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1031  作者: 一 二舞
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 昼休憩の時間になり、葉月と絵美は月人に頼んで美術室を開けてもらった。

 本当は教室での休憩が決められているのだが、教室での居心地の悪さを理解できてしまう月人にとっては、どうしても力になりたいと思ってしまう節はあった。


「どう考えても、僕の親が体育祭なんて見に来るわけないじゃんか。騒ぎになっちゃうし」

「だからと言って俺を連れて行くのも変な話だけどな」

「しょうがないですよ、月人先生。この人、友達いないから」

「師走さんもシビアだなぁ」

 

 結局、あの借り物競争の際、葉月の保護者が体育祭を見に来ていないこと、葉月の友人関係が狭いため葉月の友人の保護者も望めないということで、月人が保護者認定された。

 あの審議の時間は本当に必要だったのかと思っているようで、葉月の方はどうやら不服そうである。

 

「甘やかしすぎたかなぁ……」

「いや、言うほど甘やかされてないです、僕」

「保護者棄権するぞ」

「わーい神有先生だーいすき」

 

 皐月の作った弁当を食べながら文句を垂れる葉月の姿に、月人は思わず肩を竦めてしまう。

 (ったく、ほんとに手がかかるなぁ)

 

「俺はさぁ、こう見えてお前らのことすげぇ可愛がってんだからね?」

「知ってます」

「そうですね、知ってます」

「……なんなのお前ら……」

 

 月人が呆れたようにため息を吐くと、絵美はくすくすと笑いながら「私も先生のこと大好きですからね」と普通の会話のように告げる。

 まさかそんな簡単に絵美の口から「大好き」なんて単語が聞くことができるとは思っておらず、葉月は自分が言われたわけでもないのに心臓がドクンと跳ねるのと同時に、自分が言われたわけではないからこそ、チクリと何かに刺されているような気持になった。

 (……?)

 

「あ、あのさ、師走、どうして君はそんなことを恥ずかしげもなく言っちゃうかな……」

「特に深い意味はないので」

「安心はするけどそれはそれで嫌な気持ちになるな」

「わがままだなぁ」

 

 大好きという言葉に「特に深い意味はない」と言えるのはきっと絵美くらいだろう。

 まあ、特に深い意味はないと言いながらも誰でも彼でも「大好き」と絵美が言いふらしているわけではないことくらいは分かっている。


 月人もそれに気が付いているとは思うのだが、それを知らないふりをしている。

 (大人って、ずるいなぁ)

 葉月がそんなことを考えながら皐月の作った弁当を食べ終えると、片付け始める。

 

「ねぇ師走さん、僕にも好きって言ってよー。冗談で良いからさぁ」

「丁重にお断りします」

「丁重にお断りされた……」

 

 今までにないほどの笑顔を向けられたが、それを見て嬉しいとは思えなかった。

 

「嘘をつくのは嫌いだから……」

「平気で嘘つくじゃん……」



 昼休憩も終わり、絵美は相変わらず日陰のところでぼんやりとグランドの方を見ていると、「隣、良いかな?」と声をかけられ腰を浮かそうとしたとき、その人物が優菜だったことに気が付き、「う、ん」と慣れない様子で頷く。


「さっきの借り物競争、画集くん大変だったね」

「え、あ、あ、そう、だね」

「私も第一走者だったんだけどね、借り物が学年主任の先生だったの。私学年主任の先生覚えてなかったからさ、びりになっちゃった」

「み、水無月、さんは……クラス、行かなくていいの?」

 

 普段は月人か他の教師、もしくは葉月としか話さないこともあって、どうやって話せばいいのか分からず、絵美の言葉遣いはぎこちない。

 

