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元女王様は幸せになりたい  作者: 花一華
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2 再会

 それは本当に思いがけないことだった。ある日の昼下がり、アリアは呼び止められて振り向いた。


「あれ、君はこの間の...」


 アリアを呼び止めたのはメガネをかけた青年で、服装からして貴族のようだった。隣にはその友人らしき男がいて、理由は見当もつかないがニヤニヤと何かを面白がっていた。


「ええと、どこかでお会いしましたっけ?」


 心当たりがないので顔色を伺いながらそう言うと、青年は困ったように笑っていた。


「この間、変な奴に絡まれていた所に居合わせたんだけど...覚えてないかな?」


 それでもピンと来ていないアリアを前に、その青年は肩を落とす。そしてその横で、青年の連れが必死で笑いをこらえている。


「あー、あれだろエディ。これだけ美人ならそんな話ありすぎて一々覚えてないんだって。」


 メガネの青年の方はどうやらエディと呼ばれるらしい。連れの方は相変わらずくっくっと笑いながら、そうだろお嬢さんと得意顔でアリアに目配せをしてくる。

 事実、街を歩いたらかなり声をかけられる方で、たちの悪い男に当たる確率はそれなりだ。その現場に居合わせたと言われてもさっぱり、というのが正直なところだった。


「そうですね。はい、まあ、それなりにあるもので。」


 覚えていないものは仕方がないので、いっそけろりと開き直って答える。

 ただ、こんな風に目撃者が後日声をかけてくれるのは初めてかもしれないとアリアは思った。きっと優しい人なのだろう。


「あの後、何もなかったかい?ああ、覚えてないならそれも違うよね。うーん...」


 エディと呼ばれるその人がだんだんと恥ずかしそうに、声がしりすぼみになってゆく。なんだか申し訳ない気持ちになってしまったアリアはある提案をすることにした。


「よろしければ、私の働く喫茶店にいらっしゃいますか?すぐそこなので。」


 普段ならこんな勧誘のような真似はしないのだが、きっとこの人はアリアの心配をしてくれたわけで悪い人ではない。言い方からして助けてもらったという訳では無いだろうが、厄介事に首をつっこむ人間は多くない。こんな日があっても悪くないとアリアは思った。


「喫茶店?主人がいるって言うからてっきり...」


「ああ、そういう言い方をすると引いてくれる人が多いんです。だからそれ嘘ですよ。」


 そう言うとメガネの奥の目を丸くしていたが、すぐに柔らかく微笑んだ。


「やっぱり君は強いんだね。」


 そう言いながら細めた瞳が少し切なそうに見えたのは、アリアの勘違いだろうか。そしてその横で、まだ名前も分からない男はやはり面白おかしそうに笑っていた。


「ははっ、お嬢さん良いキャラしてるよ。俺の名前はヴィルベルト。それでこっちのメガネはエドウィン。これからよろしくな。」


「おいお前、メガネってな...」


「別にいいだろ、事実なんだし。お前の説明と言ったらそれだ。」


「あのなぁ...」


 ”これから”というヴィルベルトの言葉に少し違和感を覚えたものの、二人は友人らしい。会話の雰囲気からして随分長い付き合いなのだろうと想像できて、そんな相手をすでに失ったアリアは少し切ない気分になる。

 そしてその感情に蓋をするように、アリアは居住まいを正す。


「私の名前はアリアです。こちらこそよろしくお願いします。」


 そう言って綺麗なお辞儀をする。


 そんな会話をするうちに喫茶店に到着したので、アリアは扉を開ける。中は二階構造になっていて、中央は吹き抜けになっているのでかなり開放的な空間だ。

 そしてこの店は喫茶店でありながら、よりゆったりくつろげるように沢山の本が揃えられている。その種類は女性向けの恋愛小説であったり、男性向けには専門書であったりと本当に様々だ。

