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双聖皇のアトランティス - Atlantis of Gemini -  作者: 三木 李織
第Ⅰ部 第4章 ふたりの選択
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第6節  きっと、みんなそう


 この一週間、授業が終わるとアイリスと雛姫は部屋に引き籠ってしまっていた。


 アレンはと言うと、毎日フランとレオとの三人で課題をこなしていた。


 しかし、今日は別の客人が現れた――



「お邪魔していいかしら」


 アレンは顔を上げ、声の主に頷く。

 すると、ふわりと懐かしさを感じさせる紅茶の香りが鼻をくすぐった。


 ピンクブロンドを後ろで緩く束ねた教室(クラス)委員長のセレーナが、向かいのソファに腰掛ける。


 セレーナが()()()のティーカップとポットをテーブルに置くと、レオとフランは察したように、「席を外す」と言ってどこかに去っていった。



 アレンの向かいに座ったセレーナは、落ち着いた様子で紅茶を注ぎ、アレンの前に静かにそれを置いた。

 アレンがお礼を言うと、セレーナは小さくそのピンクブロンドを揺らした。


 アレンはあえてセレーナよりも先に紅茶に口をつける。

 セレーナもそれに続き、ティーカップから口を離すと口を開いた。


「意外だったわ」


 それは今、紅茶を先に口をつけたことか、それとも――

 

「何が、かな」


「アレン君は、(アイリス)さんのことなら、何でも干渉するのかと思っていたわ」


「俺がアイリスと雛姫さんの間に入ると思ってたってことかな」


「そこまではいかなくても、あの日、アイリスさんを追いかけはするかと思っていたわ」



 アレンはあのとき、アイリスの後をあえて追いかけなかった。


 これまでは、アレンがアイリスの傍にいることは当たり前のことだった。

 アレンは、アイリスの兄だから。


 でも、干渉することだけが、傍に居ることだけが、一緒にいることじゃないと思い始めていた。


 護衛はイザベルがいるし、この学院は警備に関してはかなり厳重だ。

 だから危険もないだろうと判断した。


 アイリスが部屋に引き籠った後に、イザベルから報告を受けたが、アレンは特に何も言わなかった。


 彼女は何も言わないものの、アレンの顔を不思議な瞳で見つめていた。

 まるで、「何か悪い物でも食べたのではないか」というような顔で。

 そして、その表情を隠す気もなかったかのように思えた。


 アレンは自分のイメージに疑問を抱きながらも、二人の友人たちにも「意外」と言われたことを思い出す。



「……実は、レオとフランにも同じことを言われたよ」


「やっぱり、そうよね」


「でも、今までの俺ならそうだったかも」


「やっぱり、そうよね」


 セレーナは紅茶に口を付けながら相槌を打つ。


「この学院に来てからまだ少ししか経っていないけど、少し考えが変わってきたんだ」


「そうなの?」


「うん。『妹と俺は双子だけれど、別個体なんだ』って思えるようになってきた」


「『別個体』……。面白い言い方をするのね」


「でも本当にそうなんだよ。俺たちは今まで、お互いを自分の事として捉え過ぎていたんだと思う。それこそ、『同一個体』くらいに思っていたんだ」


「そうなの?」


「『相手の幸福は、自分の幸福。相手の不幸は、自分の不幸』。そうやって生きてきたんだ」


「それって、良いことじゃないの?」


「確かに聞こえは良いと思うよ。でも、それは『怖いこと』だと思うようになった」


「どうして?」


「俺は、アイリスに幸せになって欲しいだ。分け合うのは『幸福』だけでいい。『不幸』なんて、誰とも分け合わなくて良いんだ」


「……そうね。でも、そうすると自分が苦しくないかしら。抱え込むのは辛くないかしら」


 セレーナは肯定しながらも、考え込む仕草をする。

 彼女は良い聞き手だと思う。

 これまでたくさんの人の話を聞いてきた、そんな雰囲気を感じる。


「うん、そうだな。確かに別に自分一人で抱える必要もないかも、とは最近思っている」


「それじゃあ、どうするの?」


「『みんなで笑い飛ばせれば良い』って思ってるかな」


「『笑い飛ばす』か。うん……良いわね」


 セレーナが顎に手を当てて頷き微笑む。

 アレもそれを見て頷く。


「でも、実際にそれをやるには、まだまだ修行が必要だなと思ってる。まだ『気付き』の段階だよ」


「……修行、ね。私も修業が必要かも」


 セレーナの言葉に、アレンは少し面食らう。


「そっか。俺だけじゃないんだ。みんな修行中なんだな。ちょっと安心した」

 

 アレンは満面の笑みをセレーナに見せた。

 そして、自分たち兄妹の話をする。


「俺とアイリスは、学校どころか同年代の人たちと関わるのもほとんど初めてなんだ」


 アレンはレオとフランにしたように、言葉を選びながら話す。


「周りにいるのは大人ばっかりだったんだ」


 アレンとアイリスが不慣れなことは、きっと、みんなが気付いていることだ。

 みんな、アレンとアイリスの反応にいつも少し驚く。 


「だから、喧嘩をしたことがないんだ。やり方を知らないんだ」


 アレンの言葉を聞いて、セレーナが「ふふっ」と笑う。

 それは優しくて、人を見守ってきた人間だけが造れる笑みだった。


「じゃあ、ふたりとも『はじめての喧嘩』なのね」

 

