表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双聖皇のアトランティス - Atlantis of Gemini -  作者: 三木 李織
第Ⅰ部 第1章 聖域の学び舎
4/56

第3節  白亜の学院


 荘厳なアーチの門をくぐれば、もうサンクチュアーリオ学院の敷地内だ。


 門の周りは凝った意匠の高い柵に囲われており、その周囲には新緑と深緑の交わった森が広がっている。

 門から学院に真っ直ぐに伸びる煉瓦路を馬車に乗ったまま進んでいくと、やがて学院の三方を囲う森を背景にして、白亜の建物が見えてきた。


 一番大きなドーム状の建物とその周りを囲むように高い棟が三棟そびえ立っている。


 その三つの棟が、学院の生徒がそれぞれ所属することになる三つの学科の建物になるという。



 ――学術を学ぶ『研究棟』


 ――魔法・魔術を学ぶ『魔術棟』


 ――体術や剣術を学ぶ『騎士棟』



 雅治(まさはる)の説明によると、中央の大きな建物――天球棟は学生たちからは『天球(ドーム)』と呼ばれているという。


 共通科目の授業は基本的にこの校舎で受けるそうだ。

 一年生は天球棟で受ける授業が多く、最終学年の三年生になるとほとんどの授業を各棟で受けるそうだ。

 それぞれが属する棟は入学の段階で決められているが、適正によっては二年生に上がるときに変更することも可能らしい。

 また、他の棟の授業も選択できるそうだ。


 ――アレンは『騎士棟』、アイリスは『魔術棟』に所属となる。

 

 雅治は魔術棟出身の魔術教師で、双子の担任教師になることが決まっていることを告げられたが、二人はいまいちピンとこなかった。

 双子はこれまで家庭教師に勉学を教わってきており、学校というものに通うのは初めてのことである。


 だから『担任教師』という概念がいまいち分からない。

 二人が全く同じ困った顔になると雅治は察したように付け加えた。


「学院内で困ったことがあって、相談相手が分からない時に相談する相手のようなものでしょうか」


 人差し指をピンと立てながら雅治は説明する。

 そして唸った後にもう一言を付け加えた。


「あとは学院内の決まり事や連絡事項を伝える窓口ですかね」


 その説明を聞き、アレンとアイリスは自分たちが知る限りの知識を総動員した。

 そして思い浮かべたのは、マーレ皇国で父の傍に控えていた侍従長、そして自分たちの世話をしてくれていた双星宮(そうせいきゅう)のメイド長だった。


 双子は顔を見合わせる。


「「良く分かりました。ありがとうございます」」


 満面の笑みで双子は雅治にお礼を伝える。

 教師に対して「侍従」や「メイド」と言うのは違う気がしたので、思い浮かべた答えは、決して口に出さなかった。


 それぞれの棟や教室(クラス)についての説明以外にも学院について簡単な説明を受ける。

 学院の学生は中央中立地域出身の者が半分を占めるが、アレンやアイリスのような西大陸出身の者もいれば、東大陸出身の者もいること。


 要人の子息令嬢がほとんどであるが、成績優秀な一般人も在学していること。


 そしてこの地に来る前にも聞かされた学院内の護るべき規則について改めて教わる。


 ――出身や身分に関係なく互いに接すること


 ――互いを尊重すること


 そんな説明を受けている内に、広い煉瓦路は終わり馬車が乗合所のような場所に到着する。


 御者によって扉が開かれ、双子は馬車を降りる。

 

 そのまま視線を上げると白亜の天球(ドーム)が眼前に迫っていた。





    ◇ ◇ ◇





 馬車が去り、メイド服を着た女性と執事服を着た男性が二人の荷物を寮まで運んでいく。


 好奇心旺盛な瞳で辺りを見渡していると、寮に向かう前に雅治が学院内を簡単に案内してくれると言うので、二人は好意に甘えることにした。


 ダニエルとイザベルは周りに視線を配りながら、少し離れた位置から静かについてきている。

 二人を警護しながらも、この敷地の地理を頭の中に叩き込んでいるのだろう。


 