 この店に初めて訪れたであろうエドウィンとヴィルベルトは、二階の壁にびっしりとつまった本に目を見張っていた。


「実は上の本棚の後ろにも席があるんです。ご希望の方には二階へご案内していますがどうされますか?時間制限はないので、くつろげると結構評判がいいんですよ?」


「へぇ、本好きのエディにこれ以上ないくらいの店だな。」


「そうなんですか。だったらせっかくですし、二階にご案内しますね。」


 ふとエドウィンの方を見ると、ヴィルベルトの言うように本が好きというのは本当のようで、その瞳はキラキラと輝いていた。

 案内したのは二階の奥の席。注文を取りにまたすぐに伺いますと言い残して、アリアは一階のキッチンへと下がった。



「なるほど、あの子だな?ここ最近お前がおかしかった原因は。」


 アリアが下に行ってすぐ、十年来の幼馴染であるヴィルはそう言った。長い付き合いだからこそ、遠慮が無いのが今は腹立たしいとエドウィンは思った。


「ヴィル、何でもそういう方向に持っていくな。そもそも会ったのは今日が二回目なんだぞ。」


「そうは言ってもな。女に声をかけるなんて今まで一度もなかったろ。

さあ、大人しく吐け。」


 随分楽しそうに言ってくれたものである。まあ、全面的に否定もできないのだが。エドウィンは深いため息をつき、腹を括ることにする。


「言ってた通り、変なのに絡まれたところに居合わせたんだ。そのあと少しだけ言葉を交わした程度だよ。残念ながら彼女は覚えてなかったみたいだけどね。」


 それだけな筈がないだろと言うように、ヴィルベルトはワクワクとした目で耳を傾けている。なんか、もしかしなくとも面白がっていないだろうか。


「...一人で全部解決して、強い女の子だと思ったんだよ。僕とは違ってね...」


 そこまで言うと、一人で全て分かりきってしまったような顔をしてヴィルベルトはしていて、しかも黙り込んで何か思案していた。

 聞いてきたのはそっちだろうにと、エドウィンは容赦ない非難の目を向ける。


「おいおい、そんな顔すんなよ。大事な幼馴染のために考えてたんじゃないか。」


「何を。」


「お前とアリアちゃんの恋路について?」


 ヴィルベルトの斜め上の発想に、エドウィンはピシリと音を立てて固まるのが自分でも分かった。

 いや、正確に言えばこの幼馴染の言いそうなことは予想できたのだが、それでも限度というものはある。

 

 あるいは、最初からアリアの美しい強さに惹かれていたことを見透かされた動揺だったかもしれない。彼女を初めてみたその時から、その笑顔が焼き付いて離れないことは否めないのだ。しかし。


「そんなんじゃない。さっきも言ったがまだ二回しか会ったことがないんだぞ。」


「そりゃ、会いに来て仲良くなればいいだろ?」


 だめだ、この幼馴染には何を言っても通じそうにないとエドウィンは思う。

 それでも、本気で嫌がる気にもなれなかった。まともな恋愛をひとつもしてこなかった自分のことを、きっと心配しているのだから。


 そんな馬鹿な会話をしているうちに、それなりに時間がたっていたらしい。


「ご注文はお決まりですか?」


 いつの間にかアリアが戻ってきて、話していた内容が内容なだけに少し焦る。というか話込んでしまってメニューに目を通すのを忘れていた。


「あー、申し訳ないけど話すのに夢中でまだ決められてないんだ。」


「ふふ、仲がよろしいんですね。」


 アリアと話すときは決まってなんだか締まらない自分にエドウィンは辟易してしまう。初めて会ったときだって助けようとして結局何も出来なかったし、今だってフォローまでされてしまった。正直ヴィルベルトの方を睨め付けたい気分だった。


「そうだな、何かおススメってあるかな。」


「それならアップルパイのケーキセットが人気ですよ。」


「じゃあそれで。ヴィルもそれでいい?」


 ヴィルベルトの爆弾発言が炸裂したのは、エドウィンが便乗したすぐ後のこと。


「ところでアリアちゃん、こいつのことどう思う?」


 そう言ってエドウィンの方を示したのである。なんて余計なことを聞いてくれるのか。こんなことならもっとしっかり釘を刺すべきだったとエドウィンは頭を抱えたが、もう手遅れというのも事実だ。

 しかしヴィルベルトにはそれ相応の覚悟をしてもらうとして、アリアはなんと答えるのだろう。まあ大したことは言われないだろうが、アリアの答えが気になる時点でヴィルベルト思う壺のような気がしてしまう。


「優しい方だと思いますよ。数日前の私のことを心配して覚えていて下さったんでしょう?

改めてありがとうございます。」


 突然の問いに少し戸惑いながら、アリアは笑顔でそう答えた。客に対するリップサービスだとしても、悪い気はしなかった。

 そう答えるとアリアはすぐにぺこりと礼をして戻って行った。


「ヴィル、これ以上余計なことするなよ。」


 そう改めて遅すぎる釘を刺すと、不思議なことにそれ以上は何も言ってくることはなかった。エドウィンも理解してくれたのならそれでいいので、せっかくならと思い本棚を見に行くことにした。

 その後運ばれてきたアップルパイは、とても甘く感じたのだった。


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