「んー、私、師走さんとお友達になってみたいなあって思うんだけど……ダメかなあ?」

「え?」

「私ね、師走さんずっと怖い人なのかなって思ってたんだ。……でも、この前画集くんと話してるの見た時に、勝手に怖い人だなって思ってた自分が情けなくなっちゃって」


 申し訳なさそうに笑う優菜の姿を見て、絵美はどうすればいいのか分からず「あ、えと」と言葉を探す。

 上手く、人と話せない。

 絵美はそんな自分が、嫌いだった。

 

「だめ、じゃ、ない」


 絵美がぎこちない言葉遣いのままそう言うと、優菜は「ほんと!?」と嬉しそうに笑う。

 優菜の笑顔は太陽よりもずっとまぶしくて、思わず絵美は目を細めてしまう。

 (私なんかより、クラスの人と仲良くした方が良いのに)


 絵美がそんなことを考えていると、絵美と優菜の間に「あれ? 水無月さん?」と今まで保護者達にぺこぺこしていた葉月が入ってくる。

 普段であれば厄介な存在も、こういうときばかりは良い仕事をするな、なんてことを失礼ながらに絵美は思う。


「あ、水無月さんも借り物競争お疲れさまー。学年主任の先生って僕初めて知ったよ」

「あ、が、画集くんも! お疲れさま」

 

 優菜の葉月に対する瞳が自分や他のクラスメイトに向けているものとは違うような気がして、不思議そうに絵美は首を傾げる。

 (気のせい……?)

 

「二人ともどうしたの? あ、水無月さん、師走さんになんか嫌なことでも言われた?」

「なんで私が悪い方になるのよ」

「だっていつもそうだから……」

「貴方も随分言うようになったじゃない」

「ね? 見たでしょ今の」

 

 葉月が「やーね」なんて言いながら優菜にそう言うと、優菜はくすくすと笑っている。

 先ほどの目のことは少し考えすぎだったかもしれない、と思い、絵美も自分の考えすぎの頭がおかしくてため息を吐いてしまう。


「あ、あのね、私師走さんと友達になりたいなって思って、話しかけてたの」

「えー。僕も師走さんの友達になりたい」

「丁重にお断りします」

「丁重にお断りされた……」

 

 しかも今日二回目だよ……。

 葉月が文句を言いながらそんなことを言うと、絵美も肩を竦める。

 流石に優菜がいるということもあって葉月も絵美も強気では出てこないが、普段であればここから更に何か話が続いていたことだろう。

 (師走さんも、僕といるより女の子のお友達が居た方がいいよなあ)

 

 ぼんやりと葉月がそんなことを考えながらその場を離れようとすると、着ていたジャージの裾を引っ張られる。

 それにつられて立ち上がりかけていたところでまた葉月は座り込む。

 

「なに? どうしたの、師走さん」

「…………貴方どうせ友達いないのに、どこか行く当てでもあるの?」

「言い方よ……。別にないけど……僕居たら邪魔じゃない?」

「……邪魔だけど」

「じゃあ離してよ」

「…………」

「はいはい、分かった。あとでジュース一本ね」

「やっぱり良いわ。美術室でも地獄の果てでも好きなとこに行ってなさい」

「なんだよもう!」

 

 葉月は「仕方ないなあ」と言いながらその場に留まってやることにした。

 絵美も分かればいいのよ、とでも言いたげに葉月のジャージの裾から手を離すと、腕を組む。

 その様子を見ていた優菜は、「仲良しなんだねえ」なんてのんきに言っていたが、葉月はともかく、絵美はそれに対して「違う」と即答していた。

 (仲良しでもなかったら、どうして引き留めるんだよ)

 葉月がぼんやりとそんなことを考えていたが、絵美が素直じゃない性格だということはよく分かっていた。

 

 分かったつもりになるなときっと怒られてしまうだろうが。

 (私だって何で引き留めたのか、分かんないわよ)

 心の中で悪態をつきながら、絵美はそんなことを考えた。

 体育祭が終わるまで、正確には閉会式が始まるまで、三人がそこから動くことはなかった。



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