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双聖皇のアトランティス - Atlantis of Gemini -  作者: 三木 李織
第Ⅰ部 第4章 ふたりの選択
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第9節  先を生きること


 ――そう、彼女とその兄は『呪い』を解きに来たのだ。


 

 雅治(まさはる)には詳しいことは明かされていない。


 しかし、アレンとアイリスがマーレ皇国(おうこく)の皇子と皇女であることは父から聞かされていた。


 そして、表舞台にはほとんど姿を出さずに生活していたことも。

 彼らの身分をみだりに公開してはならないことも。


 雛姫は、「そういう匂いがする」と彼らの身分が王子や姫であることを野生の勘的に分かったようだが、常人の芸当ではない。

 


 彼らがウィンデルベルグに来た経緯は、彼らの父親と雅治の父親の縁から始まる。

 雅治の父はウィンデルベルグ連合共和国の要職に就いており、双子の父であるマーレ皇国皇帝とは古い知り合いらしい。

 

 マーレ皇国は、古い風習を重視する点で中央中立地域とは縁遠いように思われる。

 だが、かの国の皇帝は基本的には穏健派で情勢も安定している。

 そして西大陸の中では中央中立地域との関係は比較的良好な方だ。


 そして、この学院には西大陸にある国家のうち、過激派に属する国の子息や令嬢はいない。

 彼らの秘密が露見した際のリスクは少なくはないが、訳有りの彼らが通える学校は世界中を探してもこの学院くらいだろう。

 そのくらいにこの学院と学院生は大きな力で護られている。



 そして、かの皇帝は、雅治の父と学院長を頼り、自身の息子と娘をこの学院に入学させた。

 雅治の父と同じく、マーレ皇国皇帝と縁を結んでいる魔術棟のアストルム老師と雅治は彼らの協力者でもある。


 雅治自身は彼らの受けた『呪い』の詳細は知らないが、魔法魔術に通じる身として、何となくの想像はついていた。

 

 目の前に居るアイリスの身体が弱いこと、その兄であるアレンが魔力をほとんど持たないこと。


 ――それらはおそらく『呪い』の影響だ。

 

 彼らや雅治の父、学院長たちの様子からして、まだ隠していることはありそうだけれど。





    ◇ ◇ ◇





 アウエルマイヤー学院長は、アイリス・ロードナイトに真っ直ぐに語りかける。


 彼女の言葉は魔力を帯びて、室内に響く。

 しかし部屋の外には届かない。

 その言葉は、アイリスのためだけの言葉だ。


「『呪い』というのは、なにも術のことだけを言うわけじゃない。『呪い』というのは人の心を操るものだ」


 ――『呪い』というのは、複雑で陰湿な魔術だ。

 

 それは表面的なものだけでなく、相手の『存在意義』や『価値』、そして『尊厳』を奪う。


 奪われるものは『人の核』になるものだ。


 かけられた本人だけでなく、周りにも深い根を張り、棘で突き刺すような魔術だ。 


「術を解くのは難しいかもしれない。時間が掛かるかもしれない。一生解けないかもしれない。解ける前に君は死んでしまうかもしれない」


 学院長は紅玉の瞳でただ真っ直ぐに目の前の少女を見つめる。


「だが、(あらが)うことはできる。そして人の心を変えることはできる」


 それは確信を孕んだ目だった。


「君の『能力』は、君の『存在』は、稀有なものだと、簡単に切り捨てて良いものではないものだと証明し続けるんだ。でないと、たとえ呪いが解けたとしても君たち兄妹には『本当の未来』は訪れない」



 ――この人は、子供に対して、本当に容赦のないことを言う人だ。

 

 ――つまり、自分が『価値ある者』だと示さないと、彼らに生きる道はないと言っている。



 酷だが、それは真実だ。



 ――この子たち兄妹は殺されずに生きていることの方が奇跡なんだ。

 

 ――呪いが解けたらハッピーエンドなんてお伽噺だ。

 

 ――彼らの過去は良くも悪くも常に彼らについて回る。



 学院長は本気で彼らと彼らの運命に向き合っている。

 

 昔からこの人の、こういうところに敵わなかった。

 あの紅の瞳に見つめられると、心の深い所が揺さぶられる。 



「君は、君自身と君の兄の未来を守りたくないのか。自由にしたくないのか。君は、君たち兄妹を縛る鎖を断ち切るために、こんなに遠くの地にまで来たんじゃないのか」


「それは――」


 アイリスは何かを言おうとするが、すぐに口を(つぐ)む。


「『選ぶ』のは君だ。この学院は、この聖域は『自由』だ。何者も君に何かを強要することなど出来はしないよ。学院長である、この私でさえもね」


 『選ぶ』というのは難しいことだ。

 強要されることのほうが、もしかしたら楽かもしれない。


 それは言い訳ができるから。

 やれと言われたからと、逃げられるから。


 でも自分で選べば、その責任は自分についてくる。

 『選ぶ』というのは、怖いことだ。

 彼女が怖がるのも無理はない。


 だから学院長はまるで誘導するように彼女の『選択』を促しているのだ。



「…………本当は分かっているんです。でも、怖いんです」


 彼女は何かを悩んだ末に、逡巡しながらも言葉を紡ぐ。


「何が怖いんだ?」


「……人を傷つけることが、です。私、本気を出せないんです。本気を出したことがないんです。もし、本気を出さなくてはいけなくなったとき、予期しないようなことがあったとき、私は誰かを傷つけてしまうかもしれない」


「アイリスさん、貴女は貴女自身の魔力を制御しきれていないですね」

 

