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その頃の現世で

スノーファントム王太子殿下とモーネの子が産まれる。

いや、その前にモーネは出産に耐えられるのだろうか。



「日付が変わる頃には産まれるんじゃないか?」


私は恐ろしくて眩暈がした。

ベルヴルムはふらつく私を受け止めた。

「おい、大丈夫か?」

「ごめんなさい」

「あの王太子、お前の婚約者なんだろう?やっぱり、その、辛いか…?」

「まさか!王太子殿下を愛していたわけではないし…ただ、モーネがかわいそうで…」

「蝶が何を考えているか分からんが…」

じっと見る。

「そういえば、貴方ってとっても人間らしいのはなぜ?」

「竜はもともと人間と同じく思考するからな、言葉も話すし」

「…王太子殿下が言っていたそうよ。自分と暮らしてモーネを人間らしくするって」

と言うと、ベルヴルムは、ケッと言った。

「なるわけねぇだろう。じゃあ王太子は蝶になったとして、いきなり飛べるのかよ」

「そうよね…」

「立場を反対にすれば分かることだ。いくら脳みそがデカくなったところで、本質は変わらない」

ぎゅうと抱きつかれる。

「ベルヴルム?」

「憐れだな、王太子も、モーネも、お前も」


私は目を閉じる。

頭を擡げる一切の事が、死んでもなお逃れられずにそこにある。

(竜に慰められるなんて不思議。大声で泣いてしまってもおかしくないことなのに、なぜか救われている)

ベルヴルムは顔を埋めて、くんくんと首筋の匂いを嗅いできた。

「いい匂いだ。美味い」


ベルヴルムは香りが食事なのだという。それならば彼にとって私をここに置くということは食糧確保なのだろう。

せめて、それくらいはさせて欲しいとは思った。


ベルヴルムの鼻が触れていた位置が少しずつ下がる。

ドレスをぐいっと下げられた。

「ちょっ!」

「あ?いいだろ別に」


(いや、良くない良くない!)


ベルヴルムの吐息が深まる。大きく深呼吸するような。

するっとスカートの中に手が差し込まれた。


(ひーーーっ!!)

私はぎょっとして思い切り、その重たい体を突き飛ばした。


「お前の匂いを嗅ぐと何とも言えない気持ちになる」

「そ、そんなの知りません!出会ったばかりの令嬢に最低だわ!!」

「……悪かったよ」

頭をガシガシ掻いて出て行った。

「ちゃんと寝ろよ」

と言い置いて。





翌朝、なんだか見たこともない食事が運ばれてきたけれど、不思議とどれも美味しかった。

横から

「俺にも食わせろ」

と言われたので、器を差し出すと

ぐいっと抱き寄せられて、首筋を嗅がれた。

「!」

突然のことで反射的に首筋を抑える。

なぜだかそれだけのことが彼を煽った。

「お前は、すぐそうやってそそる事をする。匂いだけで我慢できなくなるだろう。大人しくしていろ」


(なんなのこの人…!いえ、この竜!)


一通り嗅いで満足したのか、

ふう、と伸びをしていた。長い爪の指を遊ばせる。

「昨日は、悪かったな」

「え?」

「人とのキョリカン?男女のワキマエ?よく分からないんだ」

「いえ、こちらこそ突然のこととは言え突き飛ばして…」

(そうか、もともとは竜だったのだし人との関わりもなかったのだろうし)

「ハジメテなんだろ?お前。大事にしてやるよ」

「〜〜〜〜!!!!」


(やっぱりサイテー!!!)


私があまりのことにぐるぐる目を回していると、ベルヴルムは急に真面目な顔になる。


「さて、頃合いだろう。現世を覗いてみるか?」


見たくはない、けれど…

私はこくりと頷いた。




案内された場所は、空に穴が空いている不思議な場所だった。


「見てみろ」


そう言われて見上げると、蠢く大きな幼虫が五匹、箱の中に閉じ込められているところだった。


次に映し出されたのは、王太子が無感情に蜂蜜のついた棒切れを舐めるモーネを抱いている姿だ。


次々に切り替わる場面。

箱を開けると、五匹いたはずが一匹だけになっている。その一匹の幼虫も死んだ。


「幼虫同士で共食いしたな」

「うっ…」


見ると、またモーネのお腹が大きくなっている。


次の場面では、慌ただしく右往左往している人々の姿。

沢山の魔族が入り混じり人々を襲っている。


「!!!!これは…」

「…ミネルヴァ。お前、禁断の魔法を使っただろう?あれがなぜ禁断なのか分かるか?」

ブンブンと首を振る。

「最近の魔法使いはものを知らんな。…あれはな、倫理的な問題だとかそんな生ぬるいものじゃあない。地獄の蓋を開ける魔法と詠唱が一致しているからだ」

「そんなこと、あるのですか!?」

「同じ言葉で意味が違う、と言うことはあるだろう。飛躍して考えてみろ、例えば飴を出す魔法があったとして雨も降るというような理屈だ」


私は人々が襲われる様子に立っていられなくなる。

「恐ろしいことをしました」

「馬鹿なのは王太子だ」

「止められなかった私も悪いのです」

「つまらない儀式で理不尽に命を弄んだ罰が下ったんだ」

「そんなものは、我が一族だけで十分です…」


多くの魔法使いがなんとか魔族を食い止めようとするが全く歯が立たない。

そこには必死に戦う父と母の姿もあって目を覆った。


「せめて、私が助けに行けたら…」

「……行けないこともないぞ」

「教えてください!どうすれば…」

「だが、俺はお前を行かせない」


(そうか、私はベルヴルムの大事な食糧…)


「私はここに必ず戻ります!」

「危ないところに行かせられないだろ」


(戻ってくるって言ってるのに!)


空の割れ目から覗く人々は助けを求めていた。

王太子は国王陛下に問いただされている。

人になっても、なお蝶であり続けるモーネの動きに、無感情な顔に、すでに王太子は見向きもしなくなっていた。

床に置かれた皿の上に、垂らされた蜂蜜を舐めとるモーネ。


僅か二年ばかりで、王太子が言う愛は、モーネを人にするという意気込みは、なくなっていた。



魔族が蔓延る世界で、王宮は民衆に囲まれて非難轟々浴びている。

王宮の門を壊そうと、大木で押し壊そうとする人々と

なんとか王宮を守ろうと民衆を斬りつける騎士たちが


「まるで、地獄」

私はへたり込む。

腕が回され、ひょいと抱き抱えられると、ベルヴルムにお姫様抱っこされた。


「言っておくが、現世には長くとどまれない。呪われた魂は永遠に曖昧な世界を漂う運命」

「もとより、承知です」

「それにお前、飛べないだろ」

「飛行術は心得てます」

「上出来だ」


空に開いた穴まで飛んでいくと、そのまま吸い込まれた。

息を吸うことも吐くこともできない様な空間が続く。

既に死んでいる私は、これ以上死ぬこともできず苦しくて何度ももがいた。

だがベルヴルムは涼しい顔をしている。

私がもがいているのに気づいて、ぎゅっと胸に抱き寄せてくれた。

ふ、と僅かに呼吸が許された気がして心なしか楽になる。




現世の上空に出ると、やっと苦しさから解放された。

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