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翌日、部活の時間ではあるのだが、葉月と絵美は月人に連れられてグラウンドに来ていた。
とは言っても、殆どは運動部がグラウンドを使っているので、三人が居るのは本当に端っこだったのだけれど。
昨日の絵美のボール投げの記録が測定不能だった、ということから、葉月と月人と絵美はそれが本当なのかを検証しようという話になった。
葉月はついでにクロッキーを描く練習にしろと言われたのだが、いくらなんでも無理矢理が過ぎる。
「……どうしてもやらないとだめ、ですか?」
「もしかしたら測った先生が悪かったかもしれないだろ。こう見えて俺はスポーツマンだったんだ。お前の何が悪いのか教えてやろう」
そんなことを言う月人の姿はどこか楽しそうで、絵美は複雑そうにしながらも月人からボール投げ専用のソフトボールよりも少し大きめのボールを渡される。
絵美もそこまで用意されてしまうと、流石に観念してボールを投げる。
その様子を見て、思わず葉月は吹き出してしまい、月人はきょとんとした後に信じられないものでも見たかのように絵美を見る。
「……冗談でしょ?」
もはや月人のその声は心配しているようで、絵美は何も言わずに頬を膨らませる。
「え? もう一回やってみ?」
月人にもう一度ボールを渡されて、不服そうにしながら絵美がもう一度ボールを投げると先程よりはマシ……どころか、先程よりも悪化してしまい、ただでさえ五メートルも行っていなかったボールは三メートル程度のところで止まってしまった。
葉月はクロッキーを描いていた手を止めて、唖然としたように絵美の運動神経のなさを見つめていた。
「画集は?」
「え? 僕は……あんまり記録良くないですけど……でも流石に五メートルはいきますよ」
「よし、やってみろ」
描き途中のスケッチブックをグラウンドに置くと、葉月は月人からボールを受け取ると、「僕もあんまり得意じゃないんだけどな……」と呟きながらボールを投げる。
つい先ほどの絵美を見てしまった分、葉月がかなりよく飛んでいるように見えてしまい、月人は「おお!」と思わず声をあげてしまう。
が、改めて記録を取るとまさかの十二メートル。下手したら女子の平均よりもいっていないかもしれない。
「まあ……師走……よりは……」
「う、うっさいなぁ!」
「そうだそうだ!」
月人の反応に葉月と絵美が不服を申し立てると、月人は二人をじっと見た後にいきなり顔を隠すように手で覆った。
葉月も絵美もいきなりどうしたのかと思い、「大丈夫ですか?」「どうしたんですか?」と声をかけると、月人は「ちょっと待って……」と二人を制止する。
「なんか……お前らが仲良くしてるの……嬉しくて……」
「え? 嘘でしょ? まさか泣いてます?」
「マジで? 嘘でしょ?」
月人の肩が震えているのを見て、絵美と葉月は思わずぽかんとしてしまうが、絵美としては三年間月人に心配をかけてしまったのではないだろうか……という気持ちに襲われる。
葉月の方は今年初めて担任になったこともあり、意味が分からなさそうに月人を見ていたが、月人が目元をぬぐいながら顔をあげた瞬間、葉月と絵美の頭を軽く撫でようとしたところで、ピタリと手を止める。
そして葉月の背中だけを軽く二度叩く。
「……なんで私にはやらないんですか?」
「いや……怖い……」
「何が?」
「世間が……。捕まっちゃうよ俺……」
つい先ほどまで少し泣いてしまったこともあってか、若干鼻声になりながら自らの身を案じる月人のセリフに、思わず絵美は苦笑してしまう。
(私はそんなこと気にしないのだけれど……世間がね……)
「俺なんかもう親の気持ちだよ……」
「まだ二十六歳なのに……」
「彼女と別れたばっかなのに……」
「お前らが手かかりすぎなの! 先生心配だったんだよぉ……」
珍しく弱気になっている月人を見て、葉月も絵美もどうすれば良いのか分からず。とりあえず「ご、ごめん……?」という曖昧な謝罪だけをしていた。
問題児というほどの問題児ではないのだが、人とうまく関われない生徒というのは教師としては扱いづらいのだろう。
月人は学生時代、というか現在進行形で人と関わるのを好ましく思わない人種だったので、葉月や絵美が人と関わることを快く思っていないことに関しては理解も示せるのだが、仮にも教育現場での指導が前提となっている以上、月人はたったの一人だけでも誰かと関わるようになった二人のことが嬉しいのだ。
新しいクラスを決めるときも、大体は決められているのだが多少の希望がきくこともあって、月人は絵美の面倒は三年間責任を持つことにしていた。
しかし、クラスを決めるときに職員会議で問題として挙がってきたのが、葉月の名前だった。
問題を起こす方の問題児でも、誰とも関わらないとか、協調性がないというわけではないので、引き取ろうと思えば引き取ってくれる先生もいるのだが、絵美や葉月のような誰とも関わろうとしない生徒、一目置かれてしまう生徒の存在というのは、言い方は悪いがクラス活動での大きな壁となってしまうのだ。
もちろん、月人はその職員会議を聞きながら自分が学生時代の時も自分の引き取り先で教師がもめたんだろうな、なんてことを思ったが。
「ん~……画集はなぁ、問題児ってわけじゃないんだが……」
「立場上扱いにくいところはあるんですよね……」
教師陣の言い分も分かる。
なにせ、天才画家の息子というだけで周りからは距離を置かれてしまいやすい人物だし、本人も社交的な性格ではない。
それに、これは完全に教師側の都合だが、三者面談の時なんかは地獄だ。
彼の一家はそろいもそろって芸術一家。誰が来ても構えてしまうのは間違いないだろう。
普通の三者面談ですら、少し厳しい家庭の人が来たりする日は気分が落ち込んでしまうものだが、世間的に有名だったり、偉い人が三者面談に来る場合はまた違うベクトルで教師陣としてはやりづらい。
「俺が……見ます」
今思えば、どうしてあの時月人が声をあげたのか、本人もいまいち分かっていない。
「俺が、画集の担任やります」
けれど、美術部の担当だったからなのか、それとも、葉月の職員室での待遇が自分の学生時代を彷彿とさせてしまったのかもしれない。
月人本人も分かっていないが、葉月の担任を、月人は本人から申し出た。
職員室でもあまり良い意味で目立つことが少ない月人が、はじめて職員室内での視線を集めた日だったかもしれない。




