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双聖皇のアトランティス - Atlantis of Gemini -  作者: 三木 李織
第Ⅱ部 第2章 研究戦〜庭園図書館〜
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第12節  根付く想い


 試験を終えたアレンたちは競技場を去り、天球棟の食堂に向かっていた。

 

 そしてちょうど、その天球棟に入ろうとしているところだった。


 アレンたちが研究戦の最中のことを楽しく話していると、その楽しい雰囲気を壊す人物が現れた。


 その人物は急に物陰から人が出てきたと思うと、最後尾を歩いていたアレンの腕に手を伸ばしてきた。

 まるでアレンを引きずり掴むように。


「――……うっ!」


 しかし、アレンはその腕に触れられる前に、逆に相手の腕を捻り上げた。

 呻き声を上げたのは、相手の方だった。


「――僕に何の用かな」


 アレンは努めて明るく優しい声で尋ねる。

 マリウスの剣の柄を鞘に押し付け、マリウスがそれが抜けないようにしながら。


 アレンはその人物が誰かを薄々分かっていた。

 そして、アレンに腕を捻り上げられているせいで頭を下げた形になっている金髪を見て、確信する。


「――マリウス君、だったよね。僕に何か用事でもあるのかな」


 隣のハーゲン教室所属の騎士棟生。

 昨日レオに『嫌なこと』を言ったマルクスの弟。

 そしてアレンに何か悪意を含んだ視線を送ってきた人物。


 マリウスはアレンの問いに答えない。

 そういう風にしているから、痛みはそこまでないだろうに。


 アレンが尋ねる傍ら、アレンの身に起きた異変に瞬時に気が付いたレオとフランがアレンの一歩後ろに立って相手の様子を窺っていた。


「急に掴もうとしてきたら、驚くよ。用があるならそう言ってくれればいいのに」


 アレンはマリウスの腕から手を離さないままで話を続けた。


「……その手を離せ、アレン・ロードナイト」


「うーん。でもその前に僕の質問に答えてほしいなあ」


 アレンはそう言って時間を稼ぐと、レオとフランに目配せして、空いている方の手ですぐ隣に立っていたアイリスの肩を優しく三本指で押した。

 レオとフランがアイリスのための道を開け、その手をセレーナと雛姫が天球棟の建物内に近い方に引き寄せてくれる。


 背後で風鈴も含めた女性陣がアイリスに「大丈夫よ」と声を掛けるのを聞き、アレンは少しだけ肩の力を抜いた。


「その手を離せと言っているだろう! 野蛮な奴だな!」



 ――あんまりこういうのをアイリスに見せたくないのになあ。俺、このマリウス君のことを好きになれないかもしれないな。


 昨日はただの言い争いだったからアイリスは静かに怒っていたけれど、今日は怯えていた。

 アイリスもアレンもそもそも争いは好まない性質たちだ。


 アレンは正直マリウスの言葉に思うところはあったが、今度は相手の言い分通り手を離した。



「それで、何の用かな。僕はさっきの試験ですごく疲れているし、すごくお腹が空いているんだ。だから早くみんなと食堂に行きたいなあって思っているんだけど。……だからさ、今度、僕が一人のときじゃあダメかなあ」


 アレンはニコリと微笑む。


「……お前、クラーラ先輩と同じ技を使って、あの順位かよ」



 ――こちらの言い分は無視、か。


 そしてどうやらマリウスは、アレンが試験中に使った技のことを競技場にいた誰かに聞いたらしい。


「うん。まだ練習中なんだよ。でも、僕みたいな奴の順位なんて気にしてたんだね。マリウス君はすごいなあ」


 アレンは心からそう思って言った。

 その言葉が相手を煽るような言葉と気が付かずに。


「俺の方が実力もあるのに、なんでお前が団体戦の選手に選ばれて、俺が選ばれないんだよ……! マルクス兄さんもだ……! 兄さんは優秀なのに!」



 マリウスは先程の試験でレオの次の七位だったはずだ。

 それは騎士棟の一年生ではレオに次いで二番目の成績。

 

