第3節 花を咲かせるための力
新人戦の試験のためだけに用意された仮初の図書館――『庭園図書館』には、数にして約五十万冊の本が収められている。
サンクチュアーリオ学院の『智慧の宝物庫』と呼ばれる大図書館には及ばないが、その数は膨大だ。
そしてその庭園図書館に収められている約五十万冊全ての本に『透明な花』が咲いている。
『花の書』は全五章。
各章にはそれぞれ二十本の『花』が収められている。
全部で百本の『花』にはそれぞれ本の題名が刻まれている。
それが探さなければならない書の題名だ。
庭園図書館の本に咲く透明な花に、『花の書』から正しい『花』を収めるのがこの試験の課題。
透明だった『花』が色付けば、それは正しい場所に収まったということを表す。
その『花』を咲かせるために必要な力はいくつかある。
◇ ◇ ◇
「【解読】完了」
その合図で二重の魔法陣が閉じる。
シンは魔術具の銀鎖を絡め取り、再びローブのポケットにしまった。
代わりに懐中時計を取り出す。
シンの目の前の書架に並んでいた本の題名は、全て暗号化前のものに変換されている。
術は成功した。
それは目の前の本だけでなく、約五十万冊の蔵書全てについてだ。
「これで全ての本に掛けられた術は無効化されたな。あとは花を正しい場所に収めていくだけか」
時間が無限にあれば、それは容易なのかもしれない。
ただし、残り百冊の本を収めるために残された時間は――――百十分。
「少し急ぐか」
シンはその書架に収めるべき本を花の書から抜き出し、正しく収めると、マントを翻した。
革靴の踵を鳴らして煉瓦造りの通路を進んだ。
◇ ◇ ◇
一方、月白競技場に設置されている魔水晶には、四十二名の三年生の映像と試験全体の進捗が映し出されていた。
アレンたちが見つめる真っ白だった画面に、花が一つ咲いた。
[一つ目の花を収めたのは、騎士棟クラーラ・マクレール・フロールマン! やはり学院首席は伊達じゃないですね!]
[流石はクラーラさん、速いですね]
解説役のチャールズとハーゲン先生が、すかさず賛辞を紡ぐ。
[おや、そう言っている内にカエルム先輩も一つ花を咲かせましたね! 研究棟首席のカエルム先輩はこの試合の優勝候補筆頭ですからね!]
[そうですね。それに研究棟教員の贔屓目なしにカエルム君の実績を見れば、彼は歴代研究棟生の中でも指折りの学生だと思いますよ]
[お、これは凄い褒め言葉が出ました! 前回は団体戦でクラーラ先輩に苦い思いをさせられていたカエルム先輩ですが、今回はかなり気合が入っていらっしゃいましたね]
[彼もかなりの負けず嫌いですからね]
[お! 続いて魔術棟のシン先輩、そして続けてケイティ先輩です! やはり安定の強さです!]
クラーラの名前の横に花が咲いた直後、カエルムの花、そしてそれに少し遅れてシンの花と研究棟次席ケイティの花が一つずつ咲いていく。
そしてそこからはもう追えないくらいに次々と花が咲いていった。
[皆さん序盤は順調そうですね。この試験はやることとしては単純なんですが、時間制限がありますので、ここから先ほどこまで無駄なく、速く、ミスなく正答できるかが結果を左右しますね]
[これ、本当にやること単純なんですかねー? 単純な知識問題というだけじゃなくて、色々な技術が求められている気がしますけど]
[ええ、そういう趣旨ですので。ですが、出題されている本は全て授業で扱ったものか、それに関連した書籍ばかりですから]
[いやあ、流石は元研究棟首席にして学院首席。簡単に言ってくれちゃいますねー。まったく、嫌になっちゃいますよ]
[チャールズ君。聞こえていますよ]
チャールズの軽口とハーゲン先生の苦言に観客席から笑いが起こる。
[いやーあははは。……まあ真面目な話、こうして一度試験内容とルールを見てから試験を受ける僕たち二年生や一年生と比べれば、三年生の試験の難易度は桁違いですよね]
[そうですね。一部はルールが変わる部分もありますが、チャールズ君の仰る通りです。そしてその難易度の中で、これだけの結果を出している皆さんは本当に素晴らしいですよ。在校生の皆さんも、良く見て学んで自分の戦略を考えておいてくださいね]
◇ ◇ ◇
「三年生って本当にすごいのね」
セレーナが遠い星を眺めるような深い溜息を吐いた。
アレンはその溜息を聞きながら改めて魔水晶を睨むように見つめる。
そんなアレンに、レオが可笑しそうな視線を向けて言う。
「でも凄すぎて何が凄いのか分からないよな。な、アレン」
「……そうだな。ちょっと状況が頭に入ってこなくて」
レオとアレンは事前情報通りの、凄すぎて参考にならないお手本に苦笑いする。
するとセレーナが少し説明をしてくれる。
「まず一つ、状況把握力の高さね」
「「状況把握力?」」
「確かに事前に種目名だけは明かされているけれど、正直この試験内容を完璧に予測できた人は居ないはずよ。過去の試験は参考にならないしね」
確かにアレンも検討がつかなすぎて、とにかくこの三ケ月で学んだことを手当り次第復習した。
