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1031  作者: 一 二舞
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 お互いに何か特別な用事があったわけでもないので、一緒に帰りながら適当にテストの反省をするような日々を繰り返すテスト週間も終わり、六月頭に向けた体育祭の話ですっかり学校は持ちきりになっていた。

 絵美はあまり運動が好きではない。というか得意ではない。


 そして葉月もそうであり、この体育祭というイベントとはどうにかして距離を置きたい気持ちはあったのだが、そんなことをして協調の場を乱して余計な文句を言われるよりかは、黙って出来ないなりに足を引っ張らないような競技に出るしかない、と思った。


 葉月が文句を言う分には誰かが気を遣うかもしれないが、絵美が今更文句なんて言ってみろ、「今まで一切交流してきたことなんてなかったくせになんだこいつは」と言われること間違いがない。

 どちらにせよ、絵美は馬鹿が付くほど真面目な性格であったので、そんなことを言い出したりはしないが。


 そして、三年間、正確に言えば二年間の経験上、葉月や絵美のような運動弱者であっても出やすい競技というのは、「借り物競争」か「障害物競走」の二択であることを知っていた。

 この二つに関しては、普段いくら運動神経の良い奴であっても、運の要素が絡んでくることがある。

 そしてそれはつまり、運動神経が悪い人間であっても一位、二位とは言わずとも、三位、四位の安パイを狙うことができる。


「じゃあー、借り物競争出たい人いますかー」


 体育委員の言葉に絵美と葉月がほぼ同時で手をあげる。

 もちろん、二年もこの学校で過ごしている運動弱者たちはこの二択が安パイであることを知っているので、葉月と絵美の二人だけというわけにはいかない。


「じゃあ借り物じゃんけんか話し合いして、四人決まったら体育委員に報告お願いしまーす。教室のあっちの方でしててー」


 あっち、と体育委員に言われたのは教室の窓ぎわ一番後ろの端っこだった。


「おっと、こんなところでも師走さんとは気が合うなんて」

「気が合う? 冗談を言うのもいい加減にして頂戴。安心なさい、貴方が相手ならみんなきっとどんな競技でも手を抜いてくれることでしょうから、貴方はスウェーデンリレーの四百メートルでも走ってなさい」

「それちょっと鬼畜過ぎない?」


 お互いに人と深い関係を築かない者同士の会話ということもあり、絵美と葉月のこんな会話が目の前で繰り広げられていることにクラスメイトは驚いていた。

 絵美も葉月も、こんなに普通に人と話す人間だったのか。


「大丈夫よ、相手が天才画家の息子だと知ればきっと相手もビビるわ。だから貴方はこんなじゃんけん参加しなくてもいいのよ。それとも運動神経が出来なければ周りからの同情も変えない哀れな凡人に嫌がらせでもしようっての? 良い度胸してるわね」

「なんかいつもより攻撃的だなあ!?」

「ええ、邪魔者はなるべく排除したいもの」

 

 いつにもなく絵美が良い笑顔でそんなことを言うと、葉月はぐぬぬ、と表情をこわばらせる。

 ここは先手必勝だと言わんばかりに「さいしょはぐー!」と言い出すと、絵美の方は分かっていたようにそれに合わせ、二人のやり取りをぽかんとして見ていたクラスメイトは遅れてじゃんけんに参加する。

 

「随分と卑怯な手を使うのね」

「しれっとじゃんけんに参加してた君が言っていいセリフじゃないと思うんだけど」


 またもやバチバチとし始めた絵美と葉月の様子に、「ふふ」とかわいらしい笑みをこぼしたのは、クラスメイトの一人水無月優菜(みなづきゆうな)だった。


「だめ、もう二人ともすごく面白い……!」

 

 優菜がそう言うと、葉月と絵美は一気に恥ずかしい気持ちになってしまって、思わずお互いに顔を見合わせる。

 そんな様子すら優菜や他のクラスメイト達にとっては面白くて、各々から二人を良い意味で面白がるような雰囲気になる。

 

「……君のせいだ」

「貴方が最初からこのじゃんけんに参加してなければ良かっただけじゃない」

「それは師走さんもだよ!」

「嫌よ、私これ以外でないと死ぬから」

「それは何? その発言は何なの? 脅しなの? ただの冗談だよね? え?」

「もう二人ともっ、早くじゃんけんしちゃお? 早くしないと障害物競走の方話し合っちゃうかもしれないから」

「ど、どうして保険競技までバレてるんだよ……」

「は? 貴方保険で障害物競走なの? くたばりなさい」

「いや本当に今日攻撃的だなぁ! せめてもうちょっと捻ってよ! ド直球にそれってもはや悪口なんだけど!?」

「本当に気持ち悪い男ね」


 優菜の働きかけで折角収束し始めたかと思ったが、すぐに葉月と絵美はいつものやり取りを始めてしまうので、優菜を含め借り物競争に出たいと思っているクラスメイト達がどうしようかと困っていると、今まで傍観者を決め込んでいた月人が二人の間に入って葉月の肩をポン、と叩く。


