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邪魔なのは誰か

この国の王宮の真上にいた私たちは、ゆっくりと降り立つ。


そんな私たちを見て、ひいひいと逃げ惑う側近達を横目にずんずんと奥へ進んだ。


王太子の最側近が私たちを認めると、バタバタと走って近寄ってきた。


「ミネルヴァ様!生きていらしたのですか!?ともかく、どうか!どうか助けてください!」


私は頷くと

「国王陛下と王太子殿下に取り次いでください」

「その、そちらの男性は…」

「今はそれどころではありません。大丈夫、彼は味方です」


すぐに通された部屋で、国王陛下は私に詰め寄った。

「ミネルヴァ嬢は国の一大事に、一体今までどこにいたのだね!?」

どうやら、私の死は王太子とごく一部の人しか知らないらしい。

そしてその一部に国王は入っていない様だ。


「申し訳ありません、訳あって死んでおりました」

と言うと、これ以上ないほどに目が見開かれる。


「モーネは蝶です。彼女は未だに生きております。そして私は死にました。これはどういうことか、国王陛下にはお分かりになりますね?」

「そんな、まさか…では、魔族の侵攻は…」


扉がぞんざいに開かれて、王太子殿下が私に駆け寄ってきた。

「ミネルヴァ、生きていたのか!」

と言って両手を広げた。

その言葉に違和感を感じた国王陛下は

「スノーファントム、お前、何を知っている…?」

「いやあ、父上。いらしたのですね」

わなわなと震える国王陛下は激昂した。

「貴様!何をした!」

「つまらない詮索はよしてください。みっともない」


親子喧嘩をしている場合ではないだろう。

私がオロオロしていると、骨張った手に、ぐいっと肩を抱かれる。

「国王陛下、恐れながら今は魔族の撤退が最優先事項ではありませんか?」

ベルヴルムは口を出した。

「君は一体誰なのだ!僕の婚約者に気安く触るんじゃない!」

「それは間違いですね。王太子殿下は蝶と結婚したと聞きましたが」

割って入ったのは国王陛下だった。

「正式に蝶と結婚できるわけがないだろう」

ため息をついた老人は一気に老け込んで見える。

王太子は勝ち誇った様に言った。

「そうだ、だからミネルヴァはまだ私の婚約者なのだよ」


私は冷めた目線で見下す。

「私は死にました。貴方に言われて死にました。魔族が撤退したら、私は冥界と現世の境の世界へ帰らなければなりません」

「おい、まさか死んだ先で次の男ができたのか?」


話が通じない。

それでもまだ私に触れようと手を伸ばした。

「やっぱり君がいい。モーネは相変わらず人間らしくはなれないし。君の良さが改めてわかったんだ」

「再三となりますが、私は死んでいるのです」

「馬鹿だなあ」

ゆっくり近づいてくる王太子の口元が歪んだ。

あの嫌な顔になる。

「モーネから寿命を奪えばいいだろう」

「なんと勝手な…!」

「勝手?元々君の命だったのだから」

「お断りします」

「は、はあ?」

王太子はベルヴルムを睨んで言う。

「どけよ」

「手放した女が他の男といるのを見て惜しくなったか。憐れだな」

「なにい!?無礼だぞ貴様!」

口吻を撒き散らして叫んだ。


「もうやめんか!」

国王陛下が一括した。

「事情は後で聞こう。ミネルヴァ嬢、そしてベルヴルムと言ったか。二人とも、魔族を退散させることは出来るのか?」

「容易く可能です」

大口を叩いたベルヴルムは、にやりと笑う。





庭園に出た私たちは空を見上げる。

無数の魔族が飛び交うのが確認できた。

「貴方に色々言いたいことはあるけど、まずは魔族を何とかしないと…」

「…魔族のことは俺に任せろ。お前は地獄の蓋を閉じる呪文を唱えるんだ」

「…っ!そんな魔法知りません」


はーっとため息をついて、黒い髪をわしゃわしゃと掻いた。

「逆から詠唱するんだよ」

「え!?」

「モーネに寿命をあけ渡した、あの禁断の魔法を逆から詠唱しろ」

「あんなに長い詠唱を逆からだなんて、いくらなんでも」

「いいからやれ。間違えたら一からやり直しだぞ。いいな」


(難しい!!)


