苦しい幸せ-ベル視点-
翌日、牢屋番がボロボロの男を連れてきた。
「よお、そろそろ来る頃だと思った」
「離せ。俺は王太子だぞ」
「残念だったな。ここは君の国じゃあない。この国の王は俺だ」
王太子だった男は、頭が高いぞ、と言われて押さえつけられている。
「他者に恨まれすぎるとな、魂は冥府に行くことなく彷徨うのだよ。随分と嫌われてたんだな、お前。それはそうか、斬首刑だったんだろう?ちゃあんと覗いて見てたぜ。見ものだったなあ」
禁断の魔法の強要、その結果として国中を混乱と恐怖に陥れたこと、そして多くの国民が命を落としたことは大変重く受け止められた。
「離せ、くそやろう」
「おや?ここで俺にそんな口を聞いて良いのか?今すぐ改めろ」
男は尚も睨む。
「まあいい。お前は永遠にこの世界で俺のために働け。まずはそうだな…」
噛みつきそうな勢いで王太子は言う。
「ミネルヴァはどこだ」
「言う必要はない」
(本当はすぐ真裏でお前のことを見てるけどな)
「そうそう、逃げようと思っても逃げられないからな。お前の首輪は俺から離れすぎたり、無理に取ろうとすると爆発する。首と胴体が離れたままここで永遠に暮らしても良いなら逃げると良い」
ひっと上擦った悲鳴が聞こえた。
「しかし、お前は馬鹿だなあ。スノーファントム君。二十年の快楽と引き換えに得たものが、永遠の責め苦だなんて」
後ろから、微かにざまあみろと声が聞こえた。
王太子には聞こえてない様でホッとした。
案外口が悪くて笑ってしまいそうになる。
「お前の親父もその内ここに来るだろう。親父も嫌われてそうだもんな。親子揃ってこき使ってやるよ、永遠にな」
くくっと笑って指で合図する、
「連れて行け」
ほら、さっさと歩けと言われて鞭で打たれながら去っていく。
その背中は、しょぼしょぼと情けないものだった。
「ミネルヴァ、良いのか?もっとじわじわ苦しめても良いと思うが」
良い香りと共に、ミネルヴァが出てきた。
「王太子が一番嫌がることは、人のために働くことですから」
「なるほどな」
じっと見つめられる。
「モーネ…姉はどうなるんでしょう?」
「虫は基本的に、死ぬとすぐにまた虫として生まれ変わる。その代わり、その輪廻から抜け出す事はできない。残念だが」
「そう、ですか………では、今頃新しい命を謳歌しているでしょうか?」
「そうだと良いな。我々にできることは願うことだけだ」
おいで、と言ってミネルヴァを求める。
「さっきからいい匂いがしている。食わせろ」
彼女を膝の上に乗せた。
後ろから首筋に顔を埋める。
ぴくりと跳ねた背筋にそそられた。
ちゅ、と細い首にくちづけするとミネルヴァは俺に向き直った。
「ちゃんと聞きたい。本当に俺と一緒にいてくれるのか?」
「もちろんです。貴方こそ、永遠に私といられますか?」
「飽きない」
「食事の意味じゃなくて」
「欲しがるなよ、当たり前だろ。………良かった。お前が現世に留まるとか言わなくて」
「まさか!!言うと思ったんですか!?」
「万に一つでも可能性があると思うと、男は不安になるものだ」
「可能性はゼロだったと思いますけど…それに迷える魂は現世に留まることはできないのでしょう?」
「まあ、それはそうなんだが…留まりたいって言われたら傷つくだろ」
「大切な方が傷つくようなことは言いません」
「それは俺を愛していると言うことか?」
「狡いですよ、そういうのは他人任せにしないで自分の口で言ってください」
「こほん、あー…。愛している」
「ちゃんと目を見て!」
「わかったよ!」
じっと見つめるとミネルヴァは泣いていた。
「ミネルヴァを愛している」
「上出来です」
「泣くな、ミネルヴァ…」
「え?あ、ごめんなさ…」
ぽろぽろと溢れる涙が止まることなく俺の衣を濡らした。
「どうした?」
ぎゅっと細い手を握る。
彼女は俯いて首を振った。
「分かりません。訳もわからず…ただ、私だけが幸せになって良いのかって…」
「姉上の最後の願いだからだろう。その幸せで苦しむことはない」
おでこにくちづけする。
「そうだ、良い場所に連れて行ってやろう」




