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1031  作者: 一 二舞
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 そういえば、私は死ぬことに対して恐怖は抱いていない方だったのですが、一度だけ……いや、二度や三度、死のうとしたことを後悔したことがあります。

 その中でも、ゴールデンウィークの最終日、私は画集弥生の個展に行きました。


 その前に嫌な存在に出会ったりもしましたが、彼は悪い奴ではありません。

 ……私は好きになれないけれど。


 こんなに素敵なものを見ずに死ぬなんて、少し前の私はなんて愚かなことをしようとしていたんだろう、と強く思いました。


 私は天才が嫌いでしたが、画集弥生は好きでした。

 なにせ、私が絵を描こうと思い始めたきっかけは、他の誰でもない画集弥生だったのですから。


 私が絵を描くきっかけにもなった画集弥生の「夢と歩道橋」は、風刺画として世間には紹介されていますし、私もそれを風刺画だと馬鹿正直に信じていましたが、あの絵を見た時にどうしても風刺画とは思えませんでした。

 持論を語ってしまったけれど、でも、本物を見た時、本当に風刺画なのかと疑ってしまいました。


 まるで、私のことを描いているようだと、思いました。

 彼の作品は、私の生きる希望だった。

 彼は、生きる天才だったから。

 私は彼のようになりたかったのかもしれません。本当は生きて完成した人間になりたかったのかもしれません。


 私は、あの日死のうとしたことを後悔しました。

 本日をもってこの世を去ろうと思っていたことを、後悔しました。

 画集弥生という天才の絵を見たこと。


 それから、人生で初めて、心の底から楽しいと思える時間を過ごしたこと。

 初めて友達とファミレスに入ったこと。

 苦いものが二人とも嫌いだったこと。

 「また今度」と、約束をしたこと。


 しかし、もう、手遅れなのです。

 私には、生きるすべがないのです。


 私の人生譚というものは、なんとも皮肉なことに、私が自死を選ぶということで、一つの作品として完成するということに気が付いてしまいました。

 裕福な家庭ではありませんでした。貧しい家庭でした。父と母は離婚しています。原因は多額の借金を抱えてアル中になった父でした。


 幼少期から殴られました。首を絞められました。ここに書き出すことも憚られるほどのことをされました。

 お喋りで元気だった姉が内気になってしまったのも、父親という存在があったからでしょう。

 姉も首を絞められました。「黙っていろ」と殴られていました。


 私を不幸にしたのは、この家庭を壊したのは、父でした。

 しかし、嫌いにはなれません。どうしてでしょう。良かったことなんて殆ど無いのに、殆ど嫌なことばかりだというのに、父を嫌いになれませんでした。


 きっと、私は、情に弱い人間なのでしょう。

 あの日、離婚した日に泣いた父を見てから、私は、彼を嫌うことができなくなってしまいました。


 不幸な家庭で生まれ、人と関わることが下手で、自分のことが嫌いで、肩書きだけの天才が嫌いで、だけど何も分かっていないのは私の方で。

 そんな私が死ぬということは、もはや、自然の摂理……世の理でもあるのでしょう。


 普通の家で生まれたかった、友達が欲しかった。自分を好きになりたかった。まっすぐに物事を捉えたかった。誰かに必要とされたかった。



 愛されたかった。


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