唇をかみしめて目を瞑る。

ふぅと息をついて大きく目を見開いた。意を決して、私は辿々しくも反対から詠唱を始めた。

ベルヴルムは頷くと、空高く舞い上がっていく。


反対からの詠唱など、聞いたことがない。

はちゃめちゃに難しいけれど、とにかく集中する。


「あの男は誰だ。ミネルヴァ、お前本当に死んだのか?」

ずかずかと品のない足音を立たせて、後ろから声をかけてくる王太子を何とか無視し続ける。

「私が悪かった。ミネルヴァ、戻ってきておくれ」

国の緊急事態で、詠唱中だというのに集中力を掻き乱してくる。怒りが込み上げてきて、どうにかなりそうだった。


(本当にこの人、王族とは名ばかりだわ!)


そういえば、おかしいのだ。

なぜ魔力の最高峰を誇る王族が先頭を切って戦わない?


「答えろ!ミネルヴァ!」


もし途切れたり、間違えたりすれば詠唱は初めからとなる。

私は無視し続けるしかない。

何がなんでも詠唱を続けるしかない。


「なあ、意地悪をしないでくれよ」

後ろからぎゅうと抱きつかれた。

首筋にくちづけされる。

「っ!」


(途切れた!)


はっ、と息をついて王太子を睨みつける。

「やっと見てくれた。ミネルヴァ、君を妻に迎えよう」

王太子の顔が近づく。その目に光はない。

「なんてこと…詠唱の邪魔をしないでください!」

「君が帰ってきてくれて良かった」


(全然人の話を聞いてない!)


くちづけを交わそうと力づくで押さえつけられる。

そこに、どかっとベルヴルムが降り立つ。

ものすごい音がしたので目線をやると、その地面は割れていた。


「王太子殿下、邪魔をしないでいただきたい」

「さっきからなんなんだ!邪魔は貴様だ!」

「ミネルヴァは俺の妻に迎える。横取りしないでいただきたいな」

「元々は私の婚約者だ!横取りはどちらだ!」

ベルヴルムは、ふう、とため息をつく。


「俺は迷える魂の国の王だ。今、この国の危機を救えるのは俺とミネルヴァだが…どうする?」

言うと、王太子をがっしり掴んで上空高く飛び上がった。


「う、わあああぁぁぁぁ……!」


「見ろ、これがお前の国だ」


あちこちから上がる炎。

魔族に屠られるがままの人々。

戦うことをやめて逃げ惑う兵士。


「あ、ああ…し、知らないぞ!私は知らない!」

「そうか、ならば」


凄い勢いで降下して、魔族の群れの中に王太子を置き去りにした。


「たすけ…たすけて…うわああ!!」


ベルヴルムは魔族に襲われる寸前のところで王太子を掴むと上昇した。


「ま、まま、まさか…こんなことが!?…うう、嘘だろ…?」

「おいおい、本当に王宮にいたから知りませんでしたってか?報告くらい上がっているだろうが。バカ王子」


王太子はガチガチとして歯の根も合わない。

どうやら失禁しているらしかった。


「おい!お前!何とかしろ!」

王太子がしがみついてくる。


「だから!!さっきから俺とミネルヴァで何とかしているんだろうが!」

ようやく、王太子はハッとした顔をする。

本気で何もわかっていなかったのだ。


「勘弁しろよ…」

はーっとため息をついて

「おぼっちゃまは、鳥籠の中で安全にしているんだな。まあ、早くしないと王宮もどうなるか本気でわからんぞ」


僅かに下降して、この国の王太子様をぞんざいにポイっと放り投げた。


「ぅゎぁあああ!!!」

情けなくダンゴムシのように転がる。

ふうふうと上がる息を整えもせず、ふらふらと近寄って私に縋る。

見ればその目に涙をいっぱい溜めていた。

「ミネルヴァ!!助けてくれ!!助けて!!」

「先ほどからそうしています。退いてください。邪魔です」

「だから!助けてくれと言っているんだ!」

「王太子殿下は先ほどから邪魔しかしていません」

「なにィ!?」

「詠唱が終わらなければ、地獄の蓋が閉じません!その詠唱中に邪魔をしたのは誰でしたか!」

「うっ…」

ようやく申し訳なさそうな顔をして、下がっていった。

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