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1031  作者: 一 二舞
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 日陰でぼんやりと繰り広げられている熱戦を絵美は見つめる。


 葉月は絵美が一緒だと多少マシみたいな話はしていたのだが、体育祭の時は保護者の来校を許可している学校なので、葉月はどちらかというと保護者達に捕まってしまっているようで、絵美がそちらに視線を向けるものの、葉月は何やらぺこぺこしているだけで絵美の視線に気が付く様子はない。


 きっと葉月の絵の話だとか、弥生や皐月は見に来るのか、だとか、そんな話をしているのだろうけれど、絵美としてはあまり面白くない。

 が、そうはいっても致し方ないものは致し方ない。


「しーわす」

「……月人先生」

 

 ぼんやりして葉月を見ていた絵美に声をかけたのは、月人だった。

 月人が「隣座っていい?」と聞くと、絵美はコクリ、と頷く。

 

「今日暑いなぁ。ちゃんと水分取ってるか?」

「大丈夫、です」

「お前はいつも「大丈夫」って言うよなぁ……。画集はもう心配することもないし放置でいいけど、俺はまだ師走が心配だよ」

 

 そう言いながら月人が校内の自販機から買ってきたと思われる水を絵美に手渡す。

 体育祭中は基本的に校内の立ち入りは禁止になっているのだが、教師の権限でどうやら買ってきたらしい。

 

「あ、お金」

「いいよ、九十円くらい。ありがたく貰っておきなさい」

「……すみません」

「違うだろ」

「ありがとう、ございます」

 

 月人が「ん」と頷きながらグラウンドの方に目を向ける。

 学生時代の月人は体育会系だったので体育祭もそこまで嫌いではなかったのだが、それでも、人と関わるのは好きではなかったので、絵美と同じように日陰で一人で過ごしていたな、なんてことを思い出す。

 

 あちらこちらから聞こえる応援の声と、時間経過とともに激しくなる熱気は体育祭特有のものだが、月人と絵美のいる日陰だけは体育祭から隔離されているかのように静かだった。

 

「……画集は?」

「あそこです。こんな時まで気遣わなくちゃいけないみたい」

「あはは……大変だなぁ」

 

 他人ごとになりながら月人が葉月のぺこぺことしている後ろ姿を見ていると、腕時計を確認する。

 

「借り物競争っていつだっけ?」

「ええと……今が障害物競走だから……あと三つ先、くらい? ですかね」

「仕方ねぇ、めんどいけどそろそろ救出してやるか」

「仕方ないから?」

「そう、仕方ないから」

 

 そう言って月人は立ち上がると、葉月の元まで駆け寄る。

 その姿を絵美は貰った水を飲みながら見ていると、次は葉月ではなく月人の方が保護者達にぺこぺこと頭を下げ始めていた。

 

 (大人って、大変だな……)

 他人ごとになりながら絵美が葉月と月人の様子を見ていると、葉月が一度月人と保護者達に頭を下げてからグラウンドの方に戻ってくる。

 その道中で絵美の存在に気が付くと、「サボり?」と横に座りながら葉月が絵美に尋ねる。

 

「もちろん、サボりに決まってるでしょ。私にはこういう雰囲気合わないのよ。私が居なくて丁度いいくらいなの」

「あはは、その気持ちわかる」

 

 葉月が頷きながらグラウンドの方に目を向けると、絵美もそれにつられるようにグラウンドの方に目を向けた。

 

「……神有先生、優しいね」

「仕方ないからよ。……貴方も大変ね。肩書きだけの天才だっていうのに、こんな時まで声をかけられちゃうなんて。……ああ、こんな時だから、かしら」

「んん、ほとんど僕の話じゃなくてお父さんとかおじいちゃんとかお母さんの話だったから、僕はなんもしてないんだけどね」

「それってどうなの?」

 

 わざわざここにきて貴方に話しかけておいて、貴方の話じゃなくて貴方の身内の話を聞かれるんでしょう?

