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「私は、どうして死にたいと願うのでしょう。
この世界に絶望しているのかと問われるとそんな気もするし、未来に希望を抱いているかと問われれば、そんな気もします。
どうでしょう、分かりません。
私は自分のことが分かりません。
人間は好きなものこそ詳しくなりますが、私は自分のことを何一つ理解できていない。おそらく、私は、私のことが嫌いなんでしょう。
と、いうよりかは、無関心なのでしょう。
自分が何が好きとか嫌いとか、一々掘り下げて考えたことがありませんから。
私は、嘘つきです。だから、この遺書でも、たくさん嘘を書きます。どこまで本当で、どこからが作り話で、訳も分からぬまま、私を悲劇のヒロインにしてくれることを、祈ります。
あなた方愚かな世論が、私の想像通りに哀れなほどに愚かであることを祈ります。
そして誰か一人でも、私のことを知らない誰かが、私という人間が居たことを記憶に刻み付けてくれれば、と思います。
まず、私がこの行為に及ぶことになったきっかけは、激しい嫉妬でした。
一度目は。
でも、その時は失敗してしまいました。激しい嫉妬の原因に、自殺をしようとしたところを見られてしまい、止められてしまったからです。
今思えば、激しい嫉妬の原因はどうしてあそこに居たんでしょう。
学校に行く道というわけでもありませんし、激しい嫉妬の原因の通学路にもなりません。
いいえ、その答えを、私は知っています。
なにせ、本人から聞いたのですから。
しかし、救われてしまいました。皮肉なことに。
救われてしまいました。
救ってしまいました。
私は、誰の眼中にもない存在でした。
それが当たり前の環境で育ってきました。
もちろん、私の嫉妬の原因も、私のことなんて知りませんでした。当たり前です。目立たないように、眼中に入らないように生きていたのですから。
激しい嫉妬の原因は、それ以降、私の気持ちなんてどうでも良いという風に接してくるようになりました。きっと、私が死なないかを気にしてくれていたのでしょう。
それが、例え、自分の名誉のためであったとしても。
中途半端に、優しい人でした。
いえ、優しい人でした。
だから、私は、嫌いになれませんでした。あんなに嫉妬の念を抱いていたのに、あんなに憎らしいと思っていたはずなのに、いつの日か、彼を許してしまいました。
許すも何も、許しを請う立場なのは私の方なのに。
彼を理由に死のうと思っていた自分が、ひどく馬鹿らしく、浅ましく思えました。
私は、優しい人を理由に死のうとしていたことを、恥じました。
自分のちっぽけな夢のために他人を理由に死のうとしたことを、恥じました。
他人を理由に死のうとしていた時点で、私の夢はきっとそんなものなのだと思いました。
しかし、今回私が死ぬことには、大きな意味があります。
もったいぶるつもりもないので、一言で良いでしょう。一言あれば足りるでしょう。そして、私に共感を見せる人は、そう少なくないでしょう。
アーティストを目指す人間は、芸術家になりたい人間は、特に。
私は、天才になりたかった。
それだけです。
死んで完成する天才に、なりたかった。
かの有名な文豪も、ミュージシャンも、死んで完成した人が居ます。
死ぬことで名前を広げた人が居ます。
とても情けない話、私は、彼らに憧れました。彼らのことを、私は、「死んで完成する天才だ」と思いました。
きっと、どうしてそんなことで、と思う人もいるでしょう。
分かりません。私にもわかりません。
どうして私が「天才になるために」死ぬのか、私自身が一番理解できていません。
しかし、体は動くのです。心は言うのです。
眠るときに、いつも耳元で囁かれているのです。
「お前は、死んで完成する」
笑ってしまうことでしょう。気がふれてしまっていると思われてしまうでしょう。間違っていません。否定をしません。気でも触れてない限り、訳も分からない理由で死ぬことは無いでしょうから。
一度目も、天才になるつもりで死ぬ予定でした。
でも、その時は「自殺の天才」になる予定でした。
自殺するような子ではないということを周りに思わせて、そして、名前のある“天才”を借りて自殺する予定でした。
でも、今回は違います。
今回の私は、「死んで完成する天才」になるのです。
最後の作品を残しました。それが大衆の目に晒されることがあるかは分からない。
けれど、きっと、私の名前を見てすぐに分かるはずです。
私にはもう来ることのない夏を描きました。
それが私の「夢」でした。
正当な評価をされたいと願っているのは、“天才”を含め、すべての芸術家が望むことだと私は思っています。
“天才”の肩書きだけで評価されていることに苦悩していた芸術家を、私は知っています。
彼は苦しんでいました。自分は天才なんかじゃない。天才になんかなりたくなかったと。
それを聞いたとき、私は、初めて彼に同情しました。彼を私と同じ人間なんだと思いました。
もしかしたら、私は無自覚のうちに彼を傷つけていたのかもしれません。そして彼も、無自覚に傷ついていたのかもしれません。
彼は、芸術家としては天才であるとは言えません。
でも、彼は確かに“天才”でした。
“感覚の天才”でした。
芸術家としては彼は半人前だったけれど、血の滲むような努力が無くても、彼はどんな時でも感覚で乗り切ることのできる天才でした。
私としては素直に認めることができないところもあったけれど、彼の作品を“天才”と思ったことは無いけれど、それでも、彼の行動すべては、頭で考えることのないすべての行動は、間違いなく、“天才”であったと言えるでしょう。
理屈ばかりの私とは、大違いでした。
彼のように生きることが出来たら、私もきっと、「天才になりたい」なんて思わなかったのでしょう。
彼の作品は、まだまだ未熟だけれど、感覚で全てを物語る。
それがきっと、彼の作品が“天才”と言われる要因だったのでしょう。
なんて、こんなことを言って、あの時彼に出来なかった慰めでもしようとしているんでしょうけど、これが上手く彼に伝わるんでしょうか。
私は不器用な性格ですから。