「協力しろ」


 今までにない笑顔で月人が苛立っている雰囲気を隠さずにそう言ったので、絵美も葉月も次の言葉を言おうとしていた口をきゅっと閉じる。


 

「はいさいしょはぐー」


 月人の掛け声でじゃんけんが始まると、慌ててその場にいた全員が手を出してじゃんけんをする。

 結果から言うと、あんだけの言い合いをしておいて葉月も絵美も普通に勝った。しかも一発勝ちだった。


 今まで何を見せられていたんだ、という気持ちになってしまうのも分からなくはないが、なかなかお目にかかることができないものを見れたと思えば……良い、のか?


「画集くん、師走さん、私も本番は借り物に出るんだっ、よろしくね!」

「え、あ、あ……よ、よろ、よろしく」


 優菜も借り物に出ることになったということもあり、絵美もまさか声をかけられることになるとは思っていなかったので、上手く対応ができずにいると、それを横で見ていた葉月はにやにやとしながら絵美に声をかける。


「あれっ、あれれ~!? 師走さんいつものあの態度はどうしたの~!?」

「ぶっ飛ばすぞ」

「ついに純粋な暴言を吐かれた……」

「今のは画集くんが悪いと思う……」

 

 今までにないほど荒い口調で絵美がそう言って自分の席に戻ってしまったのを見て、葉月はぽかんとしてしまったが、優菜も葉月を慰めることなく自分の席に戻ってしまった。


「運動関係になると一気に性格変わるなあ……」


 ぽつりと葉月はそんなことを呟いてしまったが、性格が変わってしまうほど運動が嫌いだという絵美の気持ちは分からないでもない。

 というかむしろ、心の底から理解できてしまう。

 (まさかぶっ飛ばすぞまで言われると思ってなかったけど……)


 自分と絵美は比較的親しい間柄だと思っていたのだが、どうやら、葉月が知らない絵美の姿というものは、まだまだ沢山あるみたいだった。



放課後の部活動では、葉月はコンクールに向けた絵を描いていた。

つい先日下描きを描いたばかりなのだが、テストが明けたらまた違う案が出てきてしまって、更に下描きをやり直しているところだった。

 

「二人とも、今日は珍しかったなあ」

 

 この前までは篆刻、今日からは粘土をいじり始めた月人がそんなことを葉月と絵美に言うと、絵美も葉月も黙り込んでしまった。

 珍しかったというのは、きっと今日の教室でのことだろう。

 

「そんなに運動嫌いか、特に師走」

「う……好きでは、無いです」

「本当は?」

「この世で一番嫌いな科目です」

「素直でよろしい」

 

 本当は、と尋ねてきた月人の質問に即答すると、月人はけらけらと笑っていた。

 運動ができない絵美としては、本格的な悩みなのだが、どうやら月人は学生時代はバスケ部に入っていたというのだし、同類かと思っていた時期もあったが、そこだけは絵美も月人に分かり合えないところだった。


「画集……君も運動は嫌いだったか」

「大嫌いです」

「即答するなよ……」

 

 満面の笑みで答えた葉月の姿に月人は思わず苦笑してしまう。

 確かに美術部というのは典型的な文化部のようにも思えるし、運動があまり得意ではない人間が入ってくることにも頷けるのだが、いくらなんでもここまで嫌いというのも珍しい。


「体力テストとか君たちどうだったの?」

 

 月人が二人に尋ねると、今までキャンバスに走らせる手を止めてこなかった葉月の手がついに止まり、画用紙に何かを描いていた様子の絵美の手も止まった。

 

「……師走さんからどうぞ?」

「貴方からでいいわよ」


 二人の様子を見て、これは面倒になるなと思ったこともあり、月人はすぐに「じゃあ師走」と声をかける。

 絵美はまさか自分が名指しされると思っておらず、「はぁ!?」と驚いたように体を起こしていたが、相手が月人だということもありそれ以上強く出てくることはなかった。


「師走、ボール投げはどうだった?」

「…………」


 月人の質問に絵美が黙り込んでしまう。

 

「……それが、その」


 ぼそぼそと絵美は喋っている。

 何かが恥ずかしいのかずっと髪の毛を指に巻き付けたりしていたが、言おうか言わまいか口をはくはくさせた後に不服そうに唇を尖らせながら言う。


「測定不能、です」

「………そんなことある?」


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