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あれから、期末考査を経て、授業という授業も終わり、学校生活はロングホームルーム授業だけになった。
そして、終業式を翌日に控えたコンクールの最終締め切り日。
歩道橋から絵美が飛び降り自殺をした。
七月の、特別暑い、二〇日のことだった。
即死だったという。特に車通りの多い時間帯を狙っていたようで、一時間から二時間、歩道橋から動こうとしない彼女の姿を見たという目撃証言まであがっている。
場所は、葉月と絵美が出会うきっかけにもなった、あの歩道橋だった。
何が起こったのか信じることができず、葉月はその言葉を素直に受け止めることができず、「冗談でしょ?」と震えた声で、どこかおかしくて、冗談をまるで言うみたいに、ホームルームの時に声を出してしまった。
冗談であってほしいと思った。彼女の質の悪いいたずらであってほしかった。
「冗談よ」と、よく見せてくれていたあのいたずらっ子のような顔で、笑いかけてほしかった。
でも、現実は違った。
彼女は本当に、飛んでしまった。
彼女の人生を変えた、「夢と歩道橋」のように。
(死なないって、言ったじゃないか……!)
あの日、公園で話したことを思い出すと、悔しい気持ちしか溢れてこない。
(天才になりたいと思わないって、言ってたじゃないか……!!)
体育祭の前日、葉月がなさけなく言い訳をべらべらと語った後の彼女の言葉を思い出して、両目からはボロボロと涙が落ちてくる。
泣きたくないのに、泣いてしまう。
『貴方と出会ったという出来事で、死にたくないと思ったわ』
絵美のことをほとんど知らないクラスメイトの中で、何度か話したことのあるクラスメイトもざわざわと騒ぎを立てたが、その中でも葉月だけは、大きな反応を見せた。
それがどういう感情なのか分からないが泣いている優菜を含めたクラスメイトもいたが、そんなクラスメイトの悲痛な声を聞いて葉月は苛立ちを隠せなかった。
(お前ら、何も分かってないだろ)
絵だけに抱いていた感情を、こんなところでもう一度抱くことになるとは思っていなかった。
この苛立たしさが、何も分からずに泣いているクラスメイトへのものなのか、本当に分かってなかったのは自分へのことだったか、それとも死んでしまった絵美に対してのものなのか、葉月には分からなかった。
分からなかったけれど、酷くイラついた。
分からないことが分からないから、イラついた。
最初から絵美は死ぬつもりだったのか? 分からない、分からないけれど。
淡々と、いつもよりもずっと死んだ顔で、死んだ目で、絵美の訃報を伝えた月人の声を聞いて、彼は己の無力さを呪っているのだろうと思った。
彼女のことを彼なりに気にかけていた月人にとっても、自分のことを呪ってしまう感情も理解できてしまった。
(コンクールが終わったら、絵を見せてくれるって、言ってたのに)
「う、あぁ……あぁあ……」
泣いているような、怒っているような、あるいは笑っているような、そんな声をあげながら、声を押し殺せずに葉月は机に涙を落した。
静かな教室の中で、葉月の小さな声で嗚咽を殺す悲痛な叫びだけが、響いた。
誰よりも早く教室に登校していた彼女の机には、何もない。
何も、ない。
テレビの報道ではもちろん絵美の自殺は大々的に取り上げられることになった。
というのも、彼女がいつも勉強するために使っていたと思われるノートには、勉強の痕跡ではなく、生きていることに関する疑問だったり、世間に対する不平不満、様々な希死念慮の思いが書き殴られていたからだ。
自殺がわざわざテレビで報道されるのは、大抵、いじめの事なんかが取り上げられることがほとんどなのだが、絵美の場合は少し違った。
彼女はいじめなんて受けていなかったから。
きっと都合の悪いところはテレビでカットされてしまっているのだろうが、それでも、勉強に使っていたと思われていたノートは心の叫びだったということは、少なくとも、葉月には大きな衝撃を与えた。
初めて教室で声をかけたあの時、参考書で隠されたものは、彼女の心の叫びで。
それに気が付くことが、葉月は出来なかった。
元々、難関私大に行くつもりなんて、なかったのだ。
三年間使っているはずなのに、新品同様の参考書に違和感を持つべきだった。ノートに何かを書き殴っている時、彼女が一度も参考書をめくることが無かったことに気が付くべきだった。
今更後悔しても何も変わらないことは分かっているが、それでも、葉月にとっては「気が付くべきだった」と思ってしまう。
また、歩道橋に靴で押さえて飛ばないようにされていた遺書が確認されたということで、その全文をニュースでは取り上げていた。
というのも、その内容が、あまりにも“芸術的”だったからだ。
……“芸術的”とテレビでは取り上げていたが、もしかしたら、死人の最期の願いを、ありもしない善意で叶えてやったのかもしれない。
随分と長い遺書を残していたこともあり、絵美の報道だけで何十分も使う番組も多かった。
一時的なものであったとしても、彼女は世間に一矢報いることにある意味成功したのかもしれない。
もっとほかのやり方があっただろ、とも思わなくもない。
「私は、どうして死にたいと願うのでしょう。」
そんな一文から、彼女の遺書は始まっていた。




