそれと大きくは変わらない。優れた術者は自力(セルフ)でそれをするが、そうでないなら外部から補給してしまえばいい、そういう理屈だった。

「無茶苦茶だ、そんなの」

 アイクさんは到底理解できない、という顔をする。

「第一、そんな銃があるなんて聞いたことないぞ。一体どこの誰がそんなものを――」

「騎士団さ。というよりは王国と言った方が正確かな。運用を任されているのは騎士団だけどね……レドには、うちの備品を貸し出してるだけ」

「貸し出すって、なんで」

「彼女にはそれが使えるからさ」プランさんが遮るように言い切る。

「君が言ったように、こんなものは無茶苦茶だ。だからこそどこにも公表されていない。市民に変に期待を持たせてもよくないからね――ボクの知る限り、この銃を使いこなせるのは、(イースト)(ヘイム)じゃリタさんとレドくらいさ。ボクはまだ練習中」

 ややこしいのは苦手でね、そう言って苦笑する。

「初めて実地で実践したときは、そりゃあもう緊張したよ。リタさんは『迷ったら撃て。どのみちこいつで人は死なん』とか言ってたけど、普通に死ぬんだよね、コレ。魔力の調整をミスって許容量を超えた魔力を撃ち込めば、たちまちボーン! ……まあ、それで死ぬのは獣化した標的(ターゲット)なわけだから、()()()()()()っていうのはある意味正しいかもね」

 もちろん、リタさんはそんなつもりで発言した訳ではないだろう。卓越した魔術センスを持つ彼女は、魔力の調整に失敗することなどないというだけ。そして――私も。

「この二人が()()なのさ。普通、戦闘中にそんな余裕ないだろ? ましてや相手は凶暴な獣。目前に差し迫る危険に対処しながら、相手の力量を正確に測りとり、それに必要なだけの魔力を余力として温存しながら対象を無力化して、自らの獣化にも意識を向けつつこれを撃ち込む。外せば魔力の余裕はないから、撃ち込むチャンスも一度きり。縛りが効くにも程がある」

 事の事情を徐々に飲み込めてきたのか、アイクさんはただ黙ってその言葉を聞いている。

「極めつけに相手は大抵、犯罪者ときたものだ。獣化直後に大体一人か二人は殺ってる、君のようにね。獣化にはそれ相応の理由があるけど、少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これまでの生活には、戻れない。

 その言葉の意味を噛みしめるように、アイクさんは固く目を閉じた。

「――証拠は、あるのか。少なくとも俺には」

「――記憶がない、そうだろ? ここに来る前の、いや。君の素振りを見るに、この街(アルトライン)に居る理由さえよく分かっていないんじゃないか?」

 図星だったのか、彼は悲痛な面持ちを浮かべる。

 私はその顔を直視できず、視線を背けた。

「勘違いしないで欲しいんだけど、そもそも君は一度死んでいるんだよ――人を二人殺めた時点で二回は死んでおくべきだと、ボクは思うけどね――だから本来、君は救われない筈だった。イカレた発明をした王国と、それに適応してしまった優しさ。その二つがこの場に揃っていなければ、君は騎士団の手にかかって殺処分されていただろう。なら、すべきことがあるんじゃないのかい?」

 プランさんの言葉。

 それを受けて彼は、眉間に皺を寄せ、やり場のない感情をなんとか心の奥底に押し込めるようにして。

「俺は、君に助けられたんだな」

 私の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。

「ありがとう。それから道中、数々の非礼を詫びるよ」

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