 雅治は彼女がこの学院に来てからのたったの数カ月で、彼女の魔力が大きく揺らいでいるのを片手の指でぎりぎり収まる回数は感じている。


 彼女は「傷つける」という言葉を選んでいるが、魔力の暴走によって、「殺してしまう」可能性もあるということだ。


「はい。小規模の魔法を扱うくらいの範囲であれば制御できていますが、その範囲を超えたところでどうなるかが、私自身にもまだ分かりません。皇帝にも制御できる範囲を超えることを止められています」


 アイリスはぐっと自身の手を握り、それを胸に当てる。

 そして縋り付くような視線で学院長と雅治を見つめた。


「……もし、この学院で、私の力や私たち兄妹が原因で何かが起こったとき、助けてくれますか?」


 アイリスの懇願にすぐさま答える声がある。



「当然だ」



 学院長は胸を張って応える。


「この学院内で何かが起これば、私はそれを解決するために全力を尽くす。『助けて』と言える勇気のある人間を、私たちは決して切り捨てたりしない」


 堂々と自信に溢れた姿をアイリスに魅せつける。



「だから、君も全力を尽くしなさい」



 その言葉に、藍玉の瞳は希望の光を灯す。



 ――なんて純粋で、弱くて、強い光だろう。



 『全力を尽くしたい』と願わなければ、適当に団体戦の誘いを受けて、抑え込んだ力で闘えばいい。

 誰もそんな彼女を責めもしなければ、気付きもしないだろう。


 ――だけど、彼女はそうしなかった。


 雅治も目の前の不器用な少女に何かできることはないかと願う。

 今の自分が彼女にかけてあげられる言葉は、本当に少ない。


 それでも今、『全力を尽くしたい』と願い、自分たちに縋る教え子に何かしてあげたいと思った。

 たとえ私情を挟んだとしても。


「アイリスさん、これは教師としてというよりも、雛姫の兄として言わせてください」


 彼女と仲違いしてしまっている少女の名を出す。


「……なんでしょうか」


 雅治は目の前の少女を真摯に見つめる。


「雛姫と友達なってくれて、『喧嘩』をしてくれて、ありがとうございます」


 雅治はゆっくりと丁寧に頭を下げる。

 

 雛姫もまた、本気を出すことを、全力を尽くすことを封じられた人間だ。

 

 雛姫が自分と目の前の少女を「似ている」と言ったことが脳裏をよぎる。


「お礼を言うのは私の方です。雛姫さんをたくさん傷つけてしまったと思います。ごめんなさい。……でも、ありがとうございます」


 雅治は、アイリスにとっても妹は大事なものだと分かり安心する。

 

 ――彼女たちはきっともう、孤独じゃない。


「アウエルマイヤー学院長、ジェダイト先生、ありがとうございました」


 少女はゆっくりと立ち上がる。 


「……わたし、これで失礼いたします」


 アイリス・ロードナイトは白い制服のスカートを摘み、深い淑女の礼をして、駆けるように去って行った。

 

 少しだけ不安そうな瞳に、小さい決意を宿して――





    ◇ ◇ ◇





「……難しいですね。どうやって導いてあげたら良いのか、どうやって背中を押してあげれば良いのか、いつも迷います」


 小さな靴音が去っていくのを聞きながら、雅治は息を吐く。


「君がそういう若者らしい発言をするのを聞くのも悪くないな。雅治」


「いや、若者って。私はれっきとした大人ですよ」


 雅治は立ってままのアウエルマイヤー学院長を見上げる。


 この人はいつも雅治に「年寄りくさい」「冷静ぶっている」だのなんだのと絡んでくる。


「何を言っている。私からしたらまだまだ若者だよ。若くて、青くて、酸っぱい実だね」


 ――この人、一体いくつなんでしょうか。言ったら殺されかねないけれど。

 

 雅治は代わりに若者らしく、心の内を吐き出してみることにする。


「偉そうなことを生徒たちに言っても、自分自身それが正しい事なのか、分からないですよね。大人だって悩む。でも格好が付かないから、無理しているに過ぎないですよ」


 雅治は溜息を吐く。


「なあに、それが『先を生きること』だよ」


 学院長はニヤリと歯を見せて笑って見せた。


「大人も子供も、人間(ひと)には変わりない。大人の方が子供よりも少しずる賢くなって、上手くやっているように見せるのが上手になるだけさ。だが、本質的には何も変わらない――小さな存在だよ、人間(われわれ)は」


 子供はその不自由さや不器用さに悩む。

 そして大人は、子供が思うよりもずっと不自由で不器用で、息が詰まる。


「……そうですね」


 学院長と雅治はアイリスが去って行った扉の向こうを見る。


「あの『白銀の姫君』もその兄も、そして君の妹君も聡くて強い。聡くて強い人間というのは往々にして悩みが多いものだよ。何せ、この私がそうだ」


「よく自分で言いますよ」

 

 雅治は呆れるように学院長を見る。

 しかし、相手は一切動じない。


「まあよく見ていろ。子供の成長は速くて、私たちの方が驚かされるんだ。私はそれを見るのが好きでね」


 アウエルマイヤー学院長の瞳は力強い。

 学院長の言うとおり、子供の成長は本当に速い。

 はっとさせられるだけでなく、時にはこちらが救われることもある。  


 雅治がアイリスが去った扉から目を離すと、学院長はじっとこちらを睨みつけていた。


「おい、それよりも雅治。さっさと客に茶を出せ、茶を」


「客って……。本当に、貴女は昔から傍若無人ですね」


 雅治はそう言いながらも、彼女にお茶とお茶菓子を用意する。

 向かい合ってそれを飲みながら、昔話やくだらない世間話をする。



 ――大人も子供も何も変わらない。


 進むこともあれば、立ち止まることや後戻りすることもある。


 でも、きっと。


 こうやってお茶を飲みながら、くだらないことで笑えることの方が幸せだ。



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