 雅治がゆっくりと歩き始めてから少しすると、アイリスがウズウズしたように質問を始める。


「ところであの馬車、すごい防御魔術でしたね。ジェダイト先生が組んだのでしょうか」


 魔力の弱いアレンには分からなかったが、先ほどまで乗っていた馬車には魔術がかかっていたらしい。

 アイリスは両手を胸の前で握り、興奮気味に身を乗り出して雅治に答えを促す。

 アレンは妹の襟首を、母猫のように少し掴んで引き戻した。


「……よく私の魔術だとお分かりになりましたね」


 感心したように雅治が言う。


「ぼんやりとですが、先生と同じ色が見えました」


 アイリスは馬車が去った方向を見ながらも、ここではないどこか遠くを見つめる。


「あれほどの強度と精度、どうやったら作り込めるんでしょうか。もっともっと勉強しないとです」


 アイリスは何か決意したような顔で頷く。


「……いえいえ、私の方が逆に驚かされましたよ」


 言葉通り、雅治は目を見開いて驚いていた。

 そして優しげな栗色の瞳を細めて微笑んだ。


「アイリス様は私の妹と話が合うかもしれませんね」


 雅治の言葉にアイリスはぱっと喜色を浮かべる。


「先生には妹さんがいらっしゃるのですね」


「ええ、両殿下と同じく今年高等部に入学するんですよ。中等部もこの学院でしたが、今はまだ休暇中ですので実家にいますよ」


「寮の部屋もアイリス様の隣ですよ」


 雅治が付け加えるように言うと、アイリスは頬を上気させる。


「わあ、早くお会いしたいです」

 

 アイリスには同年代の女の子の友達がいないので、女友達というものに憧れがあるのだろう。

 子供の頃によく人形遊びに付き合わされたことをアレンは思い出す。

 

 護衛のダニエルも過去に女の子の遊びに付き合わされたことを思い出したのだろうか、一瞬微妙な顔をしたのと、それを見咎めたイザベルに肘鉄を食らわせられたのをアレンは見逃さなかった。


 二人の男性の微妙な心境は置き去りに雅治とアイリスの会話は続く。


「あ、ちなみにあまりないとは思いますが、本気になったあの子とは滅多なことで闘わない方が良いですよ」


 雅治は急に真剣な顔になって忠告を始める。


「どうしてでしょうか」


 アイリスは不思議そうな顔をして先を促す。


「強いんです。もの物凄く」


 雅治は真剣さに少しの憂いを帯びさせる。

 アレンは『強い』という言葉にぴくりと反応し、思わず割り込む。


「……強いとは」


 雅治が遠い目でゆっくりと頷く。


「あの子の学院での通り名のひとつは『化け物』なんです」


「「『化け物』?」」


 アレンとアイリスは固唾を呑んで次の言葉を待つ。

 通り名の()()()というのも気になった。


「簡単にいうと、本気で闘ったら下手をすれば殺されます」


 まるで実体験を語るように雅治は断言する。


「そんなわけで、色々あって、妹は実技の授業で本気を出すことを禁止されているんです」


 雅治はこの暖かい日にありえない身震いをして言う。


 アレンは『強い』という情報に心躍ったが、それ以上はなんだか聞いてはいけない気がした。

 アイリスにも袖を引かれ、首をぶんぶんと横に振られたので、アレンはそれ以上は追求しないことにした。

 雅治もそれ以上深くは語らず、「流石に殿下方相手にそのようなことはしないとは思いますが」とだけ残した。


 雅治は気を取り直したように、懐中時計を見る。


「では両殿下、次に参りましょうか」


 雅治は双子に背を向けて再び歩き出す。

 その背後でアレンが悪い顔をして笑うと、アイリスも顔を見合わせてにっこりとする。


「「ところで先生」」


 雅治が振り返る。


「「学院内は身分は関係ないんですよね」」


 双子はいたずらっ子のように首を傾げて尋ねる。


 雅治はふっと笑うと、わざとらしく咳ばらいをする。

 そして優しい教師の顔に戻った。


「そうでしたね。アレンさん、アイリスさん」


 双子はうんうんと満足そうに頷く。

 雅治が普段から誰に対しても敬語だというのを双子は察した。


 見た目通りの「優しい人」なんだと、そう思った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