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1031  作者: 一 二舞
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 十月のある日のことだ。

 今年の夏の絵画コンクールの受賞作品が決まったということで、美術室では一人で葉月は月人が来るのを待っていた。


 もしもこんな時に隣に絵美がいたら、「どうせ腐った目の審査員が貴方を大賞にしているでしょうに、何をそんなにそわそわする必要があるのかしら? ああ、それとも、大賞だって分かってる代わりに、凡人の評価がどんなものか気になるってことかしら? それはどうもありがとう。貴方って心まで余裕があるのね。天才だから」くらい、言われていたかもしれない。

 もう聞くことの二度とないであろう皮肉や嫌味は、彼女なりの助けてほしい、というサインだったのかもしれない。


 今そんなことを考えても、どうにもならないけれど。


 仮に決められていたって、そわそわするのは“天才”であろうとなかろうと関係のない話だと言い返してやろうと思っていたのに。

 ほんの少し虚しい気持ちになりながら絵美の遺書をふと思い出す。


 彼女は天才になるために死ぬとしつこいくらいに最初は書いていたのに、後半はただ、「自分が辛かった」「生きづらかった」という内容だった。

 どこまでも、どこまでも、彼女はひねくれていた。


 かっこいい理由をつけて、死んでしまった。

 

きっと、本性で書いている部分もあったのかもしれないけれど、後半になるにつれて雑になっていた文字は、きっと力がこもっていたから。

 先生を心配する文章。

それから、唯一の未練。


 ──私は、彼の描く「宝」が見たかった。


 (ねえ、師走さん。本当はね、もう描こうと思ってたんだ。僕の、「宝」)

 葉月宛に最後に手紙が残されていたが、絵美は言うだけ言って、葉月の答えは何も聞いていない。

 それに、あんな時だけ「葉月くん」というのは、卑怯だ。


 今の今まで、そんな呼び方を一度もしてくれなかったのに。

 結局最後まで、絵美は自分から下の名前を教えてくれたことなんて一度もなかったのに。

 葉月からすれば、こっちからも言いたいことはあるのに、という腹立たしい気持ちが沸き上がっていたが、そんな腹立たしい気持ちをぶつける相手が居なければ、何の意味もない。


 ただただ、虚しいだけだった。

 (僕も、師走さんが好きだったよ)

 そんなことをぼんやりと考えながら、泣きそうな気持を堪えて机に突っ伏して月人を待つ。


「画集!」

「か、神有先生!」

 

美術室の扉が勢いよく開くと、勢いよく葉月は顔をあげて、月人は興奮した様子でプリントアウトされたそれを葉月に見せた。

 まず目に入ったのは今回のコンクールの概要。

 そんなものはどうでも良いので、葉月はそれをすっ飛ばして、急いで受賞者の名前を探す。


「大賞……師走、絵美……!」


 月人と葉月の声が重なると、お互いに顔を見合わせて驚きやら感動やら虚しさやらでなんとも言えない表情になってしまって、あまりにも情けない顔で二人で顔を見合わせて笑ってしまった。

 

「……ったく……」


 月人が優しい笑みを浮かべながらも泣きそうになりながら眉を寄せているのを見て、葉月もそれにつられて何かがこみ上げそうになってしまった。

 

「最優秀賞……画集、葉月」


 お互いに泣きそうになってしまっているのを誤魔化すかのように二人で葉月の名前を探してみると、呆気なくも絵美のすぐ下にあったのだが、今回ばかりは葉月は大賞を狙って描いていたばかりに、悔しい気持ちだった。

 が、初めてされるべき評価をされたのだ、とも思った。

 

「やっぱ、師走さんって天才だよ」

 

そんなことを葉月がぽつりと呟くと、月人も「そうだな」と頷く。

 もしかしたら、絵美の大賞は遺書のことがあったからかもしれない。本当のところは分からない。

それでも、彼女の絵が大衆の目につくようになったことが、葉月は嬉しかった。


 絵美は、絵を描くきっかけになったのは弥生だと言っていたし、遺書にも書いていた。

 自分の父親が誰かの人生に影響を与えていることには嬉しい気持ちもあったが、彼女が一番望んでいたことは絵を描くことで成功することなんかじゃなくて、誰かの目に留まるような存在になりたかっただけなのだろう、と思う。

 (僕が少しでも早く君のことを認めてあげることができたなら……もう少し、違う未来があったのかな?)


 葉月はプリントアウトされた文字を見つめる。

 (……もう、遅いか)


 ……とはいえ、いつの間に描いていたんだろう? 月人は絵美がこの作品を描いていたことを知っているのだろうか?

 

「先生は、この絵をいつ描いてたのか知ってますか?」

「ああ……師走は、いつもコンクール締切の一週間前になってから家で描き始めて、最終締め切りにギリギリで提出するんだよ。……今回は前日に提出してたけどな。あの時に何か話を聞いてやればよかったんだ」


 寂しそうにプリントに目を落とす月人の姿を見て、葉月もつられるようにしんみりとした気持ちになってしまう。

 

「それに……」

 

 月人が悔しそうに俯いて、プリントを持っていない方の手を強く握りしめる姿を見て、思わず葉月はつられて眉を寄せてしまう。

 月人が後悔しているのは、きっと二者面談の時のこと。

 

 大学受験をやめると言ったあの時、専門に行こうかと相談していたあの時。

 三年間あの日まで一度も進路を変えることが無かったのに、それに気が付くことができなかった。

 しかし、葉月は絵美の遺書のことを思い出す。


「先生、後悔しないでって、師走さんも言ってたじゃないですか」


 葉月がそう言うと、月人は「そうだな」と眉を寄せて笑った。

 無理して笑っているのだろうということは分かったが、少しでも月人の心を軽くしてやりたいと思った。

 絵美ほどでないにしても葉月だって月人と親しくなったつもりだし。

 

 (て、いうか……一週間前に描き始めて完成させるって……)

 月人の言っていたことを思い出して、思わず葉月も肩を竦めてため息を吐いてしまう。

 君の方が、僕なんかより。

 君の方が、僕よりずっと。

 この先に続く言葉は、もう決まっている。

 

「展覧会が十一月にあるらしい。……行くか?」

 

 しんみりした雰囲気を壊そうとしたのか、月人は分かっているかのようににやにやして葉月に尋ねた。

 

「あーでも、お前受験生だもんなぁ、それどころじゃないよなぁ」

 

 煽るように月人がそう言うと、葉月は思わずムッとしてしまう。

 なるほど、絵美の言っていた時折腹立たしく思ったというのは、こういうところなんだろう。分からなくもない。

 

「行くに決まってますよ!」

 

 ゴールデンウィーク前のあの日、絵美と約束したのだ。

 コンクールが終わったら、絵を見せると。

 本人も言っていたが、死人に口なし、耳もなし。

 本人が今まで隠してきた作品というものを、勝手に見させてもらおう。勝手に見させてもらって、勝手に文句でも言わせてもらおう。



『今回は、最高傑作を作るつもりだから』



 あの時既に、君は死ぬことを視野に入れていたのに、よくも平気で嘘をついてくれたな。

 君のせいで大賞を取り逃してしまったじゃないか。

 命がけで最高傑作を残した君に、敵うわけがない。

 今回のコンクールのテーマは、



 大賞:「葉月」


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