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1031  作者: 一 二舞
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 ゴールデンウィーク最終日、十時に上野で待ち合わせ。

 予定よりも一時間も早く来てしまった葉月は、自分が思っていたよりも絵美と出かけることを楽しみにしていたことに思わず苦笑してしまった。


 これは今まで何度も言っていることだし、これから先も何度でも注釈をすることになるだろうが、葉月には友達と呼べる友達が非常に少なかった。

 こうして出かけることも無いことは無い程度なのだが、それも小学生の頃の話で、小学生も高学年になってくると、親がどうとか関係なしに、子どもの意思として葉月と関わる同年代の友人が減っていった。


「あれ? 葉月?」


 ふいに自分の名前を呼ばれたような気がして、でもそれは絵美ではないことを確信して、驚いてそわそわしながら見つめていた腕時計から顔をあげると、そこには明るい茶髪が特徴的な男性が立っており、こんな知り合いが自分に居たかと思わず葉月は首を傾げてしまう。


「あはは、忘れられてる? 俺、如月陽介(きさらぎようすけ)。お前と小中一緒だったんだけど……」

「陽介くん!? きみ、え!? だ、だって陽介くん、もっとその……なんていうか……」

「背が低かった?」

「そ、そう」

「葉月は小中で伸び切っちゃった? あんま変わってない気がする」

「御名答だよ……」


 地元からそう遠い場所ではないが、それでも遠出していることに変わりはないので、葉月は驚いたように陽介のことを見つめる。

 ここに葉月が居ることに驚いているのは陽介の方で、陽介も「嬉しいなぁ」なんてのほほんとした様子で言っている。


「今でもたまにテレビでお前の名前聞いたりするよ。葉月ってやっぱすげぇな」

「ん、そ、そうかな……僕が凄いっていうか……おじいちゃんとかお父さんのおかげだと思うけど」


 なんとなく皮肉っぽいというか、嫌味っぽいことをそれっぽいトーンで言ってしまって、思わず口元を抑える。


「あはは、俺のバイト先に葉月みたいなこと言いそうな人いるわ。素直に「ありがとう」で済ませればいいのにさ。……そんで、葉月どうしたの? あんまり外出るのお前好きじゃないじゃん。目立つからって」

「……僕、陽介くんにそんな話するくらい仲良かったっけ?」

「お前の取り巻きと仲良かったってだけ」

「取り巻きって……」


 勝手に僕の周りに居ただけなんだけど。

 そう言ってやりたい気持ちをグッとこらえて「そっか」と適当な相槌を打って陽介に返すと、陽介は腕を組んで葉月をじろじろと見つめる。

(め、めんどくさ~! なんのつもり? ていうかそんなに変な格好でもしてんの?)


「デート?」

「は!?」

「ん、いや、良い服着てんなって思って。ああ、でも、お前の家金持ちだし、それが普段着かな? いいなあ、俺も良い服普段着で着てみてえ」


 きっと陽介には悪気はないのだろうけれど、陽介の言葉一つひとつが先程から何度か引っかかってあまり良い気分での会話になれない。

 陽介はきっと素直なだけなんだろうけれど、その素直さが葉月には少し合わない。


「な、何でも良いだろ。陽介くんこそどうしたのさ?」

「ん? あー、俺はバイト。このすぐ近くの公園でね」

「え? こんなところまで来てんの?」

「俺イベントスタッフのバイトしてんだよね。来るのは月一とかだけど。普段は俺の学校の近くのスーパーでレジやってるー」

「ああ……そういう……」

「そんなどうでも良さそうな顔すんなよー。来てくれても良いんだぜ?」


 (陽介くんなんて好きでもなんでもないんだけど……めんどくさいな……)

 確かに、この辺だったら定期的にイベントも開催されているような気もするし、ちょっとしたお小遣い稼ぎ程度だったらイベントスタッフのバイトもありと言えばありか。

 (休日を一日つぶすのかぁ……うーん、流石にお小遣い稼ぎだとしてもやる気にはならないな)


「……如月くん?」


 不意に陽介の名前を呼ぶ声が聞こえて、もしかして誰かと待ち合わせでもしてからバイトに行くつもりだったのかと、引き取ってもらえるならさっさと引き取ってほしいという気持ちで声の主の方を見ると、そこには絵美が立っていた。


