「虹の雲」
――――暗い。暗い水の中にいた。
今宵は呪い子の少女が魔力を生命力に変換する『儀式』の夜。
夜空には満月が浮かんでいるはずだ。
しかし、少女の対となる呪い子の少年が見ている景色に満月はない。
少年は夢を見ているのだ。
――――おそらくこれは少女が度々見ている夢の世界。
少年は不思議とそれが少女の夢の世界だと分かった。
少年がその世界に迷う込むことは昔から時々あった。
これも呪いの影響なのかもしれない。
呪いは彼らの力を交わらせたから――――
少年の足元には、水面があった。
少年は意識を呼び覚ます。
瞼を開けると少年のつま先は水面を離れて沈んでいく。
水の中でも不思議と息は苦しくない。
まるで少年もその水の一部になったようだ。
流れに身を任せ、決して抗わない。『出口』は水面ではなく、水底にあると知っているから。
だから少年は落ちていく。
逆らわずに沈んでいくと、暗闇に砂のように小さな光の粒たちが現れる。
手を伸ばして届かない場所に現れたそれは、さらさらと細い筋を描いて流れ落ちていく。
それは雪の結晶あるいは星屑のような。
その光は砂時計の砂が落ちていくように、少年を導く。
暗かった水底を見れば、光の粒が積もり、漂うのが見える。
やがて少年もその水底にたどり着く。
そして手を伸ばし、光に触れる。
瞬間。
暗い水底はまばゆい光に包まれ、白い世界へと反転した。
――――世界は変わる。
少年はゆるりと視線を上げる。
空の青と海の青、そこに白い雲が浮かぶ世界。
陽光の世界。
水に浸かっていた身体が風で乾いていく。
視界が拓けていく。
少年は空を自由に飛び、自由に歌っていた。
風は心地良く、空気は少年を押し上げる。
少年は風を読み、自身の身体を降下させる。
光り輝く海面に沿うように飛び、水面に映る自分の姿を見る。
――――今の少年は、『少年の姿』をしていない。
その姿は魔法をもたらした霊鳥――アンジェラス・バードの姿。
それは向こうの世界で、少年が常に腰に下げている長剣の鍔に施された装飾と良く似た姿。
母国の皇宮内で潜んで眺めた絵画に描かれている姿。
藍玉の瞳の神秘の鳥。
そんな自分の姿を少年はもう見慣れていた。
その歌声を聞き慣れていた。
――――しかし、少年は初めての光景に出遭う。
空は朝焼けの色彩。
時間が止まったような薄雲はまるで飾りのよう。
彼方には虹色の雲が浮かび、夢の中でも夢のようだった。
虹色の雲を見て、少年は『虹の橋のたもとの宝』という話を思い出す。
それは対の少女から聞いたことがある話。
少年は好奇心のままに、その『虹色』に飛び込んだ。
――――少年は変わり、少女も変わった。
そして、これからも変わっていく。
だから、この世界の形が変わるのも当然なのかもしれない、とふわりと浮かぶ。
白い尾をたなびかせる少年は『虹色』の中で、水底で見た輝く光の粒を見つけた。
そしてその光の粒に吸い寄せられるように飛んでいく。
――――ゴーン、ゴーン。
向こう側で鐘の音が鳴る。
少年は光の粒に触れる。
目を醒ませば、再び時は動き出す――――




