第4節 選ばれなかった者の特権
新人戦団体戦選手登録締め切りの日はあっという間に訪れた。
その日の授業が終わる時間になると、天球棟のエントランスホールに学生たちが押し寄せていた。
各棟の代表選手名が掲示されているのを見るためだ。
騎士棟一年のフラン・シラソル・カラーもその一人だった。
フランは喧噪に沸くエントランスホールの片隅で一人、メモ帳を片手にその情景を書き留めていた。
いつも一緒にいる友人たち――アレンとレオはこの場にはいない。
団体戦代表に選ばれた学生たちは各棟に集められ、そこで結果が伝えられるからだ。
――フランはそれに選ばれなかった。
フランは筆を止めると、握ったペンを強く握りしめ、決意したように顔を上げる。
「まったく……。僕の友人たちは揃って優秀だよね」
フランはそう独りごちると、真っ直ぐ前を見る。
そこに並んだ各棟十二名の正規選手と二名ずつの補欠選手、計四十二名の名前を曇りのない瞳で追っていく。
そしてここにいる選ばれなかった九十余名の高等部の学生に加えて、野次馬をする中等部の学生の様々な表情を見る。
『落胆』、『感嘆』、『悔恨』、『羨望』、『悲哀』、『期待』、『嫉妬』、『憧憬』――
今、この瞬間この場所で、この表情と情景を見られるのは、『選ばれなかった者の特権』だ。
そして、フランは団体戦の選手には選ばれなかったが、学生解説員には選ばれた。
フラン自身も個人戦の鍛錬に加えて、解説員として他の学生たちへのインタビューや情報収集に忙しいひと月になる。
「よし! 僕も、僕にできることをしよう!」
フランはそう言うと、天球棟にある報道倶楽部がある部屋に力強い足取りで向かって行った。
◇ ◇ ◇
サンクチュアーリオ学院最古の棟、『研究棟』の最上階。
そこには十四名の学生が円卓に集っていた。
「諸君。団体戦に参加してくれること、改めて感謝する」
部屋の一番奥、窓を背にした席に座り、場を始めたのは研究棟首席にして学院第二席――カエルム・アーティナス・キング。
端正な顔立ちに、冬空のような灰色の髪。
気難し気に見える銀縁の眼鏡の奥に並ぶ空色の瞳で、円卓を囲む面々をぐるりと見回した。
「そして今日も、僕の呼び掛けに応えてくれたこと、心から感謝する。ありがとう」
「――まあ、こうして団体戦選手が一堂に会するのは慣例ですからね」
真剣に話をするカエルムを遮る、凛とした声があった。
それはカエルムの右隣に座る研究棟次席のケイティ・ガルシア・クラークだった。
きっちりと結わえたサンディブロンドは彼女の生真面目さを良く表していた。
「あ、あのケイティ君……?」
「――それでは早速、新人戦の作戦会議を始めましょう」
ケイティはその生真面目な顔を全員に向け、いつも通りにその場を仕切り出した。
「ケイティ君……あの、まだ僕の挨拶が終わっていないんだけれど」
ケイティは動揺するカエルムを若葉色の澄んだ瞳で見つめ、その一拍後にこう言い放った。
「代表は、本当に、お話が長くて、いらっしゃるので」
やたらと一音一音をはっきりとさせながら、ケイティはばっさりとカエルムを切り捨てる。
直接的に「時間の無駄だから早くしろ」と言わないのは彼女の優しさでもあり、冷たさでもあった。
そしてカエルムは捨てられた犬のような瞳で彼女を見つめる。
しかし、彼女はもうカエルムと目も合わせようとせず、進行していく。
カエルムはショックを受けた顔になり、助けを求めるように他の学生たちを見つめた。
カエルムはまず、彼の真正面に座っていた一年生の優等生セレーナ・トーン・ブルーレースを見た。
しかし、セレーナは申し訳なさそうに微笑んだ後、そっと目を逸らす。
次に、今回の新人戦を戦う上で要となるであろう麒麟児――雛姫・榊・ジェダイトを見る。
しかし、雛姫は話をするケイティの方しか見ていない。
もう一人の一年生で、いかにも真面目そうな顔の男子学生は、真っ直ぐ下を見ながら一心不乱に何かを紙に書きつけている。
二年生で次期研究棟首席の筆頭候補である生徒会所属の蘭・春は最早慣れた様子で、カエルムとケイティの間で何事もなかったかのようにしている。
カエルムがそうして助けを求めている間もケイティは要領良く話を進め、資料を全員に回していく。
そして、一番最後にカエルムにその資料が渡った。
それをケイティから手渡された瞬間、カエルムはケイティを再びじっと捨て犬のように見つめた。
ケイティはその僅かに潤んだ瞳を見つめ、盛大な溜息を吐いた。
「はあー。貴方がそんなでは、また騎士棟に負けますよ」
「あの、ケイティ君。溜息はもうちょっと小さく吐いてくれると嬉しいよ?」
カエルムは、この集いの始まりに見せた代表らしい態度はすっかり脱ぎ捨てて、低姿勢でケイティにお願いをする。
