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1031  作者: 一 二舞
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1031

 彼女は確かに天才だった。



 彼女が死んでから何度目の夏だろう。

 分からないけれど、現代美術アーティストと言われて真っ先に名前が上がる有名人、画集葉月は墓場まで訪れていた。


 葉月の家は代々続く芸術家の一家。


 葉月は画家、そして彼の父も画家であり、彼の母は彫刻家。親戚筋を辿れば小説家もいるし映画監督や舞台俳優に書道家、ミュージシャンや作曲家、建築家に写真家も居れば版画家に能楽師、花火師に造園家、それに美容師。


 一族揃って広義での芸術家の家庭であり、葉月が画家になることは最早周知の事実、世間からは小さい頃から葉月という存在は追いかけられていた。

 最初はただ絵を描くことが好きだったのに、いつからか、絵を描くことが義務になっていた。


 絵を描くことが嫌いになりかけていた時に出会った彼女──師走絵美は、絵を描くことが好きだった。執着さえしていた。


 命がけで、死ぬまで絵を描き続けた。



「……久しぶり、師走さん」



 墓石の前に座り込むと、葉月は少し高いビール缶を一つ供える。


 つい最近まで葉月は海外で個展を開いていたので、毎年彼女の墓参りだけは欠かさないようにしていたのだが、思いのほか去年の個展が盛況だったこと、それから個展が盛況したことによる仕事の増加で今年は来るのが少し遅くなってしまった。


 怒られてしまうだろうか。きっと彼女の事だ、


「随分と遅かったじゃない。有名人にでもなったつもり? あぁ、有名人なんだっけ? これは失礼しました。そういえばそうだったわね、親戚の威光を借りた有名人だったわね、貴方。ごめんなさい、あまりにも貴方の絵はつまらないから、貴方がそれはもうとんでもない有名人だなんてこと、すっかり忘れてしまっていたわ。有名人な貴方が私のような一般庶民にカマかけてる時間なんて無いわよね、あーあ、貴方の良さが私には全く理解できないけれど」


 と、よく回る舌で言うのだ。


 まあ、否定はしない。



 「聞いてよ、師走さん。この前、個展を開いたんだ。……その時に……あの時の絵を、出してみた。……そう、そうだよ、高校生の時のやつ。僕が初めて、大賞を逃したあのコンクール」



 あれが、最初で最後だった。


 画集の肩書きだけで、絵画コンクールに応募しようものなら大賞以外の賞を貰ったことがないのだが、高校三年生の時に出した絵画コンクールの時、初めて葉月は最優秀賞になった。

 大賞はとられてしまったのだ。命がけで作品を完成させた今は亡き彼女に。


 初めて大賞を狙って描いたのに、その初めての感情は報われることなく、綺麗に持って行かれた。

 それで良かったとも、思う。



「僕よりも若い自称評論家がさ、その時のコンクールをわざわざ引っ張って来たみたいで、大賞よりも僕の絵が良いってSNSで暴れてたよ。ま、すぐに叩かれてたけど。……念のため聞いておくけど……師走さん、何もしてないよね?」



 墓石に笑いかける。返事はない。当たり前だ。

 芸術なんて語り始めてしまうとキリが無い。人によって評価基準は違うのだし、若い自称評論家の意見だってもしかしたら的を射たことを言っているのかも。



 「あぁ、いや、これもそうなんだけど……今日はもっと大事な話があるんだった」



 ここまで話してから、何かを思い出したかのように葉月は神妙な顔つきになって、改めて墓石の前に座り直る。

 もしかしたら。もしかしたら、君とこんな未来があったのかな、なんてことを考えたりもする。


 君ならよかったと今でもたまに思う。思ってしまう。

 けれど、いつまでも目の前に無いものに縋ることは出来ないのだ。



「師走さん、僕、結婚するんだ」



 好きだった。


 最後まで言えなかった。君は言ってくれたのに。君は遺してくれたのに。


 1031文字の手紙を。だから、僕も遺していこう。


 文字を書くことは苦手だから、絵を描いて君の最後の手紙に返事をしよう。




 「君は、どうして死にたいと願うのでしょう。」

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