堂々巡りに
くん、といつものように匂いを嗅いでいるベルの吐息が首筋に柔らかく当たる。
竜の食事は魔力を持つ者が放つ独特の香りなのだという。
それはヒト化の魔法によって人間となった今でも変わらないようだ。
ならば、最高の魔力を誇るサデリン家の次女である私は、ベルの食事として適任だろう。
すぅ、はぁ、すぅ………
僅かに吐く息が長引いた。それはきっと頭に巡らせている思考のせいだ。この頃、ベルは考え事をするのが増えたように思う。
私の体勢がキツくないように初めは無理のない姿勢をとらせてくれていたはずなのに、段々と彼の体重を感じ始める。
私だって同じ、なぜだか堂々巡りに考えることがある。
(ベルは私のことを愛していると言ったけれど、この食事のために私を囲っているのではないのかしら)
最近そんな事を考えるようになってしまった。
生きることも死ぬこともない、時間すらすり潰すようなここでは永遠の時を漂う私にとって、蓋をしていた疑問を閉じ込めておくことは困難だ。
遂に彼の重みに負けて絨毯に横たわった。足が痺れてジンジンする。ふと見上げたベルと目線が合うと何を勘違いしたのか、彼は私に迫ってきた。
唇を奪われた時、嫌な思考が巡る。
(貴方にとって食糧でしかない私に口づける理由などあるかしら)
またも視線がぶつかる。そこには切ない顔のベルがいる。
ずっと思い悩んでいる訳を教えて欲しくて聞いてみたけれど
「言わない」と一蹴された。
しまいには「泣かせてやる」と言ったベルは、急に離れていって部屋の隅で子どもみたいに泣いている。
「貴方が泣いている理由を聞くことはできない?」
「ふざけるな、泣いてない」
「あらそう、なら食糧は退散するわ」
「おい、本当にふざけているのか」
「だってそうでしょう。貴方何年ここにいるの?何百何?何千年?ずっとお腹が空いて堪らなかったのじゃないかしら」
「…は?」
違う、こんなことが言いたいのじゃないのに。
閉じ込めていた私の不安の種が芽を出すから
不安を否定して欲しくて
「魔力が高ければ私じゃなくても良かったのでしょう?」
意地悪な事を言ってしまう
自分でもわかっている。
でも
出会ったあの日から注ぐ熱視線は空腹の為のもの。
きっと眩暈がするほど欲しかった、魔力の香り。
そんな不安が頭を擡げて
離れない。
執拗にこびりついて
取れない。
(ベルの態度が、そうさせるのに)
「…お前を愛しているって言っただろ…」
ベルが涙でぐしゃぐしゃの顔をしている。
「ならばどうして貴方は私に触れると逃げるのですか…!」
「違う、違う!」
「そんなに人間が、サデリンが怖いのなら貴方は竜と結ばれれば良かったのです」
どうして私はこんなことしか言えないの。
ベルが何も言わなくなってしまって、どうしようもないくらいに傷つけてしまった事を知った。




