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1031  作者: 一 二舞
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「ねえ、君」

「教室で話しかけないでください」


 葉月の個展開催記念と弥生の誕生日を兼ねたパーティーは日曜日だったこともあり、翌日の月曜日に早速葉月は普通に登校してきた絵美に声をかけたが、まさかの一刀両断だった。

 葉月も流石に露骨に嫌がられてしまっては関わる気も失せてしまい、教室で話しかけることは諦めた。


 (あ、でも、部活一緒なんだっけ?)

 不意に絵美がそんなことを言っていたのを思い出して、その日の部活にも真面目に参加しようと思い美術室の扉を開けると、そこには美術室に飾られている生徒作品をまじまじと絵美は見ていた。


「こんにちは」

「……」

「ここ教室じゃないんだから話しかけても良くない? 君ってなんて名前だっけ?」


 挨拶をしても完全に無視を決め込んだ絵美の様子にムッとしながら葉月が声をかけると、絵美は葉月の耳に届くくらいの大きなため息を吐いた。

 なんでわざわざそんな嫌な態度を表に出すんだと、葉月としても不快な気分になったが、ここで喧嘩腰になるわけにもいかない。


 何せ、葉月の印象としては歩道橋から飛び降り自殺をするような女なのだから、変なことを言ってヒステリックにでもなられようもんならたまったもんじゃない。


「……師走」

「それって……苗字? 名前?」

「……どっちでも良いでしょう」

 

 この前の反論は何だったというくらいに静かな絵美の姿に、葉月はつまらなさそうに頬を膨らませて黙ってしまう。

 

「じゃあ、師走さん。今、何見てるの?」

「見て分からない? 生徒作品を見ているだけよ。どいつもこいつも何も分かってない作品ばかりで、見ていて呆れてため息が出てきてしまうわね。どうせため息を吐くなら良い意味で吐きたいものだけれど、見ているだけでイライラするわ。貴方の作品の次に」

「僕の作品の次に!? え? ここで僕の名前出てくんの?」


 まさか直接そんなことを言われるとは思っておらず、葉月は大きな声を出してしまったが、絵美は肩を竦める。


「貴方、自分の作品の価値も分かってないのね。世間様にちやほやされて気持ちよくなっちゃったかしら? 自分の作品の価値も分かっていない人間が天才画家ですって? 芸術界ももう終わりかもね。……いえ、終わったわね」


 冷たい言い方だったが、本当にその通りだとも、思ってしまった。

 ただ、当時の葉月は持ち上げられることに慣れ過ぎていて、この手の評論はここまで言ってからバカみたいにでかい額を出すことを葉月は知っていた。


 そしてこの時はまだ、絵美のことをその評論家と一緒だと思っていた。

 が、絵美の次の一言で葉月のその考え方は打ち砕かれる。


「貴方の作品には一円の価値もないわ」


 そんなことを言われたのは初めてのことで、思わず葉月は目を見開く。

 持てはやされることに慣れ過ぎてしまって、当たり前に前置きでディスってから褒めちぎるんだろうと思っていたこともあり、目の前の絵美に苛立ちを覚えたことも否定しない。


「寧ろ、見ている私がお金を取りたいくらい。あれで“天才”ですって? エイプリルフールはもうとっくの二週間前に終わってるのよ。詐欺と一緒じゃない。あれ、もしかして二百円くらいの価値はあるとでも思ってた? だとしたら、自意識過剰も甚だしいわね。画集弥生の息子という肩書きだけで何百万何千万と動くのはどういう気分なのかしら? 芸術界もそうだけど、自称評論家も大したことないわね。貴方のお父さま……画集弥生は、見る目のない評論家ばかりできっと悲しい思いをしていることでしょうに」


 (なんで……ここまで言われなきゃ……)

 それに、どうしてここで弥生の名前が出てくるのかも、当時の葉月には理解できなかった。


 が、今なら、どうしてこの時絵美が弥生の名前を出したのかも納得がいく。


 親子として比べられることもよくあることではあったが、こんなにも屈辱的な比べ方をされたことは今までに一度もなかったし、それに、自分の作品をここまで徹底的にボコボコにされたのも、葉月には初めての経験だった。


「き、君さぁ……!」

「あら、図星をつかれて嫌な気持ちになっちゃった? ごめんなさいね、私凡人だから、天才の考えることなんてまーったく理解できないの」


 そう言いながらようやく生徒作品の展示を見ていた絵美はくるり、と振り返って葉月の方を見た。

 きっちりと着こなされた制服のスカートと、彼女の長い髪の毛が重力に逆らって浮いていたあの瞬間を、葉月は今でも鮮明に覚えている。


「さて、ここまでで反論が何かあるのであれば聞くけれど?」


 絵美は澄まし顔でそんなことを言うのを見て、葉月はとうとう笑いだしてしまった。

 まさか自分がこんなにもコケにされる日が来るなんて!


「ううん、反論はないよ、師走さん。……あ、でも、僕、あんなにボロクソに叩かれるのは初めてだったから、師走さんさえ良ければまた批評してよ」

「……馬鹿にしてる?」


 絵美の訝しげな表情は、どちらかというと屈辱的なようでもあって、少し申し訳ない言い方をしてしまったんじゃないかとも思うが、葉月は笑ったまま言葉を続ける。


「まさか! その辺の頭の悪い評論家よりずっと信用のある言葉だから! 素直な気持ちが聞きたいなって思っただけだよ」

「……貴方って、意外と性格悪いのね」

「君も良い勝負してると思うよ?」


 今思えば、あれが絵美と葉月が話すようになったきっかけなのだろう。

 誰もが自分のことをあげて進んでいく世界に嫌な気持ちを抱いていたのは、間違いがなかったのだろうと思う。


 だからこそ、自分のことをしっかりと駄目だと言ってくれる絵美の存在は、葉月にとって救いのようなものだった。

 葉月もきっと、絵美に救われていた。


「ねぇ、師走さん」

「……なに?」

「ありがとう」

「何が?」

「……なんて、いうか。楽になったよ」


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