 最後までは言わなかったが、絵美の言葉に思わず葉月も目を伏せてしまう。

 

「きっと誰も、僕のことは認めてないんだろうなって、思う」

 

 葉月の言葉に驚いたように絵美が目を見開いて葉月の方を見るが、すぐに顔を下に向けている葉月に気が付いてグラウンドの方に目線を移す。

 

「わ、たしは」

 

 何かを絵美が話そうとしたときに障害物競走が丁度終わってしまい、借り物競争の招集がかけられてしまう。

 

「私は、貴方を天才とは認めてないけれど、一人の美術部員としては認めてるわ」

 

 絵美が勢いよく立ち上がったかと思えば、それだけを言って先に借り物競争の招集場所まで走って行ってしまった。

 折角同じ競技なら一緒に行けば良いのに、とも思ったが、絵美はきっと恥ずかしいのかもしれない。

 

「師走さんも、優しいなあ」

 

 葉月はそう呟くと、駆け足で招集場所まで向かった。


 第二走者の準備を促され、絵美は若干鬱になりながら指定されたコースに立つ。

 (そもそも、どうしてこんな公開処刑をわざわざ学校でやるの? 意味わかんない)

 第三走者の葉月に「頑張ってね!」とは言われたような気もするが、正直殆ど覚えていない。


 (借り物何かな……ある程度の目星は付けてるけど……。人とかだったらどうしよう……去年とか校長先生連れてた人とか居たし……)

 絵美が悶々と借り物について考えている間に「位置について」という声が聞こえ、絵美も急いでクラウチングスタートの準備をする。


 おもちゃのピストルの音が聞こえたかと思えば、絵美は急いで借り物の入っている箱のところまで走って紙を引き抜く。

 足はあまり早くないので箱についた順番は三番目だったが、借り物次第では今からでも一番になれる、はず。

 (お題は……)


 絵美はそれを見た瞬間に葉月の方を見ると、第三走の列で見ていた葉月と目が合う。

 絵美は指を二度折って葉月に来るように促すと、先にお題を確認をする生徒会役員の方まで向かう。


「なに? 僕?」

「この程度で何息切れしてんのよ。情けないわね」

「お題の紙お願いしまーす」

 

 絵美が生徒会役員に促されてお題の紙を渡すと、生徒会役員は名簿を見ながら「はい、オッケー」と言いながらゴールまで行くように促す。

 その間に一人ゴールしてしまったが、それでも結果は二番目なので、そう悪くはないだろう。

 これくらいで丁度良いのだ、これくらいで。

 

「次僕行かなきゃなんだけど……お題何?」

「美術部員」

「うわずるい! 僕も分かりやすいのだと良いけど……!」

 

 そう言いながら葉月が自分の並んでいた列に戻るのを見送ると、絵美は肩を竦めながら生徒会役員に渡されたときにポケットに隠しておいたお題を見る。

 (言ってやるわけないでしょ。「同じ部活の──」なんて)



 しばらくして第三走者の順番になると、葉月への歓声があちらこちらから聞こえてくる。

 同級生の声よりかはこの機に乗じた後輩だったり、葉月に話しかけていた保護者だったりして、流石天才の名前は違うな、なんてぼんやりと思う。


 つまらなさそうな同級生の顔と、営業スマイルを疲れたように浮かべる葉月の姿には、思わず同情もしてしまう。


「位置について……」


 (大変そうね、天才も)

 他人事で絵美が葉月の様子を見ていると、出だしは好調、しかし箱の前についてお題を見た瞬間に動かなくなってしまった。


 (最悪なのでも引いたのかしら?)

 絵美が首を傾げていると、葉月はゆっくりと顔をあげると、きょろきょろしながら誰かを探している様子だった。

 仮に探し出すことができても、その人物に声をかけられるのだろうか、という余計な心配が絵美の頭の中ではよぎったが、その考えは走り出した葉月の方向を見て大丈夫そうだ、と肩を竦める。


 葉月が走って行ったのは教員席で、月人をそこから引っ張り出してくると、生徒会役員の方まで走った。

 月人の方が運動神経が良いこともあって、借り物が先に到着するという事態になっているが、まあ良いだろう。

 絵美が会話を聞くために少しだけ体を前の方に持っていく。


「お題の紙見まーす」

「あ、は、はい」

「……お題は……保護者?」

 

 生徒会の人のきょとんとした声に思わず絵美は吹き出す。

 (なるほど、間違ってないわ)

 

「え? 神有先生?」

「……ああ……まあ、父親みたいな気持ちなんで」


 月人の発言にその周りがざわつくと、生徒会役員が葉月と月人の周りに集まってくる。


「セーフ?」

「本人が父親みたいな気持ちって言ってるからありじゃない?」

「でも先生だよ?」

「えー、ただいま画集くんのお題に審議中です」

 

 そんなこんなで話をしている間に、他の走者たちは走り終えてしまっており、葉月の最下位はすでに確定している。

 (何なのこの時間……)


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