――しかし、ケイティはカエルムに対して容赦がなかった。
「代表は、春の卒業戦で私たち研究棟が見事最下位を演じたことをお忘れですか。しかもその作戦の要は貴方だったことをお忘れですか。相手があのクラーラとはいえ、あんな惨敗の仕方をするだなんて――」
「……あの、ケイティ君。そういう事は僕のいないところで言ってくれるかな」
「本当に代表は残念ですね。お勉強とお顔だけしか取り柄がないだなんて」
「……あの、ケイティ君? 君は一体僕に何を求めているの?」
「――『完璧』ですけど?」
何を当たり前なことを、とでも言うようにケイティは冷たい視線でカエルムを見つめた。
「……そんな無茶な」
ケイティは項垂れるカエルムを再び放置し、そのやり取りを静かに見つめていた他の学生たちに目を向ける。
「無駄話をして申し訳ありません。では、先に進めましょう。さあ代表、今回の作戦を皆に説明してください」
やっとケイティから出番を与えられたカエルムは、喜びを隠せない様子で顔をぱっと上げた。
「――――では、僕から今回の作戦の要を発表するよ!」
カエルムは胸を張り、とある人物に掌を向ける。
「今期からは、我々には強いカードがある! そう、我が研究棟はじまって以来の戦闘能力の高さを誇る――雛姫・榊・ジェダイト君だ!」
当の雛姫は小さく微笑んだ後は無表情で座っている。
――しかし、二年生と三年生は口々にカエルムに厳しい言葉を投げ始めた。
「すみません、カエルム代表! それ、完全に三下の発言です!」
「そうですよ、新入生頼りだなんて情けないですよ」
「もっと戦術の話とかしてくださいよ。戦術論とか語って見せてくださいよ。貴方首席でしょう!?」
そしてカエルムはそれに反撃する。
「君たち! 口を慎み給えよ! 正論は時として人を傷つけるぞ!」
情けなくも、反撃する。
「あー、もう本当にうちの大将は本当にメンタルがライスプディングですね!」
「ねえ、研究棟って最古の格式高い棟じゃなかったの?」
「天才って一周回って馬鹿よね。まあ、代表は可愛らしい馬鹿なんだけれど」
後輩や同級生たちの容赦ない言葉にカエルムは肩をぷるぷると震わせた。
「君たち! 全部聞こえているんだよ!」
「「「聞かせてるんですけど?」」」
そんな言葉と冷たい視線にカエルムは空色の瞳を潤ませる。
「――さあ、皆さん。会議を続けますよ」
そんな格式高い研究棟のいつもの光景は、やはりケイティによって整えられた。
その後は滞りなく作戦会議は進行し、滞りなく終了するのだった。
◇ ◇ ◇
研究棟での作戦会議を終わると、セレーナと雛姫は二人並んで寮に向かった。
鳴いている虫の音が、夏が終わることを教えてくれる。
影を伸ばして進み、もうすぐ寮の門に差しかかろうというところで、一つの影が動きを止めた。
「ねえ、セレーナ」
セレーナは斜め後ろを振り返る。
「なあに、雛姫」
雛姫はじっと寮の門を見つめながら、何かを思いついたように言った。
「……セレーナって人の気持ちに敏感よね。気が利くし」
「いきなりどうしたの?」
ゆっくりとセレーナに視線を合わせた雛姫に視線で先を促す。
すると雛姫はゆっくりと考えながらも言葉を紡ぐ。
「……私に教えて欲しいの。人の気持ち――心理って言った方が正しいかな。……それが、私の弱点だと思うから」
それはセレーナにとって意外な願いだった。
雛姫がセレーナに何かを頼むことも珍しいことだ。
「雛姫は十分強いと思うけど……私に教えられること、あるかしら?」
雛姫は、雛姫自身が思っているよりも人の気持ちを理解しているし、分かっている。
だから、それはセレーナの正直な気持ちだった。
しかし、雛姫はそれを曲げなかった。
「セレーナ、お願い。私、もっともっと……強くなりたいの」
昔から雛姫の行動原理はいつも同じだったように思う。
多分、雛姫はいつも、色々なことに対して「もっと」と願っているのだ。
だから、強いのだ。
セレーナは雛姫のそういうところがいつも羨ましくて、憧れで、すごく好きだった。
「――分かったわ。……あんまり良い先生じゃないかもしれないけど、頑張ってみるわ」
「ありがとう、セレーナ!」
雛姫は子供の頃の様にセレーナに抱きつく。
微笑む彼女にセレーナはふと妙案を思いつく。
「ねえ。やっぱり条件を追加してもいいかしら?」
「――条件?」
「私に、体術と武器の扱いを教えて欲しいの。……ちょっとやりたいことがあってね」
セレーナは片目を瞑って見せる。
「良いに決まってるわ!」
雛姫はセレーナの両手を握ると、瞳を輝かせた。
セレーナだって。
「もっと、もっと」強くなりたいのだ――