「そして三年生は、試験内容についての説明がほとんどされない状態から、この試験をスタートしているのよ」
「僕たちはこうやってある意味答えを見せてもらっているけれど、三年生は自分たちがこの試験で何をしなくていけないかの読み解きから開始して、もうここまで進んでいるんだよ」
そして学生解説員のフランも加わる。
この二人は結構いいコンビだ。
アレンは改めて試験の進捗を魔水晶で確認する。
試験開始から現在五十分。
試験時間は百二十分で、経過時間は半分弱。
そして殆どの三年生が既に四割以上の花を咲かせている。
それは確かに驚異的だ。
「二つ目は技術力の高さよ。庭園図書館にある本の題名は全て暗号化されているわ。だから、基本的にはそれを解かないと、花を収めるべき、正しい場所が分からないのよ」
「本文は暗号化されてないみたいだから、中を見ればもしかしたら分かるかもしれないけどさ……」
「でもそれ、中身を覚えていないと無理なんじゃ。近い場所にある本なら似たような内容も多いと思うけど」
「そうだよな。迷った時ならそれもありなんだろうけど、全部を見てたら時間も足りなくなるよな」
「そういうことよ。だから短時間で効率的に必要な情報を得るための技術力が求められるのよ。今回は暗号解読力ね」
「すごいよねー、ほんと」
「でも、皆どうやって暗号を解いてるんだろう」
アレンの疑問に今度はアイリスと雛姫が答えてくれた。
「シン先輩は庭園図書館全ての本の題名を魔術具で解読したみたいだったわ」
「規模はそこまでいかなくても似たようなことをしている人もいるみたい。あとは書架の周りにある花の種類からも少し絞れるみたい。薔薇の章の本は薔薇の花壇の近くという風にね」
アレンは頭の中で計算をする。
――花の種類で絞っても、全五章――五つの花だから五分の一程度と考えると……ルール説明で所蔵されている本は約五十万冊って言っていたから、綺麗に割れば十万冊だよな。
それはとても数を絞ったとは言えない、途方もない数字だった。
「後は暗号解読にルールがあるみたいだから、それに則って解読しているんだと思うわ」
「そういえば、暗号解読の授業があるって聞いたことがあるな」
「ちなみに、解読ルールを理解していないと、魔術や魔法でも解読できないのよ」
レオの言葉に雛姫が冷静に補足する。
その口ぶりから雛姫はどうもその暗号解読についてもすでに理解しているようだった。
――アイリスにくっついている姿を見ると忘れそうになるけれど、流石は首席入学だな。
そしてセレーナも雛姫の言葉に反応し、彼女の方に身を乗り出した。
「ねえ、雛姫。カエルム先輩ってもしかしてその場で題名の暗号を解いてる? なんだかそんな気がするんだけど」
「いやいやセレーナさん、そんなまさか!」
セレーナの問いにフランは驚きを隠ぜず勢い良く振り向く。
だが、アレンもフランと完全に同意見だ。
しかし雛姫は冷静な態度を覆さず穏やかだ。
「シン先輩みたいに一括翻訳してるならまだしも、その場で題名を訳してなんてやっていたら、いくら時間があっても終わらないでしょ。ましてや百冊の本を収めるのにたったの! たったの百二十分だよ!」
「たぶんセレーナの言う通り。カエルム代表は目の前にある書架の本全てを訳しながら探してる。題名もその中身も、勿論分類も全部覚えてるから出来る芸当」
「いやいや、常人には授業で扱った本や関連の書をすべてを記憶することなんて無理だよ! ましてや数百冊分の本の題名を一瞬で解読してるとか!」
「だって、カエルム代表は間違っても常人じゃないわ」
天才と言われる雛姫にそう言われるだけの実力。
それはきっと、とんでもないことだ。
アレンとレオが唖然としていると、セレーナとフランが何かを納得した顔で再び説明に加わった。
「でも中身をきちんと把握しているのはカエルム先輩だけじゃないわ。勿論全部の本じゃないでしょうし、取りこぼしはあるでしょうけど、三年生はみんな題名と内容をきちんと把握しているのよ」
「そっか、三年生はどの本がどの分類か分かっているし、図書館の分類番号も分かっているんだ。だから書架番号が分かるし、どの本が正解なのも分かるのか」
それは図書館に通い詰め、多くのことを調べ学んできた軌跡だとアレンは思う。
「そう。題名だけが分かったところで、分類と書架番号が解らなければいくつもの書架の間を無駄に彷徨って終わることになる」
「この試験は仕掛けの魔術や魔法につい目が行ってしまうけれど、本質はあくまでも『知識を問う』というところなのよ」
「セレーナが言うところの三年生の凄いところの三つ目はそれね。三つ目というよりも『一番』かな」
最後に雛姫は楽しそうに微笑んだ。
「それは、『知識力の高さ』ね」
それは不敵の笑み。
しかし、アレンは見逃さなかった。
その横で自身の妹も、花を咲かせるための力をすぐにでも試したくて、うずうずしていることを。
そしてそんな思いを胸に、密かに瞳を煌めかせていることを。




