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番外編 嫌悪の理由

番外編 ケネス視点

「なあ、ユージン。あいつらをどう思う」

椅子に腰かけ、片手にグラスを持ち、長い付き合いの友に問いかける。

小さなテーブルを挟んで向かい側の椅子に腰かけた(ユージン)は、氷を溶かすようにゆっくりとグラスを揺らしている。


「あいつら…っていうのは、"転写者"のことか?」

理解しているくせに、わざわざ訊き返してくる。

それ以外に何がある?と目で返せば、ユージンはグラスに視線を落とし、一口酒を飲みこんでから考えるように口を開いた。


「まあ、お前の言いたいことは分からんでもない。…圧倒的に変な奴らが多いからな。特にお前は、随分と迷惑を被っているようだしな」

「他人事のように言うな。お前だって、変なのに絡まれていただろう」

私はグラスを持った手で、人差し指を伸ばし、ユージンを指さす。

ユージンは、そんな私の様子を見ながらくつくつと笑う。

「そうだな。彼女たちは、元々この世界にいる者よりも上昇志向が強く、恥じらいは少ないらしいからな」

確かに貴族社会の中でもより良い婚姻を望む者は多い。

家同士の繋がりを強め、今後の家の発展を思えば、男であれ女であれ、良い相手を望むことは分かる。

…だが、奴らのあの恥じらいのなさはどうだ。

家格も何も持たない者たちが、あからさまにこちらの家柄や地位、職業や見た目だけに群がってくる。

そうでない者もいるかと思えば、生活が立ち行かないのか、犯罪に手を染める者も多い。

妹のイレインも、誘拐しようとしたのか、手籠めにしようとしたのか…襲われかけたことがある。

今まで出遭った連中の中には圧倒的にまともな人間が少ない。見回り中に"転写者"の犯罪者を捕まえたのも一度や二度じゃない。

私も、ユージンも貴族の出で騎士隊長という役職にも就き、ユージンなど見目も良いから、街中の見回りで女性からも何度絡まれたことか。


まあ、確かにユージンはいい男だ。

背が高く、鍛えられた体に、整った顔立ち、愛想もいいときてる。

その上、伯爵家嫡男でありながら騎士隊長を勤め、勿論文句なしに強い上に面倒見も良く…非の打ち所がない。

家督は次男のデューイに譲ったにしても、どうして未だにこいつに特定の相手がいないのか不思議なくらいだ。


私はグラスの酒を飲み干すと、また新たに酒を注ぎながら、ユージンに沸き上がった疑問をぶつけてみる。


「ところでお前は、今も特定の相手はいないのか?」

ユージンは私の問いかけに、口をつけていたグラスを下げ、またグラスに視線を向ける。

「ああ。つくる気はない。…それはお前もだろう?」

逆に問い返されて私は「ああ」と頷く。


確かに、私もつくる気はない。

それは騎士であれば、珍しいことでもない。

戦争などが起これば、生きて帰れる保証もない。

それでも生きる糧にするために家庭を持つ者もいるが、憂いなく任務につくため家庭を持たない選択をする者も多い。


だが私は──。


考えかけて、小さく頭を振る。

視線を上げると、ユージンも何か考えていたのか、瞳が揺れている。

目が合った瞬間についっと視線を逸らされる。

それを見て、私も視線をテーブルに投げる。


長く付き合っているが、この件だけはいつもあまり話したがらない。

恐らく、随分と昔から想っている相手がいるようではあるのだが…。

いつも快活で、思っていることもすぐ口に出すのに。

ユージン程の奴なら、想いを告げられて断るような人間もそういないだろうに。


そう考えているとグラスをテーブルに置く、コツッという音が響き、私は視線を上げた。

視線を上げた私の目をまっすぐに捉え、ユージンが問いかけてくる。

「お前は…想いを寄せている相手はいないのか?」

その言葉に、ドキリと心臓が跳ねた。

誤魔化すように酒をあおってから、私は答える。

「…いる。だが、伝える気はない」

私の答えに、ユージンは「そうか…」とだけ言い、その顔には苦笑いを浮かべていた。


…伝えて相手を困らせるくらいなら、伝えず、今の関係のままいる方がいい。


激しい嫌悪も感じるが、時に"転写者"の恥も外聞もないようなあの行動力を羨ましく感じる時がある。


「だが…。死ぬ瞬間くらいには伝えたい気もするな」

小さく吐き出した私の呟きに、ユージンは興味深そうに私を見つめる。

今度は私が視線を逸らし、仕返しだと言わんばかりに問うてやる。

「お前こそ、伝えないのか」

私の言葉に、ユージンが固まったのが分かる。

数舜の沈黙の後に呟かれた言葉も「俺は……」そこで止まってしまった。


お互いに、伝えられないような相手に想いを寄せているということか…。


そう思って、私の口から深いため息が漏れる。


ユージンには幸せになって欲しい──。

死ぬのなら、こいつが幸せになるのを見届けてから死にたいな。


そんなことを思う。


とりあえず、街中の見回りに出た時に待ち構えていたように突撃してくる"転写者"共をいい加減蹴散らそうか。

こいつは割と誰にでも優しくするから、いつまで経っても付きまとってくるからな。

イレインに付きまとってる奴も何とかしとかないとな…。


そんなことを考えながら、私は残った酒を飲み干すと椅子から立ち上がった。

「そろそろ片付けるか。明後日からくる新入隊士の情報をもう一度見直しておきたいしな」

私がそう言うとユージンも「そうだな」と言って立ち上がる。

新入隊士が入ってくれば、明後日からまたしばらく忙しくなる。

明日は久しぶりにユージンも誘って、イレインの顔でも見に行くか。


私は片づけを始めた友をちらりと振り返った。


いっそユージンとイレインがくっついてくれれば安心なのにな──。


そんなことを思いながら、私も片付ける手を動かすのだった。


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