 思わず葉月は「え!?」と声をあげていたが、驚いていたのは陽介も同じで、目をぱちくりとさせていた。


「師走さん! え、師走さんもバイトですか?」


 つい先ほどまでなれなれしかった人物が絵美を前にして敬語になっていることに葉月は吹き出しそうになるのを堪えて口元に手を当てる。


「違います」

「あ……即答……」


 世間というものは狭いと思う。

 つまり、先程陽介が言っていた「葉月みたいなこと言いそうな人」というのは絵美のことを指していたのだ。


 葉月みたいなこと言いそうな人というよりかは、葉月にそんな言葉を延々と投げつけている人、という方が正確ではあるのだが。


「え、師走さん、陽介くんと知り合いなの?」

「知り合いなんて大したものじゃないわ。ただバイトが一緒ってだけ。それ以上でもそれ以下でもない。……むしろ、貴方の方が如月くんと親しそうに見えたけど、私がここに居たらお邪魔かしら? 私は一人でも楽しんで来れるし、失礼を承知しつつ気を遣ってわざわざここから一緒に行く必要もないけれど」

「いやいやいや、ここまで来たんだから一緒に行こうよ。陽介くんは小中一緒ってだけ! 僕の方だって、まさか師走さんと陽介くんのバイトが一緒なんて思うわけないじゃないか」


 いや、それにしたって絵美も早すぎる。陽介と話してそう時間は経っていないはずなのだが。

 そう思いながら腕時計に目線を落とすと、時刻は九時十五分。どちらにせよ約束していたよりも四十五分も早く二人はここに集まってしまったということになる。


「え、待って待って、師走さんと葉月同じ学校だったりする?」

「そうだよ」

「うっわ、おもしろ! なあ、今度三人でどっか行ったりしない?」

「……私、そう言うのは、ちょっと」

「僕もパス」

「ちぇー。ま、いいや、俺もバイト遅れちゃうし。師走さん、今度シフト被った時詳しく話聞かせてくださいねー!」


 そう言うと陽介はにこにことしながらイベント会場のあると言っていた公園の方へと向かって行った。

 葉月は隣で小さい声で「……めんどくさ……」と言っていた絵美を見て、思わず笑ってしまった。


「……どうする? 開館するの、あと十五分くらいだけど」

「任せるわ。上野だし、時間を潰せるところはいくらかあるでしょう」

「それもそっか」



 結局、十時までは近くにあったチェーン店のカフェで時間を潰すことになった。


 あまり外に出て何かを食べたり飲んだりすることが二人してないので、飲み物一つで五百円もすることに驚きを隠せなかったり、注文の仕方がいまいち分からなくなったりしてスムーズな注文というものはできなかったが、幸いなことに席の確保は出来た。

 フラペチーノと言われてもそんな物体聞いたことが無ければ飲んだことも無いので、葉月と絵美は注文の品もよく分からなかったので二人でアイスコーヒーを頼んだ。


 絵美は元々コーヒーを比較的好んで飲む方だったこともあり、渡されたまま飲むこともできたが、葉月は普段コーヒーなんて飲まないのであまりにもの苦さに顔を顰める。


「にっっ……」


 口をつけるたびに小さな悲鳴をあげながら顔を顰める葉月の様子がおかしくて、絵美はくすくすと笑ってしまう。

 呆れたように絵美は周りをきょろきょろと見まわすと、立ち上がってミルクやガムシロップを取りに行った。


「……あれ? 師走さん、今……笑った?」


 絵美の後ろ姿を見ながらそんなことを考えていると、絵美はガムシロップとミルクを持ってもう一度座りなおす。


「飲めないなら最初から頼まなければ良いのに。これがあれば多少は飲めるでしょう?」

「だ、だって、ここの注文の仕方よく分からないから……それなのに師走さんがさっさと注文しちゃうからさぁ……ありがと……」

「私もよく分かってないわよ。アイスコーヒーって言っておけばあるかなって思っただけ」

「ふぅん……」


 ガムシロップをコーヒーに入れながら葉月が澄まし顔でコーヒーを喉に流し込む絵美を見つめる。

 (くそぅ……悔しい……! あんなにすました顔でコーヒーなんか飲んじゃってるけど、実はガムシロップでも先に入れてたりするんじゃないの?)


「……苦くないの?」

「……苦いに決まってんでしょ」


 かっこつけてそんなことを言った絵美がおかしくて、次は葉月が立ち上がると、駆け足でガムシロップとミルクを持って来て絵美に渡す。


「じゃ、どうぞ?」

「……ご丁寧に、どうも」


 思わず葉月と絵美は、お互いが情けなくて笑ってしまった。


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