 対してアレンは十二位で、騎士棟では三番目の成績だ。

 決して悪くはないし、アレンの実力を考えれば上出来すぎる順位だ。

 だが、アレンは団体戦の補欠選手で、マリウスは団体戦の選手に選ばれていない。

 彼が不満に思うのも不思議ではない。



「マリウス君の言っていることは、きっと間違っていないよ。だけど、そんなこと僕に聞かれても困るかな」


 アレンは言葉通り困っていた。

 彼の普段の成績は知らないが、確かにマリウスの方がアレンよりも実力があるはずだからだ。

 次の魔術戦もきっと彼の方がずっと点数が良いはずだ。

 何せアレンは座学ならまだしも技能を問われる魔法魔術に関してはからっきしだ。


「何か卑怯な手を使ったんだろ! そうだって聞いたんだ! 僕の家は国内じゃ身分が高いけど、それを利用する手段なんて使ったことないのに!」



 アレンはマリウスが喚くのを聞きながら、ふと天球棟の入り口の石段を見た。

 見慣れた蜂蜜色の色彩が見えた気がしたから。



「――わたくしがあなたの質問にお答えしましょうか。マリウスさん」



「……クラーラ先輩」


 白い階段の上に立つクラーラを見て、マリウスは絶望の顔をしていた。


 笑顔の相手に対して酷い怯えようだったが、気持ちは理解できたし、少し可哀想だとも思った。


 アイリスを含めた他の皆はクラーラの登場にほっと胸を撫でおろしたようだった。


 ――この人は本当にみんなに『信頼』されているよな。


 アレンはそんな姿に憧憬と畏怖の念を抱く。


 ――それにしてもこの人は学院内に何か監視網でも敷いているのだろうか。こんな場面にタイミング良く現れるなんて。


 クラーラはコートシューズの踵を鳴らしながら、手すりにその白い手を滑らせながら階段を下りてくる。


 そしてアレンとマリウスの間にすっと入り込むように立った。

 アレンは自身に背を向けるクラーラから一歩離れた。


「私はいくら試験の点数が良くても、家柄が良くても、周りの人間を、ましてや学友を侮辱するような方を団体戦選手に絶対に選びませんわ。『絶対』に」


「はい……」


 マリウスはクラーラの前でぐったりと項垂れている。


「マリウスさん。私はアレンさんの『可能性』に賭けたの。皆が色々と思っていることも言っていることも、私もアレンさんも当然知っていますわ」


「はい……」


「でも、これだけは覚えていて。私は別にあなたの能力が低いと思ったわけではないの。大丈夫、チャンスはこの一回の試験だけじゃないわ。ちゃんとあなたの事もあなたの実力も私を含めた皆が見ていますわ」