 セレーナは肩を揺らす。


「『ふたりとも』?」


「そうよ、だって雛姫も喧嘩をしたことがないのよ。ほら、あの子雲みたいに『自由』でしょ?」


 セレーナは、窓の外に浮かぶ夜の雲を眺める。


「自由な『雲』は、何者にもぶつからないでしょう?」


 雨間に覗く灰と青の空に、雲が浮かび、風に身を任せて流れていく。

 セレーナはどこか懐かしむような表情で、それを目で追っていた。


「あの子があんな風に人を想って、怒ることってあるのね」

 

 アレンは雲を見上げたままのセレーナの表情を窺う。


「なんだか、寂しそうな顔をしてるね」


 アレンが指摘すると、セレーナは珍しく唇を尖らせた子供っぽい表情でアレンを睨んだ。


「アレン君、世の中には胸に秘めておいた方が良いこともあるのよ。女の子って複雑なんだから」


 アレンは思わずたじろぐ。


「えっと、ごめん」


「いいわ。それに本当に少し寂しいの。わたし、あの子と本当に小さな頃からずっと一緒にいたけれど、あの子のこと、深いところでは分かっていなかったかも」


「雛姫さんは、きっと、セレーナさんのためにも怒ってくれると思うよ。セレーナさんがしっかりしているから、きっとまだ、その機会が来ていないだけだよ」

 

 アレンは言葉に悩みながらも、思ったことを伝える。

 きっと自分にはまだ、そういう修業が足りないから。

 だからせめて正直に。


「お互いを大事にしていること、まだ会ったばかりの俺でも分かるから」


 セレーナはやっぱりまだ寂しそうに微笑んでいた。


 アレンはその笑顔とよく似た笑顔を、どこかで見たことがある気がした。


「……そうだと、いいわね」


「絶対そうだと思う。それに多分、アイリスも雛姫さんも変わろうとしているんだと思う」


「そうね。あの子はアイリスさんが来て、変わったわね」


「雛姫さんはたぶんそれに気付いてる。でも、アイリスは本当は変わりたいって思いながらも、気付かないふりをしているんだ」

 

 アイリスは頑なだった。


 あんなに変わりたいと願い、変わるためにここに来たのになぜ急に頑なになったのか。

 アレンにはその理由がなんとなく分かっていた。


 それは人よりも怖がりな妹の、少し複雑で、少し卑屈で、少し愛らしさのある抵抗――


「俺も、変わったから。ここに来て。たぶんこれからも、もっと変わるから」


「それじゃあ、私も変わるかしら」


「変わるさ。変わらないことなんてないから。……それはたぶん『悪いこと』じゃない気がする」


「皆がアレン君を『紳士』って言うの、分かるわ」


「俺は、そんなんじゃないよ。そうなれたら良いなって思ってるだけだよ」


「良いじゃない、皆そうよ。私もそうなれたら良いなって自分を演じているだけだから。きっと、みんなそうよ――」




「それにしても、この紅茶はなんだか懐かしい味がするな」


「乾燥させた果物が入ってる紅茶なの。西大陸北部で良く飲まれる紅茶よ。ちなみにこれは林檎が入っているの」


 西大陸北部。

 それはマーレ皇国がある場所だ。

 アレンはあえて、それを言及しない彼女の気遣いに感謝する。


 アレンはセレーナが注いでくれた紅茶のおかわりに口をつける。


「うん、やっぱり飲んだことがある味だな」

 

 アレンが微笑むと、セレーナはほっとしたように手を合わせた。


「やっぱり。これにして良かったわ」


「どうして?」


 アレンは首を傾げる。


「馴染んだ味とか香りがすると、人って心を開きやすいらしいわ」


「うーん、俺は尋問でもされていたのかな?」


 アレンが真剣に悩んだ表情を作るとセレーナは慌てる。


「いやだ、勘違いしないで。ただ、少しだけ心を開いてもらって、仲良くお話したかっただけよ」


「……本当かな?」


 アレンは口元に上げたティーカップ越しに意地悪な笑みでセレーナを上目遣いで見る。


「いやだわ、『紳士様』が意地悪言わないでちょうだい。……これはただの性分なのよ」

 

 セレーナは照れくさそうに頬を染める。


「性分?」


「私の実家、貿易商なの。私も跡を継ぐ予定なんだけれど、商い人ってそういうところがあるのよ」


「へえ、貿易商か。大変そうだけど、楽しそうだね」


 社交家で、交渉上手な彼女に良くあった職業だと思う。


「そうなの!私も早く世界を飛び周りたいわ。ちなみに、この紅茶もうちが仕入れたものよ」


「なら、また飲ませてくれると嬉しいな。顧客として名前を入れておいてよ」


「もちろん、喜んで!」


 彼女は商売上手でもあるらしい。

 アレンはいつも大人びている彼女が、はしゃいでいる様子に小さく笑った。


「楽しみにしているよ」


 束ねたピンクブロンドを揺らしながら、彼女はぽんっと拳で手のひらを叩く。


「そうだわ! 学院を卒業しても、いつかアレン君とアイリスさんにも商品を届けに行くわね。おまけしちゃうから」


「それはますます楽しみだね」


 未来の話をする。

 それはアレンにとっては、温かいものだった。



 ――アイリス、お前も、こういう温かいものを受け取っていいんだからな。



 少しだけ心を開き合った、『兄』と『姉のような存在』は窓の外を眺める。


 雲間から覗く新月の夜空の向こうには、星が綺麗に輝いていた。


 折角こんなに綺麗な空なのに、一人きりで見るのは淋しすぎる。


「あの二人。早く、仲直りできると良いな」


「そうね。私もちょっとお節介の血が疼いて、流石にちょっと落ち着かないわ……」

 

 セレーナは本当に落ち着かなそうに、両手同士合わせた指先をくるくると回していた。



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