サデリンとの日々2-ベル視点-
サデリンは老いて、遂にある日倒れた。
「おいジジイ、死ぬのか?」
「さあて、人の寿命は分かりませんからね。もう何時間かで死ぬのか、案外一年くらい存えるのか…。運次第といったところでしょう。尤もこの身体で存えてもあまり運が良いとは言えませんが」
咳混じりの聞き取りにくい声だ。
遙か空の薫風を感じるように、窓の外をとろんと眺める。
「お前が死んだら困るな」
ぽつりと呟いた言葉は、耳聡い友に聞こえたようだ。
「五月蠅いお隣のおばあさんはもう随分と前に亡くなりましたし…ああ、まあ、食糧は困りますか?でも他は何とかなりましょう」
「お前が死んだら寂しい。つまらん」
すっと腕が伸びてきてポンポンと頭を撫でられた。
「お前のその腕のタトゥー、趣味悪りぃな相変わらず」
「ああ、これはしょうがないのですよ※※※※※のですから」
俺は訳がわからなくてサデリンの目を見る。
すっかり白く濁った眼は、もうあまり見えないのだと言う。
「ああ、そうだ。せめて最後に甘いものが食べたかったですねぇ…」
「ん、なんか持ってこよう」
それで俺は果物を取りに家を出たのだ。友の最後になるかもしれない願いを叶えに。
それは難しくもなんともない、生き物として当然の渇望。
いつもと同じ道を歩く、ほんの少しだけ足早に、そして少しだけ感傷に浸りながら。
その日はやたらと西日が暑かった気がする。
(あいつへの果物摘みもこれが最後かもしれないのか)
たわわに実った葡萄をもぎる。
(なんか、なんか…)
それから少し歩いて桃を取った。陽炎がたっている。
(やるせねぇなあ…)
竜は老いることがない。けれど寿命はある。若い見た目のまま死んでいく。
だから老いて死んでいく友が弱々しく痛ましかった。
(あいつが好きだった林檎も摘むか)
林檎の木をよじ登ったとき、真っ白な蛇に足を噛まれた。
竜だった頃はしょっちゅう噛まれたけれど、さほど気にした事はない。放っておけば数日で傷口が塞がるからだ。
「ッ?」
だが感じたこともない痛みが走る。そういえば人になってから初めて蛇に噛まれたかもしれない。
「???」
むんずと掴んだ蛇を放り投げた時、自分の腕が重たいと思った。
急いでサデリンが待つ家へと戻ろうとしたが、目の前が朦朧としてうまく歩けない。陽炎のせいではなさそうだ。
桃を落として、それから葡萄を落とした。
落とした果物を拾うことがままならない。
とにかく林檎だけでもと大事に一つ抱えて何とか家に辿りついた。
「サデ…おえ、いん…ご…ろってきら…」
言うなりサデリンの横に倒れ込む。
(?????)
「ベルヴルム?」
「うあく、しゃれれ…らい…」
「待って、ベルヴルム、どうしたのですか…」
サデリンも息切れ切れに問うた。
「へ、び」
なんとかそれだけ言うことができた。
「まさか噛まれたのですか…?いけない、かなり毒が回っている。…早く…治癒魔法…を」
ヨボヨボジジイのくせに体をなんとか起こそうとするので、俺はそれを制する。
「竜、らったころ、噛まれても、へいき…」
「バカですか…山のように巨大な竜なら平気でも、人間のサイズなら十分致死量なんですよ…」
「そか、」
俺は死ぬのだと理解した。さほど恐ろしいとも思わなかった。もっと怖いものだと思っていたが、感覚が麻痺していたのが却って良かったのかもしれない。
サデリンは悪趣味なタトゥーの手を伸ばして、老いてもうほとんど効果のない治癒魔法をかけようとする。
「もう、いい」
「死ぬ前に、貴方に償うことすらできませんかねぇ」
何を言っているのか、よく分からない。
(良いから食え)
言葉にするのも鬱陶しく、サデリンに林檎を渡した。
「これを取りに?優しい竜ですね、貴方は」
しゃく、という音がする。最期にささやかな願いが叶ったことを知った。
もう体のどこも動かせない。目も開けられなかった。呼吸も止まった。やがてこの心臓も止まるだろう。
「…ベルヴルム…?……逝きましたか。もうすぐ私もそちらに逝きましょう」
(逝き先が違ぇだろう、クソジジイ)
意識が途絶えて、気づいたら俺はここにいたんだ。
どうせ地獄だろうと思っていたら、どうやらここはそんな優しい場所じゃなかった。
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