 クラーラはマリウスと目を合わせ、その後にフランの方を見た。

 フランはそれに対して少し困ったような笑顔で返す。


「――はい」


「あなたのこれからの活躍を期待していますわ」


「――はい。ありがとうございます」


 マリウスは瞳に小さな光を灯し、クラーラの宝石のような紅と瑠璃の瞳を真っ直ぐに見つめている。


「良い子ね、マリウスさん。ですから、きちんと皆さんに謝れますわね。……驚いてしまった方もいるみたいですし」


「はい、申し訳ございませんでした。クラーラ先輩、それにアレン君も……アイリスさんも……レオナルドさんも、みんなもごめん。僕、何かおかしかったみたいだ」


 マリウスはそう深く頭を下げた。

 みんなはそんなマリウスに頷いて見せた。


 とりあえず和解は出来たみたいだ。

 だが、アレンには少し気掛かりなことがあった。


 アレンはその場を去ろうとするマリウスの肩をそっと指で叩いた。

 そして、なるべく小さな声で、彼の耳元で囁いた。


「誰に唆されたのか分からないけど、僕みたいな奴を気にする必要はないよ。マリウス君、君は本当に優秀だと思う」


「うん。ありがとう。――あと、本当にごめんね」


 アレンはその素直な謝罪に、これから自分が話す言葉に罪悪感を覚えた。


「こういうことを言うと、驚かせちゃうと思うから、あんまり言いたくないんだけどさ」


 アレンは言葉を濁しながらも、頭上の天球棟のバルコニーに立つ人影を指す。

 それは敢えて自身の存在を示している護衛のダニエルとイザベルだった。


「僕たち兄妹の護衛は、すごく過保護なんだ。特に彼はずっと君を狙っていたよ」


 アレンは触れるか触れないかの距離で、バルコニーを指差していたその指をそっとマリウスの頭に添えた。


 まるで撃ち抜くように。


 ――『脅し』だよな、これは。


 だけど、彼の悪意は全てではないが、その大部分は『彼のもの』ではなく、『人からの借りた物』のような気がした。

 だから、一番言いたかった言葉を告げる。


「お兄さんのマルクス先輩にも、()()伝えてくれると嬉しいな」


 可能な限り怖がらせまいと、アレンは決して笑顔を忘れなかった。

 

 なのに、マリウスは顔を真っ青にして無言でコクコクと頷いた。


 その笑顔は「逆に怖い」と、後でレオとフランに指摘されてアレンは初めて知ったが、時すでに遅しだった。


 



    ◇ ◇ ◇





「お疲れさまでしたわ。皆さま」


 マリウスが去った後、アレンたちは今度こそ食堂に向かう。


 クラーラはアレンたちを労いながらも、アレンの新しい技――『光風光芒ルミエール・ヴァン・テイル』についての感想を伝えてくる。


「今回はあのくらいで上出来としておきましょう。本番は、()()ではないですからね」


 クラーラとアレンが今回の試験で見据えているのは、あくまでも騎士戦と団体戦だ。



「――クラーラ先輩」


 アレンは横を歩くクラーラにしっかりを向き合う。


「何かしら」


 アレンはクラーラに深く頭を下げた。


「――ありがとうございます」

 

「どうしましたの。そんなに改まって。先ほどの事なら気にしなくて結構よ。私が原因の一端でもあるわけですし」


「あ、いいえ。さっきのこともなんですけど」


「……?」


「今話していたじゃないですか。俺はあの技のおかげで八十二点も取れて、しかも十二位なんていう自分の実力以上の成績が取れました。それにみんなの驚いた反応を見て、実感が湧きました」


 アレンは自身の掌を何度か開いては閉じた。


「俺って意外と便利な身体をしていたんですね」


 アレンの魔力が定着しづらい器は、アレンにあの技術を与え、あの成績をもたらしてくれた。

 そしてそれはあの技を授けてくれたクラーラのおかげだ。


「クラーラ先輩のおかげで、自分の良いところが一つ見つけられました。ありがとうございます」


 アレンが感謝を伝えると、クラーラはなぜか目頭を押さえて俯いてしまった。


「……どうしたんですか」


「ごめんなさい……ちょっと感動してしまって」


「え。何でですか」


「どうか、どうかお気になさらないで……」


「え。本当にどうしたんですか」



 クラーラは結局、食堂まで俯いて黙ったままだった。

 そして急用を思い出したと言って、食堂の前でアレンたちの元を去っていった。





    ◇ ◇ ◇





「おい。もう帰ってもいいか、フロールマン。明日の試験の準備をしたいんだが」


 シンは生徒会室のソファに座り、向かいの席でレースのハンカチで涙を拭いているクラーラに問いかける。


 シンは昼休憩中に生徒会用の通信具で生徒会室に急に呼び出されていた。

 もう午後の自主訓練の時間が始まってから、それなりの時間が経つ。


 明日は三年生の魔術戦が控えており、シンは早くその最終準備に取り掛かって早く休みたいのだ。




『聞いてくださいませ!』


 シンが生徒会室に入ってきた途端、そう言ってシンをソファに無理矢理座らせたクラーラは一方的に語り始めた。


 話を聞けば、要するにアレン・ロードナイトが『自身の価値』に僅かでも気が付いたということらしかった。



 ――フロールマンが彼に少々肩入れが過ぎることは知っていたが。礼を言われて泣く程とは。


 シンは窓の外を見る。


「妹の方にもそういう自覚がもっと根付いてくれるといいんだがな」


 シンはクラーラが語る少年の片割れである、白銀の髪の少女の姿を思い浮かべた。


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